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映画『パラサイト 半地下の家族』

今公開中の韓国映画。私は先月アイスランド行ったときに飛行機の中で観た。なかなかおもしろかったと思っていたら、日本公開後も評判がいいらしいのでご紹介。


主人公のキム一家は、父母に学生の息子、娘がいる4人家族。学生のバイトを含めて全員が失業中で、半地下の汚い部屋で貧乏暮らしをしている。そんなある日、息子が友人のピンチヒッターでお金持ちのパク家の子供の家庭教師を引き受けたことから運命の歯車がまわり始める。

機転を利かせて、家族全員が他人のふりをして運転手、お手伝いさん、家庭教師などとしてパク家にもぐりこんでいく前半は、そんなうまくいくわけないじゃーんってツッコミながらもケラケラ笑えるコメディタッチ。

ところが後半、この家の地下室に前の家政婦夫婦が隠れて暮らしていたことが見つかってから、ホラーというかサスペンスというか、怒涛の展開となっていく。

最初笑わせて途中からシリアスになり、泣かせて終わるって韓国映画のあるあるだ。しかしこの映画は泣くというよりは、もうお口あんぐりな結末。え~、そんなのあり?っていう、予定調和のなさは、そういえば韓国ドラマでもときどき見かけたパターンだったかも。

お父さん役のソン・ガンホという俳優さんは、古くは『シュリ』『JSA』『殺人の追憶』など、日本でもヒットした作品でも主演していて、韓国映画では超有名な大物だ。ホン・ジュノという監督も、たぶん私が知っている唯一の韓国人監督かもという有名な人。

そしてこの作品は昨年のカンヌ映画祭でパルムドールを受賞。さらに今年のアカデミー賞でも、作品賞、監督賞など6部門でノミネートされている。

貧乏人と大富豪って、韓国ドラマでもいつも出てくる世界だったけど、この映画でも描かれている格差社会が、今となっては全世界的にホットなテーマってことなのかな。


2020.01.27 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 映画など



財布軽量化作戦

昨年アウトレットに行ったとき、小さなポーチみたいなバッグを買った。お財布と携帯だけ入るようなやつ。寄る年波?重い荷物を持って歩くのが辛くなってきたので、書類や本などと、それ以外のものを分けて持つことで重さが分散できるのではないかと。

ところが、今持っている長財布だとけっこう窮屈。入るけど出し入れしづらい。だったらいっそ財布も小さくしちゃう?と思い立った。世はキャッシュレスの時代。陸マイラーな私はもともとできればキャッシュレスですませたいので持ち歩く現金は最小限度だ。最近はポイントカードの類もスマホアプリで代用できるようになったものが多いし、そんなに大きな財布はそもそもいらないのかもしれない。大きな財布にあれこれ入れてると、それだけでも重たいし。

IMG20200112111011_202001251746458e4.jpg

ほぼ半分のサイズになりました! 

ちなみに、このときに入っていた小銭がこんなことに。。。
IMG20200112111718.jpg

500円玉☓1、100円☓4、10円玉☓9,5円玉☓1,1円玉☓8。どんな端数でも払えそう(笑)。

いやいや、こんなに貯まったら重いだけ。。左上の1円玉の横にあるピンクの細長い石はセドナで占い師にみてもらったとき、もらったもの。小銭入れに入れてるから小銭ばっかり貯まるのかなぁ。

いやいや、払い方が下手なだけ。端数出すのが面倒くさくて、相手待たせてると思うと焦っちゃって、大きいお金でバン!って出しちゃうからいけないのだ。

今度の財布は小銭入れをガバっと大きく開けられるタイプなので、見晴らしがよくなって、もう少し
払いやすくなるはず!


2020.01.26 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 日々のできごと



おじいちゃん日記010123

この日は自分のお昼を持参してお昼時に父の元へ。到着するとちょうど昼食中。


「飯は食べていかないのか」といつも聞かれるので、たまには一緒に食べようという目論見なんだけど、持参したのは小さなサンドイッチなので、ゆっくりゆっくり食べる父を追い越し、すぐ食べ終わってしまう。で、結局は「飯は?」攻撃を受けるという(笑)。なんにもなんないじゃーん。でも、「今コレ食べたから」と残りの要器を見せるほうが「おお、そうか」と納得感があるようなので、「もう食べてきたよ」「帰ってから食べるよ」と断ってガッカリした顔を見るよりは、マシかな。

それに、どんなものをどのぐらいのスピードで、どんな感じで食べてるのかも確認できるしね。父は相変わらずご飯の一粒も残さず、なめるように完食。食欲旺盛なようで安心だ。食後は、例によって抑肝散というイライラを抑える漢方薬を飲んでいた。効き目はあるのかなぁ。

施設長にあったので聞いてみると、「そうですね。お腹すいて機嫌が悪い時以外は」という返答。父に限らず認知症の人は、お腹が空くとてきめんに機嫌が悪くなるらしい。特に朝の寝起きは、夕飯が早いせいもあるのかお腹が空いていて不機嫌なことが多いようだ。でも、ご飯を用意すると一心不乱に食べて、機嫌も直るとのこと。子供か!(笑)

その挙動が気になって攻撃していたAさんにも、以前よりは腹を立てなくなったという。ただ、ときどき職員さんを困らせるようなことを言っているのを見ると、どうしても文句を言いたくなってしまうらしい。風紀委員な気分なんだろうな(苦笑)。

若い利用者のMさんは、率先してお茶碗洗いなどをお手伝い。グループホームって、本来はこういう感じなんだろう。でも、他の利用者さんにいろいろ指図したりしてる風景もあったりしてね。狭い空間だし、人間関係もいろいろ変わっていくのかもね。

2020.01.25 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 介護



映画『人生をしまう時間』

埼玉県の堀ノ内病院というところの訪問診療チームに200時間密着し、その中の2人の医師と、彼らが担当する9人の患者の看取りを追ったドキュメンタリー映画。


公式サイトはこちら

この中に登場する、全盲の娘が二人暮らしで父を看取る話は見たことがある?と思ったら、以前NHKで放映した番組の拡大版として制作されたのがこの映画だったらしい。

その番組は、2018年6月に放送された「BS1 スペシャル 在宅死 “死に際の医療”200日の記録」。You Tubeに動画が残ってた(→こちら)。

医師のひとりは、なんと森鴎外の孫という80歳。東大病院の名外科医だったが、もっと一人ひとりと密接に関わりたいという思いを抱えて終末期医療に携わるようになった。自分で車も運転し、まだまだシャキッとしているとはいうものの、老老介護ならぬ、老老診療? でもその姿を見ていると、年が近いからこそわかりあえる空気というものがあるように感じられて、病院の第一線で経験を積んだ人が、定年後にこういう役割に回るというのは、理にかなっているようにも思われた。

たとえば、ショートステイを嫌がる患者に、「家族を楽にさせてやらなきゃ」と諭す場面。「その間家族は温泉とかにも行けるじゃない」「私留守番できるから行っていい」「いやいや、それじゃ家族は温泉に入っててもくつろげないでしょ、その辺のことも考えてあげないと」というようなやりとり。「自分だって明日はどうなるかわかんないけど、お互いにがんばりましょうよ」とかね。患者としても、自分と年の近い人から言われるほうが素直に受け取れるだろう。

一方で、50代の末期がん患者のケースでは、うーん、その言葉は100歳近いお年寄りならともかく、50代の人が受け取るにはちょっと?と感じられる部分もあったり。その点、本来この患者の主治医になっているもうひとりの50代医師の方が、よりその気持ちに寄り添えている印象もあった。

いずれにしろ、どちらの医師も、患者本人だけじゃなく、介護にあたる家族の気持ちも慮っているシーンが印象的だった。

どの患者のケースも、医師と本人、家族の会話だけを淡々と追う。ナレーションもない。こちらに掲載されている監督のインタビューによると、映画化に関してはあえてメッセージ性を打ち出さないという方針でつくったという。ケースバイケースで何が正解とは言えないテーマだけに、その方が見る人がそれぞれの受け取り方ができてよいのかもしれない。

ひとつ個人的に思ったのは、母のときに訪問医療をやってもらう先生をもう少し時間をかけて真剣に探せばよかったということ。亡くなる半年ほど前に3ヶ月ほどお世話になった医師は、あの頃も書いたけれど、すごく若くて、どちらかというと冷たい感じのする人だった。何か嫌なことがあったというわけじゃないけど、私も母本人も「この先生に任せれ安心」みたいな気分にはなれなかった。

あのときは、最初に何人かの先生に断られて、受け入れてくれる人なら誰でも!みたいなわらをもすがる気持ちになって、即決しちゃったのだった。でも結局、最期の看取りまでは無理ですということになって、緩和病棟を探すことになった。あの状況ではそれも仕方ないかなと思っていたけれど、それにしても、もう少し私や母の「気持ち」に寄り添ってほしかったなぁと思う。

母が亡くなった後、在宅医療に関する本などをたくさん読んで、もっと親身になってくれる医師に出会えていたら、いろいろ違ったのかもと思ってしまう。「もっと頻繁にお見舞いしてあげればよかった」というようなことは、「いや、でもあのときはアレが精一杯だった」と自分を納得させてるけど、この点についてだけは、もっとうまいやり方があったはず……と悔やまれる。映画が出てくる病院が埼玉だっただけに、この先生に診てもらっていれば!とかね。同じ埼玉とはいえ距離的に通ってもらえる範囲だったかどうかは分からないけれど。

「悔いのない介護はない」って言うけどね。そんな後悔をしないためにも、この手の情報探しは早め早めに、気持ち余裕のあるうちに!が大事と改めて思ったのでした。

2020.01.24 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 映画など



偏頭痛、その後

久しぶりに脳神経外科の頭痛クリニックに行ってきた。前回行ったのは10/15だから、ほぼ3ヶ月ちょっとぶりだ。


前回もらった1ヶ月分の予防薬が切れたのが11月の半ば。でもその頃はなんだか調子よくて、記録を見ると11月は1回しか痛くならなかった。そうなると「痛いってどういうことだっけ~」なんて。もしかして、このままもう頭痛とはさよならできるような気にもなってきたり。

ところが12月終盤から年末年始のバタバタもあったせいか、立て続けにぶり返してきて、用事のある前日は「明日は大丈夫かな」なんてドキドキする日々が戻ってきた。

救いは、8月から処方してもらっている「スマトリプタン」という偏頭痛の薬がすごくよく効いていること。そして、偏頭痛と緊張性頭痛を自分でもなんとなく見分けられるようになってきて、緊張性頭痛のときは、SG配合という薬を飲むと、これまたよく効く。おかげで、朝起きてイタタということは何度もあったけど、薬を飲むと1~2時間ですっかり良くなるので、一日寝て過ごすようなことはなくなった。ありがたや~~~~。

ただ、一時減っていたのがまた増えてきたということは、やっぱりまだ予防薬飲んでおいたほうがいいのかも、、ということで、またセレニカという薬を処方してもらった。あとなくなっちゃったスマトリプタンも。ついでに吐き気止めのナウゼリン。スマトリプタンとセットで飲んでくださいって、あれ、そんなこと今まで言われなかったけどな。でも吐き気止めは何かと重宝なので出してもらっておいた。

それにしても、この先生に巡り合ってからもうすぐ1年。長年の辛さから解放されて、本当にうれしい。偏頭痛には特効薬があるというのは知っていたけれど、自分はそうではないと思っていたところに、「ベースにあるのは偏頭痛」とバシっと診断してくれたことが決め手だった。

今考えてみれば、こめかみがズキズキして始まるときと、首筋からじわっと痛みが広がっていくときと、2パターンあるな、というのは前から自覚していた。そのときどきで、偏頭痛だったり緊張性頭痛だったりを繰り返していたわけだ。

昨日の読書録で書いた『病理医ヤンデルのおおまじめなひとりごと』という本の中の腰痛の話。あれは、専門家の「診断」がいかに重要かを説くためのエピソードだった。私の場合も、まさに「診断」が活路を開いてくれたことになる。

頭痛で病院に行っても、まともに対応してもらえないことも多い(私も、ロキソニン出されただけで終わった経験が)。でも、頭痛そのものを専門に診ている医師もたくさんいるみたいなので、評判のよさそうなところを探して行ってみるのを強力におすすめ。

偏頭痛とか薬の名前で検索してたどりついたみなさまも、痛みから解放されますように!

2020.01.23 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 日々のできごと



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