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読書録:『生きがいの創造』


最初に断っておくと、まだ全部読んでない。読みやすいし、面白いとは思うんだけど、長い、長い、長い。半分ぐらいまで来たところでちょっとお腹いっぱいになってしまって、最後まで読む自信がなくなったので、一応記録だけ残しておこうと。

いわゆる前世とか生まれ変わりとか、そういうスピリチュアルな本。著者自身は元々経済学の大学教授らしいのだけれど、今はそっちの方面で活動している人のようだ。

この本の中では、自らがカウンセリングしたときの様子、あるいはいろいろな論文、研究結果などを引用して、その手の「実話」が次々と紹介する。臨死体験とかも。そして、著者の信じるところの説が繰り広げられていく。

半分まで読んだ限りでざっくり書いちゃうと、要するに、この世の人間はみな誰かの生まれ変わり。魂は肉体を離れた後、天?の指導者?のところにしばらくいた後、また新しい肉体を見つけて入っていく。なぜ生まれ変わるのか? より成長するため。誰に生まれ変わるかはある程度、意思を持って見つけるらしい。前世で夫婦だったから、その人と出会う運命のある人にとか、その人を守る立場にある人になるとか。

正直、よく分かんない(笑)。えっとー、じゃあ魂の数というのは一定なの?とか、成長するために生まれ変わりを重ねているなら、時代が下るごとに人類全体は「いい人」の割合が増えてきそうなものだけど、そうでもないみたいだし?など、疑問、ツッコミ処は満載。

ただ、これだけ事例をいろいろ紹介されちゃうと、まったくのデタラメとかウソとも思えない気になってくる。著者も「現代の科学ではまったく証明できない」と言っているけれど、状況証拠だけはバッチリみたいな? あの世とか生まれ変わりとかは古今東西よく聞く話だし。

まだ読んでない後半では、じゃあそれを踏まえた上で、それを信じるとどういういいことがあるかとか、どういう風に私たちは生きていけばいいのか?という話になるのかな。あるいは実践編も出ているので、そっちを読まないとダメなのかも?(読むことがあったら、また書きます)。

いずれにしろ、この手の話をする人にありがちな、うさんくささみたいなのがあまり感じられないので、頭のどこかでは「本当なのかも」と思っちゃったりもする。

信じるからといって、何かを買えとか、どこかの宗教団体に入れとか、そういう話ではないので、そう信じてしまっちゃうのもアリかなとも思う。

いつか、ガン患者と医者との対談本に出てきた、「どうせ本当かどうか死ぬまで分からないなら、信じた方がお得」って話もあったし。

すごく自分が弱ってるときとか、自分や自分の大事な人の死を前にして心が動揺しているときに読むと、もしかしたら救いになるのかもね。



脳みその記憶容量

最近、どんどん壊れゆく父を見ているせいもあって、自分の記憶についても不安が募る。いろいろな名前が思い出せなかったり、過去のことを言われても全然覚えてなかったり。「もう、ボケが始まっちゃってるのかもぉ」なんていうのが、シャレじゃなく心配になったりして。

人間の記憶は短期記憶と長期記憶があるという。パソコンでいうと、メモリとハードディスク?

父は専門的な詳しい診断を受けたわけじゃないけれど、症状をみていると、要するにいわゆる短期記憶というところがダメになっている。脳みその中の海馬ってやつ?の機能がやられちゃってるんだろう。メモリが壊れちゃってるってことだ。

ついさっきのことじゃなくて、知ってたはずの名前を思い出せない、覚えてたはずの過去のことを忘れちゃってるというのは、それとはまた別の話で、長期記憶の部分の話のはず。

パソコンや録画用レコーダーのHDDに容量制限があるように、脳みその記憶容量にも上限があるのかなぁ?

だとしたら、長年生きていろいろな記憶が貯まってきて上限近くなったら、もう覚えられない、あるいは過去のいらない「データ」を消して容量を確保するとか、そういうことがあるのかな??

だとしたら、あまり余計なことは頭に入れないようにした方がいいとか??

うーん、でも、どんどん記憶の出し入れをしないと、どんどんさび付いて働きが悪くなりそうな気もするし。たぶん、年を取っていろいろなことを思い出しにくくなるのは、しまってあるはずの場所から探し出してくる能力が衰えるからよね。だとしたら、やっぱり頻繁に出し入れしたほうがよさそうだ。

まあ、母のがんを理解できない父をみていると、記憶できなくなるっていうのも、ある意味、一種の防御反応みたいな部分もあるのかなとも思ったり。案外、すべてが自然にうまくいくようにできてるのかもね。


霊界との対話?

なんだか今日は、デジタル受難の日。

朝、ネットをしていたとき、ちょっと事情があって、一度GoogleCromeのキャッシュとクッキーを削除した。その結果、Gメールを受信しようとしたらログイン画面が出てきた。Gメールでは二段階認証をしているので、携帯メールに送信される6桁の数字を入力するように促される。

ところが。携帯にメールが来ない。メールアプリを開くとIDとパスワードが違うと警告が出る。いろいろ情報を探して、再設定してみた。するとGメールの確認コードは受信できたのに、自分のGメールから送ったテストメールが受信できない。試しに夫のGメールから送ってもらってもダメ。

再設定したときに、迷惑メールフィルタがリセットされてPCメールを受信しないようになっちゃったのかな? 設定を確認してもよく分からない。次女にLINEして、彼女の携帯からメールしてもらったら、これは受信できた。やっぱりPCからだけがダメなのかな。でも、じゃあなんでGoogleの確認コードは受信できたんだろう??? 

いまのところ、キャリアメールで受信するのは母からのものぐらいだから、まあいいか。大事な用事は電話してくるだろうし。

ところが、ついでにLINEで次女の近況報告などを聞いていたら、不思議な事態に。これ、PCのLINEアプリの画面。
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分かるかな?
ちゃんと会話してるのに、自分のトークしか表示されないの。これをiPhoneから見た画面はというと。
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iPhoneではちゃんと表示できるんだから、おそらくPC用のLINEアプリの不具合なんだろうけど。

ちなみに、その後他の人とトークをしたときも同様。

普段、昼間家にいるときはほぼPCの前にいるので、LINEはPCから使ってる。文字入力するのはその方が楽だし。でも、iPhoneもそばにおいておかないと、相手からメッセージが来ても分かんないってことだ。

同じようなことで困っている人いないか、ざっくり検索してもみつからない。でも、次女の友人もそんなようなこと言ってたというから、私だけの問題じゃなさそう。

こちらとしては何もしようがないので、アプリのバージョンアップを待つしかないんだろうけど。

大したことじゃないけど、いつも使ってるものが使えなくなると、地味に不便。そして、対処方法探したり、直したりするのに無駄に時間かかるし。

あらためて、デジタル依存って危険だわね。


読書録:『抗がん剤 10の「やめどき」』


著者は尼崎市でクリニックを営む院長。大学病院やがんセンターなどがん専門医とは違う、自称「町医者」の立場から、抗がん剤との付き合い方について、経験を元に持論を解説している本。

本は二部構成になっていて、一部は架空の患者さんが、がんの診断を受けてから亡くなるまでのプロセスを追うドキュメンタリー仕立て。そのところどころに、著者のいう「抗がん剤のやめどき」ポイントに関するコメントが差し挟まれる。そして、第二部では改めてのそのポイントについての解説がなされる。

「やめどき」とはいうものの、抗がん剤を否定しているわけじゃない。まったく使わないという治療法には疑問を呈しているし、それが激的に効果を現すケースがあることも認めている。可能性がある以上、患者本人が納得して使いたいというのなら、それを無理に止めたりもしない。

ただ、単に命を長らえるということではなく、やめどきを見極めて上手にやめることがQOLの向上につながるのだということを訴えている。ガリガリ、ヘロヘロになりながらも、死ぬ瞬間まで抗がん剤を使い続けることが幸せなのか?と。

そもそも抗がん剤というのは猛毒であるのだから、すごく効くときもあれば、それが耐えがたい苦痛をもたらしたり、命を縮めたりもする。とはいえ、抗がん剤をやめるということ、治療をやめるということは、イコール死を受け入れるということにもなり、そう簡単に割り切れるものじゃない。

実際、この本に出てくるケースでも、最後の段階で抗がん剤をやめたはずの患者さんの看取りの場で、口の中に経口の抗がん剤がみつかる。本人がこっそり服用したと思われるもの。それを見て、最後までそれにすがりたかった本人の気持ちを慮るというところで、一部は終わる。

うちの母の抗がん剤も、もうどのぐらい効果があるのかという気はするけれど、それを飲むことが唯一の希望になっているのだから、「飲まなくていい」とは言えない。まして母の場合は副作用もまったくなくて、単に血圧の薬などといっしょに飲むだけなので、特にやめる理由もないのだけれど。

一口に抗がん剤と言っても、患者によって、がんの種類によって、進行度によって、ケースバイケースで正解などないのだと思う。著者も自分の考えを押しつけようというわけではない。

全体としてとても読みやすい文章で、ポイントもとても簡潔にまとめられている。がんに限らず、自分や家族が闘病する日はいつか来るのだから、読んでおいて損はないと思う。

このドキュメンタリーの中で、この「町医者」はがんの兆候を最初に発見し、専門医に送り出した後も副主治医として相談に乗り、抗がん剤をやめた後は在宅看護を引き受けてくれる。そんな先生に巡り会える可能性って少ないんだろうけど、理想だよね。

人間、いつかは死ぬんだから、名医に奇跡的な治療で命を助けてもらうことよりも、多少寿命は短くなっても、納得して死を受けいられるように共に歩んでくれる医者の方が、本当は必要なのかも。




口内調味

確か、先週末の日経新聞別刷り版に、「口中調味」という話が載っていた。

口の中で調味する。つまり、ご飯とおかずを一度に、あるいは交互に口に入れて、口の中でそのハーモニーを楽しむということ。よく、「あー、これ白いご飯に合いそう!」とか「ご飯食べたくなる~」とかいうアレは、まさに「口中調味」のなせる技だったってこと?

日本では古来、「三角食べ」といって、主菜、副菜、ご飯を順番に口に入れるのが基本で、どれかひとつだけを先に食べちゃうのはマナー違反とされるという習慣もある。

どちらが先か分からないけど、とにかく日本人にとっては、その口中調味によって食べ物のより深い味わいを楽しめるのだという。

ちょうど、その数日前に、西洋での食事のマナーみたいな記事を読んだときに、「パンはいつ食べるがの正しいの?」という問題があって、本来はメイン料理が来る前に食べてしまうのが基本と書かれていて、えー!?と思った。だって、メイン料理のソースをパンにつけて食べたりしたいじゃん?

それがマナー違反かどうかはともかくとして、いずれにしろ、味の濃いものと薄いものを組み合わせて味のバリエーションを楽しむというのは、日本人独特の習慣ってことらしい。

改めて検索してみると、こんな記事も発見。


この記事によると、口の中の咀嚼を途中で止めて半開きにしてそのまま次の食品や液体を入れるのは、微妙な運動神経を必要とする作業であり、「欧米人はほぼ例外なく、できないと断言してよいでしょう」とまで書かれている。ホントかなー??

できるかどうか以前に、口にモノを入れたまま開けるっていうのは、マナー違反だとされそうな気はする。

一方で、「口中調味は味への受容を広くする」というのは、ちょっと分かるような気もする。日本人が、いろいろな国の料理を取り入れることに寛容だというのは、そんなところともつながっているのかも?

もっとも、この手の比較文化論にありがちな「日本人は」というのが、本当に日本人だけなのか、米飯を食べる習慣のあるアジアの国の人たちがどうなのか?というのは、気になるところだけれど。

この記事では、最近の子供たちにはその「口中調味力」が落ちている傾向があるというデータを示している。その理由は「ばっかり食べ」する子が増えてきているからなんだって。

白いご飯を食べないことも多い私も、もしかしたら「口内調味力」が落ちているかも!?

勘違い? ボケ?

今週の水曜日、取材で東京に出る用事があるので、その帰りにご飯しませんか?と、ある友人を誘っていた。本当はその日には何か事情があったらしいのだけれど、ぜひ会いたいのでなんとかします!と言ってくれた。

昨夜、「明日の待ち合わせは~」というメールが来て、ドッキリ。メールを見たのが真夜中近かったので、朝見ることを想定して、「明日」と書いてくれたのかな?と思ったけど、よーく見ると、メールのタイトルに「21日うんちゃら」と書いてある。それは、最初に私が彼女に送ったメールのタイトルにreがついたもの。

私は22日のつもりでいたのだけれど、最初のメールを書いたときに21日って書いちゃっていたのだ!

ぎゃー!!!と叫んで、あわてて返信。真夜中で悪いと思ったけど、念のためLINEにもコメントを残しておいた。

ああ、こういうことあるから、ちゃんと「22日の水曜日」まで書けば間違いなかったのに……と反省しつつ、最初のメールを読み返すと、ご丁寧にも「21日の火曜日に」と書いている。

さすがに心配になって、取材の日程をやりとりした担当者とのメールを確認すると、取材はやっぱり22日。なのに、なんで、「21日の火曜日」なんて書いちゃったんだろう、私。

予定をやりくりしてくれた彼女にも申し訳ないし、自分自身のボケ具合にも、ほとほと自己嫌悪。そのまま寝たら、夢の中にまで出てきたよ~。

数日前には、LINEしてるときに、ある特定の相手へのメッセージを、間違えてグループのトークに投稿しちゃうという失態も。グループ内のメンバーにサプライズを計画してた話だったのに。まあ、こっちは単なる不注意なんだけどね。

そういえば、去年の春頃には、待ち合わせの日にちを1日間違えて銀座まで行っちゃったこともあったっけ。お店までいって、「予約は明日のようですが」と言われてやっと気づいたという。。

おばさーん。しっかりしてくださーい!!!

せめて仕事でポカやりませんように。。。。




読書録:『暗幕のゲルニカ』


2016年直木賞候補にもなった原田マハのアートサスペンス。実話をベースにしている点は『ジヴェルニーの食卓』と同じだけれど、現代に生きる架空の人物を主人公に展開している点で、よりフィクションの部分が大きい感じ。

ゲルニカといえば、スペイン内戦時の無差別爆撃に対してピカソが反戦のメッセージを込めた大作。この作品では、作品が描かれた時代と現代とが1章ずつ交互に現れて、2つの物語が並行して進んでいくというスタイルになっている。

ひとつは、ピカソがこの作品を生み出し、そしてこの絵がその後たどった運命を描く物語。そしてもうひとつは、911のテロで最愛の夫を亡くしたMoMA(ニューヨーク近代美術館)のキュレーター女性が、テロに屈しないというメッセージとして企画した展覧会に、ゲルニカを展示しようと奔走する物語。

ゲルニカは、新婚旅行のときにスペインで実物も見ているけれど、1981年までニューヨークに保管されていたとは知らなかった。1937年にパリ万博に展示するために描かれた後、フランコやナチスの弾圧を逃れて疎開していたらしい。私が見たのは1987年だから、まだスペインに戻ってきて間もない頃だったことになる。

しかも、私はマドリードのプラド美術館で見たんだけど、現在はその隣にあるソフィア王妃芸術センターというところにある。その所蔵を巡っては、スペイン帰還当時から、絵の舞台ゲルニカの地元であるバスク地方やスペイン各地のピカソ美術館など、かなりの論議を呼んだらしい。

この物語では、バスク独立運動なども巻き込んでスリリングな展開となる。絶対に門外不出とされたゲルニカが、ニューヨークにやってくるのか否か? 気になる結論は最後の数行まで引っ張られるのだけれど、あっさり一行でおしまいで、ページをめくって、え、これで終わりなの???とちょっと拍子抜け。

とはいえ、355ページもあるなかなかな長編ながら、途中でダレることもなく読めてとてもおもしろかった。途中ウィキペディアなどに寄り道しながら、事実の部分を確認したりして、勉強にもなったし。1937年当時のパリの様子や戦況なども、西洋史好きな私には興味深かった。

でも、読んじゃうと、やっぱり見たくなるのが、困りもの(笑)。

30年前にみたときは、「あーこれが有名なゲルニカね」、一応見ておこうぐらいのものだし、「大きいな」と思ったぐらいしか覚えてない。今もシュールレアリスムにはあまり興味がないので、スペイン旅行のときにはマラガやバルセロナ、去年の南仏旅行ではアンティープと、ピカソ美術館のある街を訪れているのにいつもパスしてた。唯一パリのだけは、ミュージアムパスで無料で入れるからという理由でちょっと寄ったけど。(でも、正直、うーむという感じ)

でも、ゲルニカに関しては、今もう一度見たら、もっと違う風に感じるかもしれない。見に行く予定のある人は、ぜひこの本を読んでからいくことをお薦め!

私も、いつかまた行けるといいなー!

ポルトガル料理のゆうべ

昨日は、ひとりぐらしの友人宅でホームパーティ。メンバーはGWにポルトガル旅行に行ったメンツということで、テーマ?はポルトガル料理。

メインは、ポルトガルの国民食ともいわれる、バカリャウのコロッケ。




まずは、このタラの塩漬けをネットで購入。開けてみると、こんな風にラップでグルグルグルグル巻きになってます(韓国のスーパーでキムチを買ったときみたい)。


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それを取り出して、水に漬けること10時間。


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その後、皮と骨をとって(ちょっとめんどくさい)、フードプロセッサーでフレークにする。


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それに、みじん切りにした玉ねぎ、茹でて潰したじゃがいも、卵、片栗粉をまぜて、油で揚げる!


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ちょっと生地がゆるくて扱いにくかったけど、お味はほんのり甘くておいちー!


その他、パエリアとかカレーとかサラダとかブルスケッタとか、多国籍料理のできあがり~。


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2月に誕生日の人がいたので、お祝いにかこつけてケーキもね。


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アラ50おばさんズの楽しいお誕生会と、相成りました!

体脂肪が少し落ちた

今日、ジムで体成分測定というのをやってもらった。体組成計の立派なやつみたいなので、両手でハンドルを持って体重計みたいのに乗るだけで、身長、体重、体脂肪率、筋肉量、BMI、体組成(水分、ミネラル、タンパク、脂肪のバランス)や基礎代謝量などが分かるというもの。

声をかければいつでも無料ですぐにやってもらえるんだけど、ジムに行き始めたころ、物珍しさで一回やってもらったきりだった(それが10年前!)。それが、去年の秋、フランスから帰ってきた後さすがに太ったのを自覚して、ダイエットを思いたったときに受けてみると、体重が+3.5kg、体脂肪が+2.8%、BMIが+1.5という現実。これが10月28日のこと。


いいもーん、こっからがんばるんだからね!!と。


その後、バランスボールを椅子代わりに使ったり、天気のいい日はお散歩したり、外出先でも階段使ったり、一駅歩いたり、マンションの階段(15階)を上がったり。ハイキングにも行ったし!


と、自分なりに結構がんばって、約2カ月後の12月2日に再度受けてみると。


体重はー0.7kg、体脂肪は-1.8%、BMIは0.3ダウン。そして筋肉量は0.4kg増えてた!


もっと嬉しかったのは、ヒップが-2.1cm、ウエストが-1.9cm、腕も腿も若干スリムに(実際に計ったわけじゃなくて、機械が推定するんだけど)。


たった1カ月でウエスト2cm近くダウンってすごくない? 特に食べ物減らしたわけじゃないのに。


すっかり気をよくして、よーしこの調子で!と思ったものの、その後寒くなっちゃうと、ぶらぶら散歩する気にもならず、階段も上ってないし、ハイキングも行けないし。


1カ月後とに計ろうと思いつつも、減ってないのは間違いないので2カ月空いちゃった。


いかんいかん。現実と向き合わなければ!と、今日また2カ月ぶりに行ってきたというわけ。


結果は。体重が+0.6kg、BMIは+0.2ながら、体脂肪はなんと-2%。計測してくれたお姉さん曰く、「筋肉量増えているので、(+1.3kg)、体重自体は増えていても、スリムになっているってことですよ!」と褒めてくれた(笑)。


おかげで、判定が「かくれ肥満」から「脂肪多め」に昇格しました!







正直、この2カ月はあまり運動してなかったから、ちょっと不思議。毎日チョコも食べてるし。週3回のヨガのときウオーキングマシンで30分歩いてるのがいいのかな。前も歩いてはいたんだけど、15分とか20分とかでやめちゃうことも多かったのを、がんばって30分歩くようにしたんだけど。あとはバランスボール?


この数字がどのぐらい信用できるのか分からないけど、数字が分かると励みになっていいね。春になって暖かくなったら、またもう少しがんばって、「理想」のエリアに入れるようにがんばろう♪



追記。

1999年のデータも出てきた。この頃から、BMIではやせすぎに入りそうなのに

体脂肪は肥満ギリギリ。若い頃から隠れ肥満だったのだわ。











介護食と夫婦愛と

昨日ふとしたことで見かけた「ダンナが、ガンになりまして」というコラム記事。

日経ビジネスというサイトで連載されていたもの。口腔底がんの手術で食事に支障をきたすようになった夫のために、必死に介護食を工夫した奥さんの話。

最初は、「口腔底がん」って言葉に目が止まって、うちの母の参考にもなるかしら?と読み始めた。

9回に渡る連載の全文は結構長いんだけど、一気に読んじゃった。

この人の場合は、すでに他の部分でがんがあって、その転移で口腔底がんになったらしい。手術で下あごが麻痺したりして、鏡を見ながらじゃないと食べられなかったり、ものすごく柔らかいものじゃないと食べられなかったりと、かなり大変な状況。

筆者である奥さんは、元々料理研究家ということもあって、夫が食べられるもの、それも「おいしい」と思って食べられるものを作ってあげようと、必死に試行錯誤を重ねる。このコラムは、その様子を綴ったもので、実際につくったレシピなどもたくさん登場する。

うちの母の場合は、よほど固いものじゃなければ食べられる。でも傷にしみる。だから、このケースとは違う所も多くて、直接レシピは参考にならなかったんだけど、読み進むうちに、「読み物」として引き付けられた。

奥さんの努力の結果、おいしい!と喜んで食べる夫。流動食だけで体重を増加させて、医師からも驚かれるほど。一度は職場にも復帰するもの、結局は亡くなってしまう。

子供はいなかったけど、ものすごく仲良しだった夫婦。料理研究家になったのも、夫がおいしいと喜ぶ顔が見たい、夫の友だちをもてなしたいという気持ちの延長。栗原はるみみたいだ。その彼女は、夫を亡くして絶望の淵に追い込まれる中、夫の介護食づくりで得たノウハウを、少しでも同じように困っている人に役立ててもらいたい、そんな思いで、今はそのレシピや情報を公開したサイトを運営している。


ますます高齢化が進んでいくなか、彼女の発信する内容はものすごく貴重なものだと思う。単におうちで介護している人だけじゃなくて、メーカーとかお店とか、いろいろなところに必要とされる情報だろうし、それをみてビジネスにつなげたいという人が出てくるかもしれない。」

きっと反響も大きいだろうから、きっとやりがいもあるだろうし、彼女自身がこれを「仕事」にしていくこともできると思う。

愛する旦那さんが残してくれた「生きがい」と言えるのかも。と思えるような感動的なストーリー。このコラム、ぜひ本にまとめて出版して欲しいと思う。

サイトに無料登録は必要だけど関心があったらぜひ、コラム読んでみてね~。



低金利時代の銀行口座

今日、銀行口座の明細を確認していたら、メイン口座がマイナスになってることを発見!

そういえば、GWのイタリア旅行の飛行機代やらホテルの前払い分を4人分まとめて払ったカード代金で、結構な金額が引き落とされていたんだった。

もちろん友人たちからはその分を振り込んでもらっているのだけれど、入金された先がメイン口座とは違っていたために、それを移しておかなくちゃいけないのに、すっかり忘れてた! 幸い、メイン口座には定期も持ってるので、引き落とし不能にはならなくてすんだけど、金利が7円とられてた。チッ。

これ以上被害が広がらないように、あわてて送金処理を試みる。とりあえず三菱UFJから送金しようとすると、ワンタイムパスワードが必要とな。前にもそれようのアプリがあって設定したはずなんだけど、違うアプリに変わったので登録し直す必要があるらしい。アプリをDLして、情報を入れると、家の固定電話に電話がかかってきて、その番号を入力して、やっと登録完了。次にWebで送金処理をするには、アプリに表示された番号を画面入れて、送金完了。はー、面倒臭い。セキュリティを高めてもらうのはいいことだとは思うのだけれど。(高齢者にはハードル高いかも←最近、そんな目線ばかり)

しかも振込手数料が324円とな。大した金額じゃないけど、なんだかもったいないなー。

ついでに楽天銀行の方も見てみると、こちらは10万円以上の残高があると、月1回は手数料無料の振込ができるらしい。でも、10万円以下だとATMで下ろすだけでも手数料がかかるのね?

自分のお金引き出すのにも手数料払わなくちゃいけないわけー??と思っちゃうけど、よく考えみたら、マイナス金利の時代、お金を「預けてあげてる」んじゃなくて「預かってもらってる」立場だから、仕方ないのか。

日頃、カードや電子マネーなどキャッシュレスな支払が多くなって、銀行から直接入出金することってほとんどない。昔はいちいち銀行から引き出して、それを現金で払ったり、窓口まで振込に行ってた事を思えば、パソコンやスマホでちょいちょいお金が動かせるのは便利なんだけどね。その手間代だと思えばしょうがないのかな。

この先、口座手数料とかも取られるようになったら、無意味にいくつにも分かれてる口座を整理して、ある程度まとめた方がいいのかも。頭ぼけてきたらワケわからなくなるし(そんな心配ばっかり)。どうせ、かき集めたって大した金額じゃないんだけどねー。





老親の薬、いろいろ

昨日は、母にお土産を持って行った。

それは、ダイソーで買った薬分類箱(っていうの?)。要するに、朝、昼、晩、就寝前、それが一週間分で4×7=28コに分かれているケース。

この前も書いたけど、飲む薬の種類が多く、しかも飲むタイミングがまちまちでとても複雑。「一日中薬のこと考えてるだけでノイローゼになりそう!」とお怒りな母。その負担を少しでも和らげてあげようというわけ。

朝着いて、さっそく薬を持ってこさせて、箱に分けて収納。これで、毎回そこに入ってるものを何も考えずに飲めばいいんだから、楽勝よね!

介護保険調査員の話によると、薬局で頼むと、薬を出すときに1回分ごとにまとめて1つの袋に密閉した包装にしてもらえるらしい。若干加算されるらしいけど、助かるよね。そういえば、先日父の薬をもらった薬局でもそんなようなこ言ってたっけ。母の分も今度聞いてみよう。

ただ、今回出してもらった痛み止めも、あまり効果はない様子。「全然変わらない!」と言い張る本人をなだめてよく話を聞くと、朝起きたとき痛いとか、昼間何もしないのに痛いとか、そういうことはなくなったらしいのだけれど、「痛くて食べられない」という最大の困りごとに関しては全く効果がないらしい。飲む時間を工夫するなどサジェストしてみたけれど。

先日の先生の話では、弱いものからだんだんに試していくみたいだったから、次回はもっと強い薬を出してくれるとは思う。

さて、父の薬の話。

前回父と2人で受診したとき、「今までにもらった薬が全く飲まずに家にたくさん貯まっている」と伝えたにもかかわらず、血圧は上が124で「問題ないですね」と言われているにもかかわらず、「めまいは?」「ありません」と答えているにもかかわらず、血圧の薬もめまいの薬も4週間分も処方された。あと、胃薬も。

どうやら、あまり考えずに今まで出してる薬をそのまま無条件に出してるとしか思えない。必要ないの分かってて、儲かるからやってる?なんて不信感も。感じのいい先生なので悪口は書きたくないけど。

実際、薬局でも、こちらから何も言わないのに「これ、全部飲む必要があるとも思えないんですけどねぇ」と言われた。なので、勝手に血圧、胃薬、めまいの薬は飲まなくていいことにして、母に隠しておいてもらった。

昨日ひとりで言ったときに、「症状がないので飲まなくていいですよね?」と医師に確認すると、あっさりと「そうですね」だって。じゃあ、次からはたぶん本人が一人で来ると思いますけど、出さないでくださいとお願いしておいた。

なんて言っても、また同じように処方されちゃいそうな気もするけれど。

1割負担の後期高齢者なので、薬代なんて大したことないんだけど、こういのが医療費の無駄遣いにつながってるんだよね、きっと。老人が必要もない薬をたくさん飲んでおかしくなるって話はよく聞くし。きっと日本中の老人医療あるあるなんだろうね。


介護保険調査員が来た

今日は、両親の介護保険認定の調査員訪問日。担当者には、先日アポ取りでTELがあったときも、一通りの話はしたし、申請書にも書いてるけれど、本人たちの前でいいづらいことなどは改めて箇条書きにして印刷したものを手渡すように用意しておいた。

朝10時に来るというので、げげ、何時に家出るの?と思ったら、夫が車で送ってくれた。サンキュー。渋滞もなく9時半前には実家に到着。父には前日に母から予告しておいてもらったのだけれど、案の定「そんなものしらん」という態度で、ピンポンが鳴った途端、自室に籠もりドアもクローズ(^^;)。

「とりあえずお母様の方から」ということで、母への聞き取り調査開始。今日もまた開口一番、「え、書類には88歳ってありましたけど、すごくお若いですねぇ!」と持ち上げられて上機嫌な母。

調査では、手や足を曲げたり伸ばしたり、片足で立ったりの確認とか、既往症、現在の状況、困りごとなどについてなどについての質問。

知人などの噂話で、だいたどんなことを聞かれるか、試されるか分かっていたみたいなので、ほぼすんなりと進む。

一通り終わったところで、「じゃあお父様本人にお聞きしにくいことを先にお聞きしちゃいましょう」ということで、私と母とで、父のボケっぷりについての説明。

間もなく、雰囲気を察したのか?父がトイレに出てきたので、その帰り道を捕まえて席についてもらう。外面のいい父なので、調査員の前ではニコニコ満面の笑みで愛想よく対応する。

調査員さんも状況を把握してくれているので、「地域の高齢者の方みなさんのところをまわってるんですよぉ」などと上手に説明してくれたし。

カラダの動きのテストの方はまったく問題なかった父。ところが、やはり会話がヘン。「今の健康の具合は?」と聞かれて、子供の頃は体が弱くて1年留年したぐらいだったけど大人になってからはいたって健康でという話をしたかと思ったら、その後何を聞いても、「いや、だから私は子供の頃は」に戻ってしまう(苦笑)。なぜそこにこだわるのかは、謎。

母にはしなかった認知症関連の質問にも、生年月日が昭和34年とか、怪しい答えを繰り返す父。見せられた3つの物の名前を覚えて、別の話をした後に、もう一度その3つの名前を言うというテストも全滅。「気にして見てなかったから覚えてない」「飴なんて滅多に食べないから忘れた」とか、見え見えの苦しい言い訳を繰り返す。

それぞれ1時間ずつぐらいの調査を終えた後、「マンションの下まで送ってくるわ」という口実でいっしょにエレベーターを降りて、補足の質問、説明タイム。担当者曰く、「うーん、やはりあの状態では、お母様がいないとお父様ひとりで生活するのは難しそうですねぇ」ということで、状況は把握してもらえた模様。

気になるのは、今回認定されるのはあくまで今の状態でのことなので、母はなんでもできるという前提になってしまう。でも1カ月後、2カ月後は分からないから、、という不安に対しては、介護度の変更には再度認定が必要となるけれど、その場合も前倒ししてサービスを受けることは可能なので、まずは相談してみてとのこと。

とりあえず、約1カ月後という認定結果を待つ。

午後は、2時の診療開始を待って、父のかかりつけ医へ。なんでわざわざ私が行くのかとか、抵抗されるとやっかいだなと思ったけれど、どうやら意味が分かってないみたいで、すんなり診察券を借りることに成功。私ひとりで受診し、先日もらった認知症の薬が問題なさそうなので、お試しの3mgから本来の5mgに増量したものを2週間分出してもらう。特に問題がなければ、2週間後からは本人に来させるのでよろしくと先生に伝えておく。薬局の人には「こういうのは、ご本人よりご家族が大変ですよねぇ」と同情され、「次におひとりで来られたときは、うまく相手しておくから大丈夫ですよ」と励まされた。

ということで、長い一日のミッション終了。はふー。






読書録:『人はいくつになっても美しい』


御年88歳ながら現役でモデルをやっている(ギネスブックに載っているらしい)イギリス人女性の自伝。

夫の死後70歳でモデルに復帰したダフネさん。整形手術や画像修正を否定し、若さをおうのではなく、年齢を重ねた美しさというのが評価されてブレイクしたらしい。

自伝といっても、それほど詳しい生い立ちや経歴などが書かれているわけではなくて、たどってきた道をざっくり振り返りながら、「あるがままの美しさ」で勝負することの大事さを説くって感じかな。

モデルなのに写真は表紙の一枚だけ。ネットで検索したらいろいろでてきたけど(こちら)。

確かにきれい。それよりも、1928年生まれというと、まさにうちの母と同じ年!!! そんなリアル88歳と比べると、こんな風に若い人顔負けに仕事も生活もエンジョイできちゃってるのは驚愕だ。

若い頃は生活を支えるためにいろいろ苦労もしたらしいけど、それを苦労と捉えず、常にポジティブ思考。与えられたものに感謝する、好きで続けていれば思わぬところで役に立つ、など、目新しくはないことだけど、淡々と語る言葉は、押しつけがましさはないのが好印象。

印象に残った文章をあげておくと。

好きになれないところは、ちらっと見る程度でいい
老いは誰もが通る道、成長は選んだ人が通る道

本自体は、文字大きめ(シニアターゲット?)、文字も少なめ。お風呂に浸かってる間に全部読めちゃったぐらい(笑)。彼女の生き様を短い言葉にまとめて並べている感じは、自伝というよりは詩集に近いかも。

あ、そうそう。ダフネさん、好奇心は若さの秘訣と書いている。それについては、うちの母と通じるところがあるかもね。








ヨーカドー閉店

前からときどき話に出してたと思うけど、うちから徒歩2分ぐらのところにヨーカドーがある。このマンションを買うときも、「お買い物便利」というのは大きなポイントだったと思う。

そのヨーカドーが、今月19日で閉店とな。

駅からだと5分ぐらい離れてるし、幹線道路に面しているわけでもない、駐車場は隣接してないと微妙なロケーション。前から、地下の食品売場以外はガラガラで、地元では「つぶれるのでは?」と噂されてた。

「今度こそ本当に閉店らしいですよ」と美容院で聞いて数日後、お店に行くと張り紙が。がーん。

そもそもヨーカドー自体が調子が悪くて、全国的にいくつか店舗を閉鎖するとうニュースを聞いていたし、覚悟はしてたけどね。

うちの徒歩圏にはイオンもある。徒歩10分弱なのでほとんど行くことはないんだけど、先日、近くに用事があったので久しぶりにいってみた。

なんか、賑わいが全然違うぞ。目新しさもあるとは思うけど。レジにも工夫がある。4列ぐらいずつがひとかたまりになっていて、空いたところから順に呼ばれるようになってたり(フォーク並び)、セルフレジもあったりして。

ヨーカドーは、ここ10年以上、なーんにも変わってないもんね。やっぱり営業努力が足りないんじゃないの、なんて思ったり。潰れるべくして潰れるってことなのかなぁ。

こんなこと言ってる私も、5年ほど前にオイシックスを始めてからヨーカドーで買う機会は激減。食品以外も、ユニクロだったり通販だったりですんじゃうので、もう何年も2階以上では買い物してないかもしれないなぁ。総合スーパーが苦戦してるのは、ネット通販の影響もあるんだろうね。

気になるのは、跡地に何ができるのか。噂ではマンションができるとか、駐車場のところはよーくマートができるとか。徒歩圏には他にもスーパーはあるので、どうしても困るということはないけれど、役に立つお店ができるといいなぁ。




となりのイスラム


イスラム地域研究の専門家が書いた本で、平たく言うと、ISとか出てきて「恐ろしい」イメージがあるイスラム教の人たちだけど、実は全然そんなことないんですよー、こんな風になっちゃったのは、むしろ西欧の人たちのせいですよーという感じ。

前にも似たような本読んだことあるなぁと思って過去ログを探したら、同じ人の本だった(笑)。(そのときの読書録はこちら


イスラム教とはどんな宗教で、ムスリムはどういう人たちで、どんな歴史がなって……みたいな解説は、前に読んだ本と同じなんだけど、今回読んだ本は、世の中のムスリムへの偏見に怒ってる感が強くて(特に後半)、ムスリム擁護に偏りすぎている感じもなきにしもあらず。

主張は分かるけど、擁護に必死になるあまり、イスラムの悪い面の描写が少なくて、極端な話、西欧社会の側だけが悪者みたいな主張はどうなんだろうか。

それと、著者の語るイスラム教徒はほとんど中東の世界のことが念頭にあるようだけど、現実にはインドネシアとかマレーシアとか東南アジアにもムスリムはたくさんいる。中東と東南アジアでも、ずいぶん違いがあるのではないかと思うけれど、その辺には触れず、中東にフォーカスしすぎているのもちょっと違和感。

とはいえ、前作にも書かれていた、近代国家という概念が世界を支配したことによる歪み、つまり、国という概念そのものがイスラムの考えとは相容れないのだという主張は、多くの人にとって考えてもみないポイントなんじゃないだろうか。

この本の中には「イスラムとは人と人との間に線を引かない」のだという。それなのに、世界は難民問題を解決するために、どんどん線が引かれつつあるわけで。トランプしかり、国境をなくそうというEUの概念も揺らいでいるし。

ほんと、10年先どころか、1年先2年先の情勢も見通せない状況。これから世界はどうなっちゃうなろうー。


延命治療、する、しない

ガンの母、認知症の父を抱えて、最近にわかにリアリティが出てきた延命治療の問題。

今日目が止まったのは、こんな記事。

尊厳死を認める法整備への論議が進むなか、尊厳死協会の理事を務める医師、看取り経験のある家族の代表として日本ALS協会の理事、そして精神科医の3人が意見を述べている。

この3人は、尊厳死へ賛成、反対、中立のそれぞれ代表として選ばれているようで、それぞれの意見は次の通り。

・罪に問われることを恐れて不要な延命治療をしてしまうことのないよう、早急な法整備が必要
・法制化されたら、患者が尊厳死を望まない、もっと生きたいと言えなくなってしまうキケンがある
・治療がすべてという医師、患者双方の固定観念を問い直して、死に対しての考え方を医師と患者が共有する機会をもつべき

この手の問題は、とにかくケースバイケースで、万人に通じる正解なんてないんだと思う。

末期癌の母も、「胃ろうまでして生きたくないわ」と今は言っているけれど、このまま口が痛いのが治らなくて食べられないとなったとき、胃ろうをしなければ死ぬという現実に向き合ったらなんて言うのか。

今の文句言いたい放題の、ある意味元気な母をみていると、「胃ろうなんて、しない方がいいよ」と私も言い切れるのか。

「あと2年生きればいい」と言いながらも、東京五輪までは当然生きてるものだと思ってる母。本当に口から食べられなくなったときには、そこに至るまでの衰弱を体感して、「もういいわ」というのかなあ。

改めて、こういうことはその場になってみないと、当事者になってみないと、何とも言えないなぁと思う。願わくは、そういう選択を迫られるときに、医師の方が、冷静に、でもこちらの気持ちもよく理解して、説明や提案をしてくれるといいなぁと思うばかり。

クックパッドを除外した検索

さっき、こんなサイトを見つけた。


プロの料理人や料理研究家によるレシピを中心に検索できるサイト。巷では「クックパッドのページを除外できる」と評判らしい。

冷蔵庫にあるもので何作ろう?とか、麻婆豆腐の調味料って何入れればいいんだっけ?とか、私も毎日のようにネット検索はお世話になっている。最近は、検索結果の上位がクックパッドのページで埋め尽くされることが多い。

クックパッド、確かに便利なんだけど、当たり外れも多いというか、ハズレが多いのも事実。なので、そういえば最近は、検索結果の中からクックパッドじゃないページを選んでクリックすることも多くなってた。

まさにそういう人は多いらしく、こんなサイトができたということ。

昔クックパッドの人気が出始めた頃は、わー便利、もうこれがあったら、プロの料理本も、食品メーカーのレシピページもいらないじゃん!なんて思ってたんだけどね。

たぶん、あまりに裾野が広がりすぎちゃって、あまりに素人の大したことないレシピが増え過ぎちゃったんだろう。あと収益性を高めたいのは分かるけど、プロのレシピを一部だけチラ見せして、「ここから先は有料会員にならないと見せませーん」みたいなのも、感じ悪い。

そんなこんなで、ずいぶん印象が悪くなってたんだと思う。クックパッドといえば、ちょっと前に創業者と他の経営陣とで揉めてたよね。そういうのも関係あるのかな。

考えてみると、素人が簡単にプロ並みに発信ができるようになって、プロの境がなくなりつつある中で、素人の発信が問題視されるって、この前のDeNAの医療サイトWELQの話と、通じるものがあるかもね。トランプ選挙で話題になったフェイクニュース問題もしかり。

玉石混淆のネットの世界、石の割合が増えすぎて、玉の価値が再確認されたというか。

ネットビジネスの世界も、また新しい展開が必要な時代にあってきたのかも。


緩和ケアに行ってきた

口腔ガンの痛みが強くなってきた母。主治医の口腔外科の指示で、同じ病院内の緩和ケア科に行ってきた。

担当医は40代とおぼしき女性。ハキハキしていて話しやすい感じ。入室して開口一番「あらー、カルテ見たら88歳って書いてあったのに、ずいぶんお若いですね!」とヨイショも上手で、話も聞いてくれるので、母も気に入った模様(笑)。

今までは、とりあえずという感じでロキソニンを処方されていたのだけれど、今回はがんの疼痛用のトラマールという薬と、カロナールという鎮痛剤を併用することになった。胃があれるから胃薬、副作用で吐き気があるかもしれないから吐き気止め、便秘になるかもしれないから弱い下剤とたくさん処方されたけど、2週間分の薬代は590円。診察代は140円。結構待たされたから病院には3時間以上いたけど、支払合計は1000円にもならない(1割負担だから)。ありがたいやら、これじゃあ保険も大変ねと心配になるやら。

ただし、薬の組み合わせがむずかしくて、朝晩だけ飲むもの、3食飲むもの、寝る前などいろいろなので、母がちゃんと理解しているかどうかが心配。医師にも、薬剤師にも説明を受けたし、医師の説明メモ、薬剤師のくれた印刷物もあるんだけど。絶対理解してない気がする~。

一応、朝飲む分はこれとこれ、お昼はこれ、夕食後はこれ、就寝前はこれ、という切り口でまとめたものをメールしておいたけど、そもそもこんな長い文面をちゃんと読めるかどうかも謎~。そのとき読んでも、あとからそのメールを開けて確認する、なんてこともできないだろうし。また明日電話してレクチャーするしかないかしらん。

この薬で、少しでも痛みが和らいでくれるとよいのだけれど!

くまさんルームでお誕生会

幼稚園の話じゃなくて(笑)。

1月23日が誕生日だった長女。そのお祝いをお泊まりですることになった。

場所は、御殿場の時之栖。前にも何度か書いてるけど、目当ては温泉とおいしい地ビールレストラン。日帰りでも十分行ける距離ながら、飲酒運転を避けるために、あえて宿泊ということに。

ちょっと霞んでたけど、富士山もどっかーん。
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宿泊料金がリーズナブルなこともあって、かなりの人気。娘たちといっしょだと土日じゃないとダメなので、12月の始めに予約をしたときには、すでに選択肢もほとんどなし。やっととれたのが、朝食付きで一人7500円のヴィラタイプ。

このヴィラは5名まで宿泊可能で、星の王子様、ピーターラビット、くまさん、と3つのテーマが用意されている。3年ぐらい前に、やはり家族4人で「星の王子様」に泊まったんだけど、今回は「くまさんルーム」。いい大人が4人して(爆)。

入るといきなり!
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地ビールレストランの飲み比べセット。
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イルミネーションは、今まで来た中で一番豪華だった。
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食後はお部屋でケーキを食べて。
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そうそう。今回は行きがてら、松田ハーブガーデンというところに寄ってみた。河津桜が今見頃だというので。

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高台なので、眺めもよくて、なかなか良いところでした。
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おまけ。レストランにいたペッパーくん。私が話しかけたら、強制終了しちゃったのは、なぜ!

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読書録:『本日は、お日柄もよく』


平凡なOLがひょんなことからスピーチライターとなる物語。
幼なじみの結婚式で、スピーチの最中に居眠りをしてスープに顔を突っ込んでしまうという大失態を演じた主人公。その式で出会った「伝説のスピーチライター」の語る「ことばの力」に魅了され、弟子入りする。そして、初恋の人の初出馬をサポートすることになり……という筋書きで、ラブストーリーも混ぜ込んだお話になっている。

主人公のOLがとにかくフツーの女の子で、お気軽にサクサク読める。選挙の行方や恋物語は、すべてが安直で「出来すぎてる感」はあるし、どっちかというと、普段あまり本を読まない若い子向き?みたいな安っぽさもあるんだけど、話の軸になっている「言葉の力」という部分は納得させられるものがあるので、それなりに面白く読めた。

改めて検索してたら、WOWOWでドラマにもなってたらしい。キャストのラインナップをみると、ああこの人はこの役ねと想像できるから、きっと原作の雰囲気そのままのドラマなんだろうと思う。

選挙戦のシーンでは、郵政民営化をぶちあげて国民的人気を誇った総理大臣とか、第一野党が政権交代を果たすところとか、何年か前に実際に日本で起きていたことをなぞってる部分がある。この物語では、政権交代を果たしてめでたしめでたしで終わるけど、現実はね~。。。

ところで、以前、『ジヴェルニーの食卓』同じ作者の本を読んだ事があるんだけど、およそ同じ人が書いたとは思えないほどテイストが違う本でびっくりした。そんなこともあるのねー。




インド映画『PK』

地元のシネコンで、『PK』というインド映画を観てきた。

以前観た『きっと、うまくいく』という作品と同じ監督・主演による映画。前作が面白かったので、映画館で予告編を見た瞬間から、絶対観たい!と思ってたんだけど、期待通りとっても面白かった!

前作は、大学生とその10年後の話だったけど、今回は宇宙人が地球にやってきたという設定。宇宙船を呼ぶリモコンを盗まれてしまったために自分の星に帰れなくなってしまった宇宙人の話。

リモコンを探し求めてさ迷う中で、「そんなものは神様しか知らない」と言われて、じゃあ神様に聞こうと言っても、そこは他宗教国家のインド。「どの神様に聞けばいいのか?」とあらゆる宗派を訪ね、あらゆることにトライするも、リモコンは見つからない。ついに見つけた彼は、それを取り返そうとする中で、宗教家とのバトルに巻き込まれていく。

前半は、宇宙人が引き起こすドタバタや突然踊り歌い出すミュージカルというか、ポリウッド感満載のガチャガチャした展開なんだけど、後半は宗教とは?神とは?という本質的なテーマにぐいぐい斬り込んでいき、家族愛やラブロマンスの要素も盛り込み、どんでん返しもあり、ほろりとさせされる。

インドと言えば、一昨年の12月に旅行したとき、シーク教、イスラム教、ヒンズー教の施設を訪ね、案内してもらった運転手のインド人ともいろいろな話をして、いろいろな宗教がひしめき合った複雑な国なんだなという印象があっただけに、よけいに考えさせられるものがあった。

ここで出てくる宗教同士のいがみ合いとか、宗教指導者に振り回されたりとかは、おそらくインドで社会問題になっていることなんだろう。そして、ヒロインがベルギーで出会った恋人がパキスタン人でイスラム教徒ということが問題になるシーンがあるんだけど、そういえば、その運転手さんが、すごく温厚で気のいい人なのに、「パキスタン人だけは大嫌い」って言ってたのを思い出した。隣同士の国っていうのはいろいろ難しいのねと思っていたけど、こんな風に映画の要素に使われるぐらい、定番的な事実なのかなと。

「この星ではどれかの宗教に属しているらしいが、それがどの宗教なのかは生まれたときから体にどこかに印でもついているのか?」と大まじめに印を探す宇宙人。そして、最後はどの神だろうが、それぞれの人が自分でそれを信じていればいいじゃないかみたいな結論に行き着く。

というように、宗教とか民族とか、すごくデリケートな問題を扱っていながら、それを「宇宙人目線」という変化球でコメディの要素に包んで描き、意味もないけど歌って踊ってハッピー♪なテイストにしちゃうところが、お見事。

ただね、歌や踊りがふんだんに入る分、尺が長くて2時間半もある。正直、もうちょっとその辺をカットしてコンパクトにしてくれれば、、とも思うけど、それをなくしちゃうとインド映画じゃなくなっちゃうのかな。

Appendix


クリックで救える命がある。

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びっけ

関東在住で松田聖子と同じ年。フリーでライターをしてます。

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