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読書録:『添乗員さん、気をつけて 耕介の秘境専門ツアー』


フリーランスのスゴ腕添乗員である耕介が、ワケありお客を相手にする海外旅行ツアーの短編集。

著者のプロフィールを見ると、中央アジア・イスラム史が専攻で東大の修士まで出てる。他の著作は歴史小説が多いみたいだ。そのせいか、この話でも添乗員やガイドのセリフを通して訪れた先の歴史などを語る部分が詳細だ。

第一章の訪問先がウズベキスタンで、私が近いうちに行ってみようと思っている国リストの中に入っている場所なので読んでみた。

ただその他の訪問地はベリーズ(中米)、ダナキル砂漠(エチオピア)と、私ですら名前も聞いたことがない、それどこ?っていうまさに秘境。もうひとつタージマハール(インド)はさすがに知っているけれど。

それぞれのツアーには、離婚しそうなカップル、自殺志願者、覆面作家、対立するお坊さんのグループなどが参加していて、それ故に起きるトラブルを耕介がなんとかうまく対処していく、というような話。ちょっとサスペンスっぽいけど、それほどシリアスではなく、オチもたいしたことなくて、正直物語としてはいまひとつかな。

行き先もあまりに秘境すぎて、とても自分で行く気にはならないけど、ほー、そんなところがあるのか~とネットで検索して写真など見るのはたのしかった。

たとえば中米ベリーズにあるという「ブルーホール」
BLUE.png

詳しくはこちら→中南米ベリーズの「ブルーホール」の大迫力をセスナで上空から見てみよう

エチオピアのダナキル砂漠
ダナキル砂漠

同じくエチオピアのエルタ・アレ。
エルタ・アレ
メラメラ燃えてる溶岩湖のすぐ近くまで行けるらしい。でも、キャンプあり登山ありのめちゃくちゃハードな行程。→日本だったら100%立入禁止!エチオピアの秘境「エルタ・アレ火山」は熱気で呼吸も出来ない!

あとのふたつ、ウズベキスタンはこんな感じ。ここは、一般にはあまり知られていないかもだけど、秘境というほどではない。
サマルカンド
この写真は「青の都」と言われている都市サマルカンド。

最後のタージマハールは2015年に行っているのでそのときの写真があった。
IMG_5482.jpg
物語の中では、これ以外の石窟みたいな遺跡もたくさん出てくる。

いやいや、世界中にはいろんな絶景があるもんだね~。という意味では、他の絶景シリーズ(秘境じゃなくていい)も題材にして書いてほしいかな(笑)。


2019.12.15 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書録



読書録:『アレクサvsシリ』


アレクサはAmazonの、シリはAppleの、それぞれAIアシスタント。声で話すだけで、調べ物をしてくれたり、音楽をかけてくれたりする、アレ。

「vs」なんていうから、AmazonとAppleの競争を扱うビジネス本かと思ったら、そうではなくて、GoogleやMicrosoftも含めて、AIアシスタントというサービス自体の開発の経緯や現状、そして未来について、書いた本だた。何がどう便利になり、何が問題になるのか。そういえば、「ボイスコンピューティングの未来」ってサブタイトルがついてた。

前半は飛ばし読み、むしろ拾い読み程度でさらっと流しちゃったけど、後半に出てくる、AIが進化した先にどうなるのか?みたいなものは、恐ろしさも感じながら結構真剣に読んだ。

今すぐにある問題点として印象に残ったのは、検索結果のページ一覧を示す検索から、最適の答えを抜粋してズバリ答えてくれるシステムが普及すると、Webページへのアクセスが減ってしまうということ。Webサイトの運営者が一生懸命作ったコンテンツの中身だけを吸い上げられてしまうわけだから。その結果その商品なりがダイレクトに売れるのならまだ良いけれど、あまたある商品の中からAIにリコメンドされるためには、そのAI企業(AmazonなりAppleなりGoogleなり)にお金を払わなくてはいけないとか。

そして、画面でみる分には、自分の知りたいものの上に4つの選択肢が広告として表示されてもそれほど気にならなくても、音声で先に4回広告が流れたら、ユーザーは離れてしまうから、Web広告のあり方にも影響が出ると。そりゃそうだ。

キーボードなど使わずに、画面の前に座ったりもせずに、いろいろなことができるのは便利だけど、もしそれが当たり前になったときには、Webコンテンツも変化せざるを得ないことになる。

もうひとつ考えさせられたのは、故人を再現するAIの話。この本の著者本人が、末期ガンで死期の迫った父親にインタビューを重ねてデータを蓄積し、その死後も父と「会話」できるような「ダッドボッド」を作成したという。

著者は専業のITエンジニアじゃないので、会話といってもテキストベースでコメントのやりとりができるというものだったけど、巷では本人の音声や映像を再現して、あたかも目の前で本人と話しているようにする技術も研究されていて、それをどうビジネスにするかも盛んに検討されているという。

実際、最近はフェイク音声やフェイク動画も高度になってきていて、あたかも本当に話しているようなものも作れるという話も聞く。仮にフェイクのトランプが「核攻撃をする」なんて発言した映像が出回ったりしたら、それだけで大パニックを起こして世界が大混乱?なんて?

ちょうど、ちょっと前の日経新聞にも、「データの世紀」という特集で「故人の『分身』と話したい?」という同じような記事があった。自分の死後に生き続ける「分身」を作っている人の話で、これに関連して「故人の人格を再現したAIを使いたいか」という質問に対して、65%の人が否定的な答えをしたとも書かれていた。

技術がどんなスピードでどこまで進むのか、その先はどうなるのか、考えるとたしかに不気味ではある。AIが人間の脳を超えるという、いわゆるシンギュラリティ(技術的特異点)が2045年。あと約25年。そこまで行かなくても、5年先、10年先でも、今とは想像がつかない世の中になっているのかもしれない。

もはや流れは止められない以上、後ろ向きにならず、楽しみにしていたい、と個人的には思うけどね。

2019.12.06 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書録



読書録:『ぼけますから、よろしくお願いします。』


今年の春頃に同名のドキュメンタリー映画を見た話を書いた。

そのときの日記はこちら→映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』
映画の公式サイトはこちら

映画は認知症になった母親、それを老老介護する父親、遠距離介護する娘の姿を追ったドキュメンタリー。監督兼撮影者でもあったその娘が、映画製作の裏話なども含めて出版したのがこの本だ。

著者は、1961年生まれで一人っ子独身。フリーランスで映像ディレクターをしながら東京で一人暮らしをしている。仕事上自分で撮影する必要もあったのでその練習のために、広島に住む両親の日常をビデオで撮り始めたのだという。

認知症のドキュメンタリーはたくさんあれど、認知症になる前からの元気な姿の映像もたくさん残っているのは珍しいということから、テレビの情報番組で取り上げられ大きな反響を得て映画化が決まったということだ。

だいたいのことは映画を見て知っていたけれど、映画に出てきたシーン以外に、自分が子供だった頃の父母のことを思い出してかいていたり、日記を公開しながら発症してからの日々の葛藤も詳細に記されていたりで、映画を見たときよりももっとリアルにいろいろなことが分かって、しみじみと読んだ。

映画を見たときにも思ったけど、本人たちにとってはなんでもしてあげるのが幸せとは限らない。親の気持ちも尊重してあげたいと思いつつ、離れて見守ることを選ぶ娘。その葛藤も痛いほど分かる。

ただ、映画でもそうなんだけど、この年老いたお父さんとお母さんのキャラクターがとても温かくて、なんともほっこりさせられる。だから、重いテーマながら、まったく暗い話にはならないところが共感を呼んでいるのだと思う。行きつくところは、親子の愛、夫婦の愛。

本の最後の方に「非常にブラックな話なので書くかどうか迷った」と前置きした上で、認知症になった母は、「少しずつ死んでいっている」と感じると告白する部分がある。

これは私もおなじことを感じている。母が亡くなり、ほぼ同時に認知症でコミュニケーションがとれなくなってきた父は、フェードアウトするようにだんだん遠ざかっている感じ。前に読んだ認知症をテーマにした小説で「長いお別れ」という言葉があったのを、まさにそうだなぁと何度も思い出す。

子供の頃から母大好きで、おとなになっても毎日電話で話していたほど仲が良かったという著者にとって、病気で突然母を失うことは耐えられない。だから、認知症になってだんだん死んでいくというのは、自分が母の死を冷静に受け止められるように神様が配慮してくれたのかもしれないと。

それでも、近いうちに両親との別れは避けられない。この濃密な親子3人の関係が終わったとき、そうとうなダメージではあると思うけれど、こういう作品を残して、その結果仕事上も大きな可能性が開いたことだろう。親にとっては自分たちが娘のために役立てたということはうれしいだろうし、親にそういう思いをしてもらえたということは、これ以上ない親孝行かもしれない。

映画を見てない人も、ぜひこの本は読んでみて!

2019.11.30 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書録



読書録:『看取り先生の遺言 2000人以上を看取った、がん専門医の「往生伝」』


終末期医療を扱った本はたくさん読んだけど、どれよりもリアリティがあって読み応えのあった本。いずれ死ぬ人はみんな(つまり誰でも)、自分がよい死に方をするためのヒントになると思う。

タイトルになっている「看取り先生」とは、東北で長年ガン患者を診てきた岡部医師。肺ガンの専門医として病院で働いた後、「治せないガン患者の専門医」になるため、在宅医となる。しかし、2010年はじめに自らが末期の胃がんが見つかり、同年の6月には「余命十ヶ月」を宣告される。

ガン専門医として自分の死が間近に迫っていることを淡々と受け入れつつ、その準備をするかのごとく、それまでの経験と思いを残すべく、死の間際までの8ヶ月間、170時間以上のインタビュー取材を受け、死後にまとめられたのがこの本だ。

医師としての経験に加え、患者としての、しかもリアルタイムな自分の体験を語りながら、検査や抗がん剤治療の有効性を疑問視するなど、現代のがん治療、終末医療、医療制度の問題点を投げかける。「抗がん剤は薬ではない」「介護保険は欠陥法」などなど。

たくさんの患者を看取ってきた彼がいざ自分の死を覚悟した上で感じたのは、今の医療には「死への道しるべ」がないということだった。治すための手立てはあっても、それがもう無理となったとき、穏やかに死んでいけるための「道しるべ」がないから、人は不安になるのだと。

その道しるべを示せる存在として「臨床宗教師」を提唱し、その育成にも尽力した。自分の死後、いずれはその臨床宗教師たちが臨終の現場で活躍してくれることを願いながら、岡部医師は2012年の9月にこの世を去った。

臨床宗教師については、以前読んだ玉置妙憂 さんという人の『死にゆく人の心に寄りそう 医療と宗教の間のケア』という本にも紹介されていた(そのときの日記はこちら)。

もうひとつ、昔からあった道しるべとして注目しているのが、いわゆる「お迎え現象」。多くの人を看取るなかで、「お迎え」を体験した人は穏やかに死んでいけるし、病院で死んだ人よりも自宅で死んだ人の方が、お迎えを体験できる確率が高いのだともいう。

印象的だったのは、死を目前にした岡部医師が「だんだんと欲がなくなっていく」という発言。物欲、性欲、いろいろなものがだんだんなくなっていき、そうやって、人は死に近づくとだんだん植物になっていくようだという。ギリギリまで旺盛だった食欲がなくなったとき、「飢餓感があるうちは生きる力があるってことだが、それもなくなってきたから、いよいよだな」と自己分析している。

そのように自分の死を冷静に受け止めるには、「あの世」というものの存在があり、そこへ行けば知ってる人が待っていると思えば安らかに死んでいける。極楽浄土とか天国とかそういう宗教的なものではない、漠然とした「あの世」。死んだ後に行く場所があるという感覚。実際にそういうものがあるかないかは別として、そう信じて死んでいけるかどうかが大きいのかも。

東北に住んでいた岡部医師は、自分の死に向き合うなかで、東日本大震災に遭遇。おびただしい数の命が失われるのを目の当たりにしたばかりでなく、身近なスタッフも亡くしている。そんな経験によっても、命とは、死とは、ということをより深く考えさせられたようだ。巻末には大震災後多くの人が幽霊を見たという話が出てきて、これをきちんと調査してまとめてほしいというのが、インタビューをした著者への岡部医師の最後の願いだった。

そして、岡部医師の死後5年経って出版されたのがこの本。


たまたま、先に読んでいたけど、読書録は書かずじまいになっていたんだけど、合わせて読むとよいかもね。


2019.11.29 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書録



読書録:『大きな鳥にさらわれないよう』


20ページずつぐらいの短編で紡がれるSF?近未来?ストーリー。レビューで星新一や筒井康隆を思い出すような……と書かれていて興味をもったことはすっかり忘れていて、普通の小説だと思って読み出したものだから、頭が大混乱。

子どもが50人いる? 工場で子どもをつくる? 「私は私と暮らし始めた」って、なに、それ??「大きな母」「見守り」などの謎な存在。やがて「クローン」「自己増殖」「AI」などの謎解きにつながるキーワードも出てくる。

とにかく?でいっぱいになる。はっきりした筋書きの好きな私は危うく挫折しそうになったけど、なんとなく気になって、飛ばし飛ばしなんとか読了。

舞台は遥か未来の人類が絶滅しかけた世界。進化する可能性のある人間の誕生を願って、ある方法が考え出される。Amazonの紹介文によると「かすかな光を希求する人間の行く末を暗示した川上弘美の「新しい神話」」だそうだ。

その方法とは、人類を異なるグループに分けて隔離してしまうこと。これって今のグルーバル社会とその反動のナショナリズム(自国ファースト)な現代を皮肉っているのか。AIが人間を超えると言われる、いわゆるシンギュラリティが間近に迫っている今、そのずっと先の世界を予知した部分もある。

と、いろいろ考えてみると、かなり深い話なのかなぁとは思う。一つ一つの話がバラバラのようでつながっているのが後から分かるので、前に戻って読み返してみると気づくポイントもたくさんありそう。そういう意味では、好きな人はすごく好き、苦手な人は……と、好き嫌いの分かれる話だと思う。

私は? 正直かなりモヤモヤしたけれど、きっと後々になって思い出して、ああそういえば、あれはこういうことだったのかな?とかかみしめる類の話だったかなぁと思う。結論としては、読んでよかったと思える。

著者の川上弘美という人は、以前『センセイの鞄』という本を読んだことがある。どんな話か全然覚えてないけど、ここまでではないにしろ、ちょっと不思議な感じのする話だった記憶(このブログに読書録がないのが残念)。いつもそういうテイストの作家さんなんでしょうかね?

2019.11.27 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書録



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