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葬儀に関連して知ったプチ知識

先日の戸籍のこともそうだけど、母の死去に際しては、今までの人生で体験しなかったいろいろなことを知る機会となって、大変だけど、なかなか「学びの多い」毎日だ。


たとえば、通常お葬式のお香典は「御霊前」、四十九日後、一周忌などの法要は「御仏前」と書かれた熨斗袋を使う、というのが一般的な常識だ。(ということを知ったのも、結構おとなになってからだったけど)

でも、前にも書いたように、浄土真宗では亡くなったら即成仏して極楽浄土へ行く。つまりお葬式のときにもすでに「仏」になっているから、本来「御霊前」というのは正しくない、ということになる。とはいえ、お葬式に来る人たちは、そもそもそのお葬式がどんな宗派でやられるかなんて普通は知らない。仮にあの家は浄土真宗だったっけという情報があったとしても、その人が自体が信徒でなければそういう違いを知らない可能性も高い。だから、「御霊前」ののし袋を使っちゃったからといって、マナー違反だと思われることはないはず。あくまで、元々の意味からいうとね、という話。

実際、母の葬儀でいただいたのし袋を見ても、ほとんどすべてが「御霊前」だった。ただ、1枚だけ違うのがあった。

IMG_4817.jpg 

一番右のやつね。「ごこうでん」と読むらしい。

この袋を使っていたのは父の実家の跡取り(私のいとこ)。そもそも父の実家が浄土真宗だから……ということだったので、当然といえば当然なんだけど、やっぱり浄土真宗の人は「御霊前」を使わないのね。

うちが今回浄土真宗でやるということは知らせていなかったけど、おそらく習慣として「御霊前」は使わないから、そもそも自宅に買い置きしてないのかもしれない。この地方(石川県)は圧倒的に浄土真宗が多いというし。もしかしたら、近くのお店で普通に売ってなかったり?

あと、浄土真宗では「ご冥福をお祈りします」という言葉もそぐわないんだとか。

「ご冥福」とは、つまり亡くなった人があの世で幸せになることなんだけど、浄土真宗では必ず極楽浄土にいって幸せになれるんだから、祈る必要はないと。天国に行けると信じられるキリスト教も同じという話も見かけた。(この解説がわかりやすい。「ご冥福をお祈りします」の意味と正しい使い方

ネットでこの手のことを調べると、いろいろ質問してる人がいて、答えている人がいて……というページが沢山出てくる。たいていは、「マナー違反だ!」と叩いてる人がいて、「本当はどっちでもいいんだ」と解説している人がいて(笑)。

そもそも、こういうのは基本は気持ちの問題なんだから、あまりうるさいことを言う必要はないというのが、個人的な意見。葬儀や仏事にまつわるいろいろなことも、実際にお坊さんに話を聞くと、「そんなに堅苦しく考えることはないんですよ」という。

お香典にしたって、要は「亡くなった人のために使ってくださいね」という気持ちの表れであって、わざわざ持ってきてくれただけで十分ありがたいこと。さすがに紅白の熨斗がついた祝儀袋を持ってきたら、頭がおかしいのか、痛烈な皮肉なのか、ビックリするだろうし、普通の白い封筒でも、「非常識」という印象は持っちゃいそうだけど。

厳密な意味合いはともかくとしてお、その辺の境目、どこまでが「常識で許されるのか」が分からないと不安なのよね。仏式じゃなくて、神式とかキリスト教とか無宗教とかそういう式だったらどうすればいいか?とか。まあ、そういう「レア」なケースは、他の人もよく分かんないから、「みんな分からないだ」と思えば、気が楽かもね。




2017.10.07 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 葬儀



浄土真宗

昨日の続き。


今回のお葬式で初めてお付き合いした浄土真宗。全然ゆかりのないものよりは、と父の口から出たこの宗派を選んだのだけれど、なかなかにお得?なこともあって。

葬儀の打ち合わせでオプションの紹介をされたとき、「これは浄土真宗では必要ありません」って最初から消去されたものがいくつかあった。よく覚えてないけど、六文銭とか。以前、夫の実家で祖母のお葬式をしたときは、三途の川の渡し賃みたいな理由で六文銭を入れたり、いろんな副葬品があった気がするけど、そういうのが一切ないらしい。

ちょっと調べてみると、浄土真宗では開祖の親鸞さんが「他力本願」ということを言っていて、人間は亡くなると、誰でもその瞬間に成仏して極楽浄土に往生できるのだという。「成仏できない」心配はないから、死後のいろいろな儀式もシンプルってことなのか?(にわかなので、言葉の使い方とか含めていろいろ違ってるかも。詳しい人いたら、易しく教えて!)

位牌もなし。代わりに過去帳というのを使うこともあるけど、なくてもいいとか?

仏壇のないわが家。父はもうそういうものにはこだわりも関心もないようだし、姉もいらないという。だったら、買わなくてもいいじゃん?的な流れになりそう。

ちなみに、現在は持ち帰ったお骨を飾る、組立式の段ボールの飾り棚みたいなのをもらったので、それを組み立てて、お骨と遺影、祭壇に飾っていたお菓子や果物をのせている。その飾り方もよく分かんないので、サイトのサンプル写真をスマホで拡大してみて、それらしくマネしただけ。なんだかお雛さま飾ってるときみたい(笑)。

お線香とろうそくも付いてきたんだけど、父ひとりのときに火事でも起こしたら大変だからしまってある。父がお線香あげたそうだったら、電灯式のを買おうかと思ったけど、関心ないみたい。弔問に来るひともいないし、まあいいかと。

と、いろいろ適当でも、もう母は成仏できて極楽にいっていると思えば気が楽(笑)。

そういえば、葬儀のときから棺の中の母を見ても、「なきがら」「ぬけがら」としか見えなかったのは、もう成仏しちゃってたからなのかな。


2017.09.25 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 葬儀



ご恩を掘り起こして

葬儀にさいしてお坊さんがつけてくれた母の法名は、「釋尼咲薫」。


なんだか文字数少ないのは、一括パックのお布施だったから?かと思ったら、そういうわけでもないみたいで。よくお金を積むと「大姉」が付く、とかいうのは宗派によるらしいのだ。

今回のお葬式、宗派はどうしますか?と聞かれ、選んだのが浄土真宗。わが家は菩提寺なんてないし、そもそも子供の頃から家には仏壇も位牌もなかったし、仏教とは無縁。宗派もさっぱり分からないんだけど、母が入院してから父に、実家の宗派は何?と聞いたら浄土真宗だという。父自身はこだわりはないみたいだけど(というか、もはやよく分かってない)、それでいい?と一応了承を得てあったので、それでお願いしたという経緯。(父の実家は石川県で、北陸地方は浄土真宗が多いらしい)

浄土真宗では、戒名ではなく法名というらしい。そして「釋尼」は女性にみんなつく文字なので、その下の2文字がお坊さんが考えてくれたもの。ネットで見る限り、「尼」も付かないこともあり、3文字というケースも多いとか。親鸞でさえ「釋親鸞」だけらしい。ただ、特別にお寺に貢献した人には院号というのが付くケースもあるらしいけど。(それもお金次第なのかな?)

「咲薫」は、前に書いたように、葬儀前日にお坊さんから直々に電話を頂いて、生前の母のことを聞かれ、答えた私の話を元に付けられたもの。お坊さんの説明によると、「お母様は大変明るくにこやかで社交的とお聞きしたので、笑顔が咲き誇っているイメージ」によるものだそうだ。薫は母の俗名だ。

病室の母にお花を持って行くと喜んでくれたし、お葬式もお花いっぱいだったから、まさにふさわしい名前をいただいたと思う。

母が入院中、私の夢に出てきたことがあった。夢の中の母は、一時退院したという設定になっているのだけれど、元気な頃のように笑って話をしていて、目が覚めた後、あんな風に母がうれしそうに笑ってる顔を見たのはいつが最後だっただろう?と思ったことがあった。

そんなこともあって、「お花の咲き乱れる中で笑っている」というイメージは、私としてもとてもありがたく思える。

戒名なんて、意味わかんないし形だけ、、と思ってたけど、ありがたく思える日が来るなんて。

お坊さんのお話の中でもう一つ印象に残ったのは、火葬場で棺を炉の中に入れてすべてが終わり、帰り際にしてくれた「残されたご家族にとってお悲しみは深いと思いますが、どうぞ、故人が残してくださった恩を掘り起こして、ありがたく受け取ってください」みたいな話。

仏教のことは何も分からないし、信心もない。形式ばったことはバッカみたいと思っていたけれど、やっぱり長く続いてきたことというのは、それなりに意味や価値があるのだなと、ちょっと思った。菩提寺でもないし、このお坊さんと会うことは二度とないと思うけど、こうやって納得できるお葬式にしていただけたことは、このお坊さんと巡り会えたおかげ。心から感謝、感謝。

このお葬式を無事終えたことで、私自身大人としての務めを果たせたような気もするし、いろいろ学ばせてもらえたのは、やはり母からの「ご恩」のひとつだよね。

生前の母にはいろいろ不満もあったけど、時間と共にいろいろな「ご恩を掘り起こして」いけるのかな。

2017.09.24 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 葬儀



立派なお骨

さすがに2日更新しなかったけど、無事、通夜と告別式が終わったので、一応記録。

(タイトルのオチは後半にあります。前半はダラダラ長いので、読み飛ばしてください)

亡くなったのが火曜日の早朝未明。母は病院から直接葬儀場へ運んで安置してもらい、いったん実家に行き仮眠。水曜日の午前中に葬儀社と打ち合わせをして、私と夫は帰宅した。弔問に訪れる人もいないので、姉と父もいつも通りに実家で過ごした。

そして木曜日。午前中自宅を出て、お昼すぎに実家に到着。すでに父は姉に喪服を着せられていた。私が前もって喪服とYシャツを出してかけておいたので、落ち着かなくて早く着ちゃったみたい。ただ、いつもしているベルトがみつからないとかで、代わりに出したベルトが緩すぎると気にしている。私がこの前買ったゴムのズボンにするというのをなだめて、夫にハサミの角で無理矢理もうひとつベルトの穴を開けてもらい、一件落着。

15時半に会場入りしてくれと言われていたので、15時すぎに出発。石川の父の実家から着てくれた親戚が、会場に早く着き過ぎちゃったからと実家へ来るというサプライズがあったけど、なんとかみんなウチの車に乗れてよかった。早めに着いたはいいけど、会場の準備はまだ全然できてなくて、ロビーでかなり待たされる。

会場の準備が出来て、棺に収まった母と再会。(納棺には立ち会わず)

オプションで顔のまわりにお花をたくさん入れてもらったおかげで、かなり華やか。顎の部分はガーゼがとれないので、その部分にもお花を埋めてもらって。でも、棺の中の母の顔は、なんだか別人。元気な頃のふくよかな顔と違うのはもちろん、たぶん多少ワタなどで膨らませてもらったのか、亡くなったときの骸骨のような顔とも違う。病院で対面したとき、翌日葬儀場で対面したときのどれとも違っていて。葬儀に来てくれた親戚も、「全然顔が違うから、違う部屋に入っちゃったかと思った」と言われたほど。

通夜が始まるまでの間は、お花を出してくれた人の名札などを確認するぐらいで(たくさん出してもらったので、祭壇が華やかになってありがたかった)特にすることもなく。16時すぎにお坊さんが見えたので、父、姉、私、夫、娘ふたりで別室に入り、つけていただいた法名(浄土真宗では戒名と言わず法名というらしい)などについてお話を聞く。亡くなったことを悲しいと思うのではなく、故人が残してくれたご恩を受け止めましょうみたいな。ちょっとしんみりする。

お通夜は17時から。30分ほどお経を読んでいただいた後、みんなの前でもお坊さまのお話があった。これも20分ぐらい?お話好きのお坊さんなのか、この宗派がそうなのか? でも、一括パックなのに(苦笑)よくしていただいて、ありがたい。

通夜終了後は、その場で通夜振る舞いの会食。来てくれた親戚(いとこ)たちにビールをつぎながら、お礼を言って、お話をして。小さい頃からほとんど付き合いがなく、話したこともない人もいるぐらいだけど、ここ数年、おじさん、おばさんの葬儀が続いたので、さすがに顔と名前ぐらいはなんとか分かってよかった(笑)。みんな、年寄りの介護と見送りの先輩なので、いろいろ体験談を聞かせてもらったり。その日は、父と姉を実家に送り届けた後、私と夫は帰宅。

翌金曜日。朝早く自宅を出て実家へ。昨夜は戻り次第スグ寝てしまったという父だけど、やはり夜中に起き出してどこかに行こうとしたとか、姉は「おかげでちっとも寝れなかったし!」と怒ってる。ちなみに父は、特に異常な行動はなく。亡くなった翌日、「お母さんは?」と聞いたらしいのと、母のことを「お袋は」と言うのをのぞけば、普通に事態を把握してるっぽい。葬儀の間も、合掌と言われるたびに、なぜかキリスト教みたいに指を組んでお祈り?しちゃうぐらいで、まあ特に問題はなく。

時間になり、父と姉をつれて斎場へ。ほとんどの親戚はお通夜だけという人が多く、告別式はひっそりと。それでも、母が生前仲良くしてもらっていた遠方の友人が顔を見るなり泣き崩れちゃったり、また別の友人のおばあさまはお香典の中にお手紙を入れてきてくれたり。(お手紙は棺に入れさせてもらった)

出棺の前には、祭壇にあった花をみんなで棺に入れる。前日にあわてて印刷した、みんなと写った写真もいっしょに。お花があまりにたくさんで、花の精になれそうなぐらい、もう全身花まみれ(笑)。入院中、お花を買ってもっていくと、いつも「きれいね」と眺めてたから。「でも、こんなに入れたら息できないわよ!」って怒ってるかもね、なんて。

出棺後、マイクロバスで火葬場に行き、荼毘にふす。訃報を聞いて以来、不思議なぐらい冷静で涙がにじむこともなかったけど、さすがに出棺前に棺を開けて、冷たくなった母の顔を触ったら、こらえきれずに号泣。火葬場でも、嗚咽がこみあげて止まらなかった。「アンタもロボットじゃなかったのね」って母がびっくりしてるかな。

でも、正直いうと、お別れが悲しい、寂しいというよりも、やっと終わった、終わっちゃったっていう感じ。

母の病気が分かってから、誰よりも、おそらく本人よりも母の病状を知っていて、いろいろな選択を迫られたり、考えたり。それ以前の脳天気な日々からすると私にしては壮絶な1年ちょっとの日々を思うと。解放される日を、それこそ指折り数えて待ってたのに、本当にその日が来ると、うれしいのか悲しいのか寂しいのか、なんだかよく分からない。

やらなくちゃいけないことが山盛りで、父の問題もあるし、本当に寂しくなるには、まだ当分時間がかかるのかもね。

そうそう、タイトルに書いたくせに忘れそうになったけど、母の骨は89歳の老人とは思えないほど大変に立派な骨だった。焼き上がって炉の蓋を開ける時点で、確認のために身内だけ呼ばれたのだけれど、炉から出てきたばかりの骨は、まるで理科室にある骸骨の模型をそのまま寝かせたぐらいに、どの骨もハッキリ残ってた。特に大腿骨なんて、30cmぐらい?太くて長いままで、ひと目でそれと分かるもの。「骨壺に入らないので小さくさせていただきます」って崩されちゃったぐらい。

以前、夫の祖母、私の祖母(いずれも90で同じぐらいの年齢)のお骨を拾ったことがあるけど、どどこの骨だか分からないほどほとんど灰だった。係りの人に「この年で普通こんなに骨残らないですよね?」と聞いたら、「はい、大変ご立派なお骨でございます」みたいな。

関節って本当にこんなきれいな球形してるんだーとか、骨盤とか顎の骨とかこんな形なのねーと、まるで理科の勉強をするような気分で、しげしげと見てしまった。顎の骨は歯もしっかり残っていて、ガンに冒された部分だけえぐれてるのも分かった。あと、去年の春に脊柱管狭窄症で手術したときのボルトが4本。ほーこんな大きいのが入ってたのかと感心したり。(写真に残せなかったのが残念なぐらい)

宗派によってお骨の一部を収めるか、全部入れるか違うみたいだけど、今回は全部。骨壺も大きいけど、入りきらないんじゃないの?蓋閉まる?と心配するほどのお骨。あの年になるまで、元気で病気もせずにいた母、やはりとびきり頑丈なカラダだったのねと、改めて恐れ入りました!










2017.09.23 | | コメント(3) | トラックバック(0) | 葬儀



お坊さんからの電話

母逝去の話を書いてから、お悔やみのメッセージをくれたみなさん、どうもありがとうございました。いろいろ心配していただいて恐縮なぐらい、びっけさん元気です。

母を家に連れ帰らず葬儀場に安置してもらってることもあり、実家にいても父の見張りぐらいしかすることがないので、今日は自宅でいつも通りに過ごしてた。さんざん覚悟してたし、シミュレーションしていたとおりにコトが運んでいるという感じで、今の時点ではまったく感傷的な気分にはなってないのが自分でも不思議なぐらい。

昨日自宅に戻ってきてからは、親戚などに訃報の連絡。父方の親戚と母の友人は姉に頼んできたので、私の担当は母方の親戚と近所の人だ。

近所の人は、昨年春に母が脊柱管狭窄症で入院したときに、日頃お使いのある人を聞いて、ご挨拶にいっていたので、比較的スムーズにすんだ。

問題は親戚。そもそも冠婚葬祭しか付き合いがない上に、どちらの親戚も父母の兄弟世代はひとりを除いて他界している。独立した子供たち(いとこ)の連絡先が分からず、父方母方ともに実家を継いでいるいとこに他のいとこたちの連絡先を教えてもらって、ようやくミッションコンプリート。ふー。

こうなった理由は、母の住所録が行方不明になってしまったこと。母の寝室にあったのを私も見たことあるし、姉は母の入院後に一度それを見て母の友人に電話しているのだ。それなのに、ないという。父に聞いても、分かるはずもなく。。。(みんな、親がしっかりしてるうちに、連絡すべき人のリストは確認しておくべし!)

一夜明けて今日は、祭壇の横に飾る生花の発注。遺族側が出す「施主」「子供一同」「孫一同」「親戚一同」に加えて、個人的に申し出てくれた人の名前で申し込む。申し込みはFAX。メールはダメですか?と聞いたけど撃沈。FAX受信した後、電話かかかってきて名前の漢字の確認。そんなんだったら、最初からメールで受け付けてくれれば、誤字の心配もなくていいのにね?

一段落していたら、なんと明日あさってお願いするお坊さんから電話が掛かってきた。「戒名をつけさせていただくにあたりまして、故人さまがどんな方だったかお聞きしたいので」という。

今までお寺さん関係とは無縁だったわが家。当然菩提寺もないので、お経をあげてくれるお坊さんも、葬儀社に依頼してあった。そもそもこの葬儀社も小さなお葬式というネットでパック販売しているサイト経由で申し込んだものなんだけど、お坊さんも一括お布施16万円という定額パック。とりあえず袈裟着てそれらしきお経読んでくれればいいのかな、ぐらいに思っていたので、ビックリ。

聞かれるままに、「社交的でほがらかな人でした」「気が強く、最初の入院時にも元気いっぱいで保他の患者さんの世話までして看護師さんに「大ボス」と呼ばれ4kg太って退院しました」とか、思い出話をする。出生地や趣味、闘病の経過なども。10~15分ぐらい話していたかな。

とても優しくて丁寧な感じのお坊さんで、話をしていると癒される感じ。お寺なんて、、坊さんなんて、、ってなめてました。ごめんなさい。明日あさってはココロしてお経を聞かせてもらいます(笑)。

そんなこんなで、いろいろ電話がかかってきたり、かけたりの慌ただしさはあったけど、かなり静かな一日。

前に買ったこの本でも読んで、今後の手続きをおさらいしておこう。

2017.09.20 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 葬儀



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