緑内障と薬のストック

数年前に発見された緑内障の、3カ月に1回の検査で眼科へ行ってきた。


昨日の実家ミッションの疲れで今朝から頭痛がしていたので、検査を延期してもらおうと電話したものの、かなり先じゃないと空きがないと言われて渋々行ったにもかかわらず、視野検査、なんかいつになくよく見えた気がした。

診察を受けてみると、実際今までで一番成績が良かったらしい(笑)。「でも、だから良くなったというわけではなくて」と釘を刺されたけど。眼底写真やらその他の検査では、あまりよろしくないらしく、特に今まではほとんど正常範囲だった左目の方が進行しつつあるらしい。幸い、それほど問題になるほどではないので、薬は今のままでいいとのことだけど。

気になったのは、「白内障が少し出ているけど、まだ10年は大丈夫でしょう」というセリフ。白内障といえば、緑内障よりももっと患者が多くて、老人のほとんどはなるぐらいのものらしいけど、いや、でも10年後には今度はそっちの心配ですか。。。と、老化の道まっしぐらな現実にどよんとしてしまう。だって、父や母も手術してるけど、たぶん80過ぎてからだったと思うのになぁ。10年後ってまだ私60代ですよん。

緑内障といえば、母も患っていて、眼科通いをしている。眼科は実家の近く(と言ってもタクシーで行く)とはいえ、体調の悪いときなどは、それすらも結構な負担。緑内障は薬さえ付けていれば、急に進行するものではないので、私のようにまだ先が長い「若者」と違って、母の場合、もう放って置いても寿命が尽きる方が先だと思う。さすがにそこまではハッキリ言わないけどね。

本人は「目くらになったら大変」とマジメに通うつもりが満々。インフルエンザ上がりで熱のあるときまで行こうとしたときは、さすがに予約を変更してもらうように説得した。先週も「だるいけど、視野検査の予約が入っているから」と行こうとするので、無理せずに検査を延期するように言っておいた。視野検査自体も結構疲れるし、待ち時間も結構あるみたいだし。

昨日冷蔵庫を整理したときも、眼科で処方された目薬が、何十個も!出てきた。「だって、行くたびに3本も4本もくれるんだもの」としらっとしている母。「こんなにあっても、一生かかっても使い切れないでしょ!」といったら笑ってたけど、シャレじゃないですから(^^;)。

父のかかりつけ医もそうだけど、断らないかぎり、余ってようがおかまいなしに、どんどんと薬を出す。一割負担だから自分が払う分はいくらでもないと思って、気にもしない老人たち。こんなことやってるから、どんどん健康保険が破綻しそうになっちゃうんじゃないか!と、「若者」としては腹が立つ。

医者の方も、出しておけばそれだけ収入が増えるわけだし。きっと、こういうケース、日本中に山のようにいるんだろうなぁ。なんとかならないのかしら!!!!

2017.05.19 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 介護



実家の冷蔵庫を片付ける

今日は夫に車を出してもらい、恒例の買いだし&ゴキゲン伺いの実家参り。


買っていったパンと作っていたポテトサラダで簡単にお昼を食べた後、夫はその足で彼の実家へ。90歳の義父、82歳の義母は元気で二人暮らしをしているけれど、お正月以来行っていないので、顔ぐらい出しておこうと言うことで。

実家に行く前に寄ったスーパーでは、互いに自分の実家に持参する食料をお買い物。別々のカゴで別行動していたので、互いに何を買ったのか走らないけれど。

うちの実家の父母は今日は比較的元気で、父も落ち着いている感じだった。ランチ後、母は昼寝をしに寝室へ。父も自分の部屋で何かしていたので、私は前から気になっていた冷蔵庫の大掃除に着手。

一度すべてのものを出して、不要品を捨てる、捨てる、捨てる。

「実家あるある」で次々に出てくる、賞味期限のものたち。カレー粉とか天ぷら粉とか、多少期限がすぎても使えなくはないだろうと思うけれど、一応除けておいて、起きてきた母に捨てる承諾を得る。

渋る母に、自分は食べられない→憎き夫のためにそんなものを作る気はサラサラない→捨てるしかないという三段論法を繰り広げると納得。

一度捨て出すと勢いがついて(笑)、「これも捨てていいわ」「これもいらない」となって、かなりスッキリ。ついでに全部のケースを出してベトベトになっていた部分も拭いて、明るくきれいになった冷蔵庫を見て、母も満足そう。

実家にいる間中働き通しだったのでグッタリ疲れてしまったけれど、後半はいっしょになって捨てるものを選別したりしたので、母自身もかなり疲れちゃったみたい。明日寝込まないといいけれど。

医療用麻薬を倍にした効果はある程度出ている様子。今日の夕飯は、カツオのたたき、サーモンのテリーヌ、切り干し大根、焼きナス。噛まなくていいように細かく刻んであげたら、なんとか食べられていたみたいだ。

帰りは電車で帰宅。ガンバッタ自分にご褒美でロマンスカーに乗った。ほんと、もう少し近ければいいんだけどねぇ。片道2時間半はしんどいわ~。







2017.05.18 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 介護



母の薬増量と血液検査

先月末からお願いしている母の在宅診療の先生。昨日が第3回目の診察だった。


13日に日大病院で主治医から聞いた今後の見通しと、抗がん剤処方のための血液検査をお願いした旨を、この在宅のH先生にメールで伝えたのが日曜日の夜。火曜日が診察の日なので、前日の月曜日中に見て返事をもらえればいいなと思っていたら、なんと月曜日の朝起きたらもう返事が来てた。タイムスタンプは午前2時。たまたま夜中に呼び出される用事があったのかもしれないけれど。

血液検査の件は「一般的な項目なら大丈夫」という返事をもらったので、念のため、以前日大で検査したときの検査データを写メしたものを送っておいた。

そして火曜日実家にやってきたとき、血液検査をすると共に、母がしきりに痛みを訴えるので、今飲んでいる医療用麻薬の量を2倍に増やすことになった。朝晩飲んでいるオキシコチン錠を1錠→2錠に、痛いときに飲むレスキュー用のオキノームも1包→2包に。

「この痛みを何とかして欲しい」と訴えながらも、薬が増えることに不安を感じている母に、今飲んでいる量はまだまだ少ない量なので、増やしても大丈夫、我慢しなくていいという話は、日大の先生も言っていたよと、伝えておいた。

在宅の先生との契約は、本来第一第三火曜の月2回なので、通常だと次回は6月の第一火曜、つまり6月6日。ただ、5月は第5週にも火曜日があるので、それだと3週間もあいてしまうことになる。薬を増やした状態でそれは不安なので、特別に来週の火曜日にもまた来てくれることになった。もちろん、その分追加で支払うことになるのだろうけど、きめ細かく診てもらえるのはありがたいこと。

その話は昨日母からも電話で聞いていたのだけれど、今朝先生からもメールがあって報告を受けた。同時に昨日の血液検査の結果もメールで添付されてきた。早っ。「特に問題はないと思います」というコメントと共に。

プロフィールをみると京都大学医学部出身でアメリカ留学の経験もあるというエリート先生。どういう経緯で若くして(まだ30代?)こういう医療に携わることになったのだろう。母は、「なんか、やたらにやっさしい話し方する先生でねぇ」となんだか不満げ。ああいう性格なので、軽口たたけるような感じじゃないのがやりにくいのと、若いから不安というのもあるみたい。「優しいならいいじゃない、何が不満なのさ!」と一蹴しておいたけど。今度会ったら、エリートなんだよ!!!と吹き込んでおこう。

私としては、とりあえずメールでサクサク連絡が取れるのが大変ありがたい。検査結果も郵送とか言わずにメールに添付なんてすばらしすぎる。

今朝電話してみると、薬を2倍に増やしたら、鎮痛効果はずいぶんあったみたいだ。「でも、もう、こうやって痛み止めの薬飲むしかないんでしょ? じゃあ、一生これ飲み続けなくちゃいけないの?」と聞かれたので、「対応できるお薬があるのはありがたいことじゃない。世の中には、効く薬がなくて苦しんでる人もいっぱいいるんだから」と答えておいた。母のイメージしている「一生」ってどのぐらいなんだろう?と思うけれど、そういう発言が出てくること自体、痛みがいくらか和らいでまだまだ大丈夫って気分になった証拠なのかなとも思う。それもつかの間で、いずれもっと増やしていくことにはなるんだろうけどね。




2017.05.17 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 介護



母の余命を聞く

片道1時間半の通院が負担になってきた母の代理で、土曜日に板橋の大学病院に行ってきた。


母自身は、ツライから行きたくないのが半分、直接診てもらいたいのが半分だったのだけれど、前回の診察時に、本人が来なくてもいいと言われていたことと、そろそろ余命その他今後のことについて詳しく聞いてこようと思っていたので、「雨も降って寒いし」と説き伏せて自宅待機してもらった。

土曜日だったこともあって、この日は姉も同行。いつも一方通行でなかなかコミュニケーションが取れていなかったので、そういう意味でも母がいない方が都合が良かったというのもある。

この日は主治医である口腔外科と、放射線科、2つの科を受診。先生ふたりにそれぞれ聞いてみたけれど、答えは同じで、余命は「年単位ということはないでしょう」とのこと。「このまま口からものが食べられる状態が続けば、数ヶ月は余裕でクリアすると思うが、食べられなくなると1カ月か2カ月になっちゃうだろう」と。

口から食べられなくなった場合、人工栄養は賛成しないというのが放射線科医師の意見。「点滴で命を繋ぐのは、本人にとって苦痛を増すだけ」という、まさに私が最近いろいろな本を読んで学んでいた話。私もそれを望むけれど、姉がなんて言うか心配だったので、この早い段階で先生の口から伝えてもらえたのは良かった。予想通り姉は初耳ぽい顔で聞いていたけど、基本的には納得したようだ。

今後は、患部が大きくなり痛みも強くなってくると同時に、転移が予想される。症状としては全身の衰弱。基本的には何もできないが、骨への転移のみは例外で、痛みがひどく、特に背骨がやられると感覚が麻痺して排泄ができなくなる(垂れ流し)になったりして、それは本人にとってもツライことなので、放射線治療で対応することを考えたいという。その場合、余命を考えれば数ヶ月効き目が続けばいいので、1回あてれば十分。なので、今後は患部以外にすごく痛むところがないか、気をつけてみてあげてねと。

抗がん剤をいつまで続けるかについては、2人の医師共に同じ意見で、「本人次第」。つまり、効き目自体はさほど大きくないし、そのせいで食事がまずく感じることもあるかもしれないので、辞めてもいい。だが、抗がん剤を飲み続けることが本人にとっての心の支えになっているので、それをやめると希望を失ってしまうので、おすすめしない。それはまったく私も同感。

ほー!と思ったのは、、今後肝臓などへの影響が出てきて飲み続けられなくなったとき、在宅医に頼んでプラセボ薬を出してもらうという手がある、という話。

プラセボとは偽薬のことで、実は乳糖など薬じゃない成分を入れたカプセルを薬だと思い込んで飲むというもの。いろいろな薬で偽薬を使っても半分ぐらいの人が治ってしまうデータがあるという、いわゆるプラセボ効果というのは知っていたけど、まさにそれね。それはいい考えかも!(こういう話は、まさに本人がいたら聞けない話)

そして、抗がん剤を出してもらうために必須の3カ月おきの血液検査についても、在宅医に検査をしてもらって、そのデータを持ってくれば本人が来なくても処方できるという。なるほど!週明けにでもさっそく在宅医に連絡して、相談してみよう。

そんなわけで、当面は在宅医に緩和ケアをしてもらいつつ、私が代理で抗がん剤をもらってくるという方向で行こうと思う。

余命については、まあそんなものかな、いやでも案外何年もこのままだったりして……という思いが交錯していたけれど、医師の意見をハッキリ聞けたことで、今後やるべきことが少しクリアになった気がする。もう旅行の予定も入ってないし、ここからは一日一日できることを粛々と進めて、納得のいくお見送りをしようと腹も据わった感じ。

夫婦ふたりだけで生活できるのも限界が来てるし、時間的なものを念頭に置いて、母亡き後の父のことも含めて、いろいろ準備を進めなければ。。。。








2017.05.14 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 介護



父の近況

後々の参考のために、現状の記録をメモ。


私自身は先月26日に会ってから2週間近く会ってないので、母や次女から聞いた話のまとめ。

連休中で姉が実家に泊まっていた夜のこと。母が夜中に目が覚めると、姉が大きな声で何か話しているのが聞こえてきたという。のぞいてみると、父が「カミソリがない」と騒いでいたらしい。夜中に寝ぼけてヒゲを剃ろうとしたのか? 洗面所の水をずっと流しっぱなしにしていたので、その音で洗面所のすぐ前の部屋で寝ていた姉が気がついて、「明日探そう」となだめていたところだったというわけ。

母の話も支離滅裂で要領を得ないのだけれど、「玄関のドアを開けて」父が何かをしていたらしいので、「近所迷惑だから」「みっともないから」と、必死にやめさせたとのこと。

母の説明はとにかく「迷惑」「困ったもんだ」「恥ずかしい」と自分の気持ちを述べるばかりなので、さっぱり状況がつかめないのだが。「おっかないと思ったのか、次の日の朝さっさと帰っちゃったわよ」いう(by母)姉に今週会う予定があるので、そのときに説明を聞けばもう少し詳しいことが分かるかな。客観的に出来事だけ聞けば大したことじゃないけど、現場に居合わせた母や姉にしてみれば、勘弁してくれって感じだと思う。

翌日になって父本人も「俺、昨日はどうかしてたな」とつぶやいたらしいので、少しは自覚があるのかもしれない。もちろん詳しいことは本人も分からないだろうけど。

そして、今日。次女とLINEをしていて聞いた話。次女が実家に電話をして母と話していると、父が話したいといって電話を替わったという(珍しい)。そして「たまには正月以外にも顔を出しなさい」と言われてずっこけたという(笑)。

ここでも書いたように、次女はつい2週間ほど前に父の病院に付き添ったばかり。そのとき父は次女を私だと思い込んでいたようなので、次女としても「今日は私だって分かってるって事だよね」と笑ってたけど。

ついでに聞いた話によると、病院に付き添った際も、診察室に入るや否や、先生の座る椅子に座ってご満悦だったんだとか。次女や看護婦さんが慌てて、「ああそこじゃなくて」って移動させたらしい。(話だけ聞くとコントだ)

そして先生が現れると次女のことを「娘です」と紹介。状況は一目瞭然なのでスルーしてくれたらしいが。先生から「徘徊などはないですか?」と聞かれたというので、症状が進んでるなと先生も感じたのかもしれない。

昨日電話したときも、母曰く、30度近い暑さなのに父はジャンパーを着てホットカーペットを付けてるという。おそらく、もう暑いも寒いも分からないのかも。ホットカーペット付けるのも習慣だから何も考えずにやってるんだろう。

こんなことでは、これから暑くなったら熱中症にでもなるのではと心配になる。小まめに見て調節してあげるように母に言ったけれど、例によって母は「口が痛くてご飯が食べられなくてかわいそうな私」で精一杯、しかもにっくき父のことなんて知ったことかというトーンなので、今ひとつ反応薄い。服装にしても、季節に合わない格好をしてるところを「人に見られると恥ずかしい」という視点しかない。

末期癌患者に人の面倒をみろというのも酷な話だとは思う。母がアレコレ言ってもケンカになるだけなのも目に見えてるし。

ふたりだけで置いておくのも、いずれ限界が来るんだなーと思わされる今日この頃。かといって、私のウチに引き取れるわけではなし、私がそこに住むわけにもいかない。実家のマンションを引き継ぐことになっている姉は、いずれはいっしょに住むとは言っているけれど。私より短期な姉が果たして面倒を見切れるのか。

と、アレコレ考えると時限爆弾を抱えてる気分だわ~。

でも、みんなが通る道だもんね。なんとかうまく乗り切れますように。



2017.05.09 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 介護



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