ケアマネージャーに相談する

母が緩和病棟に入院したら父をどうするか?問題に向けてのプロジェクト。


昨日実家でケアマネさんに来てもらい相談した結果、来月から週に1回夕食づくりをヘルパーさんに御願いすることになった。

母が入院していきなり他人が家に入ってくるというのは、父にとっては受け入れられないだろうから、母がいるうちからその状態に慣れておいてもらうため。顔見知りのおばさんが来る分には少しは安心感があるかと。

ただ、ケアマネさんが来る前に私がそのことを父に話すと、「先のことを考えて心配するのは分かるけれど、あまり先回りしすぎるのもどうかと思うよ」という。父にとっては想像したくない事実から目を背けたいんだろう。理屈じゃないので説得しようがない。

ケアマネさんが来て、「私はそう思うんですけど、父に即刻却下されました(笑)!」と言うと、「お父さん、分かります、分かります。そうですよねぇ」とまずは父に同調した後、自分は大丈夫、ひとりでできると思うのは分かるし、実際大丈夫だとは思うけど、やはり離れて暮らす娘さんにとっては心配ですよね? そういう気持ちもやっぱり分かってあげたいじゃないですか? と続けると、「そりゃそうだ、確かにそうだね」と納得したような反応をする父。

彼の説明は続く。「そして、もうひとつ、今なら選べるんです!」つまり、切羽詰まった状態では、そのとき空いてるヘルパーさんに来てもらうしかないけれど、今ならとりあえずこの人、いややっぱりこの人っていうように、いろいろ試してみることができると。だったら、今試してみた方がいいと思いませんか?と。

やはりあまり気が進まなかった母も、これには納得したようで、だんだん前向きの反応になってくる。どんな風にお願いすればいいのか、かえって不便じゃないのか、などという母の質問にも、具体的な事例を加えて丁寧に説明してくれるので、すかさず私も「私が作ってあげたご飯なら食べられるように、他の人に作ってもらえば、お母さんも目先が変わって食欲も出るよ、きっと」とプッシュすると、「そうね、本当にそうね」と同意。

まずは「1週間に1回だけお試し」という気楽さが勝因なのだと思うけど、想定以上にスムーズに話が進んでほっと一安心。

私のこの「とにかく先手必勝作戦」に、父も母もついてこられずむしろ反発してる風で、姉も「勝手にキーキーして勘弁してよ」みたいに思ってるフシがあり、私ひとりで空回りしてる感じが、最近なんとも辛かった。

でも、帰り際ふたりになったとき、「今から動いておくのは絶対正解だと思います」と太鼓判?をもらって、救われた気分。

さすがプロ、いろいろな人を見てきてるだけあって、父の性格も反応もすべてお見通し。その上で考えてくれるので、本当に頼りになる。ここ数日、ついに姉と本音バトルを繰り広げ、ほとほと消耗してしまって、もうやってらんない!すべて投げ出して海外にでも逃げちゃおうか!なんて追い詰められた気分になっていたので、彼の話を聞いてると涙が出そうだった。

今日は飛び入りで友人からお茶の誘いがあって、愚痴を聞いてもらい、さらに来月ヨーロッパ旅行に行く彼女のためにいろいろ旅行の話をしていたら、気分もずいぶんスッキリ。

やるべきことを淡々と。がんぼろー。


2017.06.23 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 介護



緩和病棟の相談外来へ行く

母の緩和病棟探し、まずは私の自宅からドアツードアで30分ほどで行ける病院に行ってきた。


ここまでの流れは、
①HPで情報を集める
②電話で問い合わせ
③在宅の医師に書類作成と「相談外来」の予約を依頼
④予約日に医師と面談 → 今日ココ

病院は4年前に建て替えたらしく、とても明るくてきれいで近代的。(病棟の方までは見ていないけれど)

病室はすべて個室。差額ベッドなしが8つ、あり(約1万3000円/日が加算)が6つ。空き状況はそのとき次第だが、「今すぐ入院したくてもできない人」が待ったとしても1カ月ぐらいかなぁとのこと。「都会の病院ほど、争奪戦ってわけじゃありません」とな。

入院してから部屋の移動はできない。とりあえず差額ありに入り、差額なしの部屋が空いたら移動というのはダメ。

差額ありの部屋の違いは、この病院の場合、広さがちょっと広くなるのと、専用のバスルームがつくかどうか、フルフラットにもなるリクライニングの椅子がつく(付き添いの家族向け?)。差額なしでもトイレは各部屋にあり。

入院にかかる医療費は、どんな投薬、治療をしても定額で約15万円。ただし、高額療養費制度で限度額が決まっているので、実質は4万4000円ぐらい。これに食費が約3万ちょい、オムツなどがかかればさらに実費。なんやかんやで、10万ぐらいと思っておけばいいみたい。(差額なしの部屋の場合)

緩和ケアとして定額医療を提供するためには、医師や看護師を交えた複数で「審査」をすることが国から義務づけられているらしいので、そこで通って初めて入院許可となる。

NGになる例としては、本人が同意していない、癌の症状がない、拘束などが必要、入院の必要が認められない(施設とは違うので)場合。

母の場合、今現在はまさに「入院の必要性がない」ということになってしまう。将来的な予約はできないので、本当に必要になったときに、改めてまた「相談外来」+「審査」を繰りかえすことになる。ただし、最初の相談外来での情報が1カ月は有効なので、それまでなら今日提出した情報でそのまま手続きができる。「2回、3回と繰り返してる方もいます」だって。

最近、やはり実家の近くの病院の方がいいかなとも思い始めていたので、この病院にお世話なる確率はあまりないかもしれないけど、ひとつのオプションとして手を打っておいたということで。話はじっくりしてもらえたので、細かい質問もできたし。外来診療6000円かかったけど、まあ無駄じゃなかったかな。

余談ながら、この医師も「TS-1(抗がん剤)を飲み続ける意味が分からない」と発言(先週医師が書いた情報提供書にはまだ飲んでることになっていたので)。そもそも口の癌に効果があるとは思えない。他の選択肢がないからこれってことになったんだろうが、薬は毒もあるんだから、「わざわざこれを飲ませる必要は、僕はないと思うけどなぁ」という。まさに在宅の医師と同じ意見。この辺は、いわゆる大学病院の医師と、ターミナルケア専門の医師との感覚の違いなんだろう。

ちょうど、やめることに決めたところと告げると、「どっちみち効いてたとは思えないから、今これを辞めたからといって、急に症状が悪化することはないでしょう」と。うん、そう言ってもらえると、安心するわ。

と、以上覚え書き。来週は実家近くの病院へ行く予定。







2017.06.21 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 介護



読書録:『親が死んだ5分後にあなたがしなければならないこと』


えっと、びっけさん、さすがに前のめりすぎ、、なんて言わないで~。
何ごとも「予習」しておかないと気が済まないタチなので。

「病院から危篤の連絡が入る」ところから始まって、看取り、葬儀、その後の手続きなどなど、納骨までの一連の「しなければならないこと」をマンガも交えて、分かりやすく解説してくれる本。

実は、ちょっと前にも同じような本を購入してあった。

こちらの本は、さまざまな手続きについて整理した形で書いてあるので、本番の際のテキストブックとして役立ちそう。

ただ、パッと見て理解するという意味では、この『親が死んだ5分後に~』の方が分かりやすい。特に臨終の日のドキュメントは、経験したことがないだけに参考になった。マンガという手法が印象にも残りやすいし。細かいところは覚えておけないけれど、とりあえず流れを物語的にシミュレーションできるたのは収穫。

病院からはすぐに搬送しなければならないけれど、葬儀自体の依頼は、搬送を依頼する業者とは別の業者にしてもかまわないとか、葬儀会社の選び方とか。

後半の遺産相続についての部分は、これまでに見聞きした内容とあまり代わり映えがなく、むしろ、え、この説明じゃ不十分じゃない?と思うところもあった。家族の絆をうんちゃらかんちゃらとか、理想的なことを書かれてもねぇとちょっと斜めに読んでしまったのは、私の心がねじれてるからね。

ここに書いてあることがすべてじゃない(ケースバイケースだったり)だろうけど、いずれそのときを迎えるために、読んでおいて損はないのでは。

2017.06.20 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書録



抗がん剤のやめどき?

遠くの大学病院まで通院するのが困難になってきた母のために、在宅医療の体制を整える一方で、大学病院の方は私が代理で行く形で抗がん剤の処方を続けてきた。ところがこの方法が早くも暗礁に乗り上げることに。


抗がん剤の処方に必要な血液検査を、前回は在宅の先生にお願いして、データだけ大学病院に持参する方法をとっていたのだけれど、次回6月27日の予約に備えて、在宅の先生に再び依頼したところ、断られてしまったのだ。

在宅の先生は直接抗がん剤を処方しているわけではないので、毎月血液検査をする必然性がないから、保険がおりない、というのがその理由。栄養状態などを見るためなら3カ月に1回程度で十分だからと。

そもそも、先生に引き受けてもらうにあたって最初に電話で話をしたときにも、「抗がん剤を続けるのがいいことなのか?」と言われていた。そんな事情もあり、「改めて考えてみたほうがいいのではないですか?」と。

そのことは私もずっと考えていて、5月に大学病院に行ったときに主治医にも相談した。主治医は「どちらがいいとも言えないから患者さん次第でいいと思う」という答え。ただ、今までの母の様子を見てきているので、飲み続けることが精神的にプラスの効果を与えていると思うから、そういう意味では飲み続ければいいのではないかと。いざとなったら偽薬を使ってでも希望を持たせてあげた方が、、なんていう話にもなっていた。

でも、在宅のH先生はそんな茶番には付き合う気はないようだ。「偽薬はサプリみたいなものなので、薬局に依頼すれば出してもらえるとは思います」というばかり。

先生の協力がない以上、母にウソをつき続けるのも無理だ。となれば、私も腹をくくろうかと思い、一応姉にも相談すると同意してくれた。

で、今日母に電話でその話をし、「自分で決めて」と伝えた。何が正解かはあくまで結果論で、誰にも分からないこと。「先生がそう言ったから」とか「娘が決めたから」とあとで恨まれても困るし、自分で納得いく結論を出してと。明日はちょうどH先生がうちに往診に来る日なので、自分で直接先生に話を聞いて考えてみてね、ということで電話を切った。

私としては、前よりさらに体力のなくなった今、病院まで行くのは無理だと思う。行ってこられても、その後何日も寝込んじゃうようじゃ本末転倒。母もそれは分かってるけど、即決はできない様子。いろいろ細かい事情は理解できなくても、「治らない」ことを受け入れるのだということは分かったと思う。(治らないということ自体は、もう何度も話しているんだけど)

H先生にもメールしたところ、「ご本人が納得してくれるようにお話してみます」とのことなので、おそらくは、諦めるという方向で落ち着くんだろう。

もしかしたら、これを機に一気に生きる気力なくして転がり落ちちゃうのかもしれない。でも、そろそろ母自身にも現実を受け入れてもらう時期かな~と思う今日この頃。

でも、母のことだから、「私、やっぱりがんばって行くわ! まだ諦めないわよ!!」なんてガッツメラメラ燃やしちゃったりして??










2017.06.19 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 介護



出直し体力づくり

3月9日に骨折した足の指は、3カ月たってようやく完全に治った感じ。歩くのも走るのも普通にできるし、ギュっと押してもほとんど痛くない。ただ、一日出かけた日は夜になると左足だけ甲がむくむ?腫れる?という症状は、2,3日続くのだけれど。


先々週ぐらいからゆったり目のヨガを始めたりして、徐々にジムにも復帰。で、久しぶりにまた体組成計測をやってもらった(無料)。

前回やったのが2月。前年の10月ぐらいからちょっと頑張りだして、体脂肪も減って「隠れ肥満」が「脂肪多め」まできていたのに。

3月から3カ月、サボってる間に、見事に逆戻り~。

前はパワーヨガと20~30分ウォーキングを週3回、毎日ダンベルとスクワット、夜はせっせとストレッチ。たまには15階まで階段上ったり!

それが全部できなくなった上に、ほとんど外を歩くこともない日が2カ月ぐらい続いたんだから、まあしょうがない。実際、すぐ疲れちゃうし、体力落ちてる自覚はあったからね。逆にそれで変わらなかったら、今までがんばってた意味がまったくないわけで。

当分旅行は行けないけど、行けるようになったときに体力なくてもう無理~ってならないように、またリスタートでがんばろうっと。

2017.06.18 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 日々のできごと



読書録:『小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代』


タイトルに入ってる名前は、たぶん読者の目をひくために有名な2人の名前を並べただけで、別にこの2人を比べて対決させてるわけじゃない。その他大勢の料理研究家を紹介しながら(中でもこの2人のページ数は多いけれど)、その時代背景を分析した本。

それぞれの人が活躍した時代、日本のお料理事情はどうだったのか、主婦の暮らしや関心はどんなところにあったのか。こういう時代背景があったからこういうレシピ本が売れて、こういう料理研究家が人気になり……という感じ。食卓の歴史でもあり、レシピ本の歴史でもあり、主婦や女性の行き方の歴史でもあり。

西洋料理が憬れだった頃、エスニック料理がブームになった頃、お袋の味の基本レシピにニーズが高まった頃、時短レシピが求められた頃、男子レシピが注目された頃、エトセトラ。

著者は私よりちょっと若いけれど、かなり乱暴にまあまあ同世代として、出てくる料理研究家はほぼ知っている人ばかりでなかなか懐かしかった。江上トミ、飯田深雪、城戸崎愛、有元葉子、小林カツ代、栗原はるみ、土井勝、辰巳芳子、ケンタロウ、栗平心平、コウケンテツ、高山みなみなど。(平野レミがないのは、あえて避けたのか?)

ネット時代になって、素人ブログから本出しちゃう人もたくさんいるし、レシピ探すのもネットで検索しちゃうことが多くて、もうプロの料理家のレシピ本の時代じゃないのかなぁなんて勝手に思ってたけど、こうやって改めて歴史を振り返ってみると、やはりいっぱしの「料理研究家」のレシピ本っていうのはそれなりに魅力があるし、久しぶりにまたペラペラ見てみたいかな、なんていう気になった。

お料理好きな人もそうでない人も、「業界」にいた人も(笑)、私世代の主婦ならみんな楽しく読めるのでは?




2017.06.17 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 読書録



FAX機なしでFAXを送る

着々と進行中の母の緩和病棟探し。目星をつけた病院リストを在宅の先生に送ったところ、さっそく医療情報提供書を作成してくれたり、予約の申し込みをしてくれたり。メールで連絡取れるし、何かあれば直接電話くれるし、対応迅速でありがたい限り。


おかげでさっそく来週に1件(うちの近く)、再来週に1件(実家の近く)の相談外来の予約が取れた。

来週行く病院は、先に関係資料をFAXで送信しておくこととある。医師からの資料は先方でやってくれたのだけれど、それとは別に患者側でも申し込み書なるものをFAXしておかなくてはいけないらしい。

用紙はHPからダウンロード。しかし、はて、困った。わが家はFAXがない。FAXなしのコンパクトな電話機に買い替えて以来、「使う事もあるかもしれないし」と押し入れにとってあったFAX機、数ヶ月前に処分しちゃったのだった。だって、何年も使ってなかったし。

コンビニに行けば送れるのは知ってるけど面倒臭い。確かインターネットでもできたはず(と思ったので捨てちゃったんだけど)。

Googleセンセに聞いてみたら、あっけなく見つかった。→hello fax

いろんなサイトがあるけど、ここは少量なら無料だし、簡単そう。英語サイトだけど、シンプルだから問題なし。丁寧に解説してるサイトもありまする。→【HelloFax】FAXを持っていなくても誰でも無料でFAX送信できるサービス

Googleアカウントでログインできたので、登録もサクサク。

ファイルをアップロードして、FAX番号を指定して送信するだけ。(電話番号は国際電話用に変換する必要あり。03-1234-5678なら+81-3-1234-5678)

ところが、あれれ、なんかうまくいかない。

実は病院のHPにあったフォーマットはPDFとWordと二種類あった。私はPCの中で完結したかったので、Wordの方を選んで入力したのだけど、これがいけなかったかな。考えてみれば、Wordだとレイアウトが崩れる危険もあるし、これはPDFに変換してから送信することにしよう。

ちなみに、Wordの書類をPDFにするには、「名前を付けて保存」で、ファイルの種類にPDFを選ぶだけでOK。昔は変換するためのソフトが必要だったりしたのに、便利になったもんだ。

PDFに変換したファイルで再びトライしてみると、今度はサクっと成功。

送信成功!みたいな画面にならないので不安だったけど、登録しているアドレス宛に「成功しましたよ」の英語メールが来ていたので大丈夫っぽい。

ちなみに、このサイトで無料で利用できるのはFAX送信のみ。受け取ることはまずないだろうから、いいんだけど。

みなさんも、覚えておくと便利かもよ~。






2017.06.16 | | コメント(0) | トラックバック(0) | ネットで便利



緩和病棟の候補を絞る

入院するかどうか分からないけど、念のため、の母の緩和病棟探し。


今の時点でいくら悩んでも答えは出ないので、とりあえず実家近くとうちの近く、両方の病院を申し込んでおくことにした。

がん情報サービスでやっている病院検索ページを見て、実家とうちに近そうなところをそれぞれ選んで電話してみた。

現在の空き状況は、いずれも「何ヶ月待ち」という程ではない感じ。ひとつは「4人待ち」というだけで、時間的な目安は教えてもらえなかったけれど。

流れとしては、現在診てもらっている在宅の先生からの診療情報提供書を持って、まずは「外来相談」という形で面談することになる。病院によっては面談前にデータの審査があったり、先生の方から直接予約を取ってもらうところもあった。いずれにしろ、まずは先生に絞った病院のリストを送って対応をお願いした。

先日も書いたように、病院探しで悩むのは、結局父をどうするのかという問題。姉に相談してもハッキリしないし、独りで悶々と悩んでいても出口が見えないので、地域包括センターの担当者や、まだ契約してないのにボランティアで相談にのってくれているケアマネさんにも連絡をとってみた。

地域包括センターのSさんの意見では、姉が寝泊まりしたとしても父を昼間独りにしておくのは無理だろうから、ショートステイを使うしかないのではという。急にというのも何だから、今のうちから、1泊か2泊かして慣らしておいたら?というのだけれど。

最大の難関は、父をどう説得するかだ。たとえ母がいなくなっても「自分はひとりでここで暮らしていける」と言い張るに間違いない。寝たきりとか、介助されてる、とかいうわけでもなく、今のところひとりで食事も排泄も入浴も、散歩だってできちゃう父は、「独りにしておけない」という私たちの心配を理解できない(したくない)のだから。

最終的には、説得するのは諦めて、騙してすかして?無理矢理連れてっちゃうしかないのかなとも思う。

でも、その手は1度しか使えないだろうから、そういう意味では「慣らしておくために事前に体験」というのは百害あって一利無しかも。だって「一度行ってみたら案外良かった」なんてことにはまずならないだろうから。すっかり懲りて、次からはテコでも動かなっちゃう気もする。

ボランティアケアマネのTさんには、メールで事情を説明したところ、近々会って相談しましょうということになった。ヘルパーさんなどに様子を見に行ってもらう程度で昼間父がひとりでいられるものなのか、経験豊富な彼の意見を聞いてみるつもり。同時に、今は何も利用していない介護保険サービスを何か始めることで、彼の事業所と正式に契約を結んで置いた方が、これからのいろいろもスムーズに行くだろうし。あわよくば、ショートステイにうまく連れ出す妙案?も期待しているけれど。

最近つくづく思うのは、毎日介護に追われるとかでもないのにこんなに私の気が重いのは、ひとえにいろいろなことをひとりで決めなくちゃいけないということ。年老いた父や母はともかく、姉とのコミュニケーションがうまくいかないことが原因なんだけど、それはそう簡単に解決する問題でもない。そんな悩める私にとって、彼らプロの人たちは本当に頼もしい存在だ。ほんとにありがたいことです~。






2017.06.14 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 介護



読書録:『キャスターという仕事』


2016年3月まで23年間NHKの「クローズアップ現代」のキャスターを務めた国谷裕子さんの本。

新書なので実際には↑の画像にあるような本人の写真付きの帯などはないけれど、テレビで顔の売れた人の本、そしてこのタイトルから、よくあるテレビ裏話的な軽いノリを想像するとちょっと違う。

番組を引き受ける以前の経歴から、始まったときの頃の話、そして23年の歩みを振り返りながら、彼女が「キャスター」という仕事をどう捉え、どう取り組んできたかということに真正面から向き合った硬派な内容となっている。

この番組は、たぶん放送時間が7時半になった頃からずっと見ていたと思う。毎日見ると決めている7時のニュースの後番組だからという理由だけれど、実はつけてるだけであまり見てなかった7時のニュースよりも、こちらの番組の方が真剣に見ていた気がする(テーマによるけれど)。

海外の著名人にも通訳なしで直接インタビューできる語学力はもちろん、ありとあらゆる分野の専門家と対等に語り合える博識ぶりはすごいなぁと、いつも感心していた。同時に、そのためには裏でどれだけの勉強をしていたんだろうと。

そして残り時間数分なのにグイグイ斬り込んでいく攻めの姿勢。生放送だけに、見ている方がハラハラすることもたびたび。

そんな風に思いながら番組を観ていたので、本の中で触れられている過去のエピソードや、番組がどんな風に作られているかという話も興味深く読んだ。降板に至った経緯なども含めて。

熱があっても吐き気があっても決して休まず、足下にバケツ置いてやり通したという。とにかく、どれだけこの番組に、そしてキャスターという仕事に真摯に全力投球してきたということがよく分かる。

彼女自身の問題だけじゃなく、テレビというメディアの持つ力、陥りがちな危険、それにどう立ち向かうか、というメディア論みたいなものに触れられている部分も考えさせられた。まして、番組が始まった頃と、インターネットが普及した現在とでは、テレビの持つ役割、影響力なども大きく変わってきている。世界中の情報があっという間に拡散していく今、フェイクニュースなど問題視される中、「意図」を持って取材をして番組をつくり上げる意味、「公正さ」とは何なのか、などなど。報道に関わる人にはぜひ改めて考えてほしいと思う。




2017.06.11 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書録



読書録:『我らがパラダイス』


有料老人ホームを舞台に、介護される老人の格差をテーマにした林真理子の小説。

主人公は、超高級有料老人ホームに勤務する3人の中年女性。職場では優雅な老後を送るお客様たちを見ている一方で、それぞれ自分の家庭にも介護すべき親を抱えている彼女たちが、切羽詰まってある行動に出るというお話。

主人公たちが直面する切実な介護問題が描かれる物語の前半は、林真理子ならではの本音トークが炸裂し、きれい事では済まないドロドロの人間模様がリアルに描かれる。特に、兄弟が非協力的で、ひとりで背負い混んで追い詰められていく様子は、共感できる人いっぱいいそう。

後半の彼女たちの取った行動やその後の顛末は、物語が進むにつれてどんどん非現実的になっていく。それについては、Amazonのレビューでもかなり賛否両論分かれていた。

介護の経験を綴った本も何冊も読んだけど、大変だったとはいえ自分にとっていい経験だったとか、最期は感謝の気持ちを抱いたとか、きれいにまとめたものは山ほどある。そうやって自分の中で整理するしかないのかなという気もするけれど、なんかモヤっとしてしまう部分もある。

その点、フィクションである分、苦労話や美談に終わらせることなく、荒唐無稽な展開でスカッと?させる展開は救われる部分もある。ただ、最後の「事件」は、つまんなかったから、もうちょっと違う結末にできなかったかなとは思うけどね。




2017.06.10 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書録



入院するならどこがいいのか

先日書いた、母の緩和病棟探し。


検索サイトなどである程度目星をつけることはできるし、おそらく大学病院の地域連携センターに依頼しても手伝ってはくれると思う。いずれにしろ、問題は、どの当たりのエリアにするのかは考えなくてはいけない。

①実家の近く(埼玉)
②私の家の近く(神奈川)
③私と姉の中間地点(東京?)

姉は現在池袋近辺に住んでいるが、「少なくとも母が入院するとなったら実家に行く」と言う(言わせた?)ので、③は実家と私の家の中間地点となる。

昨年、放射線治療のために大学病院に1カ月半入院したときは、板橋だった。私が通うには片道2時間ぐらいかかるので大変ではあったけれど、あのときは母もピンピンしてたので洗濯物も自分で院内のコインランドリーを利用するなどしており、1週間に1回ぐらい顔を見に行くという程度ですんだ。

でも、次の入院はそうもいかない。洗濯物も取りに行かなくちゃいけないし、母自身もできるだけ来て欲しいと思うだろう。実際にどのぐらいの頻度で通うようになるのかは正直ピンとこないのだけれど、それこそ最期が近づいたら毎日付き添うことになるのだろうか。

父といっしょに住むということもあるけれど、そうじゃなくても会社勤めの姉にどこまで期待できるかは??とはいえ、私が何もかも背負う自信もない。

と考えてみると、現実的なのは②かなと思う。母の病院のことは私が責任を持つ代わりに、父の世話を全面的に姉にお願いする。とはいっても会社があるので、昼間はヘルパーさんとかデイサービスとかを利用することになるだろう。それで父が大丈夫かどうかは不安だけれど。

姉も「それがいいのでは」というのだけれど、ことはそう簡単じゃない。まず父のお見舞いをどうするか。今の状態なら、父が母に会いに行きたがるのは間違いない。そうしたとき、うちから埼玉に車で迎えにいって神奈川の病院へ連れて行き、また埼玉へ送り届けるとなると、夫は片道2時間半の道を二往復しなくちゃいけない。とても無理だ。姉に電車で連れてきてもらうとしても、電車を3本乗り継いでというのは酷な話。うーむ。

それに、父の世話を姉に任せるなら、今は私が担っているケアマネさんなどとの連絡先を姉に代わってもらう必要がある。病院の世話はある、ケアマネさんからは呼び出されるじゃ私もたまらないし。しかし、姉は「勤務中は電話はオフ」を徹底してる人で、勤務時間外でも電話に出てくれる確率は低いのが現状。その辺を覚悟して改めてもらわなくては。←できるのか?という不安。

でも、私が通うことを考えれば、できるだけ私が行きやすい所の方がいいし。

と考えると、一番「ラク」なのは母の入院と同時に父もどこかのホームに入ってもらうことだけど、今の状態で父が同意するとも思えないし。

うーむ困った。。。。。何かいいアイディアはないかしら。






2017.06.09 | | コメント(1) | トラックバック(0) | 介護



読書録:『医療にたかるな』


財政破綻した夕張市で「医療の再生」に取り組んだ経験から、日本全体の医療問題への警笛を鳴らした本。

北海道生まれの著者は、薬学部を卒業後一度は薬剤師として働いた後、医学部に入り直して医者になったという変わり種だ。各地の地域医療に取り組んだ流れで、誰も引き受け手のいなかった夕張市民総合病院を引き継ぎ、その再建に努めた。

著者曰く、夕張の破綻の背景には、炭鉱が栄えていた時代に吸った甘い汁の味が忘れられない「たかり体質」があるという。これについては他で話を聞いたことがないので、そう言い切ってしまうことの善し悪しは、私には自信がないけれど、諸外国と比べても、日本人が健康保険制度に甘えすぎているという指摘はある意味正しいと思うし、行き詰まりが見えてきた今、一人ひとりの医療に対する意識改革というのは必要なことも事実だと思う。

現状を打破するためにとにかく、夕張で彼は、まずは住民の健康意識を高めたり、医療関係者や行政の側の意識改革から始めて、ひとつひとつ取り組んできた。その過程は、よそモノとしての白い目だったり、既得権からの反発だったりということと闘いながら、かなり険しい道だったようだ。

本の中では、かなり具体的な批判もあったりして、敵も多いんだろうなと思わされる。けれど、前書きでも宣言しているように、批判は覚悟であえて厳しいことを書いているということのようだ。

そして、この本の目的は、夕張の人を批判することではなく、夕張は少子高齢化に悩む日本の縮図であり未来図でもあるという考えからの、日本全体への問題提起でもある。

この本は2013年に出版されたもの。近況を調べようとと思ったら、なんと今月11日に亡くなっていた。白血病だったらしい。合掌。

闘う医師・村上智彦さんが残してくれた「医療」に対する姿勢





2017.06.08 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書録



緩和病棟探しを勧められる

先日、姉と私がふたりで母の病院に行ったことで、「余命でも聞きに行ったのでは?」と疑い出した母。その後訪問診療にやってきた在宅のH先生にもそのようなことを尋ねたらしい。H先生にはあらかじめ、大学病院で私が聞いてきた内容は伝えてあるが、「余命なんて誰にも分かりません」と言ってくれたらしい。


ただ、その話の流れで、「将来のことをご家族と一度相談されてみては?」ということになり、「娘さんにも私の方から連絡しておきます」と言って帰ったという話は、母から聞いていた。

数日後にH先生から私に電話があり、「いざというときに入院できる緩和病院を探しておいた方がいい」とアドバイスされた。父を一人にできないという事情もあり、私としてはできるだけ在宅でというつもりで訪問診療の体制を整えたのだけれど、それがむずかしくなることも考えられるという。

先生の挙げる理由は、痛みが増して1週間に1度のケアでは対応できなくなるかもしれないこと、そしていわゆる下の世話が必要になってくることの2つだった。特に後者の件については、今のようにいっしょに住んで介護する人間がいない状態ではむずかしくなる。そんなことも含めて「ご家族で相談を」ということだ。さらに、母自身の希望も聞いてみるべきなのではと言う。

そして、年老いた親をいつまで2人でおいておくのか問題。基本姉が一緒に住むことになっているのだけれど、まだ決心がつかないらしい。いろいろ現状を報告して相談しているものの、どうも意思の疎通がうまくいかないので、どうしたものやら、、、という感じではある。

緩和病棟もすぐに入院できるわけではなく数ヶ月単位での時間がかかるので、元気なうちに探したり申し込んだりするだけでもしておいた方がいいというのがH先生の考え。「申し込んだからといって必ずしも入院しなくてもいいし」と。

そして、昨日は大学病院の診療予約日だったので、主治医である口腔外科のK先生と放射線科のM先生にも、意見を聞いてみた。

2人の話を総合すると、母の場合は首のリンパが腫れてきたときに血管を圧迫して大出血したり、呼吸困難になるケースも考えれるので、それを危惧しているのではという答え。もし出血したときに、入院していたから助かるというものではないらしいが、家でそんなことになるとやはり慌ててしまうだろうし。

それ以外は、いわゆる痰をとるとかいう処理が必要になるケースはないと思われるから、身の回りや下の世話以外に、特にケアをすることはないらしいのだけれど。

ついでに、今後の経過として想定できることを聞いてみると、一番多いのは誤嚥性肺炎を起こしてそのままというケース。ただ、M先生が「個人的には」と前置きした意見では、呼吸困難とか大出血とかで苦しむよりは、それが本人にとって一番ラクなパターンかもしれないと。

夕方、大学病院で処方された薬を届けに実家に行った。H先生からの電話でどんなことを言われたかは母も気にしているので、「もしも急に悪化したときのために」緩和病院を探しておくのを勧められたという話はしておいた。話の流れで、悪化したときには不安だから入院したいか、できるだけ家にいたいか、お母さんの希望も聞かないとねという話もしたけれど、「そんなのそのときにならなきゃ分かんない」。まあ、そうだろうね。

「癌になると、そんなことまで考えなくちゃいけないのね」とちょっとショボンとしてたけれど、いろいろなことを話してるうちに、もう話の内容はよく分かんなくなってるような気もする。超ポジティブな母は、自分が信じたくない、考えたくないことは、理解しない、記憶しないというフシがあるので。

そんなわけで、母自身が状況をどこまで理解したかは謎だけれど、とりあえず病院探しを始めなければという状況。メドだけつけておいて、いざ「そのとき」になったときに、母の希望や私たちの都合なども総合して判断することになるのかな。一度母と姉と私3人で話し合いたいところだけど、どうも姉は母とそういう話をするのは避けたいみたいだ。

ちなみに、昨日のビックリポイント。母は88歳の今に至るまで、落ち込んだことが一度もなかったそうだ。「この私がまさか落ち込むことになるなんて思わなかったわ!」というので、「え、本当に一度もないの?」「ないわよ」と胸を張る?母に、「どんな人だってみんなそういう経験して生きてるんだから、じゃあ、お母さんは今までそういう思いをしなくてすんだ分、今ノルマが来てるんだと思いなさい!」と言い放った娘は鬼?(笑)

でも、不思議なことに母はこういう風にいわれると途端に元気になって、「ほんと、あんたと話してると前向きな気分になってくるわ!」ってケラケラ笑ってるんだから、本当によう分からん。どうも、「可哀想、可哀想」と同情されるより、「そのぐらい、なんじゃい!」みたいに一喝される方がいいらしい。それだけ元気があることは、何よりですけどー。





2017.06.07 | | コメント(4) | トラックバック(0) | 介護



自分に似合う色

先月から通い始めた、市の施設でやっている「パーソナルカラー講座」(全4回で3400円)。3回目の今日は、お待ちかね、一人ひとりのカラー診断!


鑑定士の資格を持つ先生が、一人ずつ、テストカラーの布を首元に当てて、AとBどちらが似合うかを判定していく。まずはイエローベースかブルーベースか。最終的には春、夏、秋、冬の4つのタイプのうちどれかを選んでくれる。基準は髪や瞳、肌の色。正確を期すために、すっぴんで行きましたよ!(メガネも色が邪魔するのでコンタクト入れて!)

私の結果は、オータムタイプ。落ち着いたシックな色が似合うらしい。(詳しくはこちらを参照)

先生だけじゃなくて、グループの人たちもいっしょになって見ているのだけれど、人によって色の見え方が全然違うのがよく分かる。比較は、同じ赤でも鮮やかな赤とくすんだ赤などで比べる。パッと見どちらも同じ色に見えても、実際に顔に当ててみると顔の印象がかなり違うのにビックリ。それをいろいろな色で繰り返すと、どの色でもソフトな感じが似合う人、ハッキリした鮮やかなのが似合う人とハッキリ分かれるのが面白い。

私の場合も、明らかにシック目な色の方がみんなの反応もいいし、先生のジャッジもそうだし、自分で鏡みても納得。青みがかった色や明るすぎる色だと顔色が青白く具合悪そうに見える。そういう色の方がキレイに見える人もいるんだけどね。

人によっては、好きな色と似合う色が全然違うことも多いみたいなんだけど、私の場合は、ほとんど自分が好きでよく選ぶ色とかなり一致してたように思う。見ただけで選ぶならこっちかなと思った色が、実際顔に当てても似合ってると判定された。

一番評判がよかったのは、モスグリーン、焦げ茶、ターコイズブルー、くすんだサーモンピンク、山吹色。そういう色の洋服持ってるよな~ってのが多かった。

ちなみに、似合う色というのは、同じピンクでもこういうピンクが良くてこういうピンクは苦手、みたいな微妙なものなので、必ずしも、赤はダメで青が似合うとか、そういうものではないらしい。

そして、これはあくまえも顔うつりの話なので、それ以外の色を着るときは、首回りなど顔に近いところにそういう色を一色持ってくるといいですよというわけ。そういえば、この前イタリアでターコイズのストールを2本買ってきたのは大正解だったかも?

来週は自分のパーソナルカラーを活かしたファッションのヒントを教えてくれるらしい。楽しみ~。

2017.06.05 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 日々のできごと



読書録:『サハラ砂漠の王子さま』


以前読んだ『ダライ・ラマに恋して』(読書録はこちら)、『純情ヨーロッパ 呑んで、祈って、脱いでみて 西欧&北欧編』(読書録はこちら)の著者である、たかのてるこさんが若き日に書いた本。

私が前に読んだ2冊は比較的最近の作品で、社会人経験を重ねた後にフリーになってから書いたもの。年齢も40代?ぐらいの作品だったけれど、この本は彼女が大学の卒業旅行として訪れたモロッコ旅行を綴った旅行記。

名所旧跡よりも街や人に興味を持ち、言葉が通じようが通じまいがまさに体当たりでいろいろ経験し、そのとき感じた自分の気持ちと共におもしろおかしく書いていくというスタイルは同じ。

ただ、旅慣れて大人になった最近の作品に比べると、本当にもう読んでるだけでハラハラしちゃうような危なっかしい旅。しかも、場所がモロッコと来ているから、一日に何度も男の人に襲いかかられたり、砂漠で死にそうになったりというスリリングなネタが満載で、よくも無事に帰ってきたなという旅行記になっている。終盤、旅先で出会ったスペイン人青年の世紀との切ない恋……という、若い時代ならではのドラマチックな話も。

モロッコは私も行ってみたい場所のひとつで、ここに描かれる非日常はすごく魅力的ではあるけれど、もちろん私はこんな旅はできないな。ヨーロッパの先進国とはワケが違うから、おとなしく安全なところしか行けないけどね。(甘くみちゃいけないということはよく分かった)

私が読んだ本は3冊だけだけど、これ以外にも、ものすごくたくさんの旅をしてたくさんの本を書いている彼女。これだけいろいろなところを見て、いろいろな人に会って、いろいろなことを考えるという経験をしちゃったら、日本の中のいわゆる普通な「日常」の中で生活していくことはできないんだろうなぁ。それが幸せなのかどうなのか、という気はするけど、それは本人が決めることなのよね。まあ、いろんな人生があるということだ。最近の本にあったように、ダライラマにすがりたくなる気持ちもよく分かるような。

ただそれを本で追体験することは簡単にできるので、また他の本も読んでみよう。


2017.06.04 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書録



次女の容態、回復に向かう

一日空いちゃったけど、引き続き次女の扁桃炎の容態について。


31日の夜に実家に連れ帰って、翌日6月1日は木曜日で医者が休みなので一日寝て過ごすが、夕方にまた40度の発熱。でも、そこで解熱剤を飲んで下がってからは、夜も夜中も微熱程度で落ち着くようになった。

そして、2日の金曜日、また朝7時半に受付前に並んで5番の番号をゲット。あまり待つこともなく無事診察を終えた。ここまでの履歴が複雑なので前夜のうちに「聞き取り調査」をして、時系列に診察の経緯と処方された薬をエクセルにまとめて持たせた。

・5/1:風邪っぽい症状(鼻水、喉と首のリンパの腫れ) 自宅近くの病院Aを受診(ムコダイン、トランサミン、カロナール(頓服))

 以後、ときおり微熱

・5/8 38度の熱、薬は飲まないが自然に下がる

・5/9 昼間は元気だったが、夜38度の熱

・5/10 解熱剤を飲むと下がるが、時間がたつと38度に戻る

・5/12 実家近くの耳鼻科Bを受診。膿をとってもらう(セレスタミン、グレースビット)
 ※「解熱剤は何の解決にもならないので処方しない」と言われる

・5/13 熱も扁桃腺の腫れもおさまる

・5/22 首のリンパ腺が腫れてきて、微熱

・5/24 微熱が下がらないので自宅近くの病院Aを受診。「リンパ節炎」と診断される。(ロキソニン、トランサミン、ムコダイン、カロナール(頓服))

・5/26 微熱がとれないので、会社近くの耳鼻科Cを受診。「リンパ節炎」と診断される。(ロキソニン、トランサミン、ムコダイン)、セフジトレンピボキシル

・5/29 以後微熱は下がらず、夕方39度

・5/30 自宅近くの病院Aを受診。「扁桃炎」と診断される。(ロモックス、トランサミン、ボルタレン、ハチアズレ顆粒)。夜40.7度

5/31 自宅近くの耳鼻科Dを受診。「扁桃炎」と診断される。(ジスロマック錠、ボンタールシロップ(毎食前)、ボルタレン、ムコスタ) 夜39度 実家に帰ってくる

6/1 夕方40度
(※一般に38度は微熱の範囲だけど、平温が低いので、彼女的には37度程度が微熱の感覚)
つまり、次女が住んでいるマンション近くの診療所、耳鼻科、会社近くの耳鼻科、実家近くの耳鼻科と4つをハシゴしたことになる。

で、昨日6/2にいった実家(うち)の近くの耳鼻科の先生。このエクセル表をみて「東京にはろくな医者がおらんな」と、予想の斜め上を行く上から目線のコメントの後、膿をとってくれた。処方された薬は、セレベックス、ラックビー、セレスタミン、アズノールうがい液。


セレスタミンというのが、強力な抗炎作用のあるステロイドで、猛烈に眠くなるらしく、昨日は死んだように寝て、午後3時頃起きてきた後は、かなり回復した感じ。

その後、今日6/3のお昼まで、熱もなく元気。まだ奥に口内炎っぽい白い炎症があるけど、こってりついてた膿がなくなった。(連日グロい写真で失礼)



ちなみに、一昨日載せたビフォーの写真はこちら。
IMG_3464.jpg 

薬の副作用かお腹が緩くなっているのと、体力が落ちてる(+甘えてる?)ので、ヘロヘロしているけれど。この分で今日明日ゆっくり休めば、月曜からは会社に行けるかなぁ。

2017.06.03 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 日々のできごと



次女を連れ帰る

昨日もちょっと書いた、次女の熱が下がらない問題。


昨日の朝一番で、同じマンションの一階にある耳鼻科へ行き、これまでの事情を話し、飲んできた薬も見せて、また違う抗生物質をもらったようなのだけれど、夕方になって「また寒気がしてきた」とLINEが入った。

ちょうど私のところにも、昨日のブログを見て、「扁桃炎をこじらせて大変なことになった人を知っているので、大きな病院に行った方がいいのでは」という非公開コメントをくれた方がいた。(直接返信できないので、この場を借りて、ありがとうございました!)

前日の夜中は、40度越えの高熱に辛くて、ひとりで夜間救急に電話をしてみたりしたけど、結局出かける力がなくていかなかったなどということも聞いていたので、さすがに心配&可哀想になって、急遽娘たちのマンションへ行くことに。

何か作って食べさせようと思ったけど、「もうすぐ薬が切れたら食べられなくなる気がする」というので、駅地下でお寿司を買って食べさせた。(食欲はまあまああるのは幸い)。あとお豆腐のみそ汁を作ってあげて、果物やゼリーも買って。

病院でも「実家に帰った方がいいのでは」と言われたというし、本人も帰ってきたそうなので、昨夜のうちに夫に車で迎えにきてもらって、連れて帰ってきた。

夕食の前後に薬を飲んだせいもあって、こちらに着いて寝るまでは微熱ぐらいで落ち着いていたようなのだけれど、結局、夜中3時頃にまた熱が上がってしまい、頓服の解熱剤を飲む。本人曰く「39度ぐらいで、前日の夜中よりは若干マシかもしれない」というのは、抗生物質が少しは効いているのか、家に帰ってきた安心感からなのか。

朝は食欲もなかったようで、ゼリー飲料を飲んだだけだったけど、そのとき飲んだ薬が効いたのか、しばらくして割と元気になったので、シャンプーをしてあげることに。毎日すごく汗かいてるのにお風呂に入れないから気持ち悪いというので。私に増して髪の毛の多い次女なので、まるで大型犬をシャンプーしてるみたいな重労働だったけど、さっぱりしたみたい。

今の喉の状態はこんな感じ。
IMG_3464.jpg 

喉の付け根の両わきの扁桃腺のところが真っ白になってるのがハッキリ分かる。

さすがにここまで腫れると、喉自体もすごく痛いらしい。前回こちらに来ているとき、近くの耳鼻科で膿を吸い上げてもらったらかなり良くなったというので、明日また行ってみる予定。この耳鼻科の先生、なかなか癖は強いけど腕はいいと評判(昔「おばさん声のオジサン先生って話を書いた覚えがあるんだけど、過去ログが見つからないや)。すごく混むけど、スグ近くなので朝イチで受付してくれば、それほど待たずにすむはず。

幸い、転職先からは「休業日のことは気にしなくていいからね」と言ってもらったという。今週いっぱい休むようにというのも、先方から言ってくれたというし。1週間行っただけでこんなに休んだらクビになるんじゃないかと心配していたので、ありがたいこと。

毎日熱が下がって上がっての繰り返しで、本人もさすがに心身疲れちゃってる。なんとか今週いっぱいで良くなるといいのだけれど。

2017.06.01 | | コメント(1) | トラックバック(0) | 日々のできごと



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