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おじいちゃん日記0319

春のような暖かさだったこの日。もちろん室内はポカポカ暖かくて、バタバタ動き回っているスタッフさんは暑い暑いといっているぐらいなのに、分厚いジャケットを着て、まるで真冬の外出のような格好の父。「こんなの着てたら厚いでしょう!」と脱がせると、下にもまたジャンパー、その下にもスウェットのジャンパー。その下はウールの厚地のシャツ。当然その下には下着を着ているだろう。玉ねぎのごとく1枚ずつ脱がせて(笑)。


スタッフさん曰く、昨日もそうだったらしい。「かっこいい上着がズラッと並んでるから、全部着たくなっちゃうのかしらね」って笑ってた。でも、全部きっちりファスナー締めてるところをみると、本人的には寒いのかなぁ。特に風邪引いてる風でもなかったけれど。

私が着いたとき、何やらトイレで声がしていて、例の第3の女が今日も荒ぶっていた様子。スタッフ2人がかりで部屋まで連れて行ってヘロヘロしているところに、ちょうどその娘さんがやってきた。しばらくして出てきたスタッフによると、「やっぱり娘さんがくると落ち着くのね」って。まわりにいないので父も忘れたようで、その後は平和なおやつの時間に。

相変わらず「飯は食ってきたのか」「食べていくんだろう」とかは気にかけていたけれど、それ以外はあまり私に関心を示さない父。特に自分から何か話そうともしない。壁に貼ってある写真を見て「あれは誰」みたいな話をしたり、テレビを見ながらどうでもいい会話にならない会話をしたり。

おやつを食べているときに、いつになくむせていたのが気になったぐらいで、特にブログのネタになるようなことはなかった。残念。まあ、こういう日もあるということで。

それより面白かったのは、いつも見たことない3時ごろの相撲中継。私はあまり相撲に興味がないので、ニュースでダイジェストをやっていても、つい土俵にいる力士より後ろにいる観客に目がいってしまう。結構有名な人が紛れ込んで写ってたりするので。今日も観客席をぼーっと見てたら、この時間帯の観客のユルさと言ったら! 

「はっけよい残った!」って取り組みが始まってるのに、お弁当食べてる人あり、おしゃべりしてる人あり、携帯でメール(LINE?)してる人あり。いつもニュースでみる横綱や優勝争いの絡んだ一番のような緊張感が全然ない。こんな時間から見に来てる人は最後まで長丁場だから、今のうちに食べたりくつろいだりしておかないと、持たないのかな(笑)。

なーんて、どうでもいいことが今日の一番の感想。何もないのが一番ね。

2019.03.20 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 介護



おじいちゃん日記0309

先日施設の自室で転倒して頭に裂傷を負った父。先週の土曜に夫と「現場検証」に行ってみた結果、自室においてある簡易タンスみたいなののヘリにぶつけたのかなということになった。ニトリで買った安物だから、角やヘリがちゃんと処理してなくて、ここにぶつけたら切れちゃいそうな感じ。


再発防止に、施設のスタッフが置き場所を変えて、前に椅子おいて近寄れないようにするなど工夫してくれたんだけど、夫が緩衝材で保護してくれることになった。そのための材料を先日買ってきたので、この日はその作業のためにふたりで施設に行ってきた。

着いてみると、父は最初あまり機嫌が良くなかった。私の顔を見ても「おお」とちらっと見ただけで、表情も変えず素知らぬ顔。ゴーンさんが東京拘置所(父の以前の職場)から出てきた話などを振ってみると、「いろいろむずかしいことがあるんだ」とかそれっぽく話すけれど、例によって意味不明。なのはいつものことだけど、眉間にシワを寄せたままでニコリともしない。

その後も何やらいろいろ話すのを聞いていると、スタッフの一人を指さして「あの人はなかなか勇ましてく」とか「自分の思うようにしたいみたいだ」というようなことを言う。そのスタッフは比較的若くて、あまりスキルのなさそうな人だから、何かちょっとしたトラブルがあったのかもしれない。「何かいやなことがあったの?」ときても、「いや、そういうわけじゃないんだが」と即刻否定していたけれど。「まあ、いろんな人がいるし、いろいろあるよね」などと適当にお茶をにごしておく。

話題を変えようと、頭の傷の話に。すっかりきれいになってたので「よかったね。でも抜糸するとき痛くなかった?」と聞いたら、やっと満面の笑顔になり、「あ~、ちょっと痛かったなぁ」という。反応からして明確に覚えてるらしい。こういうことは珍しい。そんなに痛かったのね(笑)。あとで施設長に聞いたら、「でも怒らないでちゃんと我慢してました(笑)」って。病院で治療を受けてるっていう状況は理解できてたってことだ。

ただ、その後、どんどん私から関心が離れていく父。途中でスタッフにも「せっかく娘さんがいらしてるのに、どうしてそっち向いてるんですか? 恥ずかしいの?」と突っ込まれるほど。実は、途中から利用者のSさん(入居以来、父が母だと思い込んでるらしい人)がひとりでずっと何か話していて、どうやらそれが気になって仕方ないみたいだ。

何を話してるのかさっぱりわからないヒトリゴトなんだけど、「おお、そうか」「そういうこともあるのか」「なるほどなぁ」と相づちをうち、ハッハッハッなんて笑ったりして(もちろん、相手は父のことはまるで無視)。何より、それを聞いている顔がなんともうれしそうなこと。途中で「それでアンタは~したのか」なんて聞き返したりしてるところを見ると、やっぱり母と話している気になっているのかなぁと思う。

私から話しかけても、「もう行くのか?」などと、いかにも早く帰ってくれというオーラが出てる(笑)。今日はどうやらおじゃま虫だったようだ。せっかく行ったのにちょっと残念だけど、機嫌が治ったならまあいいや。

夫の作業が終わった後、無理やり父を自室に連れていき、恩着せがましく説明したら、「そりゃ、わざわざすんませんでした」などと恐縮していた。もちろん分かってないけど、そういう常識的な反応ができるだけ合格点だ。

これが完成写真。ビフォーも撮っておけばよかった。

IMG20190309113424.jpg 

とりあえずは、もう怪我しませんように!

2019.03.09 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 介護



リハビリのデイサービス

義実家で利用し始めた介護保険の話の続き。(前回はこちら


私達夫婦も同席したケアマネさんとの初回の打ち合わせで、自宅の改修と共にお願いしたのが義父のリハビリだった。

この2月で92歳になった義父は、今回の入院騒ぎがあるまでは、とても元気で体力もあった。去年の冬の雪かきも平気な顔していたし、春には足元の悪い崖に降りてたけのこを堀り、重たいものをかついで上って来たとか、私なんかよりよっぽどスゴイと関心していた。

4,5年前に肺ガンの手術で入院したときも、間もなくして元通りに復活した。

ところが今回約1ヶ月半の入院から戻った後は、さすがにガクンと体力が落ちてしまった。足元もおぼつかなくなったし、何より動き回る気力、体力がなくて、1日中座って居眠りばかりしている。動かないから食も細くなり、食事もあまりたくさん食べられない。

まあ92歳のおじいさんとしては、そんなものかなと思う程度ではある。ただ、以前はじっとしていることがなく、常に動き回っていた人なので、ギャップが大きい。特に毎日いっしょにいる義母にとってはストレスが大きいようだ。こんなことではどんどんボケが進んでしまう!と。

動かないとますます動けなくなることは目に見えているので、なんとかリハビリをさせたい。リハビリのデイサービスは、以前実父のときに見学に行ったことがあったので、私もなんとなく様子がわかる。打ち合わせの日にケアマネさんに「見学に行きたい」と頼んで、さっそくその日の午後に義父母を連れて行ってみた。

そのときに撮った写真。

IMG20190128145423.jpg 

ジムにあるような器具がたくさん並んでいて、専門のスタッフの指導を受けて利用する。初回は医師と面談してプログラムを決めたりするらしい。

自宅から車でも15分ぐらいのところだけれど、もちろん無料送迎がつく。そのときの話では、義父ひとりでは行きたがらないから、義母もいっしょに通うということになっていた。義父も義母も、このときはけっこう乗り気なようだったのだけれど。。。

その後、私達がこちらに戻ってきた後、ケアマネさんと義母とで契約を交わし、結局今月から週1回、義父だけが通うことになったと聞いていた。義母はやはり背中が痛いので、送迎の車(あちこち回るので時間がかかる)に長いこと乗っているのが辛いのだという。

そんなこんなで、先週ついにデイサービスデビューした義父。ところが1時間もしたら「帰りたい」と言い出し、結局義母が車で迎えに行ったのだという。最初に血圧を測ったら170ぐらいあり、医師からは「緊張してるからでしょう」といわれたらしいのだけれど、「また鼻血が出て止まらなくなったら怖い」(先日の夜中の救急騒ぎのときも血圧が高かった)からと、義母は通わせること自体どうしよう、、と思ってしまっているらしい。(本人が「もう行かない」と言っているどうかは分からない)

義父には、自宅にいても少しでも運動するように、夫が簡単にできる運動などを指南してきたのだけれど、自分からやることはないだろう。

義父自身も体力が落ちてしまったことは気にしていて、「リハビリすれば元気になるよ!」と言えば、「うんうん」とは言うけれど。隣でいっしょにやりながら付き合ってあげるならともかく、自分から思い立ってやるハードルは高そうだ。

リハビリって、とにかく本人のモチベーション次第だものね。元気になってほしいとは思うけれど、無理強いもできないし。ここまでお膳立てしてダメなら、様子を見守るしかないのかな。



2019.03.05 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 介護



介護保険、義実家の場合

先週、ようやく義両親の介護認定結果が出たらしい。申請が1月6日、認定調査員の訪問を受けたのが1月10日。普通は1ヶ月というところが延び延びになって、結局2ヶ月近く待たされたことになる。おそらく、この時期は申請が殺到して混んでたんだろう。お正月みで、あら大変!ということに気づいて申請する人多そうだから。

結果は、義父も義母も要介護1。

介護保険を使ったサービスは、認定結果が出るのをを待たずに利用が始められる。義父母の場合も、私たち夫婦が行っていた1月28日にケアマネージャーとなってくれる人が義実家にやってきて、契約を交わした。

今回は、義母の知り合いにケアマネをやっている人がいて、直接お願いしてあったので、いろいろスムーズだった。さすが地縁の濃い暮らしをしているだけのことはある。実家のときは、母に誰がいいとか噂聞いたことない?と聞いても、「知らないわ」と一蹴。認定結果といっしょに送られてきた事業者一覧表を眺めては途方にくれたものだった。結果的には、相談の窓口になってくれていた地域包括センターの人が良さげの人を紹介してくれて、その人が大当たりだったのは本当にラッキー。

話を義実家に戻すと。1月28日の段階で、夫からケアマネさんに現状を改めて説明し、希望を伝えた。まずは、①自宅に手すりをつけるなどの改修をしたいこと、そして②義父をリハビリのデイサービスに通わせたいことだ。

実家の場合はヘルパーさんの家事支援と施設(グループホーム)しか使ったことがないので、どちらも私にとっても未経験だ。

①の手すりは、2階に上がる階段と、玄関の外(ドアまで三段ほどの段差がある)、そしてお風呂場(湯船に出入りするときにつかまる甩)の3箇所。1月28日に業者の人も同席していたので、直接カタログなどを見せてもらいながら相談して発注内容を決めた(夫が)。

自宅の改修は工事費20万円分までが介護保険の対象になる。これは要支援1から利用できて、要介護度による自己負担の違いはない。万が一、要支援1もつかなかった場合は全額自己負担になってしまうけれど、さすがにそれはないでしょうということで。

工事費はまず全額を業者に支払った後、自己負担が1割の場合は9割に当たる金額が返金される。工事を依頼した段階で口座番号なども提出するので、返金を受けるにあたっては利用者は何もすることなく、自動で振り込まれる。

義実家の場合は、ほぼ満額の20万円近い工事となったようだ(実際の細かい数字は知らないので、若干違うかも)。自己負担は1割なので、ざっくり言うと、いったん20万支払い、後日18万円が戻ってくる計算になる。

この業者には、3箇所の手すり以外にも、寝室で布団から起き上がるときにつかまるバーみたいなもの(月数百円程度のレンタル)と、お風呂場の洗い場で使う椅子(衛生用品なので購入)もお願いした。

材料の発注に時間がかかるということで、実際の工事が完了したのは2月20日頃だった。ということで①は完了。

長くなったので、②のリハビリデイサービスについては、また明日。



2019.03.03 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 介護



年相応のボケと認知症の違いは

「年相応のボケ」と「認知症」とは明確に区別できないのでは?という話は、ここでも何度も書いてきた。


たまに瀬戸内寂聴さんとか日野原センセイとか、超しっかりした人もいるけれど(それでも本人比ではいろいろあるんだろう)、90にもなった高齢者がぼけてくるのは当たり前なのだ。徐々にいろいろなことがわからなくなっていくのは、人間の自然の姿なのだと思う。

ただ、先月義実家に行って義父と1週間いっしょにいて実感したのは、明らかに認知症ゾーンに入ってしまった実父とはやはり大きな違いがある。

「つい昨日のこともまるで覚えてない」といっても、義父の場合は、まわりが説明すると思い出す。「ああ、そうだなぁ、行ったなぁ。そのとき●●だったなぁ」などと。たまに全然覚えてないこともあるけれど、だいたいはOK。

実父の場合はほとんどが思い出せない。たまーに「そんなことがあったような気がするなぁ」というけれど、霧の彼方にうっすら像が見えている感じみたいだ。明確に「あのとき誰がああ言って」などと思い出せることは100%ない。

そして、いわゆる「言い繕い」をするかどうかも大きな違い。覚えてないことを悟られたくなくて、分かってるフリをするというのは、認知症の人に特有の症状だ。特に実父はプライドが高いせいもあるかもしれないけど、初期の頃からこの「言い繕い」が頻繁にあった。言われたことに関して「そうそう」と調子を合わせるけど、まったく話が通じていないということがたびたびあった。

いつの頃からか、父の「そうそう」は、分かってないことの印のようになった。むしろ、「いや、そうだったか?」と聞き返すときは、そこに関する記憶が何かしら思い出せそうな気がしているということなのだ。

最初は思い出せないことを言い繕うという本人の意思があって言っていた「そうそう」も、今では何も考えずに何か言われたらそう返すのが普通になってしまった感じ。

義父にはこれがない。思い出せないことは「わからねぇ」とハッキリ言う。「わかんなくなっちまった。俺もボケたかなぁ」というけれど、そこでキョドってる風はない。性格の違いはあるだろうけど。

なので、私個人のジャッジとしては、義父はまだ「年相応のボケ」ゾーンにとどまっていると思う。

でも、夫をはじめ義妹も義母も「認知症」という前提で話す。だからと言って、医者に行って薬をもらわなくては!というわけでもないのだけれど。たぶん、そう思うことであきらめをつけたいのかな。認知症という「病気」なら仕方がない、いろいろなことも我慢するしかないかと。

実父とて、長谷川式の点数を示されただけで、専門医にMRIを撮ってもらったりはしていないから、アルツハイマーとかレビー小体とか正式な診断を下されたわけではない。ただ、明らかにおかしいのは、日頃このブログにも書いてきたとおり。

改めてこのブログを遡って読んでみると、「認知症だと診断を受けることに何の意味があるんだろう?」と書いた時、「認知症だってハッキリすることでとでまわりの理解を受けられたり、介護する方も割り切れたりする部分もある」っていうコメントをもらっていた。うん、そうだよね。今思えば、本当にそう。

私自身も、父がまぎれもなく認知症だと確信したことで(診断はともかくとして)、何度も聞き返されても怒らないとか、伝わることをあきらめるとか、対応の仕方が変わったように思う。病気とはいっても治せるわけじゃないんだから、レッテルを貼ったところで何がどう違う?とも思うけど、実際ハラが座る部分はあるのは事実。

あと、「認知症にだけはなりたくない」「認知症になったらもうおしまい」みたいに思ってしまいがちだけど、今の父を見ていると、いろいろ忘れてしまうのも、分からなくなってしまうのも、そう悪いことばかりじゃないとも思える。

去年、終末医療に関する講演会で出てきた「自分がなるなら、ガンと認知症どっちがいい?」という問題。それぞれの両親を持つ私としては、認知症かなぁと思ってしまった。もちろん、いろんな条件や環境によってケースバイケースだろうけどね。

2019.03.02 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 介護



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