お坊さんからの電話

母逝去の話を書いてから、お悔やみのメッセージをくれたみなさん、どうもありがとうございました。いろいろ心配していただいて恐縮なぐらい、びっけさん元気です。

母を家に連れ帰らず葬儀場に安置してもらってることもあり、実家にいても父の見張りぐらいしかすることがないので、今日は自宅でいつも通りに過ごしてた。さんざん覚悟してたし、シミュレーションしていたとおりにコトが運んでいるという感じで、今の時点ではまったく感傷的な気分にはなってないのが自分でも不思議なぐらい。

昨日自宅に戻ってきてからは、親戚などに訃報の連絡。父方の親戚と母の友人は姉に頼んできたので、私の担当は母方の親戚と近所の人だ。

近所の人は、昨年春に母が脊柱管狭窄症で入院したときに、日頃お使いのある人を聞いて、ご挨拶にいっていたので、比較的スムーズにすんだ。

問題は親戚。そもそも冠婚葬祭しか付き合いがない上に、どちらの親戚も父母の兄弟世代はひとりを除いて他界している。独立した子供たち(いとこ)の連絡先が分からず、父方母方ともに実家を継いでいるいとこに他のいとこたちの連絡先を教えてもらって、ようやくミッションコンプリート。ふー。

こうなった理由は、母の住所録が行方不明になってしまったこと。母の寝室にあったのを私も見たことあるし、姉は母の入院後に一度それを見て母の友人に電話しているのだ。それなのに、ないという。父に聞いても、分かるはずもなく。。。(みんな、親がしっかりしてるうちに、連絡すべき人のリストは確認しておくべし!)

一夜明けて今日は、祭壇の横に飾る生花の発注。遺族側が出す「施主」「子供一同」「孫一同」「親戚一同」に加えて、個人的に申し出てくれた人の名前で申し込む。申し込みはFAX。メールはダメですか?と聞いたけど撃沈。FAX受信した後、電話かかかってきて名前の漢字の確認。そんなんだったら、最初からメールで受け付けてくれれば、誤字の心配もなくていいのにね?

一段落していたら、なんと明日あさってお願いするお坊さんから電話が掛かってきた。「戒名をつけさせていただくにあたりまして、故人さまがどんな方だったかお聞きしたいので」という。

今までお寺さん関係とは無縁だったわが家。当然菩提寺もないので、お経をあげてくれるお坊さんも、葬儀社に依頼してあった。そもそもこの葬儀社も小さなお葬式というネットでパック販売しているサイト経由で申し込んだものなんだけど、お坊さんも一括お布施16万円という定額パック。とりあえず袈裟着てそれらしきお経読んでくれればいいのかな、ぐらいに思っていたので、ビックリ。

聞かれるままに、「社交的でほがらかな人でした」「気が強く、最初の入院時にも元気いっぱいで保他の患者さんの世話までして看護師さんに「大ボス」と呼ばれ4kg太って退院しました」とか、思い出話をする。出生地や趣味、闘病の経過なども。10~15分ぐらい話していたかな。

とても優しくて丁寧な感じのお坊さんで、話をしていると癒される感じ。お寺なんて、、坊さんなんて、、ってなめてました。ごめんなさい。明日あさってはココロしてお経を聞かせてもらいます(笑)。

そんなこんなで、いろいろ電話がかかってきたり、かけたりの慌ただしさはあったけど、かなり静かな一日。

前に買ったこの本でも読んで、今後の手続きをおさらいしておこう。

2017.09.20 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 介護



ついに。

今朝未明、ついに母が息を引き取った。


昨日、容態悪化の連絡を受けて病院に行ったものの、夕方にはとりあえず帰ってきて、食事、お風呂を終えて、たまっていた原稿の仕上げをして、明朝見直して納品しよう!とうところで12時半すぎにベッドに入った。

ウトウトしてたのか起きてたのか覚えてないけど、再び電話が鳴ったのが0時54分。なんて言われたのか良く覚えてないけど、心臓のモニターがなんたらで、と言われて、「それってすぐ行った方がいいってことですね?」「もう間に合わないとは思いますけど……」という会話をして電話を切り、家を出た。姉にもかけると、さすがに今度はすぐつながった。

高速に乗れるところは全部乗り、空いてるところを夫がブンブンぶっ飛ばして、なんと1時間で到着。部屋に入ると姉はすでに着いていた。そして、母はすでに亡くなっていた。姉から又聞きした看護師さんの話によると、夜中の0時ぐらいまでは昼間私たちがいたときのような状態が続いてたという。モニターのエラー音で行ってみたら、、ということだったのかな。

この病院では、実際に息を引き取ったときではなく、家族が揃ったところで医師が確認をしてご臨終とする、という話は聞いていた。「ご家族はすべておそろいですか?」と聞かれ、「父を連れてくるので待っていてください」と告げ、夫と車で父を呼びに行く。病院を出る時点で電話を入れると、寝ていたようで13回ぐらいのコールで応答した父。母が亡くなったと告げると混乱しているようなので、「これから病院に行くから着替えて待ってて」とだけ伝える。

道すがら、事前に見積もりをしていた葬儀社に電話をし、10分後ぐらいに到着してみると、すでに布団もたたんで、きちっと洋服を着て待っていた。「こんな服装でいいのか」って盛んに気にしているところを見ると、訃報というのは分かっているようだ。「お袋がこんなに早くアレするとはな」というつぶやき、ちょっと違うけど大筋は理解しているみたい。

病室に着いたときも、母を見て驚く風でもなく、淡々と。分かってないようでも、やっぱり覚悟は出来てたのね。。。。

一段落したところで医師を呼んでもらい、聴診器を当てたり、瞳孔が反応しないのを確認したりした後時計を見て「2時52分、ご臨終です」。

その後、部屋の荷物をまとめ、部屋の外で看護師さんたちが処置をしてくれるのを待つ。再び入室してみると、髪の毛をきれいにとかしてもらって、顔もワタなどを入れて整えてもらったのか、昼間見た険しい形相は消えて、安らかな顔になっていた。

しばらくして、葬儀屋さんが到着したとの連絡を受けて1階へ。死亡診断書の内容を確認した後、病室から降りてきたストレッチャーに乗った母と再会。当直の医師と夜勤の看護師さんに見送られて安置所へと運ばれていった。(実家はマンションで狭いので、葬儀場に安置してもらった)

そこからみんなで車に乗って実家へ。このとき確か4時ちょっと前。もうすぐ朝だけどちょっとだけでも寝ようと、父の布団を敷いてあげて、自分たちもその辺でごろ寝した。朝、9時に葬儀屋から電話があり、10時に式場へ行って打ち合わせをすることに。姉と夫と3人で出向いて、スケジュールやや詳細をを決めるのに2時間ぐらいかかったかな。そして、とりあえず今日は自分の家に帰ってきた。

正直、昼間の段階では、なんとなく後3日ぐらいは……と思っていたので、ちょっとビックリしたけれど、覚悟していただけに、特に感情的になることもなく淡々と。母の気持ちを思えば、息を引き取る直前の最期の時間をひとりにしてしまったのはかわいそうだった。結果的には帰らずに泊まってあげればよかったのだけれど、仕方がない。ここまで、自分でできることは精一杯やったし、そしてこの後も、葬儀やその後の手続き、やることはたくさんある。

まだ、現実なのか夢の中なのかよく分かんない変な感じだけど、「やるべきこと」をやって、母をしっかりと送り出してあげようと思う。

2017.09.19 | | コメント(3) | トラックバック(0) | 介護



母、いよいよ最終ステージへ

今朝9時半頃、病院からTEL。


「血圧が下がり、呼びかけに対する反応もあまりないので、モニターを付けさせてもらいました。今日はいらっしゃいますか?」と言う。「どのぐらいで着きますか?」と聞かれ、「2時間ぐらい」というと、「分かりました。ではお待ちしています」と問題なさそうな感じの返事だったので、今すぐどうこうという感じでもないのかなと思う。

電話を受けてすぐ姉の携帯にかけたが、例によって即刻留守番電話。家電も応答なし。出られるようにしておいてって、何度も言ってるのに~と苛立ちつつ、とりあえず出かける準備をする。

洗濯機の中の洗濯モノだけ干して、夫の車で30分後に家を出発。病院到着が11時31分。電話を受けてからピッタリ2時間後だ。病室には姉が着いていた。でも10分前だっていうから、あんまり変わらないじゃん?

母は、先週来たときと比べると、かなり悪化してる。目は開いていて意識はあるけれど、呼びかけてもこちらを見ない。うなづいたりもしない。

姉からも軽く話は聞いたけど、改めてナースステーションに行き看護師さんに様子を尋ねる。朝9時20分のバイタルチェックで異変を察知してすぐ電話をくれたらしい。数日前から尿量も減っていたとのこと。この状態からどのぐらい、、とうのは、個人差があり、、といういつもの答え。「すぐに心停止となってしまう可能性もあるし、中には1週間から10日ぐらい持つ方もいます」とな。

母は口をぱかっとあけて、目もかーっと開けて天井をにらんでる。しきりに腕を振り回して、ウーウーと何か言いたそうにしてるかと思えば、ふっとおとなしくなって目をつぶり、息してる?って感じになったりを、何分おきかに繰り返す。

1時間ぐらい、姉とふたりで手を握ったり呼びかけたり。父をどうしよう?と迷ったけど、とりあえず連れてくることにして、夫と車で迎えに行く。病室に入る前に「容態が悪いから覚悟してね」と言うと、「うんうん」と言うけどどこまで分かっているのやら。

でも母をひと目見て、今までとは様子が違うことには気づいたようだ。父は姉といっしょに前日の日曜日にも母に会っているのだが、姉の話では昨日の段階ではこんな感じではなく話もできたという。母の手を握り、しきりに呼びかける父。「お母さん、聞こえてないの?」「返事して」。

不思議なことに、私が自分の名前を言って呼びかけても反応しなかったのに、父は分かるのか呼ばれた方を向く。明らかに今までと反応が違う。なんだかんだ言っても、やっぱり父が来るとうれしいのか。夫婦って分からないもんだ。

その後、「寒くないか」と布団をかけるとはねのけられるなど、うっとうおしそうに顔をしかめる。今となっては見ている方も、「日常の風景」を感じてしんみりする。

2時間ほどそうやって母に話しかけていた父、疲れたのか「そろそろ」と言い出す。ずっとそばにいると言い張るかと思っていたので、ちょっとビックリ。4時にヘルパーさんが来る時間までには連れて帰らなくてはと思っていたので、父を送りがてら私と夫もこの日は帰ることにした。

この状態の母にどう付き添うか。悩むところだ。ずっとそばにいてあげたいけれど、もしかしたら長丁場になる可能性もあると思うと……。

姉は「ずっと誰かがいなければいけないのなら、私は夜泊まるから、あんた明日の昼間お願い」という。病院側としては「家族がついてなければいけない」というわけではなくて、「間に合わなくてもいいならそれはそれで」というスタンスなので、自分の気持ち次第だと告げる。結局姉も夕方には帰ることにしたらしい。母をひとり置いて帰るのは忍びないだろうけど。

私は、明日朝から行く予定だけど、毎日通うのも何日も続くと辛い。木曜日に入ってる取材を今からキャンセルするべきか否か。なかなか難しい決断。うーん。うーん。



2017.09.18 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 介護



読書録:『ナミヤ雑貨店の奇蹟』


東野圭吾は一時よく読んだけど、最近ごぶさた。「東野圭吾史上もっとも泣ける」という煽り文句に釣られて読んでみた。(本当はこの手のコピー嫌いなんだけど、心弱ってたから?)

強盗事件を犯して廃屋に逃げ込んだ少年たち。そこに投げ込まれた手紙に返事を書いてみたことから、過去とつながるという不思議な体験をすることになる。廃屋にかつて住んでいた老人が生きがいにしていた悩み相談の手紙が、なんで今またそこに投函されるのか。五輪を目指すアスリート、家業を継ぐべきか迷っているミュージシャン、親との夜逃げに着いていきたくない少年、ビジネスに成功したオンナ社長、そして老人自身。一見バラバラに見えた相談者たちが、物語が進むにつれてつながっていく。

東野圭吾お得意の、時空を越えた物語。ファンタジーというべきか、関係性がだんだん分かってくるあたりはミステリーというべきか。登場人物それぞれが抱える境遇を切なく描くのは、いかにも東野圭吾とう感じ。

昔、『秘密』を読んでハマってけっこうたくさん読んだけど、ある時期から飽きちゃってつまらないなぁと思ってた東野圭吾。昔読んだシリーズで感じた、じわっとくる感情は久しぶりに感じかも。「泣ける」ということはなかったけど、東野作品の中ではオススメの部類かな。

今検索してて気がついたけど、今月から映画が公開になるのね。その宣伝で見たのがきっかけだったのかも。配役見ないで先に呼んで良かった。先に見ちゃうとその俳優さんのイメージが焼き付いて、自分のイメージ膨らませないからね~。



2017.09.16 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書録



父、かかりつけ医の診察を受ける

先日、父の便失禁という非常事態を受けて、ケアマネさんから介護保険の認定見直しを申請するよう進言された。この前も書いたように便失禁そのものはあれきりないのだけれど、今後症状が悪化したときのために。現在お願いしている食事の支度など「生活支援」は点数が低いので余裕だけれど、今後「身体介助」が絡んでくると、今の要介護1では不足するというのが理由。


申請書はケアマネさんが書いてくれるけど、こちらとしては、かかりつけ医に意見書を書いてもらい、調査員が来る調査日に立ち会う必要がある。調査は基本平日なので私が行くとして、かかりつけ医への診察付き添いは姉に頼むことにした。

ちょっと前まで毎月自主的に受診していた父。3月末にもらった薬をどこかに置いてきてしまうという騒ぎ(そのときの日記はこちら)を起こして以来、付き添いが必要になった。4月末は私が忙しくて次女を動員したのを見て、「どっちみち土日は実家に行くのだから、自分が付き添う」と5月末は姉が行ってくれた。そのときはおとなしく行った父、6月末に行くときは、「行かない」とごねて大変だったらしい。

処方されていた認知症の薬(アリセプト)も、母に管理してもらっていたはずが、7月末に母の入院前に実家に行ってみると、実は父がため込んでいて全然飲んでないということが判明。飲まなくても変わりないなら、嫌がるのを無理矢理連れて行くこともないか、、、と、結局7月も8月も診察は受けていない。

そんな経緯があったので、姉も気が重そうだった。実際今回も行かないと拒否して難儀したらしい。結局は連れて行けたものの、父が不機嫌で険悪な雰囲気らしく、姉はプリプリ怒ってLINEしてきた。

病院には事前に私が電話して事情を説明しておき、姉にも段取りを伝えてあったので、とりあえず目的は達せたようだ。んが。採尿と言われて、3回も水道水を入れてきてしまったという父(笑)。聞けば笑い話だけど、付き添う方はたまんないよねぇ。まさか男子トイレに一緒に入る訳にもいかないし。

認知症のテストもまた受けたらしいけど、姉曰く「生年月日と野菜の名前以外全滅だった」とのこと。よく分かんないけど、医師からは「お金の管理や、ひとりでの外出は無理ですね」と言われたと言うから、やはり症状は進んでるという結果が出たのだろう。

金曜の夜から泊まり込んで今日一日相手をして疲れ果てた姉、明日の日曜はヘルパーさんが来ないので、いつもは土曜日に泊まるのだけど、今日は泊まらず一度自宅に戻るという。そういう姉にまた「俺をひとりにする気か!」と怒ったという父。お盆休みに私が帰ったときと同じねー。

「もう振り切って帰って来ちゃったけど、こんなことだと、毎週行くのが本当に苦痛!!!」というのも、ごもっとも。

お盆に1週間べったり世話をしてあげたことで、父にいらぬ期待を抱かせたと後悔した私。このままだと泥船に乗っていっしょに引きずり込まれちゃう、、、って不安もあって、あれ以来、父とは少し距離を置いている。この先の施設入居も考えると、娘じゃない他人(ヘルパーさん)だけに世話してもらう環境にも慣れてもらった方がいいかなとか。身勝手だとは思うけど、無理をしてまでお世話してあげたい!という気持ちになれないのも事実。

姉には、無理して毎週行かなくてもいいよと伝えておいたけど、まあ彼女も発散したかっただけなのかもしれない。自分は土日に行くことしかしてないって引け目も意地もあるみたいだし。私としては、なんかもういろいろ通り越して、もう私も無理しないから、姉も無理しなくていいよという心境。

となると、、、やはり、父をいずれは施設に入れることを考えなくちゃなのだ。

ということで、とりあえず近くの老人ホームに見学の予約電話を入れてみた! そこがいいかどうかより、とりあえず一度行って話を聞いてみれば、何か展開するかなと。



2017.09.16 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 介護



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