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ティツィアーノと上野の桜

上野の東京都美術館で開催中の「ティツィアーノとヴェネツィア派展」に行ってきた。1月からやっていたこの美術展、1月2月は忙しかったので、3月になったら行こう~なんて思ってたら、まさかの骨折。でも4/2が最終日なので、ギリギリのタイミングで駆け込んだ。(週末は混みそうだし)

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写真は目玉出品の「フローラ」という作品。やはり一番目を引いた。

全体的に、同じイタリア美術でも、この前行ったヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たちに比べると、壮大な感じの作品は少ない分、分かりやすい絵が多かったかな。

オーディオガイドは別所哲也。つい最近までNHKのドイツ語講座に出ていたのを見ていたので、イタリア美術って、個人的にはちょっと違和感だったけど。

先日NHKの日曜美術館で取り扱ったのも見てたのもよかった。特に美術的センスのない私は、やっぱり事前の知識があった方が、楽しめる気がする。

ところで、今日の会場ですごく熱心に見ている女の子がいた。小学校1,2年生ぐらい? そもそもこんな所連れてこられたって退屈だろうに……と思っちゃうぐらいの年に見えるんだけど、これが、どの絵でも一番前にいってかじりつくように見てる。

最初後ろ姿だけみてたら、病気か何かで体がメチャメチャ小さい大人なのかと思ったぐらい。でも、顔を見ると確かに子供。

その後も気になってみていたら、なんと小さなノートと鉛筆を持参していて、簡単に模写したり、説明を見て何かをメモしたり。いやはや~恐れ入りました。未来の巨匠かしらね!

帰りにちょっと寄ってみた上野公園。残念ながらサクラはまだ2~3分咲ぐらい。

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夜に備えて場所取りしてる人や、外国人観光客はたくさんいたけどね。見頃はあと1週間ぐらい先かなー。それでもこの週末はすごい人出になるんだろうな。

いやしかし。美術館ってけっこう歩くのよね。かばって歩く分、お尻や足の甲が痛むのはともかくとして、帰り道、怪我した指も痛くなってきた。やばいかもー。やっぱりもうちょっと自重した方がよいのかな。GWに旅行に行くまでにはなんとしても完全復活しなくては。








一難去ってまた一難

母の検査の結果は悪くなかったし、薬も効いてるみたいだし、父のボケもちょっと調子がよさそうだし、これでGWのイタリア行きも安泰かな!とほっと一安心していたのもつかの間。

母から電話があり、薬をもらいに行ったはずの父が手ぶらで帰ってきたと。。本人に聞いたら、確かにもらってきたと思うけど、あれ?どこ行っちゃったんだ?と言うので、今もう一度本人が薬局に見に行ったところだと。

あららー、また置いてきちゃった?(ちょっと前に、コンビニのカウンタにカギを置いてきた前歴あり)。でも、あの薬局すごく小さくてお客さんもいないから、置き忘れたら間違いなく追いかけてきてくれそうなものだけど。。

自分が具合悪くて寝てるのに、また問題起こしてくれて!と怒り心頭の母をなだめ、一度電話を切り、薬局の番号を調べて電話で聞いてみた。

すると、確かに来て確かに持って帰ったという。とりあえずお店の近所を探してみて、もし見つかったら電話しますというので、私の携帯番号を教えておいた。

さて困った。おそらく途中にどこかに寄ることはしないだろう。でも、道に落とすほど小さなものじゃないし。近くにいれば、私が道々見に行くところだけどそんなわけにもいかないし。母ももちろん、それどころじゃない。

医者に相談して処方箋を再発行してもらうしかないかしら。だとしたら、やっぱり私が行って説明しないとダメよねぇと途方にくれていると、薬局から電話。

「今ご本人が見えまして。もらってないとおっしゃるので、いえ、間違いなく渡したんですけどね(もちろん、分かってます。。)、今日のところは、もう一度渡しておきましたので」と。「この分は差し上げますので、もし見つかったら破棄しておいてください」って、お金はいいってことらしい。

先方は認知症だということが分かっているので、もらってないと言い張る相手を納得させるには仕方ないと思ったんだろう。申し訳なさすぎ。迷惑かけて本当にごめんなさいだわ。

2月に一度私も行ったときにその薬剤師さんとも話をしているし、「次からはひとりで来るので宜しくお願いします」ってお願いしておいた効果もあったのかな。

もちろん、もらいっぱなしでは悪いので、そのうちお金を払いがてら謝りにいかなくちゃ。

その後父と電話で話した感じでは、自分のミスだとは自覚がないみたい。なんか訳の分からない理屈をこねているところをみると、認めたくないだけかも。責めても仕方がないので、「まあ、とりあえずもらえてよかったね」と電話を切った。母にも、腹立つ気持ちは分かるけど、本人もショックかもしれないから、これ以上追い打ちかけないようにと伝えておいた。でも、どうしたことやら。

この分じゃ、次からは父の通院も私が行かなくちゃダメかもね~。

「姉さん、事件です!」って、姉にも知らせておかなくちゃー。



お薬配達サービス

昨日、母に付き添って病院に行ったとき、いつものように処方箋を持って病院前の薬局に行くと、一部の薬(今回新しく処方された医療用麻薬)が在庫切れだという。

そういう場合、後日郵送(宅配?)してくれるサービスがあるらしいのだけれど、この薬の場合は麻薬なので規則上それができないという。「後日取りに来ていただくしか……」と言われても、それだったら実家の近所の薬局に頼んだ方がいい。っていうか、すぐに欲しいし。

大学病院前なので、薬局は5,6件軒を連ねている。ひとつひとつ聞いて回ると、2軒目は同じ答えだったんだけど、3軒目はなんと、「自宅までお届けします」という。「あ、いやでも遠いんです、埼玉ですよ?」(病院は池袋)と聞くと、「大丈夫です」とのこと。手数料もかからないのだという。

なんとありがたいサービス!

その薬局は、並んでる中でも小さめだったから、そのぐらいしないと太刀打ちできないのかも。お客の取り合いで競争の激しいからサービス合戦なのね。でも、そのこの日の母の支払は5400円ぐらいだったかな。1割負担だから薬局の売上げは5万円以上? となれば、そのぐらいしても赤字にはならないのかも。

そこの薬局は薬剤師さんもすごく丁寧にいろいろ説明してくれた。「メインの薬の補助で出ている(副作用対策)便秘薬や吐き気止めなどは、わざわざ池袋まで出てこなくても近所の診療所で相談すれば、処方してもらえますよ」とか。「麻薬はもし飲み忘れてあまったりしても、絶対に他の人は飲まないでください」とも念を押されたけれど。

前にも書いたかもだけれど、薬の種類が多くてよく分からない老人のために、1回分ずつをワンパッケージにする「一包化」とか、いろんなサービスがあるのね。

午後母から電話があり、新しい薬はとりあえず良く効いてるらしい! よかった、よかった。




母の検査結果

母に付き添って病院へ。最近の具合悪そうな様子ヲ観ていると、先日のCTとMRIの検査結果がどうなっているか、ちょっとドキドキだった。

でも、意外なことに?、検査の結果、多少大きくなってはいるものの、特に驚くほど悪くなっているということはないそうだ。リンパ節への転移もまだ大丈夫とのこと。ちょっぴりひと安心。母が「歯が生えてきた」と言っていたのは、骨が出てきたということらしい。今はそこがかなり痛むみたいなのだが、先生曰く、そのうち骨が死んでいくので、そうなったらむしろ神経も死んで痛くなくなるなだという。

緩和ケアの方では、前にもらっていたトラマールという薬に替えて、オキシコンチンとオキノームという薬を出してもらった。これは麻薬に分類されるものらしい。。薬局でも「飲み忘れて余ったからといって、他の人が飲んだりしないでください」と釘を刺された。

今回の懸案のひとつは、そろそろ遠い病院への通院が辛くなってきたということ。ここ数日かなり具合が悪そうだったので、この日の通院もキャンセルしようかとも思ったのだけれど、いかんせん緩和ケアで痛み止めの相談をしないと……というので、かなり無理して行った母。前回の診察で「痛かったらいつでも来て」と言われてはいたものの、この先生月曜日しかいない。しかも先週のような振替休日もあったりするので、結局「痛い痛い」と言いながら、元の予約通り1カ月たってしまっていた。

そんな経緯もあり、痛み止めだけでももっと近くの病院でもらえないものかと相談してみたところ、先生もそれがいかもしれないという。何科?という質問には、緩和ケアを扱っているところ、、という曖昧な答えしかえられず、先生もよく分からないので、病院に付属している相談センターのようなところに聞いてみることを勧められた。行く先が決まれば、先生の方から今までの経過などを記した書類を出してくれるという。その相談センターに、帰りによってはみたものの、すごく時間がかかりそうだったので、結局今日はキャンセルして帰って来た。母もすごく疲れていたようなので。電話でも相談は受け付けているというので、ネットなどでも調べてみて、また後日相談してみようと思う。

それと、緩和ケアの方も口腔外科の方(主治医)も、本人が来られなければ、私ひとりで受診したのでもOKなのだという。受診といってもほとんどが問診で、今の状況が説明できればいいわけだから、
よく状況さえ聞き出しておけば、むしろ私が説明したほうが話は早いのかも(笑)。

なので、次回以後は母が辛そうだったら、私が代わりに行って薬をもらってくるというのもアリという話になったのもよかった。ただ、問題は診察券。磁気タイプのものですべてコレを通してオンラインデータにアクセスするようになっているので、診察時には必須。受診のたびに、母のところにもらいに行って病院に行って、また返して……というのも無理な話。そこで受付で相談してみると、本来は1枚しか発行しないものだけれど特別にということで、もう1枚発行してもらえた。

そろそろ、一度母のいないところでじっくり先生の話も聞きたいと思っていたので、次回は私ひとりで行ってこよう。


認知症社会

さっきNHKでやってた番組。


団塊の世代が75歳以上になる2025年をターゲットに、そのとき今の日本の高齢化社会がどうなっているかということを考える特番。日本人の9人に1人は認知症で、高齢者に限ると3人に1人という計算になるらしい。

そうなると、認知症の人の引き起こす事故などの数も増えて、自分の身近にいなくても、日本人みんな他人事じゃなくなるよ、という話も。とにかく社会全体で考えていかなくちゃいけない課題なんですよという問題提起的な番組だった。

介護してる人、医者、施設の人、認知症の本人、いろんな立場の人を招いてのスタジオ討論に、オランダの例などの取材映像もあった中で、「認知症」と診断されたときの絶望感(本人も家族も)が、診断を受けることをためらわせるみたいな話も出てきた。

確かに、治らない不可逆的な病である以上、それを認めるのは辛いことだ。ただ現状は、「認知症」という線引きの与えるインパクトが大きすぎることも問題なのかなと思う。

父の経験で思うのは、ある日突然発症するものではないし、病気かそうじゃないかという白黒のある問題じゃなくて、すごくグラデーションのあるものなんだと思う。年齢によっても事情は違うだろうけど、特に父のように90近くなってからの場合は、ある意味「年相応のボケ」としてとらえられる部分もある。

ある年齢以上になったら健康診断の項目に全員認知症の検査も入れれば良いのにと思う。全員が受けるものとなれば、自尊心から検査を受けたくないという人も抵抗が経るのでは。早い段階から気をつけることで進行遅らせることもできるかもしれないし。

近い将来、いずれはそういう時代が来るのかもね。



読書録:『胃ろうという選択、しない選択』


母がいずれは口からモノが食べられなくなるのではないかと怯えつつ、読んでみた。

著者はちょっと前に読んだ『抗がん剤 10の「やめどき」』という本を書いた人(そのときの読書録はこちら)。

「町医者」として多数の看取りを実践している立場で、日々多くの人から相談を受ける「胃ろう」という問題について解説した本。著者は基本的には胃ろうは反対の立場であるのだけれど、全面的に否定するわけではなく、「ハッピーな胃ろう」もあるのだということも強調している。

一般的に「胃ろう」を避けたいものと思う人が多いという現状で、頭から毛嫌いするものではなく、それをしたほうがいいケースだってあるのだという話が、前半の方で繰り返し出てくる。

「ハッピーな胃ろう」とは、脳梗塞などの急性期に一時的に栄養を補給するためとか、口からも食べられるけれども、補助的に胃ろうを使うことで状態を良くするとかの使い方。あくまで一時的なものとして、それをすることで全身状態やQCLの改善が期待される場合だ。そういうケースで頭から胃ろうを拒否するのは「もったいないこと」とも言っている。

胃ろうは一度始めるとやめられないものかと思っていたけど、そういうわけではないらしい。口から食べられるようになるならば、技術的にはやめることは全く問題がない。ただ、回復の見込めない状態で使うと、実際はそれをはずすと死に至るという状態になってしまうために、それは「殺人行為」となってしまい、現実的にむずかしいということらしい。

胃ろうのメリットもきちんと説明した上で、そういう「アンハッピーな胃ろう」の話になる。がんばればまだ口から食べられないわけではないのに、施設で受け入れてもらいやすいという理由で胃ろうを作るケースも多いという(その方が介護が楽だから)。

誤嚥(うまく飲み込めなくて、食べ物が気道に入ってむせる)のキケンから胃ろうを作るというケースも多いけれど、食べ物を口から食べなくても、唾が気道に入って誤嚥するケースはあるので口腔ケアや嚥下リハビリは欠かせない。でもそれをキチンと対応できるケースも少ないと。

そもそも胃ろうというものがどういう手順で行われるのかとか、鼻から入れるチューブなどとどう違うのかという説明も分かりやすかった。

胃ろうをつくるときは、口から内視鏡を入れるために、口や食道に病気のある人はできないとも書かれていた。ということは、うちの母の場合も、そもそも対象外なのかもしれない。

とはいえ、父や義父母、そして自分が年老いたときのために、読んでおいて良かったと思う。

最近この手の本ばかり読んでるけど、こうやって知識を蓄えておくことは、親のことだけじゃなく、自分の老いや死を考える上でも役に立つこと。そう考えると、まだ元気なうちに勉強する機会をもらってありがとうって感謝するべきなのかな。

父と母の近況

木曜日、夫に車を出してもらって実家に行ってきた。

口が痛くて、食べる気力も作る気力もなく元気のない母になんとか食べさせてあげようと。前日のうちに、ふろふき大根とか卯の花とか、かぼちゃのポタージュなどを作って持参。途中スーパーに寄って、カップラーメン(母がいないときの父のお昼)、レトルトのお粥、フリーズドライの雑炊、プリン、コーヒーゼリー、卵豆腐など、「固くない」「しょっぱくない」「すっぱくない」ものをいろいろ買い込む。ついでに、少しでも気分が明るくなるように、お花も買って。

到着してみると、母は寝室で寝ていた。朝から寒気がしてだるいのだという。熱はないらしいけど、先週2日も検査に出かけたので疲れが出たのかもしれない。

作って持っていったものに加えて、エビ団子(エビとはんぺんをすりつぶして丸めて焼く)も作ってあげたら、「あら、これはおいしいわ」って言ってもらえた。おやつように作ったさつまいもの茶巾絞りやかぼちゃのポタージュは反応薄かったけど。もしかして、お芋っぽいのは好きじゃないのかな。

でも、作ったものはほとんど完食。「こうやって人に作ってもらえば、食べられるのねぇ」と言うのを聞いてると可哀想になるけど、さすがにそう頻繁には行ってあげられないしね。なんせ片道2時間半ですから。。。

口の方は「歯が生えてきたみたい」とかワケ分からないこと言ってる。まさかそんなはずはなかろうけど、その部分がチクチク痛いという。膿も大分出てるのか、母の寝室には結構強烈な匂いが充満してた。

母の方はそんな感じで、着実に時計の針が進んでいる感じなのだけれど、一方の父の方は、なんだかずいぶん普通だった。顔を見た途端に「足は良くなったか?」って、覚えてるだけでもスゴイ。会話も、ちょっと前に比べると随分かみ合う部分が多い。機嫌も良くて、一生懸命話題を探しては、話しかけようとしてくる。テレビでお相撲やニュースを見ていても、いっしょになって話してる。「怪我してどのぐら経つんだ?」っていう質問も3回ぐらいしかされなかった(笑)。知らない人がみたら、認知症とは思えない感じだから、介護保険の訪問調査のときにこんなんだったら、要介護認定はされなかったかも?

母も言ってるけど、どうやら薬を飲み出してから、いくらか状態が良くなったっぽい。専門医に診てもらったわけでも、詳しい検査をしたわけでもなく、「とりあえず認知症といえばこれ」みたいな薬を出されて「あくまで進行を送らせるだけ」と言われていたので、まったく期待してなかった割には、意外に効果があるみたいで、こちらはうれしい誤算。本人も、自分から積極的にその薬を飲んでいるというから、自覚症状としても何か違うのかもしれない。

一夜明けて今日は、横浜にきれいな菜の花畑があると聞いて、連れて行ってもらった。
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黄色って、なんか元気が出る色だよね!



小さい春見つけた♪

お天気いいので、また隣の市の公園へ(この前とはちがうところ)。
東京では開花宣言というけれど、つぼみが開くにはまだちょっと時間がかかりそう。


でも、あちこちに小さな花が咲いていて、確かに春の気配。風は冷たくても日差しは暖かいし。

最近は仕事も一段落して時間もあるので、本当はもっといっぱい歩きたいんだけどねー。
ひとまわりして帰って来た今日の歩数は2935歩。
階段下りるのは大変だけど、上るのは案外サクサク上がれることが分かった!(つま先使わないってことね)



五本指lover

昨日の温かさがウソのような今日の寒さ。三寒四温ってやつですかね。

元々冷え性な私、寒いと手足が冷たくなる。……のは昔からなんだけど、ここ数年年を取ってきてから、なぜか食後に特に冷たくなる。食べ物を消化するために血液が胃袋に集合しちゃって、その分末端に回らなくなる? そんなことあるのかなぁと思うけど、タイミング的にはまさにそんな感じ。同じ年頃のみなさん、そんなことってあります?

ところで、足先の冷えに絶大な効果を発揮してくれるのが五本指ソックス。本当に暖かいんだから! でも今、指の怪我のせいで五本指を履けない~。指3本テーピングでまとめちゃってるから。せめて怪我してない右足だけ五本指履いたりしてみたり。左右違う靴下って相当変な感じ。

この五本指ソックス。最近はすっかりメジャーになってユニクロのラインナップにも入ってるぐらいなので、入手するのは簡単になった。それどころか、最近は五本指のタイツやストッキングもあるのだ。さすがに巷のお店では見かけないけど、ネット通販ならあちこちで取り扱ってるよ。

普通のストッキング、膝丈ストッキング、タイツ、ストッキングの下に履くつま先だけのタイプ、フットカバータイプ、着圧ソックスタイプなどなどバリエーションも豊富。


冬に暖かいだけじゃなくて、夏は指の間の蒸れが軽減されるし、靴の中で指同士がギュっとなって爪が当たって痛くなるのも防げるので、もう春夏秋冬愛用してる。前も書いたけど、機内でエコノミー症候群防止ではいてる着圧ソックスも、五本指だと効果絶大。足のだるさが全然違う。

ちなみに、透明ストッキングの五本指タイプは、まるで生足みたいに見えます(笑)。

あー、早く五本指履けるようになりたいな!


春うららのお散歩

春みたいな陽気に誘われて、地元の運動公園へ車でつれて行ってもらった。


トラックで走ってる中学生がいたり、


長~い滑り台もあり。

祝日の晴天とあって、家族連れがいっぱい。子供の遊べる遊具や広々とした運動場もあって、小さい子供がいたら楽しそう。ここに越してきたときはもううちの子たちは大きかったから、初めてきたけど。プールもあり、体育館もあり。

体育館にはこんなコーナーもありました。



知らなかったけど、2020年にはニュージーランドの選手が来るらしい。
 

ニュージーランドといえばラグビー? 有名な選手とかいるのかな。その頃になったらちょっと意識して見てみよう!

ということで、本日のリハビリ散歩は3747歩でした!

民営の図書館に行ってみた

近場で、あまり歩かなくて行ける所。ということで今日は隣の市にある図書館に行ってきた。


理由は、あのTSUTAYAを経営しているC.C.C(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)が委託運営していることで、何かと話題になっていることを突然思い出したから。

運動だと思って歩けば歩けない距離じゃないけど、足がアレなのでもちろん今日は車でつれて行ってもらった。敷地内の駐車場はハンディキャップ用のみ。私も今はプチ・ハンディキャップだけどやっぱり杖でもついてないと肩身狭いよねということで、隣の大きな駐車場へ。無駄に回り道だけど、ビッコひきひきひょこひょこ歩く。近隣の市営施設と兼用になっているせいか、日曜のせいか、ほぼ満車。駐車券制になっていて、施設の中で刻印してくれば(セルフ)、無料。

中は噂通り、めっちゃ明るい、きれい、オシャレ。図書館の薄暗い、湿っぽいイメージは皆無。1階にはスタバとTSUTAYAの販売してる本や文房具の売場がある。そして1階の一部と地下、2~4階が図書館。(撮影禁止だったので、写真は上にリンクして公式サイトでどうぞ)

本の並べ方もちょっと斬新。いわゆる図書館の分類方法にこだわらずということらしい。探しやすいような気もするし、探しにくいような気もするし、ちょっと微妙かな。検索用端末もあちこちにあるので使ってみたけど、その本がどこにあるのか、位置の表示がよく分からなくてギブアップ。ただし、各フロアごとにカウンタがあるほか、その辺を歩いてるスタッフも多めなので、直接聞いちゃった方が早いかも。店員ぽく親切に対応してくれるし。(普通の図書館の人が不親切というわけではないが)

ビックリなのは、海老名市民ではなくても利用カードを作れること。これ、住民税払ってる人にとってはどうなんだろうか。まあ、遠方からわざわざここに借りに来る人もそういないとは思うけれど。

駅からちょっと離れてるせいもあって、返却は駅やコンビニでもOK。あらかじめ登録しておけば、宅配での貸し出しや返却もできるらしい(有料)。この辺はさすが民営ならではのサービスね。

巷の報道では、何かと否定的な意見が多い。分類方法をはじめ、蔵書選択もトラブルのネタになってる。確かに図書館というのは公のものである以上、滅多に利用されなくても所蔵すべき本というのもあるわけで、その辺が「民間の効率重視な運営」と折り合いをつけるのが難しそうだ。

とはいえ、今日行ってみた感想としては、いいと思うよ!

やっぱり明るくてオシャレなのは気分がいい。地元の図書館は、ネット経由で検索・予約して、それを受け取ったり返したりぐらいで、館内にはほとんどいないけど、ここだったら、ブラブラ歩いてるだけでも良い感じ。ゆっくり座れるソファやテラスみたいなのもあるし。

図書館と本屋さんが同じ館内で併設されてるっていうのも便利そう。そもそも、どちらも本好きな人が行くところだから、意外に相乗効果があるのでは。

そして、間違いなく言えるのは、私の地元の図書館よりも利用者がたくさんいた。そして年齢層が若い。(高齢者は逆に居心地が悪い?使いづらい?の違和感で敬遠しているのかも?)








覚悟への模索

今週2回あった検査は姉にお願いしたおかげで、母とは3/7の通院付き添い以来会ってない。2、3日に一度ぐらいの感覚で、電話では話をしているんだけど、話を聞いてる限り、どうも様子はよくないっぽい。一度は緩和ケアの先生たちに励まされて元気を取り戻したかに見えた母だけど、やはり痛みは日々強くなっていると言う。

緩和ケアの先生には「痛かったらいつでも来て」とは言われているものの、その先生は月曜日しか診察をしていない。今週の月曜に検査の後に寄ってみれば?と言っていたけれど、疲れてしまってやめたらしい。会社を抜け出してきている姉をそこまで付き合わせられないし、ひとりで行くガッツもないしということの様子。来週の月曜は祝日だし、となると結局次の月曜は予約が入ってる27日だ。

そこまで我慢すると腹をくくったらしいけど、電話で話す度に、自称「どんどん悪くなっている」と訴える。痛みは本人しか分からないし、精神的なものも影響すると思うのだけれど、今日の話だと、毎晩寝ている間に枕が汚れているという。「口の中の膿みたいのが流れ出してるみたい」とのこと。

前回の口腔外科の診療で「検査しておきましょうか」と医師から提案されたのも、そもそも一段階進んでいるという認識から来てるんだろう。今回撮ったMRIとCTの結果は、27日に聞くことになっている。「足治らなかったら無理してこなくていい」と母は言っているけれど、結果を聞くとなったら、やはり私が行かないわけにはいかないし。

母自身も、悪くなってる自覚があるだけに結果を聞くのが怖いみたいだ。「悪くなってますって言われたらどうすればいいのかしら」と不安そう。

どうすれば、、と言っても、どうにもしようがない以上、私もなんと言葉をかければいいんだろうか。

今までは、母が弱気なことを言う度に、できるだけ前向きに考えられるように、希望が持てるように、お尻を叩いてきた。だから、母も何か元気になれるようなことを言って欲しいと思っているのかもしれない。

ただ、自覚症状がなかった頃は「気の持ちよう」次第だったのに比べると、実際に症状が進んでる今となっては。。。がん判定を受けて「3日だけガン患者体験」のおかげで、強気でいられた私だけど、実際にガンの苦しみは味わったことがないわけで。まして、日々からだの衰えを感じて、死へ近づいてる実感なんて分からないから、かける言葉がみつからない。

そんなわけで、次の診察、付き添う私もとても気が重い。母を退室させて先生にいろいろ聞きたいところだけど、その内容をどう母に伝えるか。本当は、来週のうちに私ひとりで先に先生に会いに行って、母のいないところで話を聞いちゃおうかとも思ってたんだけど、足怪我した今となっては、それもままならず。

少なくとも、何を言われても動じないように覚悟しておかなくちゃ。ふー。

まあ、私よりもっと、本人の方が気が重いんだろうけどね。




読書録:『村上さんのところ』


村上さんとは、毎年ノーベル舞楽賞候補と噂されてるあの村上さん。

Webサイト上で公募した一般の人からの質問メールに対して、村上春樹自身がお返事を書くという期間限定のイベントがあったらしい。そのサイト名が「村上さんのところ」。17日間(だったかな?)に寄せられた3万7465通のメールに、本人がすべて目を通し、お返事を書いた3716通の中から、さらに473を選んで収録したのがこの本。(3176通分すべてが読める電子書籍版もあるらしい)

質問の内容は、すごーくくだらないものから深刻なモノまでさまざま。熱狂的なファンが多いけど、中には「どこがいいのかさっぱり分かりません」みたいなのも(反応を知りたくてわざと書いてる?)。

それに対して、ときに気の抜けた、ときに心のこもったお返事を書いている。

一応断っておくと、私自身はハルキストじゃない。(本人はこの呼び名が嫌いで「村上主義者」と呼びたいらしい)

昔『ノルウェイの森』はそれなりにおもしろいと思った記憶があるけど、小説でその後で読んだのは『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』『1Q84』ぐらいかな。どれも、「?」というのが正直な感想で、今となってストーリーもまったく覚えてない。(たぶんほとんど流し読み)

なので、投稿の大多数を占めるハルキストたちの、「あの小説のあのシーンで」みたいなのはほとんどついて行けなかったけど、それを差し引いても、ファンじゃなくても、この本自体は面白かった。

ちなみに、村上春樹の小説は好きじゃないけど、エッセイは割に好き。『遠い太鼓』とか。あと、エッセイでも小説でもない『アンダーグラウンド』(地下鉄サリン事件の被害者のルポ)も良かったと思う。だから、彼の素の文章や考え方自体は嫌いじゃないのかも。

この本は、そういう意味で、より「素」な感じなので、違和感がなかったのかな。ということで、ハルキストな人はもちろん、そうじゃない人も、「村上春樹って良く名前聞くけど、どんな人?」なんて気になったら、他の本よりは気楽に読めていかも。





シャバの空気を吸う

足を怪我して以来、引きこもりの毎日。金曜の朝に病院に行って以来だから、土日月火水と丸5日一歩も外に出なかったことになる。
夫が家にいるおかげで、買い物とか、図書館に本を借りに行くとかはお願いできるので、出かけずにすんでいる。歩けないわけじゃないから、仕事の予定とか入って入れば、足を引きずって出かけたと思うけど、下手に歩きまわらない方が治りも早かろうと。

でもさすがにずっと家にいると気も滅入るので、今日はお天気も良かったし、夫といっしょに車でスーパーへ行ってきた。


なんか、空って広いのね、という実感(笑)。


どっちみち一日のほとんどをPCの前で過ごす私は、きっと歩けないからだになっても大して不便はないかもなんて思ってたけど、やっぱり外に気軽に出られないってのは、不便っていうだけじゃない問題もあるのね。何ごとも自分で体験してみないと分からないもんだ。


ところで、例のヨーカドー閉店事件で、プチ買い物難民なわが家。ちょいちょいな買い物は不自由しないんだけど、やっぱり大きなスーパーで買いたいものもあるし。(イオンもあるけど、歩くと10分ぐらいかかるので荷物持って歩いてくるのは重たいの。駅前の繁華街だから自転車も不便だし)


で、車で5分ぐらいのところにあるヨークマートへ。初めて行ったので、どんなものが置いてあるのか売場をきょろきょろ。わざわざ車で来るとなると、そんなに頻繁には来ないしと思うと、ついいろいろ買っちゃう。目の前のヨーカドーだったら、「いつでも買いに来られるし」と思うのであんまり買わなかったのに。(実際、料理始めてから、「アレがない!」って買いに行ったこともあるし)


こんな便利なところに住んでいて不便といったら怒られそうだけど、慣れるまではなにげに不便だ~。

で、本日の歩数は1294歩なり。






読書録:『君はどこにでも行ける』


ホリエモンが1年ほど前に出した本。

内容は目次を見てもらうとそのままなので、貼り付けてみる。
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はじめに 世界は変わる、日本も変わる、君はどうする
1章 日本はいまどれくらい「安く」なってしまったのか
2章 堀江貴文が気づいた世界地図の変化〈アジア 編〉
3章 堀江貴文が気づいた世界地図の変化〈欧米その他 編〉
4章 それでも東京は世界最高レベルの都市である
5章 国境は君の中にある
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日本はもう、アジア唯一の先進国なんかじゃない。中国に限らず、バンコクやシンガポールにだって日本よりお金持ちはいっぱいいるし、まずはその現実を直視しようと。ここ数年、海外を旅しながら自分の目で見てきたことや、各種統計を引き出しながら、その「現実」を説いていく。

その国のレベルは食べ物や女の子のかわいさを見れば分かるという独自のモノサシによる評価自体は、若干疑問に思う点もある。でも、実際私もいろいろな国を旅行して、日本は先進国の中ではかなり物価が安い国だというのは実感しているので、その言わんとしていることは分かる。

「ホリエモン」を斜めに見る人からしたら、そうやって日本を捨てて自分だけいい思いすればいいの?なんてうがった見方をするかもしれないけれど、この本で彼が言いたいのはそういうことじゃなくて。

日本という国に縛られることはないけど、だから海外に行けばいいと奨励するわけじゃない。昔と違って、遠くへ行かなくても日本の国内でなんでも手に入る時代、行きたくなければ行かなくていい。でも、今の世界の現実を認識した上で、国境にこだわることなく、もっと広い目で自由になんでもやってみればいいじゃないかと、背中を押している。

このあたりが、ホリエモンも大人になったなぁというか(笑)。

確かに頭は切れるし、言うことはもっともだけど、そういう言い方したら挑発的だよね、という、いかにも「ホリエモン」な感じに終始することなく、「もちろん僕は○○と言っているわけじゃない」とか、誤解を呼ばないためのエクスキューズみたいな文言が随所に出てくるのは、何冊か過去の彼の本を読んでいる経験からすると、むしろ新鮮。

有料メルマガで読者の質問にも答えたりしている彼は、今の若者が抱えてる心情みたいなものはよく知ってるだろう。それを踏まえた上で、みんながもっと自由に自分らしく幸せになれるようにという思いを抱いてるんだと思う。

「君はどこにでも行ける」っていうタイトルは、それをよくあらわしていると思う。最後の一文も「頭のなかの国境を消そう。そうすれば君はどこにでも行ける」で終わる。

「何かできないと思ったとき、その最大の抵抗勢力は自分自身だ」というのは、誰だったかが若者向けの講演会で言っていた言葉。

それと同じで、ちょっと考え方を変えるだけで抜け出せる閉塞感や無力感、絶望感ってあるのかもしれないというのは、若者に限らず大人にも言える事よねきっと。

この本の中で書かれている、いろいろな諸問題に対する彼の主張には賛成できない点もあるけれど、それでも、迷える若者が自分のマインドのリミッターをはずす手助けになるヒントはたくさんあるかもしれない。

2017年度のNHK新語学講座情報

3月も半ば。気がついたら来年度の新講座の情報が出てたみたい。

まずはテレビ編。毎年楽しみにしている、オトキソこと「おとなの基礎英語」。
生徒役は田丸麻紀。松本先生はもちろんそのまま、スタジオのネイティブは昨年に引き続きサラ・オレイン。オーストラリアじゃなくても担当なのね。好評だったのかな。スキットに出てくる人は、知らない人~。

今年は、ロンドン、ニューヨークだそうな。今までアジア、オセアニアばかり立ったのに、ついにヨーロッパとアメリカとは大飛躍。旅行先としては魅力的。ただ、前回のシリーズと同様、ドラマは週3回で木曜日は復習と中身少ないのはそのまま。前回は今まで何度も出てきたフレーズが多かったけど、今回も仕方ないのかなぁ。初心者向けプログラムだからね。

フランス語、イタリア語、ドイツ語、スペイン語は、いずれも今放送してる「旅するユーロ」シリーズの再放送。ここのところは、年間の後半に新シリーズ、翌年前半はその再放送というサイクルが定着してる模様。なので個人的には9月までお休みかな。

ラジオの方は、今まで土日にやっていた「攻略!英語リスニング」が終了。ストリーミングを録音して毎日がんばっていたのに残念。今までの録音とテキストも残ってるんだけど、いつでもできると思うと、やらないだろうなぁ。

その時間に代わりに放送するのが、”高校生からはじめる「現代英語」”という番組。ニュースで英会話のテレビ版に出ていた伊藤サムさんが講師で、高校生レベルにリライトした英語ニュースを扱うそうな。ニュースで英会話のレベルダウンしたバージョンってことかな。

その他、新しい番組としては、「短期集中!3 か月英会話」というのがある。3か月ごとにテーマを変え、 明確なゴールを設定した英会話講座ということで、4月からのテーマは「めざせ!スポーツボランティア」。2020のオリンピックを意識してるのね。ちょっと聞いてみようかな。

エンジョイシンプルイングリッシュは新シリーズになるみたい。

その他の言語では。フランス語が「Bon voyage ! ~フランス語で旅をしよう!~」という新作。これもおもしろそう。イタリア語はすでに半年~1年勉強した人向けっていうから、初中級者って感じなのかな。

個人的には、イタリア語、フランス語強化期間中なので(笑)、このふたつを聞くつもり。そのほかのはちょっと聞いてみておもしろそうだったら聞くかも?

余談としては、アラビア語、ロシア語、ポルトガル語は今年も前にやったやつをそのまま放送するっぽい。何年同じの使うつもりなのかなー。聞かないからいいけど(笑)。ロシア語なんて、小林麻耶ちゃんだし。(休んでても再放送されればギャラが入ったりするのかな。←大きなお世話)

今年の番組について、放送時間など詳しい情報は、こちらにあります。

学校に行っている子供がいないわが家は、4月になっても何も変わらないけど、唯一語学講座の切り替えで新年度を感じられる。新たな気持ちで、またガンバロー。


冷たい娘

昨日書いたように、今週2回ある母の検査の付き添いは姉が代わってくれることになった。姉はちょうど先週から新しい職場に転勤になったと聞いていた。元々簡単に休めないっぽいところに、代わったばかり、しかもいきなり月曜日っていうのは、絶対無理って言われるかと思ったんだけど。

実は、前回(7日)に私が通院に付き添ってその報告をLINEしたときに、いつものように「あなたにばかり押しつけてごめんなさい」というお詫びの言葉と共に、「いざというときはなんとかするから遠慮く言ってください」と書いていたばかりなので、姉も断れかったのかもしれない。

ただ、姉にしてみれば、私への配慮というよりは、「一人で行かせては母が可哀想」という思いがあったみたい。

というのも、その「いざとなったら」ということを書いてきたとき、「母に対して何もしてあげられなくて本当に心苦しい」というようなことを書いていた。「でも、いざというときは何を優先してでも母のそばにいてあげたいと思ってます」と、まるで会社を辞めてまで介護するとか言い出しそうな勢い。

そこまで書かれると、私としてはちょっと複雑。

だって、私自身は「何を優先してでも」とは言えないから。

今、いろいろやってあげてはいるけれど、取り立てて何かを犠牲にしているわけじゃない。できる範囲で最大限やってあげようとは思うし、四六時中いろいろ考えて思いつくことはやってあげてるつもりだけど、でも基本的にはもう年齢からいっても、仕方ないことは仕方ないと腹をくくってるし、そのために自分の人生や生活を犠牲にはしたくない。

いろいろなお世話も、母が可哀想というよりは、私がやらなきゃしょうがないでしょと、いわば仕方がないからやってる面もある。「一緒に行ってちゃんと医者の話を聞いてこないと後々面倒なことになる」とか、「一人で不安な思いをしたら可哀想」よりも「その愚痴を後からさんざん聞かされるのがかなわん」とかね。言ってみれば、自分にふりかかる災難?を最小限に抑えるためにやっているような? いや、もちろん可哀想だとは思うんだけど。

とまあ、いたく冷徹な娘なわけですよ、私は。

でも姉は違うんだろうな。母がガンと分かったとき、治療のために歯を8本抜くと聞いたとき、父がボケちゃったのを見たとき、個人的にもすごく同様して、泣いてたことも。いつも淡々と受け止めてきた私とは違うのだ。私なんて「この年になって癌になるなんて」と母が愚痴をこぼそうもんなら、「88歳まで大病もせず来ただけでも感謝しなさい」と叱咤することはあっても、「そうよね、本当に辛いよね」なんて同情してあげたことなんて一度もない。

勝ち気な母なので、私の理詰めの叱咤で心を奮い立たせてきた面も大きいと私は勝手に思っているけれど。

そもそも私は、昔から「アンタは本当にクール、ドライ、冷たい」と言われて育ってきた。家族の前で感情を出すこともほとんどないし。今さら、性格も親の前でのキャラも変えられないけどね。

心配なのは、この先いよいよのときになって、治療法や処置について家族の判断が求められるようになったときのこと。感情豊かな姉と、合理的思考の妹。うまく折り合えるといいのだけれど。

余談
今これを書いてて思ったけど、「クールな私」は、親や姉に対して弱音を吐くとか助けを求めたことなんてないから(夫や娘には甘えてばっかりなんだけど)、今回の骨折は、母や姉にしてみればすごいレアケースなSOSとして受け止められたのかもね。




骨折その後

そういえば、昨日病院に行ったときのこと。

待合室に看護師さんが来て問診されたとき、患部は「中指です」と答えた私。診察室に入って靴下脱いで見せようとしたら、あれれ、人差し指だった。

言い違えたわけじゃなくて、本当に中指だと思い込んでた。っていうか、今でも感覚としては中指なんだけどなぁと思いつつ、よーく見るとやっぱり親指の隣だから人差し指だ。なんか、足の感覚ってそのぐらいいい加減なものなのね。

ところで、月曜日の母の検査付き添いをどうするか問題。

最初はビッコひきながらでも歩けるからなんとかなるか?と思ったけど、変な所に力が入るのか、家の中歩いてるだけでも腰だの腿だの筋肉痛。長い距離を歩くのはやっぱり辛そう。電車で座れなかったら、揺れたときに体重かかったりしそうだし。

ダメ元で姉にLINEしてみると、会社は休めないけど、昼間抜けて付き添うことならできそうというので、お任せすることにした。

実家には知らせてなかったんだけど、週末で姉が実家に帰っていたようで、話を聞いた母から今朝電話。姉に会社休ませるぐらいなら一人で行くと言うかと思ったら、「場所は分かると思うけど、フラフラするからちょっと不安なのよ」と、ついていってもらうつもりらしい。「いざとなったら○○さんにお願いするし」(先日来てくれた親友)。いずれにしろ、「あんたは無理しなくていいから」って。

「お父さんがうるさいから電話代わるわよ」と、電話口に出てきた父にも、さんざん心配されて。「医者には行ってるのか」「家で寝てるのか」とか、なんか大騒ぎで、いや寝てるような大けがじゃないんだけど(^^;)。

あれだけ、「骨折ったら寝たきりになって命取りになるんだから、転ばないで!」って口うるさく言ってたのに、自分が骨折るって、まったくと、情けなや。。。。

でも、ずっと心配される側だった両親が、心配する側に回って、ちょっとしっかりしたように見えたのは、よかったのかな?(って私が言うことじゃない?)



骨が折れた

比喩ではなく。本物の骨折。
じいさん、ばあさんではなく、私(涙)。

と言っても、足の指だから、大したことではないんだけど。人生初体験。

事件が起きたのは、昨日の夜。夕飯の支度をしているときに、まな板を足の上に落っことしちゃったというおマヌケさん。

メチャ痛い。バックリ切れて血もどくどく出てる。とりあえずバンドエイドで巻いておいた。触ったり、体重かけたりしなければ何でもないから、まあ大したことないかと思ってたんだけど。「明日の運動はやめたほうがいいかなぁ」ぐらいのもんで。

ところが、朝起きたらもっと痛い。腫れてる。家の中を歩くのもびっこ状態。うーむ、これは骨やっちゃった?週末に腫れてもっと痛くなっても困るので、とりあえず徒歩5分の病院へ。靴履くと痛いから、サンダルつっかけてぴょこたんぴょこたん。

レントゲンを撮ってもらったら、「見事に折れてるよ。まさに何か上から落っことしましたって折れ方だね。こりゃ痛いよ」と。でも、添え木をしたところで、かえってわずらわしいだけなので、両隣の指と3本まとめてテーピングしておきなさいと。「隣の指に添え木してもらうって感じ」だそうな。「足の指の骨はくっつくのに時間かかるよ、1カ月以上かかるかもね」だって。

ただ、腫れが収まるまではテーピングしても痛いから、とりあえずは冷やしておとなしくしてなさいって。傷が乾いてきて腫れも引いたら、自分で適当にテーピングすればいいみたいで、今度いつ来なさいとも言われなかった。「痛み止めいる?」と聞かれたけど、そこまで痛いわけじゃないからお断りして終了。

わざわざ足ひきずって行った甲斐があったのかどうかは謎だけど、まあ骨折と聞けば、無理しないでおとなしくしておこうと思うしね。GWの旅行までには、元気いっぱいガシガシ歩けるようにしなければ! 

せっかく陽気も良くなる季節だというのに、運動もお散歩もできないのが無念。しばらくは取材とか仕事で外出する予定がなかったのが不幸中の幸い(ここ数ヶ月立て込んでたのが、ちょうど終わったところ)。でも、来週母の検査付き添い、どうしよう~~~~。



ハミガキにまつわる思い出いろいろ

IMG_2594.jpg

なんの写真か分かるかな?

答えは、ハミガキ。

もうなくなっちゃった~、新しいのに取り替えなきゃ!と思ってから、すでに10日は経ったかな(笑)。意外に、しぶとく出るんだな、これが。(私の1回の使用量はほんの5mm程度)

ハミガキに装着しているのは、ダイソーで買った、絞り機?。お尻の部分を挟み込んでグルグル回すと残り少ない中身が絞れるというもの。100円のくせにいい仕事してマス。

はーるか昔、花のOL時代のこと。昼休みの終わりにトイレで歯磨きをする習慣があって、それ用に歯ブラシとハミガキをポーチに入れて持って歩いてた。ある日、私が「あ~もうなくなっちゃった」というと、友人が「こんなのまだまだイケるわよ!」とムンギュと絞り出してくれた。「私はいつもこのぐらいになってから1週間は使うよ!」と言われて、その後もがんばったら、本当にかなりまだまだ絞り出せて、びっくり。

なので今でも、ハミガキの残りが少なくなるとそのときのことを思い出す(笑)。それ以外にも芋づる式に思い出すことはたくさんあって。

昔ラミネートチューブが登場した頃は、画期的だと感激したよなぁとか。

「適性な使用量は耳かき一杯分で十分。歯ブラシの長さいっぱいつけたら泡立ちすぎて、それだけで磨いた気になるからダメ。あれは、メーカーの陰謀です」と歯医者さんに言われて以来、ほんの少量しか使わなかった私。ある日、ハミガキの広告の仕事をしたときに、取材先のメーカーの広報さんにトイレにつれて行かれ、「これ試してみてください」というので目の前で使ってみたところ、「あ、そんな少量じゃダメです! 3cmぐらいたっぷりつけてください」と怒られたとか。

雑誌の原稿に「歯磨き粉」と書いたら、「イマドキは粉は使いませんよね」と編集さんにチェックされたこととか。そのときは、「じゃあなんて書けば?」と食いついたら、彼女が調べたところによると、「メーカーでは、商品のことは<ハミガキ>、行為は<歯磨き>と表記分けしているようです」とのこと。

なので、今日もハミガキと書いたのさっ。でも、歯磨き粉って言うよねぇ?

と、いろいろ思い出したハミガキなのでした。




読書録:『哀しみを得る』


看取りのお勉強シリーズ?

著者は私より4歳上の女性。2014年に実母が83歳でくも膜下出血で倒れ2年後に亡くなるまでの体験記。

この人の場合は、昨日までピンピンとしていた母に突然訪れた病ということで、精神的ショックもかなりのもの。それでも、亡くなるまでの2年の間、病院や介護施設を転々とする母を、仕事を続けながら父や子供たちと共に介護する。その経過を淡々と振り返りながら、そのときに学んだ「看取りのためのレッスン」を伝授してくれる。

実は「レッスン」というほどの大したことではなく、自分がその立場になってみて初めて分かったこと、感じたことを、そのまま書き留めてるっていう感じかな。

私とはいろいろ状況が違うので、感じることも違うかなとは思うけど、ひとつ印象に残ったのは、病院や介護施設のスタッフとのやりとり。

母にずっと付き添う父が感情的になりスタッフと衝突したときのこと。興奮気味に不満を伝える父の電話を受けた後、夜静かになった時間を見計らって病院に電話を入れ、そのスタッフに侘びる。「父はいっぱいっぱいで見えなくなっちゃってて。でも、悪いこと言ったって気にしてるみたいだから許してあげてください」と。そう言われるとスタッフの方も理解してくれて、「こちらこそ言葉が足りなくてすみませんでした」と言ってくれる。

さらに、スタッフのミスで点滴の針がベッドの中に残っていたという事件。もちろん抗議はして、上の人が平謝りに来る自体になったけど、そのことで本人がやめてしまうのではと心配し、直接呼び出して「今日のことを忘れずにいれば、あなたは注射針の扱いについて世界一慎重な介護士になれる。がんばって」と伝える。

そんな経験を重ねて、スタッフとの良い関係を築いたという。

よく、病院の先生や看護師さんに、お金やお菓子を渡すことの是非が問われるけれど、そして、実際にそれを当てにしているスタッフもいるらしいけど、でも、そんなものより、こういう心遣いの方が
はるかにお互いの信頼関係を築くには効果的なんだろうなと。結局は人と人。

そんな心の余裕が実際に持てるものかどうかは分からないけど、覚えておこう。それが私にとっての「レッスン」ってことね。


介護保険の認定が下りた

数日前に母から電話があり、申請中だった介護保険の認定結果が届いたという。判定は、父が要介護1,母が要支援1。まあ予想通りかな。

タイミングを見計らったように、その翌日ぐらいに、以前相談にいった包括センターの人から電話があった。「認定結果出たみたいですね。それでどうなさいますか?」って。わざわざ電話してくれるなんて、親切。感謝しつつ、とりあえず今のところはまだ大丈夫そうなので様子を見ることにする。

今後、何かサービスを受けたいと思ったときは、直接事業所を探してケアマネさんを決めてもいいのだけれど、分からないようなら相談に乗ってくれるということで、とりあえずはまたこの方に相談してみようと思う。

今日は母の病院付き添い。母の話だと、父が今朝顔に青あざを作っていたという。どこかに転んだ?ぶつけた? 昨夜夕飯のときには気づかなかったというから、夜中なのか。家の中だったら何か音がしそうなものだけど、母は爆睡していて気づかなかったのか(ありがち)。もちろん本人に聞いても何も分からず。足や腰などが痛そうではなかったというから、単にどこかにぶつけたのかなぁ。

母の方は、先週電話で話したときは、薬が効いて楽になったみたいに言ってたくせに、一転「痛いのよ、全然ダメ」ときたもんだ。今日は緩和ケアの先生はいない日なので、放射線科の先生と口腔外科の先生に盛んに「痛いんです!」と訴える。

放射線科の先生には、いつも通り愚痴を聞いてもらい、励ましてもらう。「よほど痛いようなら、いずれまた放射線を当てるという手もあるし」という。そういえば母も先日そんなことを言っていたのだけれど、放射線治療については、「一度やったら二度目はありまえん」と口腔外科の先生に何度も言われている。

改めて真意を聞くと、どうやらもう一度やると骨がボロボロになってしまうからやらないというのが基本なのだけれど、要するに余命と鎮痛の緊急度を考えた場合、そういう選択肢もあるということらしい。「もし長生きしちゃったら困るから」とサラッと言ったのを母は聞き逃したようだけど、たぶんそういうことなんだと思う。先のこと考えずにとりあえず痛みを取るという意味なのかな。実際にそれをやるやらないは別として、痛みをなくすためにはまだいろいろ方法があるということを言いたかったようだ。

「で先生、これ治るの?」と今さらまた尋ねる母。治らないって何度も言って納得してるはずなのに、「奇跡的に消えちゃうこともあるんでしょ?」とか聞くところを見ると、本人はあきらめてないのかな。困った先生は、「医学的な根拠は分からないのに消えることもあるよ」と答えつつ、「でも今の時代は、治すんじゃなくて、うまく共存していくことを考えましょうよ」と。それも私からも何度も言ってるけど、本人には伝わらないんだろうなぁ。

口腔外科では、患部に貯まっていた食べかすなどを口の中を生理食塩水で洗い流してもらう。歯磨きが難しければ、せめてぬるま湯でブクブクうがいしてと言われる。初めて聞いたような顔で聞いている母。私何度も提案してるんだけどなぁ。

主治医からは、CTとMRIを撮って検査してみましょうかという提案。夏の放射線治療後すぐにでもやるとか言ってたのが、立ち消えになったのかと思ったら。進み具合を把握しておいた方がいいだろうということ。これ以上の治療が出来ない以上、それが分かってどうなのかという気もするけれど、あえて反対するほどでもないかと、受託。また来週2回付き添いだ。。。。

どうか、あまり悪くなっていませんように。

確定申告終了

もう毎年のことなので、わざわざ書くほどのことはないけれど、一応記録。

今年は、自分、夫に加えて実家の医療費控除分もあって3件分。ただ、夫も今年から自営業者として開業届を出して青色申告をするというので、基本的には本人にやってもらった。ところどころ聞かれたり(もう10年以上やってる割に、未だにちゃんと分かってなくて余り答えられないのだけれど)、最後の仕上げをしたりと多少手伝ったけど、きっと来年は全部ひとりでやってくれるだろう。実家の分も、来年はないと思うから、自分一人の分でいいはず!

実家の分は、母が2回も入院したので(しかも2回目は1カ月半も)、さぞかしガッポリ戻ってくるかと思ったら。年金暮らしではそもそも源泉徴収されている分が少ないので、結局還付金は1万円ちょっと。

日大病院や整形外科の入院以外の、目医者だの歯医者だの内科だのにかかった分、タクシーの分などもチリつも!と全部せっせと合計してみたけど、なんせ単価が100円とかのも多くて(後期高齢者で1割負担なので)、手間が掛かった割には……と、なんとも徒労感。

還付金は父の口座に振り込まれるけど、もちろん父にはそんなことは分かるはずもなく、母にしたって、ありがたくもないだろうな。

強いて言えば、両親の年金収入の実態を把握できただけ、良しとするかな、という感じ。

ちなみに、今年の申告分からはマイナンバーの入力が義務づけられている。同時に、その番号を証明する通知書のコピーと身分証明書のコピーも提出しなくてはいけない(マイナンバーカードを作った人はそのコピーだけでOK)。

私と夫の分は素直にその通りにしたけれど、問題は父の分。「コピーとって郵送して」などというリモートコントロールができるはずもなく、私がまた実家に行かなくてはいけない。それは、かなり面倒臭い。

調べてみると、今年から義務づけられてはいるものの、なくても受理はしてくれるし、罰則が科せられるという規定もないらしい。実際、国税庁の確定申告のサイトの作成ウィザードでも、マイナンバー入力の画面は「キャンセル」を選択して次に進めるようになっている。警告は出るけれど。

なので、ままよ!と、父の分は未記入で提出しちゃった。最悪還付金もらえなければ、もうそれでもいいし、戻ってきちゃったら、またそのとき考えることにしよう。

読書録:『外国語を学ぶための言語学の考え方』


前に何冊か本を読んだことがある、言語オタクとしか思えないスラブ語学者の本。

前書きによると、言語を料理に例えれば、語彙が食材、調理が文法。その二つに加えて料理をおいしくするスパイス、それが言語学であると。言語学的見方を知ることで、言語の「おいしさ」がより味わえるようになるという。

とはいうけれど。

ハッキリ言って、このスパイスはもう完全に趣味の領域という感じ。多くの言語に精通する著者の見識を活かして、いろいろな言語にある共通する点、違う点などを挙げながら、「言語学的な」見方をレクチャーしてくれるけれど、それを知ったところで、言語をしゃべれるようになったり、読み書きできるようになったりするのに、スグに役立つものではないのだ。残念ながら。

とはいえ。

単にへー、ほー、いろんな言葉があるのね、というオドロキながら読み流す分には、まあまあ面白かったと思う。けど、そういうことを「面白い」と思える人は、あまり多くはないんだろう。

たとえば。

日本語にはない、単数と複数の問題。英語に限らずヨーロッパの他の言語にはよくあるよねと思ったら、世の中には「両数」という概念がある言語もあるそうで。つまり、単数と複数を区別するだけじゃなくて、1つ、2つ、3つ以上と3種類に区別すると。さらに上には上があって、「三数」という概念、つまり、1つ、2つ、3つ、4つ以上と4種類に区別すると。

ひょえー、だよね。

めんどくさい!と思うけど、そういう分類をするには、それなりの文化系背景があるはずで……と考えると、なかなか面白いと思う。

まあ、要するに今はやりの「使うための」、コミュニケーションや情報収集の道具としての言語ではなく、あくまでウンチクとしてってことかな。

ついでに、この黒田さんという先生の、「どうせ私はオタクですよ」という達観した感じが、別にこの本の内容を理解できなくても、覚えなくても、全然問題ないのだわと思わせてくれてよいのかも。

病は気から?

ちょっと久しぶり(でもない?)に、母の話。

先日私といっしょに病院に行ったのが2月6日。次の2月20日は、姉が「たまには私が」と言って休みをとって付き添ってくれた。その次、2月27日は姉も私も付き添わなかった。(一人で行くというと、父が心配して「自分が着いて行く」と言い出して大変だったのだけれど)。

そして、翌日の28日に報告の電話がかかってきた。なんか、いつになく元気。

3度目の診察となった緩和ケアの女性医が、「病気以外でも何でも言ってね」とか、次の予約は1カ月後にしておくけど、それまでの間でも痛いようならいつでも来ていいからといって、電話番号を渡してくれて(もちろん個人の携帯ではなく病院の受付だけど)、「いざとなったら当日でもいいわよ」と言ってくれたらしい。

2/6に出してもらった痛み止めは余り効かず、20日に量を倍にしてもらった。その後電話で話してたときは、「前よりはいいような気がするけど、やっぱり痛いわ」と言っていたくせに、27日の診察の後は「なんかね、量増やしたらいくらかいいみたい」という表現に変わってる。

次の3月7日の予約は私が付き添うことになっているんだけど、それも来なくていいという。「だって、遠いところわざわざ悪いじゃない、大丈夫、一人で行けるから」と。なんだか、ずいぶんシャキッとしてる。

実は27日の通院時、ひとりで行くと聞いた母の親友(同じ年)が、現地集合でつきあってくれたらしい。帰りはもちろんゆっくりご飯食べたりおしゃべりしたみたいだし、それが楽しかったのもあるのかもしれない。

そんなこんなで、急に元気になったのは、予想外だけど、まあ私としてもほっと一安心。

実際、痛みの感じ方って心理的な要因も大きいんだろうから、緩和ケアの先生は、その辺も計算済みなんだろうけれど。いい先生に巡り会えてよかったね、お母さん!



イオナ。わたしは美しい。

というコピー、同年代の女性なら、みんな見覚えあるよね? 黒のバックにベリーショートヘアのガイジン女性が横向いてて、♪イオナ~♪ってサウンドロゴが流れるCM。

そんなものを思い出した理由は、このツイッターのまとめ記事。


ある漫画家さんが、ドラッグストアでイオナを見つけて「おお懐かしい!」と思いだし調べていたら、公式Twitterのフォロワーが15人しかいなくて、「お客の少ない路上ライブ」を応援している気になってしまったというマンガ入りのTweet。

これが、上記始め、いろいろなまとめ記事に出たこともあり拡散し、今や公式ツイッターのフォロワーは4000人に迫る勢い。15人相手に細々とつぶやいていた担当さんも、「昨夜から何かが起きているのでしょうか…フォロワー様が急に増える現象が発生した模様です。。」とてんやわんや(笑)。

イオナ、IONAは、私も昔使ってたことがある! クリームだけでOKって、今でいうオールインワン? 結構気に入っていたような記憶があるけれど、そういえばいつの間にかCMも見かけなくなって、すっかり記憶の彼方に消えていた。

でも、何十年ぶり?にその名前を見て、そうそう、そういうCMあったよね!懐かしいなぁ、また使ってみてもいいかも~なんて思ったのは、きっと私だけじゃないのね。

同じようなノスタルジーを感じた人がたーくさんいたからの、この拡散っぷりってことよね。

今でもあったんだってちょっとビックリだけど。

ただ、改めて公式サイトを見てみると(アクセスも急増してるんでしょうね)、ラインナップがめっちゃ増えてて、どれが昔のあのクリームなのだ? 昔と同じデザインの容れ物に入ってるやつだけでも、さっぱりタイプ2900円から、超しっとりタイプ9700円まで3タイプ。間をとってしっとりタイプは4850円。けっこう良いお値段だ。昔もそんな高かったかしらね?

全然関係ないけど。午前中暖かかったので、久しぶりにお散歩。8000歩弱歩いたぞー。
IMG_2590.jpg 

春は、もうそこまで来てるのね!


読書録:『純情ヨーロッパ』


この前、『ダライラマに恋して』という本のことを書いたけど(そのときの日記はこちら)、同じ著者の本。去年の暮れに出ている本なので、こちらの方が最近の話ということになる。

で、この本は、18年勤めた会社をやめて行った、2カ月でヨーロッパ21カ国を回る旅のエッセイの前半。すでにたくさんの旅本を出している彼女は、どれもかなり高いレビュー評価を得ているだけあって、この本もとても面白かった!

この前のダライラマの本は、因果応報とは何かとか、仏教の概念に突っ込んだ深い、ちょっとむずかしめな話が多かったけど、この本はもっとお気楽に、彼女がいろんな国で見聞きして感じたことを、ストレートに綴っている。

旅と行っても、名所旧跡を回るのではなく、各地で1つ自分が決めたミッションをこなす旅。たとえばデンマークなら「世界一幸福度が高い秘訣を探る」とか、オランダなら「レンタサイクルを満喫する」とか。何かを体験することが主体なのだ。

そして、その先々でいろいろな人に声をかけ、交流を楽しむ。その話が、というか描写がとても生き生きとしていて、臨場感たっぷり。登場人物のスマイルショットも収録されていることもあって、旅の楽しさがリアルに伝わってくる。会話を録音してたわけでもなかろうに、よくもこんなに細かく再現できるものだと感心してしまうけれど。

特にパリの宿で出会ったゲイのオーナーの話、南仏のヌーディストビーチの話などは、ビックリ仰天でなかなか刺激的。下ネタも満載なんだけど、あっけらかんと素直に書いてるので、その手の話題が苦手な私でも嫌悪感もなく読めた。

旅先でいろいろな人とのふれあいを通して、彼女は、仕事をやめてやりたいことをやるという自分の人生の選択についても思いを馳せる。そして、「できない」「無理」と思っていたことは、実は自分で自分に蓋をしていただけなんだということに気づく。

彼女と同じように一歩踏み出せずにいる人にとっては、旅云々は別としても、勇気をもらえるんじゃないかな。

ただ、もちろん実際には、女の一人旅、いくら40のオバサンとはいえ、危険なこと、不愉快なこともたくさんあったはず。そういうマイナスな話も多少は出てくるものの、笑い飛ばせるか、災い転じて福と成すみたいなオチになっているので、本当にキケンな感じは一切伝わらない。なので、若い子が鵜呑みにして、無防備に旅に出ちゃったら怖いななんて、老婆心も感じてしまったけどね。

この旅の後半も、ぜひ読んでみよう!

Appendix


クリックで救える命がある。

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びっけ

関東在住で松田聖子と同じ年。フリーでライターをしてます。

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