読書録:『人生が変わる白内障手術』


白内障とは、目の水晶体が濁って見えにくくなってくる病気。老化現象のひとつなので、高齢になるとかなりの確率で発症する。実際うちの両親共に手術経験があるし、自分もいずれはなるものと覚悟している。で、この本の宣伝を新聞で見かけて読んでみた。

著者は埼玉県の眼科医。日本で初めて白内障のレーザー手術を成功させたという。本の冒頭では、この手術を自分の両親にも実施したというエピソードから始まり、白内障とはどんな病気か、レーザー手術はどれだけ画期的なものなのか、加えて推奨する多焦点レンズと共に、そのメリットを詳しく説明している。

若干専門的な箇所もあるけれど、素人が読んでも分かりやすい内容で、特に実際の手術の模様をかなり詳しく説明しているので、この手術を受けてみようと思っている人にはとても参考になると思う。

この本によると、レーザー手術の最大のメリットは、眼科医の腕に頼らない正確な手術ができること。高齢化社会の今、白内障の手術は件数も増えていることもあって、時間も短時間で終わるし、日帰りでも可能。「簡単な手術」のようでいて、でも技術自体はむずかしいらしい。それを機械の性能によって、従来よりはるかに正確に行うことが可能になったのだという。

白内障の手術では、濁った水晶体を取り除き、代わりに人工のレンズを埋め込む。このときに、多焦点タイプのレンズにすることで、遠くも近くもメガネなしに見えるようになるのだという。つまりは、遠近両用コンタクトみたいなものなのかな? この多焦点レンズ自体は、すでに扱っているところも多いらしい。以前、とくダネ!の小倉さんが番組で「白内障の手術をしたら老眼も解消された」と言っていたのはこのことか。

レーザーも多焦点レンズもいいことだらけのように見えるのだけれど、問題は保険が効かないこと。なので高額になるのだということはこの本にも書かれているのだけれど、じゃあ目安でいくらぐらいになるのかという点については一切触れられていない。

気になって調べてみる。著者の病院のサイトをくまなく見ても、やはり費用の説明はナシ。ついでに、私の持病である緑内障の説明ページには「緑内障は治療が可能な病気です。」なんて書いてある。緑内障は進行を防ぐことができても治ることはないというのは有名な話。その治療の詳しい内容については書かれていないけど、こういう誤解を招くような表現を使うのは、ちょっと信用できないなぁと思ってしまう。

そんなこともあって、この本で盛んにアピールされている手術法のメリットについては、少し差し引いて考えたほうがいいかもしれない。

費用については他の医院のサイトなどによると(普通はどこでも明記している)、片眼50万ぐらいが目安なのかな。普通は数万ですむみたいだから、それに比べるとかなり高いけど、とうてい出せないというほどの金額でもないのかなという印象。

レーザーも多焦点レンズも厚労省の定める先進医療に指定されているので、それが適用される医療機関(厚労省のサイトに一覧がある)で受ければ、一連の治療のうちの保険適用範囲内には保険が使える上に、民間の医療保険の先進医療特約の対象になるという。

実際に自分が白内障になるとしても、大分先のこと(だと願う)だし、それまでにはさらに技術の進歩や保険の適用事情も違ってくるかもしれない。だから今詳しいことを調べてもあまり意味がないけれど、「そういうものがあるらしい」ぐらいは覚えておこう。

追記:
多焦点レンズのメリットや、「患者の声」を見てなんかデジャビュだよなーと思ったのは、遠近両用コンタクトのときと同じだから。それを信じていろいろ試してみたけど、結局遠近両用コンタクトにはまったく満足できず、選択肢から排除した私にとっては、多焦点レンズも期待はできないかも。何十年か経って技術が進んでいるといいんだけどね。


2017.08.31 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書録



ヘルパーさんの入院と、母の容態いったりきたり


最近、取材が多くて忙しいこともあって、お盆の週に泊まり込んで帰宅して以来、父のところへは行ってない。ひとりで病院に行けない父は、日曜日に姉が来たときに行くだけ。いつ見舞いに行くのか?とうるさく行ってくるかなぁと思いきや、電話をかけてもかかってきても、母の話は一切しない。忘れちゃった?

と思っていたら、昨日の電話で「あんたに連絡することがあって」という。そのわりには、いつものように私の電話番号メモを読み上げるばかりで、さっぱり話が見えない。何度か意味のないやりとりを繰り返しているうちに、「あの人が病院に行ったらしい」という。「あの人って誰?」と聞いても、「それが分からんのだ」という。

母かなぁと思ったけどそれで思い出されても面倒なので、しらばっくれて「ヘルパーのおばさん?」と聞くと、「そうそう」という。「病院に行くから遅れてくるとか電話があったの?」と聞いても、「そういうんじゃない」。でもそういうことなら、父により私の携帯に連絡があるはずだ。きっと、病院に入院している母の話をぼんやりと思い出して言ってるんだろうと思い、適当に電話を切った。

ところが、今朝になってケアマネさんからメールが来て、なんと本当にヘルパーさんが入院したのだという! わが家への訪問サービスについては、代わりの人をやりくりしてカバーするので、今まで通りやってもらえるというので一安心。ただ、今まで来ていたKさん、ベテランでとても気が良い人で、年配なこともあって父とも世間話までしてくれて、とても信頼していただけにかなり残念。せっかく落ち着いた生活を送っていた父にまた変化がなければいいのだけれど。怪我なのか病気なのか詳しいことは分からない。1カ月ぐらい入院予定とはどうしちゃったんだろう。

一方の母。昨日と今日、仕事で東京に行ったついでに、ひとりで病院に行ってきた。昨日行ったときは、口数も少なく聞かれたことに力なく返事する程度で、意識はあるんだけど、目をかーっと見開いたまま天井のどこか一点を凝視している様子はちょっと異様。私が来たのに気がついたとき、何か言いたそうにハァハァしてるので「どうしたの?」と聞くと、「う、うれしくて、、」と興奮してる風。会話も途切れがちなので、小一時間ただ手を握っていた。「そろそろ行くね」というと、「ええ、もう?」と泣きそうな顔をする。「明日又来るから」というと「ほんと?明日、絶対にくる?」と子供のようにすがられるのも切ない。

看護師さんからは「大きな変化はないですよ」と言われたものの、なんか一段階進んじゃったのかなという印象だった。

ところが。

今日行ってみると一転、やけに普通で、ベラベラしゃべる(笑)。午前中、看護師さんから「午後外に行きましょうか」と言われたとかで、買い物に連れて行ってもらうのだと楽しみにしている。買い物といっても、歩いていけるのはコンビニぐらいしかないのだけれど、そこでリップとマスクと、お菓子を買いたいのだという。お菓子は父が来たときに食べさせるためだと。「毎日来てくれてうれしいわ」とか、「アンタの家の近くの病院にしておけば、いつももっときてもらえたのに」とか。そんなことまで話せるなんて、昨日の姿からはおよそ想像がつかない。

なんだか、三途の川の河原まで行ったけど、やっぱりや~めたって引き返してきちゃった感じ?(笑)

恐るべし母の生命力~。



2017.08.30 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 介護



読書録:『ありがとうの神様』


心が弱っていたので(^^;)、救いを求めて?読んでみた。

著者の小林正観という人、知ってる人にはすごく有名、知らない人には全然知られてないという感じ? 私もこの本に出会うまでは知らなかった。名前ぐらいはどこかで見たことがあったかな。ベストセラーをたーーくさん書いている人なので、ランキングか何かで見かけたのかも。

何をする人なのかというと、幸せになるための心得みたいなもので独自の理論を持っていて、自称年間300回もの講演をこなし、前述のごとく大量のベストセラーを書いている著述家。お坊さんみたいな名前だけど宗教家ではなく、心理学博士、教育学博士、社会学博士などの肩書については、よく分からない点もあるみたい。いわゆるスピリチュアルな世界の話なので、支持する人には熱狂的なファンも多いようだ。(2011年に他界)

この本に書かれている内容は、一言でいえば感謝の心を持てば苦しみから逃れて幸せになれるよ、的な話。自分は唯物論者であると断言しながらも、わたしたちのまわりには「神様が存在するらしい」と考えている。それはキリストとかブッタとかアラーとかではなく、「ある意思を持った、方程式をコントロールしている知性体」だそうだ。「宇宙」と言い換えてもいいとな。つまり、自分の運命は自分の意思で動かしているわけではなく、何か目に見えないものに司られていて、それを便宜上「神様」と呼んでいるという感じ。

その前提のもと、「神様」に好かれるためにはどうしたらいいか、いろいろな実践法が出てくる。「神様」が好むのは「そわか」。つまり掃除、笑い、感謝の3つなんだって。だから、特にトイレなど人が掃除したがらないところをキレイにして、不平不満愚痴を言わずすべて笑って受け入れること、そしてすべてに「ありがとう」と感謝することを奨励している。

たとえば「ありがとう」を2万5000回唱えると幸せの奇跡が起こるという。回数を明確に定義しているところとか、ガン細胞が全身から消えたとか言われると胡散臭く感じてしまうけれど、言っていることの根本は分かる気もする。

つまり、何ごとも自分の捉え方次第なのだから、心の持ち方を変えれば、すべてが違って見えてくるというのは、ある意味正しいことなんだろう。幸せというのは、決まった形や枠があるのではなく、それを感じることができる人が幸せなのだと思うから、その幸せを感じられる心のトレーニング方法みたいなものだと思えば、腑に落ちる点もたくさんある。

今の自分を振り返って、自分を苦しめているものが何なのかヒントをもらった気はする。忘れないように、巻末に書かれていた、「人生の目的」と「幸せの本質」を引用しておこう。

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「思いを持たず」、よき仲間からの「頼まれごと」をただやって、どんな問題が起こっても、すべてに「ありがとう」と感謝する(受け入れる)こと。
「そ・わ・かの法則(掃除・笑い・感謝)」を生活の中で実践することであり、「ありがとう」を口に出して言い、逆に「不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句」を言わないこと。
すると、神様が味方をしてくれて、すべての問題も出来事も、幸せに感じて「よき仲間に囲まれる」ことになり、「喜ばれる存在」になる。
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いやあ、そうは言ってもそんな風にはできませんよーと思うことも多々あるけれど、ときどき立ち返ってみると、心が浄化されるかも?

ついでに、たまたま見つけた自分の過去の取材記事。我ながらなかなかいいことが書いてあって(笑)、書いた自分が救われた。幸せじゃなくて苦しいと思ってる人がいたら、読んでみて。(原稿がいいわけではなく、講演の内容が良かったということデス)
「コンパッションを鍛えて幸福度を高める」





2017.08.28 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書録



読書録:『自分の時間を取り戻そう』


社会派ブロガーちきりんさんの本。

キーワードは「高生産性」。といっても製造業のことではなく、あらゆる社会や個人の人生において、生産性という概念を持って、無駄なことを省き効率的にやっていけば、「ゆとりも成功も」手に入るよ!て話。

冒頭に出てくるのは4人の「忙しすぎる」人たち。

中間管理職になったことで自分の仕事にマネージメントの仕事も加わってキャパオーバーな「デキる男 正樹」。家事育児と仕事の両立に奮闘する「頑張る女 ケイコ」。企業を辞めてフリーランスになったのにブラックな環境から抜け出せない「休めないオンナ 陽子」。学生時代に起業してブレイクしたものの、組織の拡大につれて不安を感じている「焦る起業家 勇二」。

みんなそれなりに「がんばってる」のに、忙しすぎて不幸。彼らが「忙しさ」から解放されて幸せに
なるにはどうしたらいい?という問題提起から、「高生産性」のメリット、それを目指す理由などが解説されていく。

日本の労働市場の生産性の低さは巷でもよく指摘されることで、「働き方改革」なんて言葉も踊る今日この頃。「生産性重視だけじゃすまないこともあるよね」という反論は承知で、あえて「生産性は高い方がいいことばっかじゃーん!」と持論を繰り広げる。

提案されていることがすべて実現できるわけでもなく、かなり極端な話ではあるけれど、とりあえずまずは「生産性」って概念を持つだけでも違ってくるよ!ってところなのかな。

ちきりんさんの本は何冊か読んで、今までも何回かここにも書いてる。いつも言ってるような気がするけど、論旨明快で分かりやすい文章はスカッとする部分もある一方で、終始勝ち組の理論、上から目線なのは相変わらすで、嫌いな人は嫌いだろうなぁって感じ。

それも覚悟の上であえて挑発的に、分かる人だけ分かればいい、(バカは相手にしません)的な物言いは、男ホリエモンってところか。本名も顔写真も公開しない(探せばすぐ出てくるけど)のも、憎まれキャラを自覚した上でのことなのかな。とにかく、頭の回転が速い人であることは間違いない。

本の内容に戻ると、生産性だけを求めることはできなくても、そういう視点を持って改善策を模索してみるってのは、意味のあることじゃないかな。


2017.08.27 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書録



読書録:『月の満ち欠け』


今年の直木賞受賞作だそうだ。簡単に言っちゃうと、”生まれ変わり”を題材にした純愛物語ってところかな。

たぶん新聞の書評で読んでリクエストかけたんだと思うけど、例によってどんな本だっけ?とすっかり忘れて読み始めた。物語は、小学校低学年のくせにやけに大人びた物言いをする少女「るり」と初老の男性とのシーンで始まる。そこから、男性の過去、その男性の元を最近訪れて来た人たちの奇妙な話を回想する形で、るりの生まれ変わりの歴史が明らかになっていく。

何人もの「瑠璃」ちゃんが出てきたり、時間軸も行ったり来たりするので、若干ややこしいのだけれど、事情がだんだん分かってくるのに釣られて、どんどん先を読みたくなる。

生まれ変わりについては信じなくもない私だけれど、この小説ではラブストーリーのための仕掛けとして都合よく使われているだけなので、あくまでファンタジーの領域だ。

本筋?のラブストーリーの方は、そもそもの恋人同士の絆がちょっと希薄というか、そんなに何度も生まれ変わってまで会いたいってほどの恋愛?ってところが今ひとつ伝わってこなかったので、特に感動はしなかった。年齢差はどうするねん?って現実的な突っ込みを入れたくなったり。その間の「家族」はただの踏み台なの?ってのも、今ひとつ納得できない。一つ間違えば、時空を越えたストーカー?なーんて言っちゃったら元も子もないか。2人の最初の恋愛描写がもう少し深みがあると、そんなチャチャは入れずに素直に応援できたのかも。

ってな感想ではありますが、とりあえず現実を忘れてのめり込むにはなかなか良い時間だったかな。




2017.08.26 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書録



母、病室で髪をカットしてもらう

昨日、母が美容師さんに髪を切ってもらった。


先週お見舞いに行った時に、看護師さんから希望を聞かれてお願いしておいたもの。病院のサービスではなくて、外部から来てくれるという。やってきたのは30代ぐらいの女性。ヘルパーの資格を持っていて、以前は施設で働いた経験もあるという。みんながそういう人ばかりじゃなくて、「私はたまたまです」って言ってたけど。料金は1800円。同じ場所で3人以上集まると交通費は無料にしているそうだ。半分ボランティアみたいなものよね。

先週その話を聞いてから楽しみにしていた風の母。この日も、「もうすぐ順番が回ってくるみたいよ」というと、「着替えなくていいの?」とそわそわ。近所の美容院にでも連れていってもらえると思ったのかな。もちろんそんなわけではなく、美容師さんが病室までやってきてくれるのだ。

先に看護師さんが車椅子を持ってきてくれて、母は椅子の上で待機。やってきた美容師さんが器用に床にビニールの覆いを貼って、その上に移動して準備完了だ。小さな手鏡を渡されて、のぞき込む母。鏡で自分の顔をじっくり見るのも久しぶりかも。病室に鏡は持ち込んであるけれど、自分でそれを取ることはできないから。ずっと眉間にしわを寄せていたのは「こんな哀れな姿になっちゃって」とか思ってたのかな。

長さは?スタイルは?と聞かれるけど、はっきりは答えないので、適当にお任せ。「分け目はどの辺ですかね?」と聞かれてもよく分からない。病室に持ち込んであった1年前の写真(みんなで写したもの)を見せて参考にしてもらう。

所要時間は15分ぐらいかな。濡らしてないけど、一応ドライヤーでセットらしきこともしてもらう。何週間も洗ってない髪を触るのは気分のいいものじゃないだろうけど、そこはプロ。マスクはしてたけど嫌な顔もせず対応してくれる。さらに、母が鏡を見ては「眉毛が……」と気にしているので「伸びちゃったのが気になるの?」と、特別に眉毛カットまでしてくれた(笑)。

どこへお出かけするわけでもなく、お見舞いに来るのもほぼ家族だけ。入院する2週間ぐらい前に美容院にいったばかりだからそれほど伸びているわけでもない。たぶん本人以外はどう変わったのかよく分かんない程度に切っただけ。それでも、一日中ベッドで寝ているだけの母にとっては、うれしかったんだろう。ぼーっとうつろだった目つきもシャキっとしたような。帰りがけに「ありがとうございました」って挨拶してる声は、なんだか久しぶりに聞いた「よそ行きの声」(笑)。

ありがたいことです。。。

この日は、午前中はのびのびになっていた健康診断に行って、午後からお見舞いと病院な一日。一応誕生日だったので、夜は、自宅のすぐ近くのビストロみたいなところでお食事をして、プチお祝い気分。一時は誕生日が葬儀とか命日とかになっちゃうのも嫌だなぁと思ってたけど、無事に祝えてよかった!




2017.08.25 | | コメント(6) | トラックバック(0) | 介護



読書録:『家族よ、ボケと闘うな!』


尼崎で終末医療を行っている医師と、市役所で介護保険行政に携わっている公務員とが、往復書簡という形で、認知症の老人にまつわる思いを書いた本。すべて口語調で語りかけるように分かりやすく
書かれている。

医師の長尾さんという人は、多数の在宅看取りをしている経験から、平穏死に関する本をたくさん書いていて、私も何冊か読んでいる。(『痛くない死に方』、『胃ろうという選択、しない選択』、『抗がん剤 10の「やめどき」』など)

一方の近藤誠さん。名前を見て「この人知ってる!」と思ったかもしれないけど、たぶん違います(笑)。1996年に『患者よ、がんと闘うな』という本が大ベストセラーになり、がんの放置治療推進論者(熱狂的信者がいる一方で、ほとんどの医療関係者からは「とんでも」扱いされている)とは、同姓同名のまったく別人。それで、この本のタイトルも、そのベストセラーをパロったというわけだ。

中身の方は、老人の認知症ってそもそも病気扱いするべきもなの?という視点で語られる。二人とも認知症の専門医ではないと断った上で、かかりつけ医、支援する行政側という立場で実際にたくさんの認知症患者と関わってきた体験から、病気と捉えて治そうとするのではなく(そもそも治せる薬は今現在存在しない)、まわりがその対処方法をうまく工夫することで、平和に共存しましょうよ、という話。

このブログでも何度も書いているように、私も常々父をみていると、認知症と「年相応のボケ」とは明確に違う物じゃないと思う。父がだれか家族と暮らしているならそれほど困ることはないのに、今こうやって頭を悩ましているのは、父が一人暮らしだからという一点に尽きるのだから。そういう意味では、認知症は社会的な病と言われるのもうなづける。

この本でも、困っているのは患者本人よりも家族でしょ?と、治療が必要なのはノイローゼ尾になっている家族の方じゃないかという話や、やたらに心配しすぎないで「放置プレイ」というのもありだとか、「ボケと闘わない」ための方法も提案されている。

「最近の介護のトレンド」は、パーソン・センタード・ケアなのだという。認知症本人を尊重し、その人の視点や立場を理解し、ケアをしましょうとう考え方。それは本人の幸せということだけじゃなく、結果的にケアがうまくいい、困る症状が緩和されるという意味では、介護をする人にもメリットがあるのだという理屈は分かるけど、自分自身も日々の暮らしがある中でそれを実践するのは難しいというのが実感。

こちらの近藤さん、今は亡き実父が認知症で、死後にその苦悩を綴った日記(メモ)が出てきたことが、今自分がこの仕事に関わる原動力になっているという。その直筆の写真が巻末に掲載されているのだけれど、それを読むと、きっとうちの父も同じような感じなんだろうなぁと心が痛む。

自分自身が介護する上では難しい面はたくさんあるけれど、せめてこういう理解のある医師や専門家に見守ってもらえる環境をつくれれば、認知症介護もずいぶん違ったものになるとは思う。

認知症の薬や医療との考え方なども分かりやすく書かれているので、興味のある人にはオススメです。




2017.08.24 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書録



読書録:『親の介護で自滅しない選択』


介護うつ、介護離婚、介護破産、きょうだい決裂……。こうした悲劇に陥らないためにも、ほんの少し「発想」を変えてみませんか?(表紙裏の紹介文より)

という本。(要約丸投げ~)

親の介護といっても、状況は千差万別。「こうするべき」という思い込みにとらわれずに、自分ができる範囲で現実的な介護をするためのノウハウが書かれている。

たとえば、「親を介護するためにもっとも必要なものは?」とう問いに対して、自滅する人の答えは「介護するための時間」であり、自分の人生を大事にできる人の答えは「情報」というように、見開き単位で、さまざまなケースでの「自滅しないための選択」が提案されるというスタイルで編集されている。

私は、初期の頃からこの手の本を読みあさっただけあって、ほとんどの問いへの答えが「自分の人生を大事にできる人」の方に当てはまる優等生だ(笑)。そうそう、こんなのもあった。

「要介護」の親がいる。海外旅行に行く?
自滅する人→「行かない」と即決
自分の人生を大事にできる人→「行く方向で検討する」と答える。

ね(笑)。

逆に、うちの姉に見せたら全部「自滅する人」にあてはまりそう。。という意味では、やはり私がキーパーソンになったのは、みんなの平和のために寄与しているということね。

私にとっては、自分のやってきたことに「それでいいのよ!」と背中を押してもらった気分だけど、将来的な介護生活に不安のある人は、先に読んでおくとよいかも。


2017.08.23 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書録



読書録:『字が汚い!』


字が汚いという悩みを解消するためのアレコレを体験し、さらにきれいな字とはどんな字なのか、考察を重ねた本。

著者は1964年生まれの東大卒の編集者。字が下手なことがコンプレックスで、うまい字とまではいかなくても、せめてもう少し「大人っぽい字」が書けるようになりたいと一念発起。巷にあふれる教習本を買って練習したり、教室に通ったり、いろいろな人にインタビューしたり。さらには、有名人の書く文字について、うまい、下手、個性的などいろいろ論評しているのもおもしろい。

読みやすい文字を書くためには、ある程度コツがあり、それをマスターすることで、効果はあるらしい。実際、写真入りで載っているその「上達過程」を見ると、実際かなり読みやすいきちんとした文字が書けるようになっている。

たまたま、ちょっと前にある書家の講習会を取材したとき、「字のうまい下手は一言では言えないけれど、単に均整美のとれた読みやすい文字を書きたいというのであれば、それはトレーニングでどうにでもなることだから、そんなことで悩むのは無駄」と語っていた。

この本でも、結果的には「うまい字よりも、味のある字をめざせ」というところに向かう。

私自身も、自分の字が下手、読めないということに悩んでいたので興味深く読んだのだ。ただ、私の場合の最大の問題は、こうやってキーボードをタイプしながら書くということに慣れてしまいすぎて、ゆっくり丁寧に書くということ自体がむずかしくなっていることなのだ。だから、単に名前や住所、短い単語を書く程度ならともかく、こうやって考えながら書こうとすると、ゆっくり書いていたのでは、何を書きたいのか分からなくなってしまう。だから、ある程度長さのある手紙などを書きたければ、一度PCで下書きしてから、それを清書するしかない。(実際に体験あり)

だから、サラサラとキレイな文字で手紙を書くためには、まず基礎的なトレーニングを重ねた上で、頭で考えたことを手書きする実践も重ねる必要がありそう。でもそんなことやってられないし、手書きの手紙を書く機会も滅多にないのだから、いざというときはPCで下書き、、が実用的かもね。

文字練習本のレビューや、字がきれいに書ける気がする文房具の紹介などもある。

「弘法筆を選ばず」と言うけれど、「弘法じゃない人は筆を選んだ方がいい」そうだ。この中で一番右のユニボールシグノは、私も持ってた。確かに書きやすいかも。

実践するしないはともかく、手書き文字に関するエッセイとして面白かった。

2017.08.22 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書録



泣けるか、泣けないか

ネガティブな話はもうやめようと思いつつ、続けちゃう。


昨日の「泣けるのは大事」という母の発言がひっかかったのには、伏線があった。

私が実家にいる間に、同じマンションに住む奥さんが母を見舞ってくれたことがあった。その方は入院当初にもお見舞いしてくれていて、「その後気になっていたけど、ご家族のお気持ちもあるからと思って遠慮していた、今の容態はいかがかしら?」と私の携帯宛に電話があったので、ぜひお願いしますと言ったら、さっそく次の日に行ってくれたのだ。

私がいつものように父を連れて病室に行くと、その日の午前中にその方が来てくれたと母から聞いた。その方は病室に入るなり「●●さーん」と言って泣きながらハグしてくれたと。「それで2人で抱き合いながらずっと泣いてたのよ」と言う。そのときも、「情のある人っていいわね」みたいなことを言って、その「いっしょに泣いてくれた」ことがとてもうれしかった風だった。(余談だけど、それを契機に母は死ぬことを受け入れたように、私には見えた。)

そのときは、「そういうお友達がいて良かったね」「ありがいことだね」と私も心底思って、帰宅後、その方にお礼の電話を入れたぐらいだった。その方は母よりは若いけれど、80過ぎの老人。老人同士にしか分からない心情もあるんだろうと思ったし。現実的にいろいろ考えないといけない娘とは根本的に違うわよねと。でも、同じ娘という立場である姉となると、話は別なわけで。

ある意味、姉は直接いろいろな経緯に直接関わってない分、当事者ど真ん中の私とは違うから、素直に涙が流せるのだろうとも思うけれど。

そもそも激情型の姉は親の前でも、今までもしょっちゅう泣いていたみたいだ。ケンカして泣きながら怒ってたこともあるらしいし、(ぼけてしまった)父が可哀想だと同情して泣いていたと聞いたこともある。一方の私、親の前で最後に泣いたのはいつだったろう?

たぶん、祖母(母の母)が亡くなったときだ。確か私は社会人2年目の秋。お通夜の日に祖母の自宅に着いて、棺の中の祖母の顔をみたときは、「楽になってよかったね」と思った。その前に見たのは病室で管につながれて苦しそうにしていた姿だったから。でも、その後手を洗いに洗面所に行って1人になったとたん、急に悲しくなって泣き出してしまった。たまたまそこに母が入ってきて、「あら、アンタどうしたの? え、まさか泣いてるの? なんで? もしかして、おばあちゃん見たら可哀想になっちゃったの? いやあねぇ」って笑われた。祖母は90越えの大往生で、まわりの大人たちは全然悲しそうでもなく、焼き場で扉が閉まった瞬間も号泣してたのは私ひとりだった。

あのときの若かった私は、お見舞いに2回行ったぐらいで介護にも何も関わってないし、純粋に別れを悲しめたけど、他の大人たちは、今の私と同じように、来るべき時が来たと、少しほっとしつつ、淡々としてたんだろうなと思う。そんな出来事はたぶん母はもう覚えてないだろう。

そもそも、なんでも理屈で考えてしまう私は、「いっそ、ここで泣けたらいいのに」と思うことはよくある。父と施設の件でもめたときも、理解できない理屈を並べるよりは、涙のひとつも流してお願いすれば、父の心も少しは動いたのかもしれない。でも、あのときは(無理と分かっていながら)説得しようとすればするほど、きっと怖い顔、口調になっていって父を当惑させたんだと思う。認知症の人って、言ってることは理解できなくても、相手の感情は記憶に残るっていうから。

うちは、夫も理屈先行タイプなので、夫婦でぶつかったとき、冷静にこれこれこうだから、こうしてほしいみたいに伝えれば分かってもらえるけど、私が泣いたり怒ったり感情的になった瞬間に夫も怒り出して、大げんかになってしまう。だから、いらぬ衝突を防ぐためにも、泣かずに常に冷静に、、というのが、よけいに身についちゃったのかも。親にしても夫にしても、「泣かないキャラ」が確立しちゃったみたいな?

母にしてみれば、冷静にコトを進めてくれる娘と、いっしょに泣いてくれる娘と両方いて、幸せなんだと思う。だから、昨日のコメントでも言ってもらったように、私は私でできることをすればいいんだろう。

そう分かっていながらこんなに涙のことで悶々とするのは、実は私も泣きたいのに泣けないストレスが溜まってるのかも。何が悲しくて泣きたいのかはよく分からないけど。こういうときって、いっそのこと「泣ける映画」とか見て涙を流すとスッキリするのかな? ドラマとかドキュメンタリーとかには涙腺弱いから、すぐ泣いちゃう私なので(笑)。なんか、オススメの映画でも本でもあったら、教えて~。

2017.08.20 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 介護



優等生の自己満足

実家修行を終えて帰宅。


昨夜の言い争いから一夜明けて、父は覚えているのかいないのか分からないけど、お互い何もなかったかのように過ごす。「今日私は帰るからね」と告げると、「どこへ?」「なんで?」と、昨日のやりとりアゲイン。「仕事があるし」「何の仕事だ?」、「ダンナさんも待ってるし」「そりゃそうだ(←分かってないのにごまかしてるときの相づち)」。「どうしても、そこへ行かなくちゃいけないのか?」「まあ、いいよ。ひとりでやれってことなんだな」と、またやけっぱちな言い方。これじゃ、まるで親を捨てて出ていくみたいじゃないの。なんで、こうなるのー。

どうやら、ふたりで5日間過ごしたことで、この生活が当たり前と思い込んでしまったようだ。今まではひとりでなんとかやってたのに、なまじ「いい思い」をさせてしまった分、急に不安になったようで、あれこれブツブツ言う。どうせまたひとりの生活に戻ることが分かってるなら、「甘やかして」しまったのは、父にとってはかえって酷だったようだ。6日間もストレスフルな生活を我慢した時間が逆効果になってしまうとは(涙)。

父のためを思って……と言いつつ、父の生活の様子を把握したいとか、自分が往復するのがシンドイからとか、結局は自分の都合だっただけなのかもね。

昨夜の父を施設へという話も、遠距離介護から解放されたいという私自身の都合だ。ヘルパーさんが来てくれると言ってもマメに通わないと家の中があちこち汚れるし、というのも、行った私が気持ち悪いだけで、父にとってはどうでもいいことだ。ずっと同じ下着を着ていようが、シーツが不潔でも、タオルが汚くても、夏に冬物の靴下をはいてても、本人は困ってない。それは自覚してたけど、娘に大変な思いをさせないためにと思えば少しは折れてくれるかも……と期待したのが甘かった。伊父にとっては、「通うのが大変」と恩着せがましく言われても理解不能ってことだろう。

ひとりでは寂しいし、無理があると自覚はしている父にとって、自分の家に娘がいっしょに住んでくれるのが理想だけど、それが無理なら、不自由でも寂しくてもあそこで死にたいというのなら、もう好きにさせるしかないのかも。私が「大きなお世話」をやめて目をつぶればいいだけのこと?

そんなことを考えつつ、実家を出て家に帰る途中病院に寄った。父がいないので、母とふたりでゆっくり話す。母は一日ひとりで「いつ死ぬのかな」と考えてるという。「こんな風に話ができるんだから大丈夫だよ」と励ましてみたけれど、本人はもう地獄だから早く死にたいのだという。「誰かが背中をポンって押してくれないかしら」としみじみ言わると、その気持ちは痛いほど分かる。「そうだよね、辛いよね。じゃあ、あっちにいった友だちかきょうだいか、誰かに呼びに来て、ってお願いしてみたら」なんて冗談めかして言ってみる。

ここ数日口が痛くて話ができないと言う母は、頭はハッキリしてるけど、口数が少ない。その分、私がひとりでアレコレおしゃべりして、母が相づちを打つ。もう毒舌を聞くこともないので安心して(笑)、今までの子育てで大変だったことなどをひとり語りする私。この春通ったリンパ教室で習ったハンドマッサージをしてあげながら。「そう、そんなことがあったの」と静かに聞いてもらえる日がくるとは。こんな平和な母子の会話、大人になってからしたことがなかったと思えば、最後にこういう時間を持てたのは良かったのかななんて、思ってたんだけど。

途中で母が、先日珍しくひとりで来た姉に、「お金を残してくれてありがとう」とお礼を言われたという話を始めた。「私は口ではうまく言えないけど、お母さんには感謝してる」と言って泣いていたと。「そう、お母さんの気持ちが通じてよかったね」と言うと、「あの子はね、本当は優しい子なのよ。うまく立ち回れないだけで。でもああやって泣けるっていうのは大事なことよ」と言いながら、自分も涙を流す。

それを聞いて、正直私は複雑な心境だ。母は入院前姉にキツイ事を言われて傷ついていたから、わだかまりが溶けてうれしかったんだろう。私が姉に対して批判的なのを知っているから、かばいたい気持ちもあったのかもしれない。「泣けるのは大事なこと」ってわざわざ言うのは、死ぬときの話を笑い話にしちゃう私を非難してるの? そこまでの気持ちはないと思うけど、帰り道もずっと頭の中をその言葉がグルグルしてた。

これまで、母のためにいろいろがんばってきたつもりだった。でも、涙も流せない非情な私よりも、いっしょに泣いてくれる姉の方が、母の心を動かしたのは確かなのだ。能弁な批評家よりも、無骨な人がポロっともらした一言の方が感動的だったりする、そんな感じ。

もちろん、私がいろいろしてきたことを父や母が感謝してくれているのは分かってる。でも、しょせん「あの子はそういうのが得意だから」って片付けられて、ある意味当然に受け止められている気がする。「なんでも要領よくやるけど、すごくドライな子」っていうのが、子供の頃からの両親の私への評価。そう言われるたびに、褒められてる気は全然しなくて不愉快だったけど、結局最後までそれは変わらなかったんだろうな。そう思われてるのが分かってるから、そういうキャラでふるまっちゃう気もするけれど。

父の件にしろ、母の件にしろ、結局は自分がやりやすいように突っ走ってただけなのかもと、ここにきて、ちょっと無力感。何やってんだろねー。

2017.08.19 | | コメント(4) | トラックバック(0) | 介護



父の説得をあきらめる

午前中、父をデイサービス見学に連れ出した。ケアマネさんが、男性は目的があると行きやすいからと連れて行ってくれたのは、リハビリ系の施設。元々整体屋さんだったところで、カーブスみたいなマシンが数台あり、iPadで脳トレをしたり、マッサージも受けられる。送迎付きで3時間いて、要介護1だと1回500円以下。デイサービスにありがちな老人の溜まり場みたいな雰囲気ではなく、利用者も比較的若く、男性も多い。母が元気だったら、喜んで通いそう。
でも父は全面拒否。愛想よく説明を聞いていたものの、忙しくてそんな時間はない、自分の体のことは自分でなんとかするから、他人の手を借りる気はないと。なんでこんなところに連れてきたんだ的な、若干イラついた感じになってきたので、早々に諦めて帰ってきた。
一日中一人でぼーっとしてるよりはと思ったけど、父が行くわけないのはわかっていたのだ。そもそも運動嫌いなのもあるけれど、あの様子だと、どんなタイプの施設でも関係なく、自宅以外で人と過ごす気はなさそうだ。
午後はお見舞いに。雨が降ってなかったので車イスで連れ出して外の空気を吸ってもらう。風が気持ちいいと言っていたけど、すぐに疲れた風なので病室に帰る。部屋に戻っても息苦しそう。心配なのでたまたまいた先生に様子を見てもらうが、大丈夫とのこと。やっぱり弱ってきてるのかなぁという感じ。

帰宅後、私は明日帰ると伝えると、どこに?なんで?と父。説明すると「そうか。1人ぽっちになるってことか」としょんぼりしている。私もここに来てから我慢がたまっていたので、かわいそうというよりは、カンベンしてくれというの本音。泊まり込み作戦は私が疲れただけで、逆効果だったのかも。


ついでなので、ここのところ温めていた、私の家の近くに引っ越して来てもらうというプランを提案してみた。(施設に入るというのをうまくごまかして伝えようという作戦)
何も今からそんな話をしなくてもよかったんだけど、私もここで5日間過ごしてみて、最低限の食事はサポートしてもらえても、やはりたまに来るだけでは目の届かない事もたくさんあると実感。私も今はラストスパートだと思って頑張ってるけど、母亡き後はもう解放されたい。そんな切羽詰まった気持ちがあった。
んが。見事に撃沈。父はテコでもここを動く気はないようだ。父の言い分としては、自分が汗水垂らして買ったマンションがあるのに、お金を払って違う家に住むなんて、そんなバカな話はないと。その気持ちは分からなくはないけれど、遠くて私はもう限界だから、助けると思って近くに住んでといっても、わかってもらえない。
どんどん不機嫌になり、そんなに言うなら、1人でがんばるからいいと言われても、一人じゃ何もできないと言うことが認められない父。面倒みるのがいやだって言うなら、もう別れたっていいんだ、俺はここで一人でのたれ死んだっていいんだなんて捨てゼリフまで吐かれて、もうゲンナリ。そんなこと言われて私は悲しいよと言っても、悲しいのはこっちだと、平行線。
前にも書いたけど、人に迷惑をかけたくないといいながら、実は自分のことしか考えてなくて、人の意見を聞かないところは、昔から変わらない。こんなに一生懸命やってきたのに、あたかも親不幸娘みたいな言われ方して、ガックリだ。
そんな大口たたくなら、1人でやってみなさいよ!と突き放せない辛さ。そんなこと言ったの忘れちゃうんだから。腹がたっても、相手は認知症っていうだけで、言いたいことも言えないなんて、理不尽だなぁ。(言ってもよけいややこしくなるだけだから)。
あの分じゃ、およそ自分の意見は曲げそうにない。ということは、この地獄はまだ当分つづくのかと、絶望的な気分。
父の方も、細かいやり取りは忘れても、不愉快な事を言われた記憶はきっと残るんだと思う。情緒不安定になって、この後また不審な行動にでたらどうしよう。。。
なんて娘の心、親知らず。悲しいね。
と険悪になっていたところに、ピンポーンと救世主が登場。次女が心配して会社がえりに陣中見舞いにきてくれたのだ。会社の近くにあるという魚久の詰め合わせを持って♪
実はそれがわかっていたので、今なら嫌な話をしても、孫の顔見たらとりあえず忘れちゃうたろうと計算したのだった。予想通り、次女の顔を見るなりニコニコ。タイムリーなことに、明後日から次女が父の故郷である石川に旅行するので、その話でさらにご機嫌になった。次女、ありがとー(涙)。

2017.08.19 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 介護



夢か幻か

実家で過ごす4日目。毎日記録はつけておこうと思いつつ、疲れちゃってスマホから入力するのが面倒になっちゃう。PCは持って来てるのでオフラインで覚え書きは残してあるのだけど。
昨日は病室に着くなり「お葬式行くんでしょ」と言われた。「誰の?」「私の」「だってお母さんまだ生きてるじゃない」「生きてたらお葬式やらないの?」「しないよ」「えー?」と目を丸くする母。なかなかシュールなことを言ってくれる。もちろん生前葬とかのことを言ってるわけじゃない。お父さんの喪服は二着目あるからと言うので、でも!やせちゃったからブカブカかもよ?と言うと、あら、ホント!と苦笑いしてる。なんて会話だ?(喪服のある場所、探しておかなくちゃ)。
父の方は相変わらずで、扱いに慣れたとはいて、ずっと一緒にいるとストレスなので、なるべく用事を作って外に出ている。雨なのに。ただ、なにせ土地勘がないので、googleMAPを頼りに出かけるんだけど、調べ方が中途半端で違うところ行っちゃったり(それも2日続けて同じことするって、相当のバカ)。傘置いた場所を勘違いしてなくしちゃったり。
そもそも実家のある場所は住宅街なので、どこに行くにも15分ぐらいは歩かなくてはならない。駅前に行ってもあんまりお店ないし。自宅にいるときのようなターミナル駅の駅前生活のようなわけにはいかないのだ。荷物持って歩いて帰って来るのも重たいし(涙)。
昨日の夜はシャワー浴びて髪の毛を乾かそうと思ったら、いきなりドライヤーがご臨終。イジメですかー? 😭  ないと困るので、コジマまでテクテク歩いて買いにいったのに、店員が少なくて、待てども待てども対応してもらえない。罰ゲームですか?😿 結局あきらめて(怒って)、手ぶらで帰って来た。
ホントにもう何やってるんだか?な毎日。ちょっと前までの日常が全部幻だったような錯覚に陥って、もう永遠に戻れないような気がして来たり。
仕事もしたいんだけど、昼間は全然落ち着かないので、夜、父が寝てから、テレビを消して(一日中無駄に音が鳴ってるのもストレス)、PCを開く。ひとりになってホッとするのもあって、ドッと疲れて頭が回らないけど、論理的な文章書いてると少し現実に戻れる気もする。大人しく寝てくれると仕事ができるって、まるで子育てみたい(笑)。
週末は姉が来るので、とりあえず帰る予定。来週はどうしようかなぁ。

2017.08.17 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 介護



達観?

実家泊まり込み2日目。雨だけど、ずっと父と二人でいるのも頭がおかしくなりそうなので、午前中は外に出る用事で息抜き。実家に来ると全然眠れないのだけれど、家にいる間は気が張ってるせいか感じない眠気が、一人になってホッとすると押し寄せるー。
午後は病院へ。母は昨日と同じく、時々変なことを言うけど、まあ落ち着いた感じだ。ただ、お寺はもう決めたのかとか、分からないことはマンションの誰さんに聞きなさいとか、自分のお葬式のことを話題にする。もはや「そんな、縁起でもないこと言わないで!」なんて芝居がかったことを言うのもアレなので、「希望があれば承りますが」と言っておく。特にリクエストはなかったけど。
1日ベッドの上でぼーっとしているしかない日々が続いて、もう達観してるのかなという感じ。「今更死ぬのなんか怖くはないわよ!」って、前に豪語してたし。
ついでに父にも宗派のこだわりとかある?と聞いてみた。特にないって、今は言うけどあてにならないな。でも、どっちみちどうせそんなのわかんないか。。
父や母のわけわからない話に付き合ったり、いろんな人にお願いしたり、お礼を言ったり。いろんなシミュレーションして今後のことを考えたり。イラついたり腹が立ったりすることもいろいろあるけど、もうなるようになれーって、どーでもよくなったり。私も達観の域ですかね。。

2017.08.15 | | コメント(4) | トラックバック(0) | 介護



セコムのカギ預かりサービスの件

今朝から単身実家に来てる。しばらくいる予定で、着替え、洗面道具、デジタル一式いろいろをキャリーバッグに詰め込んで、一瞬旅行気分だけど、認知症の父との二人生活、胸が踊るはずもなく、どよーん。
途中電車の中でヘルパーさんからの緊急電話があったり、いろいろと今日も刺激的な1日だった。。。
ところで、この前書いたセコムがカギを預かってくれるというサービスの件。管理人さんに聞くと、どうやらこのマンションでの一括契約のオプションらしい。
セコムの担当部署の電話番号を聞いて確認してみると、なんと、実家のカギもすでに預かっているという!
母に聞いたら「預けてない」と言ってたけど、まあ、幻覚バリバリのばーさんが覚えてないのは仕方がない。認知症の父も同じく。セコムの話では、入居時の話なんで、確認しないとわからないという方多いですよと。おそらく、オプションの数百円は管理費と一緒に引き落とされてるんだろう。
セコムが預かっているカギは、物理的には管理人室のキーボックスにあるそうだ。ただし、管理人さんは開けることができないので、非常時にはセコムの人に来てもらって開けてもらうことになる。
とにかく、心配事がひとつ解決して、よかった!

2017.08.14 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 介護



認知症の父の頭の中

毎日かかってくる父の「へんな電話」にはもう慣れたけど、ここに来て「ヘン度」も増してきているのが気になっている。


昨日の電話では、ひたすら私のケータイ番号のメモを読み上げ「アンタの番号は、これでいいんだな?」と繰り返す。「あってるよ。今こうやって話せてるんだから、問題ないよ」と言っても、「そうだ、そうだ」とさも当たり前のようなリアクションを取った直後に、「で、アンタの番号は」と戻る。まるでドリフのコントだ。

以前から、電話をかけたものの何を言いたいのか分からないということはよくあった。この「ケータイ番号のメモを読み上げる」というのは、そのあらわれ。いつもは、それを2,3回繰り返すと、お見舞いにはいつ行くんだ?という話になるので、用件はそれなんだろうと解釈していたけれど。

昨日は、どうもそうではないらしい。「なんだかトンチンカンになてしまって」と盛んに繰り返す。「よく分からんが通じないんだ」とか、「うまくいかない」とか。「何がしたいの?」「何に困ってるの?」と聞いても答えられない。「お母さんと話したいの?」と聞くと、「いやいや、そうじゃない」と即答する。きっと本心はその当たりじゃないかと思うけど、その後も続くところをみると、もっと違うことがあるのか。

何度もそんなやりとりを繰り返しているうちに、なんとなく思ったことは。どうやら今の父は、「なんだかよく分からないけど、大事なことを忘れてる気がする」という漠然とした不安があって、その謎を解く唯一の手がかりが、私のケータイ番号のメモなんだろう。だからとりあえずかけてみた。でも分からない。だから、ひたすら番号を読んでみる……。

父自身にも分からないことを私が察しようもないけれど、たぶんそんな感じなんだと思う。

そう思うと、電話をかけるまでもきっとひとりで悶々としていたのだろう父の姿を想像して、可哀想になる。きっとすごく不安なんだよね。もしかしたら、ちょっと前に話した「母はもうすぐ死ぬ」という事実を、本能的な防御反応で記憶から消してはみたけれど、頭の中になんとなくの不安材料としてだけ残っちゃってるのかな。

そんな電話の相手をする私も不安になってくる。そのやりとりを横で聞いてる夫はイラつく。

この1週間、みるみる容態が持ち直した母だけれど、父の方が先にどうにかなっちゃうかも。。。。こんな状態が続くのも、私としてはシンドイなぁ。


2017.08.13 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 介護



母の携帯電話を違約金なしで解約する方法について、auサポートチャットで聞いてみた

昨日の続き。


私の名義で契約し、母に使ってもらっているau携帯。母が亡くなったら解約予定だけれども、更新月まではまだ1年半以上あるので、違約金を払うのも仕方ないか、、という話だ。

昨日は書かなかったけど、「死亡を理由に解約する場合は、違約金がかからない」というルールがあるのは知っていた(こちらを参照)。ガンになった時点で調べたんだったかも。ただ、母の携帯は名義が私なので、この救済措置にはあてはまらないとあきらめていた。

ところが、昨日親切にもコメントを入れて下さった方の情報によると、「利用者」として母の名前を登録しておけば、その利用者の死亡による解約は同じく違約金の対象にならないという。

そうか、その手があったか!!!

auの契約には、契約者の他に利用者という登録があることは、以前子どもの名前で学割を使うときに知って、それを最大限家族みんなに適用するために、家族中の名義と利用者がごっちゃごちゃになって、、、みたいな話をここにも書いたことがある。

さっそく確認してみようと、サポートのページで電話番号を探していたら、こんな画面が。

chat.png 

電話をかけて、メニュー番号選んで、オペレーターが出るまで延々と待たされて……なんてやってるより、こっちの方が早いかも?と初トライ。

「こんにちは! 何か情報をお探しですか? わたくし、**(個人名)がお手伝いします!」
「ご不明やお困りのことはありますか?」

ここまではたたみかけるように。(自動もしくは、コピペかな)

まずは、利用登録者が死亡した場合、違約金はなしとう情報について、真偽を確認。

「確認いたします。少々お待ちいただけますでしょうか?」の後、4分後に「お待たせいたしました。確認したところ、仰る通り契約解除料は発生しないのですが、解約のタイミングについて確認いたします」

さらに1分後。「確認したところ、どのタイミングでも大丈夫です」

よしよし。

次なる質問は、「利用者登録」について。auショップへ私(契約者)が行くことと必要書類はWebで分かったけれど、問題は母が使っている携帯本体(端末)がなくても大丈夫かどうか。

必要なものは?という質問への回答は「本人確認書類、対象者の氏名、生年月日が確認できる書類(健康保険証・住民票)、auケータイ本体(本体+au ICカード)、認印となります」とな。

ケータイ本体は必須ですか?と食らいつくと、「必須ではないのですが、出来るだけ持参して頂くようになります」という含みのある答え。

母が入院中でケータイは持ち込めない事情を説明すると、「そうなんですね。必須ではありませんので、持参しなくても手続きは可能でございます」との言葉をゲット。

auショップの窓口でごねられると困るので、やりとりの画面はしっかりキャプチャして保存。(数分後にはチャット画面が読み込めなくなってたので、保存するなら終了直後を推奨)。そううい意味では、電話で聞くより良かった!

チャットのサポート、電話やメールより手っ取り早くて、なかなかいいかも! オススメ。

母の保険証は私の手元にあるので、自分の免許証とハンコを持って行けばいいだけだ。連休明けにでもさっそく手続きにいってこよう!。

ということで、コメントくださった、かえさん、ありがとう!!!!!!!!!!!!!!


2017.08.12 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 日々のできごと



auにイラついた話

ひっさびさに、介護となんの関係もない話。


といっても、きっかけはやはり介護ネタなんだけど(苦笑)。
母に渡して使わせている携帯。父は絶対に使えないので、母亡き後は解約するつもりでいるのだが、気になるのは更新月。携帯を解約するときはタイミングを気をつけないと、1万円近い契約解除料がかかっちゃうからね。

契約内容を確認しようと、Webでauのお客様サポートのページにログインしてみると、なぜか母の使っている携帯の情報が出てこない。auでは私の名義で、自分のiPhone、母のガラケー、そしてネット回線の3つのサービスを利用していて、以前はすべて一括確認できていたのに。

今現在は、ログインした「au ID」には、iPhoneの番号しか紐付けられていないのだ。そういえば、サイトのデザインも随分変わってるので、リニューアルしたときにシステムが変わったに違いない。一度紐付けた内容をもう一度登録し直さないといけないということ??

まずはWebのフォームから問い合わせて、何度かやりとりしたけど、なんだかよく分からない。面倒なのでTELで再度確認すると、やはり、新たにそれぞれのサービスでパスワードを設定してログインした後、統合処理が必要らしい。ネット回線のauひかりの分は電話でパスワードを設定してもらい、それでログイン→統合の処理が完了。

ところが、肝心の母の携帯の分がうまくいかない。電話で対応していたのがネット回線の部署なので、携帯のPWは発行できないみたい。「暗証番号が分かればWebからできるはず」というのでトライしてみるも、どうやら該当の端末からしか登録できないっぽい。正確に言うと、ezWIN(メールなどネット利用)の契約がない場合のみPCからもできるということみたいだ。

au_201708111824274a0.png 

↑これ、そういうことよね?(画像を貼り付けたの久しぶりだなぁ)

端末は母が持っているので今はできない上に、ガラケーの使い方さっぱり分からない私。お見舞いに行ってる短時間に病室から操作するってのもめんどくさいなぁ。

面倒臭くなったので、再びサポートに電話して、とりあえず契約内容を教えてもらう。結果、解除料金を回避するには、2019年の5/1~6/30の間に解約しなくてはならない。え~。かなり先じゃん。医者からはあと1カ月と言われているのに。

メールのオプションを解除したとして、基本料金が税込で800円ちょっと。だいたい1年分で解除料金相当になる。ということは、まだ1年以上残した時点だったら、悔しいけど払って解約しちゃった方がいいってことか。

それはともかく。
せっかくサポートのおねーさんとお話する機会があったので、au IDの設定の件についても聞いてみた。おねーさん曰く、該当端末でなくてもPCでできるという。ログイン画面で「パスワードを忘れた方はこちら」をクリックすれば、その画面で登録できますよ~と。それは良かった!と電話を切って試してみたけど、結局、さっきの画面にたどり着くだけ。。えー。

毎月の料金自体はiPhoneのau IDからでも見られるので、そんな大変な思いまでして登録しなくていいやというのが本日の結論。

ちなみに、最初に電話したときのサポートのお兄さんに、前に使えていたものが使えなくなるってすごい困る、不便だ、そんなお知らせもらってないとか、さんざん文句をたれたオバサン(わたしです)。お兄さんによると、セキュリティ強化の一環らしい。同じ名義とはいえ、使用者が違うこともあり(実際うちはそうだ)、その契約内容が見えてしまうのは……というけれど、見えて困るなら名義を同じにしなきゃいいじゃんねぇ。「昨今は不正ログインなどの心配もありますし」と言うのも分かるけど、ホント、こういうのってどんどん不便になってっちゃうよねぇ。あー、めんどくさい。

母の携帯解除したら、私も解脱して、確約スマホにしようかな!!








2017.08.11 | | コメント(8) | トラックバック(0) | 日々のできごと



読書録:『一人でもだいじょうぶ』


いつもは、ネットや新聞、他の本の中で紹介されているものをピンポイントで予約かけて読むことが多いんだけど、珍しく図書館で本棚(正確には返本棚)にある実物と出会って読んでみた本。

サブタイトルは「親の介護から看取りまで」で、一人っ子の著者がたったひとりで両親の介護、看取りをした経験を振り返った本。

一人っ子じゃないけど、孤軍奮闘な気分の中で、まさに「私のため??」と運命の出会いのような(笑)。

著者の介護生活は、それまで病身の父を看護していた母が突然倒れたことで始まった。母の入院で自宅に残った父の世話という問題が勃発というのは、わが家と同じ。その後、何度か入院と退院を繰り返すなか、迷いながらも別居のままの「通い介護」の生活が続く。やがて両親を別々のホームに入所させ、最後は病院での看取り。

この本に書かれているのは、主に事実関係が中心。こういうことが起きて、こういうことに困って、こうやって、ああやって何とかしのいだとか。ポイントポイントで、関連アドバイスも付け加えられている。折々に著者が感じた心の動きにも触れられているものの、実用的な内容が基本なので、参考になることも多い。

ただし、この本の出版自体が2009年で、この本を書くまでの間に著者は16年も介護を続けてきたので、介護保険の事情など現在とはかなり違うことも多いのだけれど。

介護って、その人によって事情が本当にさまざま。親の状態、親子関係、兄弟姉妹の有無やその関係性、地理的な条件などなど。状況は刻々と変わるし。何がベストな選択かというのは正解がないのだけれど、実話を追体験し、実例のデータベースを頭に入れておくことは、役に立つと思う。

個人的な感想としては、著者のように「突然」始まったわけではなく、母のガンが見つかってからここまで1年ちょっと、少しずつ心の準備をしてこられた私はラッキーな方だと思う。そして、さすがに私の場合は16年も続くことは、多分ないだろうし。(あと15年生きたとしたら、父は100歳を越えるけど、ないとは言えない?)

実用的な面では、特に施設を探したり、実際に入れてみたりしての部分が参考になった。特に、施設入居をためらう人に向けた「施設は介護のセカンドハウス、それも専属の介護スタッフのいる別荘と思って」という言葉は、いずれ父の入居を考えている私には心強い言葉だった。

著者が介護生活を始めた頃と比べて、今は介護保険も整備されているし、施設もどんどん増えているようだ。事例も積み重なってきていて、ケアマネさんたちのノウハウも貯まってきているはず。「一人でもだいじょうぶ」度はもっと高まってるはず。全国の一人っ子、およびそれに近いみなさん、楽観的にガンバローね!



2017.08.11 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書録



母が歩いた

恒例の、父を連れて病院へ。

夫に車を出してもらったのだけれど、明日からお盆休みの3連休ということもあって、圏央道が大渋滞で、いつもにましてヘトヘト。しかも、今日は病院では窓口での支払いがあったり、実家ではケアマネさんとの打ち合わせがあったり、郵便受けを確認する、姉に使い方が分からないと言われたフードプロセッサーの使い方動画を撮る、姉に渡すものを置いてくる、実家にあったものを、明日お見舞いに行く予定の次女に渡すために病院にもって行っておく、母に頼まれたものを実家で探す、母が実家で管理していたはずの書類を探して持ち帰る、ヘルパーさんへの買い物代金を補充する……などの事務的なミッションがてんこ盛り。(遠路はるばるせっかく行くのだから、用事はできるだけすませようと欲張るから)

どれも大したことじゃないけど、なんだかバタバタしていて、結局全部はできなかったし。朝出発して夜帰って来た一日がかりの割には、病院でも実家でも時間切れで帰ってきた感じだ。

病室に寄る前にナースステーションに寄って様子を聞いてみると、なんと昨日は歩いたそうな! 部屋をのぞくとチョコンと椅子に座っていたので、「ちょっとお散歩しますか?」と声をかけて、病室のあるフロアの廊下をちょろっとだけ。たまたま通りがかった先生がビックリして、「え、今の誰?」って聞いたと言うんだから、先生も予想外の展開?

私もビックリしつつ病室をのぞくと。先に入ってた父と話をしていた母、私の顔を見るなり、すごく怖い顔をして「どこ行ってたのよ!」と怒る。「人をほったらかしにして!!!!」

は?ほえ?なに?「私だよ」というと、それは分かってる風。どうやら私に怒ってるようだ。なんで~(涙)。

相手にしてもしょうがないので、「勘弁してよ~」と笑いつつ、「パジャマお洗濯してきたからここに入れておくね」と声を掛けると、「そういう、いいこともしてくれるのね」と、未だ上から目線。何なの~、まったく。

おそらく、私に早く来て欲しいのに、来ない、来ないと待っていてくれたのだと受け取ることにしよう。月曜日に行ったばかりだから、1日空いただけなんだけどね。そして昨日火曜日は姉と父が来ているんだけどね。時間感覚もない病人のことだから仕方ない。頭がハッキリしてるときは、「遠いのに悪いわね」なんて言うんだけど。あまり頻繁にいってると、「遠くて大変」っていうのも忘れちゃうのかもね。だって、結局入院以来、週3日は通っているのだもの!!

いやしかし。予想外に状態が落ち着いている母。この分だと医師の見立てよりも?? となると、私もここらでペースを落とさないと持たないかも。私が頻繁に行って話をすることで頭がクリアになり、多少の機能回復につながっているのではとも思うけれど。うん、でも、来週は行く頻度を抑えよう!










2017.08.10 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 介護



読書録:『余命1年のスタリオン』

夏休みで姉が実家に行ってくれたおかげで、父からの電話攻撃もなく平和な一日。久々に、介護ネタ以外で!


30代の人気俳優が突然末期がんを宣告されるというお話。と言っても、医療ネタでもなく、闘病記ネタでもなく、感動大作でもなく、基本コミカルであくまでそういう設定の軽く読み流せる小説。

末期がんの母を持つ身としては、肺がんの末期ってこういう症状になるのね、、なんていうところに反応してしまったりしたけれど(笑)。

あらすじとしては、プレーボーイだった主人公が自分の余命と向き合う中で、最期の仕事としての映画を撮影しながら、真実の愛を見つけるという内容。出てくる人はいい人ばかりで、すべてうまくいきすぎ~っていうところがいかにも小説だけど、個人的には、この時期に読む分には、このぐらい軽い展開の方が深刻にならずに読めてよかったかな。男の人の理想よね、って感じはするけれど。




2017.08.09 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書録



戻った風の母と、壊れだした父

昨日は昼間仕事があって東京へ行ったので、帰りに(父には内緒で)病院に寄ってきた。


母は相変わらず元気。この前ほどのハイテンションでもなく、いたって普通。最初は「鳥が飛んでる」とか言ってたけど、「それ、幻だよ!」と言うと「あら、やあねぇ」と。話してるうちにどんどんクリアになって、差額ベッド代のかからない部屋はまだ空かないのか聞いてみたら?とか、看護師さんたちに付け届けはしなくていいのか、など心配しているあたりは、まるで入院前のレベルに戻ったようにも見える(入院前も、けっこうぼーっとしていて、寝ぼけたことようなこと言ってたし)。口が開かない分、何を言ってるのか「聞き取りにくい」けれど。

看護師さんが来ると、「この人私のこといつもいじめるのよ」なんて、母独特の親しみを込めたからかい?で遊んでて、そばでみているとハラハラしちゃう。向こうはプロだし、毎日見てれば本気で言ってないことはわかってくれると思うけど、「いじめてるのはお母さんの方でしょうが!」「すみませんねぇ」とフォローしておいた。

「頭から下もまでぜーんぶお世話になってるんだから、かわいがってもらえるおばあさんでいなくちゃダメだからね!」と言うと、「ほんとよねぇ、オムツまで替えてもらうんだもんねぇ」と笑う。オムツは最初は嫌だったけど、今はもうすっかり慣れたそうだ。「どうせあっちはプロだもの。気にしないことにした」とは、さすがだ。

この分じゃ、当分死にそうにないわとほっとするやら、(以下自粛)。

そして今朝。父から電話。恒例の「お見舞いの予定はいつか?」を聞くのかと思いきや、「おかあさんは、今どこにいるんだ?」とな。あららら~、そこまで戻っちゃいましたか。病院にいるというと、「それは入院患者としてか」「一度ぐらい見舞いに行ってやらないと」「アンタは遠いからいっしょに行くのは無理か」。予想できないことではなかったので、淡々と軽く「説明」すると、「そうそう」と分かった風な事を言う。

先週は母の命が長くないということを理解したはずの父。心配していた割には、その後落ち込んでる風でもないなと思ったら、「それは忘れる」という自己防衛本能ボタンによってリセットされたらしい。人間ってうまくできてるもんだなぁと、しみじみ感心する。

気になるのは、去年の夏に母が入院したときも、最初は物わかり良く「良い子」にしていた父が、「お母さんはどこにいるんだ?」と聞き出した頃から、いろいろ大変になったのだった。今後何をやらかしてくれるか、戦々恐々。。。

2017.08.08 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 介護



親の介護、どこまでできる?

今朝、9時ごろまた母から電話。どうやら携帯が見つかったらしい。用件は「忘れないように手に何十回も書いたのに、忘れちゃった」とのことだけど、大した用事じゃないだろう。

さて。ここのところ、連日介護ネタばかりの私のブログ。関係のない人には愚痴ばかりで面白くもないだろうけど、同年代の女性からは、面識のない方を含めて友人からも「他人事とは思えなくて一生懸命読んでいる」というコメントを結構たくさんもらう。そして、何人もの人から、「私だったらとてもそこまでできない。びっけさんはえらいね」って。

私自身、自分はすごくドライな人間だと思っていたので、そんな風に人に思われる日がくるなんて、ちょっと変な感じ。

まだここまで事態が深刻にならない頃、いろいろな介護体験記の本を読んだ。好んで読んだのは、元々親との折り合いが良くなかったり、介護なんてできるだけ関わりたくないというスタンスの人のもの。「大好きなお母さん(お父さん)のために、できるだけのことはしてあげたい!」なんていう殊勝な娘さんの心情にはとても共感できないから。いろいろな葛藤を抱えつつ、親への批判や辛らつな言葉を並べている人の体験記は、「ああ、みんなそうよね、娘だからって誰もが献身的に介護できるわけじゃないよね!」と安心できる。

ところが、そういう本を読んでいても、最期が近づくとどんどんトーンが変わってきて、「え、こんなこと私できないよ」とドン引きしちゃうようなことをやり出す。病院のベッドの床に簡易ベッドを持ち込んで何泊も泊まるとか。ありえなーい!!!

で、最期はあんなに悪口言ってたはずの親に感謝の言葉なんて言っちゃったりして「美しい」エンディングを迎える。共感できない私は、「終わった話を美化したい気持ちがあるのかな」なんて感想を書いた記憶もある。

私のブログを読んで「自分は、びっけさんのようにはとても無理」と言っている人も、同じような気持ちなんじゃないだろうか。

あれだけ父や母に恨み辛み?を吐いていた私でも、さすがに最期が近づいて、どんどん弱って壊れていく親をみると、「かわいそう」という気持ちの方が大きくなっている。姉に対しては今でもいろいろ思うところがあるけれど、親に対しては、もういいやって感じ。

今となっては、「やらないと誰かに何か言われる」とか、そういうことじゃなくて、自分がやってあげたいからやってるという感じ。私がやるしかないんだからいう責任感もあるけれど。その辺の感情は、林真理子の小説『我らがパラダイス』に出てくる登場人物がリアルだったかなぁ。(そのときの読書録はこちら

というように、気持ちは変化してくるものなのだと実感している今日この頃。私も鬼じゃなかったて? 同居して介護しているわけじゃないから、せいぜいたまに汚れ物を持ち帰るぐらいで、オムツを替えたり夜中に起こされたりするわけじゃない。距離的に遠いから通うのが大変という問題はあるけれど、基本はあくまで「遠隔操作」できる範囲の話だから、っていうのも大きいと思う。

ただ、これもあくまでゴールが見えてるからであって。現に医師に「9月を迎えることを目標に」と言われたときは、心の中では「あお1カ月(私が)がんばれば解放されるのね」と受け取った。医師の見通し以上に母が「がんばって」しまったら、そろそろ勘弁してよ~、、、とか思っちゃうかも。

そして、母がいなくなった後、父だけの介護となると話は別。今現在体はどこも悪くない父はあと何年生きるか分からない。ひとりになったらガックリきて急に……という話も聞くけれど(というか、期待してたりして)、あと10年とか生きちゃうかもしれない。と考えると、とてもじゃないけど、今のように優しくはしてあげられないと思う。

何ごとも、状況を想像して考えてることと、いざその場に自分が置かれてみると感じることは、かなり違ったということがある。だから、「私にはとても無理」と思っている人も、そうなったときには、どうなるか分かんないよ、と。

この先どういう展開になって、私がそれをどう感じ、どう行動するのか。自分でも分からないけど、記録には残しておくつもりなので、しかと見ておいてくださいませ~。

2017.08.07 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 介護



母からの電話

そうそう、書いておくべき「事件」がひとつあったのだった。忘れないように記録しておかなくちゃ。


昨日土曜日の朝、5時前(おやすみモードにしていたので音が鳴らないので気づかなかった)、9時すぎにに父からの電話があったあと、また着信音が鳴ったので「今切ったばっかりじゃーん」と思って出てみると、「もしもし」と聞こえてきた声は、なんとびっくり母だった。

入院時に携帯を持ち込んで、最初はベッドの横に置いておいてあげた。入院2日目には自分でかけてきた。でも3日目ぐらいからせん妄が始まって、お部屋を移動したときに看護師さんが「もう使えないだろう」と判断したのか、前日に私がお見舞いにいったときは、病室の引き出しの中にある母のバッグにしまわれていた。

自分で歩いて引き出しを開けて出した?そんなことできるとは思えないから、看護師さんに出したもらったのか。一応聞いてみたけど、話は通じず、謎のまま。

特に用事があるわけではなく、寂しくなったからかけてきた、という感じ。前日会ったときはゴキゲンだったのに、一転「あちこち痛いし、もう死んだ方がマシ」なんてメソメソしてる。やっぱり昨日のハイテンションはステロイドのせいなのか。躁うつみたいな感じなのかなぁ。

口があまり開かないこともあり、目の前にいても良く聞き取れない母の話は、電話ではほとんどよく分からない。そもそも話している内容もあまり意味のないことを言っているようだし。15分ほど話したところで「誰かが来たから」とかで、切れちゃった。

そしてその翌日の今日日曜日、姉が父を連れてお見舞いに行くと、「携帯がない」と言っていたらしい。また看護師さんがしまっちゃったのか。明日また行く予定なので、看護師さんに聞いてみよう。


2017.08.06 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 介護



親の便の汚れ物

先日、母の便失禁の汚れ物を持ち帰って洗ったという話。これが初めてではないけど、こういうことも私はやってるんだからね!とアピールするべく、姉へのLINEの中でさりげなく触れておいた。


子育て経験のない姉にとっては、「便まみれの衣類を洗濯する」というのが、想像以上にインパクトがあったらしい。そうでなくても、ここのところ連日通い詰めていて大変なのは分かっているので、「自分に何か出来ることはないか」とか、珍しく殊勝なお言葉。

毎日出社している人は平日洗濯なんてできないし、そもそも普通に洗濯機で回しても落ちない汚れを、彼女が落とせるとは思えないので、私がやるしかないのだけれど。

ただ、たぶん姉が思ってるほどは、そのこと自体は負担じゃないのも事実。「便失禁の汚れ物」と聞いたときは、ひょえ~~(涙)と思ったけど、意外にこれが臭わないのだ。おそらく母はもう口からものを一切食べてないからなんだと思う(点滴だけでも便は出るのね)。おっぱいしか飲んでない赤ちゃんのウンチが臭くないのと同じ?

漏れてしまうのは下痢便だからなんだろうけど、固形物はさすがに看護師さんが取り除いてくれているようなので、茶色いシミがあるだけ。ある程度こすり洗いして、あとは酸素系漂白剤(粉末)とセスキを加えたお湯につけておけば、あら不思議!きれいに落ちちゃう。

「あの汚れ、落ちた?」と聞く母に、「つけ置きしたら落ちたから大丈夫よ」と答えると、「そうでしょ、魔法みたいにきれいに落ちるわよね、良く覚えておきなさい」と偉そうに返してくる。頭がハッキリしてるときにそんなこと言われたらイラっとくるけれど、頭がかなりおかしくなってる今となっては、話しているうちに、その汚れものが自分のものだってことを忘れちゃってるんだろう。と思えば、腐っても母だわ、、と苦笑するのみ。

そして、実際に洗う作業をしていて思ったのは、「母もこうやって私のオムツのウンチを洗ってたのだなぁ」ということ。よく「子を持ってしる親の恩」なんて言うけれど、なぜか私は子育てをしてる過程ではそういうことを感じたことがまったくなかった。自分の子どものオムツを洗ってても、自分も洗ってもらってたなんて感謝の念を抱くこともなかった。

今も感謝というのとは違うけど、その時間的な流れ?つながり?みたいなものに、しみじみした、って感じかなぁ。若き日の母が赤ん坊だった私のオムツを洗って、長い長い時が流れて、その母の汚れを大人になった娘の私が洗ってる。こうやって人類ってつながっていくのかなぁみたいな。

うまく言えないけど伝わるかな?

2017.08.06 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 介護



次女の義父母と初対面

今日は久々に、介護じゃないネタ! (介護の方もネタは満載だけど、めでたい話しなので今日は自粛)


先日結婚した次女。7月7日に入籍をすませ、すでに新居で新生活も始めているものの、結婚式をやっていないこともあって、まだ先方のご家族とはお会いしたことがなかった。

こちらは、お付き合いが始まった頃から「結婚するかも~」という話は聞いていて、随時なんとなく経過は聞いていたけれど、先方は男の子ということもあって、その話をしたのは入籍の1カ月前を切ってたんじゃないだろうか。わが家に来た(相手と初対面)のが6月11日で、その直前に慌てて話したと言っていたので。彼女がいることも知らなかったみたいなので、まさに「ボク、来月結婚するから」と言われて寝耳に水というところ。

次女自身はもちろんその後すぐにご挨拶にいって、その後晴れて入籍となった。先方からは「なるべく早い時期にご両親にもご挨拶を」と言われ、ご丁寧にお電話もいただいていたのだけれど、若夫婦が引っ越しの準備やらなにやらで忙しかったこともあり、(私がカナダに行ったりもあったし)で、ようやく今日実現したというわけ。(母の容態次第でキャンセルにならないことを願っていたけど、無事終わってよかった!)

前置きが長くなったけど、先方のご両親は、気さくで感じの良いご夫婦だった。年齢はお父さんが私より1つ下で、お母さんはたぶんもう少し下。つまり夫婦共にうちが年上。うちは次女で、先方は長男だからね。まあまあ同年代ということもあって、普通にPTAでいっしょになるお父さん、お母さんみたいな感じで話が出来たと思う。

最初はみんな遠慮がちでシーンとしていて、ちょっと緊張感が走っていたので、おしゃべりビッケさん、がんばっって話をふる、ふる。「まあ、よくしゃべるお母さん」と思われたかな。でも、ああいう沈黙の時間って苦手なのよー。なるべく自分たちの話ばかりしないように、彼氏の小さい頃の話とかを聞き出すように気遣ったつもりだけれど、先方はどう感じたかしらん。

途中からは、彼氏も(ビールがまわってきたせいか)けっこう話をしてくれたし、お母さんも積極的に話してくれたので、まあ和やかに会話ができたって感じかな。

場所は、次女が職場のグルメな先輩にお勧めされたというGINZA水野という日本料理屋さん。出てきたお料理はどれも手が掛かっている感じで、見た目もきれい、お味もおいしくて、さすが食いしん坊の次女のチョイス。ちゃんと個室も用意してくれたし。(さすがにお料理の写真を撮るのは遠慮しましたさ)

気になる(笑)お会計は、若夫婦のご招待という形。事前に先輩お母さんに聞いたときに「親同士が、その場でどっちが出すって揉めるのもめんどくさいし、それが一番スマート」と聞いていたから、後で払うにしても、とりあえずそういう形にしてと頼んでおいたら、「今回はこちらで持ちます」と言ってくれたので、ありがたくごちそうになりました。

結婚式がないと、未だにピンと来てなかったところもあるんだけど、今まで知らなかった人とこうやって親戚になるんだなぁというのも、なんか不思議な感じ。今のところは、娘のことも気に入ってもらっているようなので一安心。先日、母が入院する前の日にかけこみで2人でうちの両親に挨拶にいってくれたのだけれど、父も母も「感じのいい青年だ」「ステキな人ね」と褒めていたということも伝えておいた。

これから長い時間の中にはいろいろあるだろうけど、気長に、一歩一歩絆を深めていってもらえればと思う。あらためて、おめでとう♪ お幸せにね!






2017.08.05 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 日々のできごと



ハイテンションな母

のびのびになっていた医師との面談が、ようやく実現した。


なんでも先生がギックリ腰になってしまったとかで、「何度も来させてしまって大変申し訳ありません」と恐縮しきり。まあ、そういうことなら仕方ないね。

医師は、入院以来の経過、措置などの説明を丁寧にしてくれた。入院時、かなり大量の医療用麻薬を使っていたが、痛みはそれほどなさそうなこと、眠気が強すぎることから、徐々にに減らし、数日前から全く使っていないのに、本人は痛みを訴えていないという。

その理由のひとつが、患部が破裂?したこと。入院後まもなく口の中にあった腫瘍が外側に出てきて、ついには穴が開き出血がと聞いていたけれど、その一因は入院後すぐから抗炎症剤を使っているせいではないかという。必ずしも悪化したというわけではなくて、中にたまっていた膿?が出たので、痛みも腫れもひいたのだという。組織が崩れてくるのは、たいていはある程度まで行くと止まるが、止まらないこともあるとか。痛みについては今後もひどくなることはないだろうという。

私が気になっていたのは、入院後みるみる症状が悪くなったように見えることだった。「入院と同時に急激に悪化する人もいる」とは聞いていたけれど、まさにその通り。せん妄などの意識障害は環境が変わったためだろうと想像できるけど、患部の悪化もリンクするの?と不思議だったんだけど、そういう理由によるものらしい。

あとは、患者自身が入院したいというときは、本人がなにがしかの変化を感じ取っているからであり、そういう時期にさしかかっていたということとも考えられる。何でもやってもらえる生活になって、自宅でがんばっていたときほどモチベーションがなくなってしまうということも、やはりあるみたいだ。

予想される今後の経過としては、大出血してしまうか、体が衰弱してしまうか。その兆候は、むくみ(腎臓の機能低下)、呼吸困難(肺の機能低下)、せん妄(脳の機能低下」。今のところ、症状は落ち着いているが、せん妄が強いということは、それだけ脳がやられてきているということであり、他の臓器もダメージを受けつつあることが予想されるので油断はできないという。多くの場合は、1週間ぐらいでだんだんに悪くなって……というパターンらしい。

今の時点では落ち着いているけれど、急激に悪くなることもあり得るし、悪くなって持ち直してを階段状に繰り返していくこともあり、個人差が大きいので……と首をひねりながらも、「あとどのぐらい?」という質問に対しては、「とりあえずは、この夏を越すこと、9月を迎えることを目標にしましょう」という答えだった。1カ月もつかどうか、ってところか。

そして、昨日も饒舌にしゃべったりしてやけに元気なのは、麻薬の代わりに使っているステロイド系の鎮痛剤の影響なのだという。「お腹すいたと言い出したり、歩き出したり、やけに元気になることがあるんですよね」と。

医師との面談を終えて母の病室に行くと、「ハ~イ!」とひらひら手を振って、やけにゴキゲンというかハイテンション。まさにこれがステロイドの影響? はじめは昨日と同じようなおかしなことを言っていたけれど、話をしているうちに、かなり正気に戻ってくる。もしかしたら、父との会話では同じボケ同士なので刺激されない部分が、私とのおしゃべりで活性化されるのかもしれない。ちょっと前のことも結構覚えてるし、今日は8割はちゃんと分かる話をしていた。体もしゃんとしてる感じだ。

とにかく昨日よりもかなり元気そうなので、それほど暑くなかったこともあって、車椅子を借りて病院の外に出てみた。と言ってもすぐに道路で何もないので、駐車場とかをグルグルしただけだけど、入院以来久しぶりに外の空気を吸って気分転換になったかしら。

病室にやってくる看護師さんとも大分なじんだみたいで、「あら、あなた結婚してるのぉ」とか質問攻めにしたり、冗談を言ったり、「やあねぇ」と腕をピシピシ叩いたり、いつもの母を見ているような感じ。何よりも、まったく苦痛を感じてる風はなく、機嫌良く過ごしている感じに、とても安渡した。あまりに元気なので、外でピースをしてる写真を撮って、夫や子供たちに送信したら、みんなもビックリ。

本当は父にも教えてあげたいけれど、今日は時間の都合で父のところへは行かず、私ひとりで内緒できたので、報告できない。ごめんね、お父さん。でも、母は私とふたりの方が頭が回復するみたいだから、許してもらおう。

その父は、今朝ヘルパーさんの来る時間に床屋に出かけてしまうという「事件」を起こした。髪を切りたいと言っていたので、気にはしていたのだけれど、今朝は病院に行くこともあって、電話を入れるのがちょっと遅くなってしまったら、もう留守。ヘルパーさんからも「何度呼び鈴押しても出てきません」とTEL。とりあえずキャンセルにしてもらって、その後何度か電話を入れる。外出中だった夫にもLINEで知らせておいたら、私が母と話をしている間に、夫の電話に出たようで、帰宅を確認できた。「ヘルパーさんが来る時間だったのに」と言うと、「それは申し訳ないことしたな」と反省していたけれど、どうせまた同じことするんだわ。

結果的には何ごともなくて良かったんだけど、昨日の今日だから、母の死を迎える悲しさに耐えきれなくて、ポックリ逝っちゃったかなんて、心配もかすめて、ちょっとドキドキ。あとカギを落とさずに帰ってきて開けて入れるかという難問もあるし。

その父は、その後また電話攻撃で「明日お見舞いに行きたい」と言ってきたけど、明日は用事があるので我慢してもらう。日曜日になれば姉が連れて行ってくれる予定だし。日曜に父が行ったとき、今日みたいに元気だったら、また退院させたいと言い出さないか、ちょっと不安。

ちなみに、今日の医師の話も「退院は無理」ときっぱり言われた。元気そうにしていても、オムツはとれないし、夜間便失禁もするし(汚れ物はお持ち帰り→涙)、そもそもご飯一口も食べられないし(もう配膳もされていない)。

こんな感じで、一進一退が続くのかな。







2017.08.04 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 介護



母の入院11日目

今日も父を連れて病院へ。病室に入る前に看護師さんに会ったので「今日はどんな様子ですか?」と聞くと、「安定はしていますが、依然せん妄状態は続いています」とのこと。


部屋をのぞくと、母はベッドに座っている。こちらを見てとりあえず認識した模様。苦しかったり痛かったりはしないようで、ベラベラと良くしゃべる。でも口がもうあまり開かないので何を言ってるのか聞き取りにくい上に、話す内容がめちゃくちゃでよく分からない。ただ、機嫌は悪くないようで、冗談めいたことも言う。

どうやら幻覚でいろいろなものが見えたり、幻聴でいろいろな声が聞こえたりするらしい。「あそこにある飾り、お父さんが作ったの?」とか、「あんたのその白い刺繍のはどこで買ったの?」とか言うのだけれど、母の指さす先には何もないし、私は白い刺繍の洋服なんて着てない。

かと思えば、「●●ちゃん、●●ちゃん」と姉の名を呼ぶ。どうしたの?と聞くと、「だって今呼んだじゃない」とか。そのうち、「私が誰だか分かる?」と聞くと、うちの長女の名前を言ってみたり。どこまで分かってるのか、行ったり来たりな感じ。

私や父が何か尋ねても、関係ないことをベラベラとしゃべるばかり。意味が分かるのは全体の3割ぐらいかな。それでも「あんた、あれ数えてくれた?」とへそくりのことを覚えてるところは恐るべし。でも、もはやそれを誰にいくら分けるかなんて考えたり書き残したりするのは無理。頼まれて持参したノートは見せずに帰ってきた。

体の向きを変えるのさえ一苦労で、自力では無理な感じ。手助けをしてあげようとするけれど、びくともしない。まったく力を入れられない人の体がこれほどに重いとは! プロと違って力のいれ具合も分からないし、下手をすると骨が簡単に折れちゃいそうで怖い。「ひゃ重たい」というと、「看護師さんは、力持ちなのよ~」と笑っている。

ただし、看護師さんの話だと、寝返りもできるし、ひとりでベッドから降りて歩きまわったりもするのだという。目の前の母を見ていると信じられないのだけれど、「意識のないときはできちゃうんです」って、不思議ね~。

盛んに「痛いところはないか」「辛いことはないか」「退屈じゃないか」と聞いていた父。「何か食べたいものはないか」と何度も聞いては「食べられないんだから酷なこと聞かないでよ!」と怒られて、(意味を私に説明されて)「そりゃ悪いことを聞いたな」とシュンとしてる。「焦っちゃいかんよ」「いらいらしないようにな」「人のことを恨むんじゃないよ」と何度も何度も繰り返しては、「もう50回聞いた」と言われてたり(笑)。そんなやりとりをみていると、普段の両親を思い出して、ちょっとほっこりする。

そうやって、いつものように父を憎まれグチを聞きながらも、自分から手を出して父の手を握る母。まさかそんな姿を見ることになるとは、夢にも思わなかったよ。やはり夫婦なのねということなのか、もはや誰でもいいからすがりたいだけなのか。

昨日は「退院させたい」と言ってきて困らせた父だったけれど、さすがにこの状態では家には帰れないのは悟ったようだ。帰り際、「お父さんにはどう見えた?」と聞くと、「まあ、年を取るとこういうこともあるな」と何度も聞いたセリフ。自分に言い聞かせてるのかな。家に帰ってすぐ、リビングに飾ってあった写真(昨年暮れに米寿のお祝いをみんなでしたときのもの)を手にとってしんみりしている姿は、痛々しかった。「俺もいくつになるんだ?」「誕生日が来たら89だよ」「そうか。もういいな。年は取らなくても」とポツリ。

実家に連れ帰った後、改めて、突然出血して逝ってしまうかもしれないと連絡を受けたこと、そうじゃなくてももう長くはないことを父に説明した。その場では納得したような顔でうなづいていた。

「お父さんは辛いと思うけど、お母さん自身はもう痛みも苦しみもないみたいだし、意識もはっきりしないから、怖いとか不安とかそういう気持ちもないと思うよ。だから、心配しないでね。それよりも、ひとりになってしまうお父さんのことが心配。気を落とさないでね」というと、「まあ仕方無いことだから、慣れるしかないな」と言っていたけれど。

母とはほとんどまともに話が通じない状態になってしまったので、相対的にそう見えるのか、父がまともに見えてくる。いっしょに付き合ってくれた夫も、「今日の姿を見ていると、普通にみえるね」と言っていたから、かなりしっかりしていたのかな。

この先の状況を、父はどういう風に受け止めるのかなぁ。。。。


2017.08.03 | | コメント(4) | トラックバック(0) | 介護



母、出血

珍しく、本日2回目の投稿。明日は明日でまた何があるか分からないから、記録しておかないと。


「母を帰宅させたい」という父をどう説得するか思い悩んでいたところに、今日夕方、病院から電話がかかってきた。

「お母様の病状なんですが、今朝からジワジワ出血がありまして」という。

最初は口の中が腫れていた母のガン。だんだん外からも分かるほど腫れるようになり、入院する頃には外から見ても500円玉ぐらいの赤くかさぶたみたいな状態になって、じゅくじゅくしたものが出ている状態だった。それが、この1週間で見る見る悪くなって、昨日の段階でもう穴が開いて貫通してるのだという話は聞いていた。「組織が崩れてくる」というのはこういうことなのか。

電話をしてきた師長さんによると、母のような病状だと死に至るケースは2種類あり、ひとつは体が衰弱するケース、そしてもうひとつが大出血を起こすケースなのだという。そういえば、5月に日大病院で「余命」を聞いたときも、「どういう形で最期に至るんですか?」という質問に、「一番多いのは肺炎を起こすケースですが、稀に大出血を起こすこともあります」と言われていた。そのときは、最期を自宅で迎えられるかという観点で聞いていたのだけれど、医師曰く「そうなったとしたら、病院にいても何もできないんですけどね」と。今日聞いた話でも、「場合によっては、ものの数分で……ということもあります」という。

今のところ出血はあくまでジワジワであって、血圧も安定しているが、以後そういうこともあるかもしれないから、覚悟してくださいということが言いたかったようだ。

昨日は多少意識がハッキリしたかと思って帰ってきたけれど、病院にいることが認識できずに「家に帰りたい」と言ってみるなど、今日も意識の混濁がみられるらしい。「(入院時の)血液検査の結果でも、炎症を示す数値が高いので、体のあちこちで炎症を起こして機能不全に陥っている可能性がある。脳にも障害が出ているのかもしれない」という。年齢のこともあり、入院がきっかけで認知症を発症した疑いもある。

また、昨日の朝から痛み止めの処方を辞めているという。今年の初めぐらいからずっと飲んでいた医療用麻薬を口から摂取するのは辛くなったということで、入院してからは皮下注射で入れてもらっていたのだけれど、ほとんど眠っている状態でさほど痛みも感じていない様子なので、一度辞めてみたと聞いていた。2日たった今もそのままなのにも関わらず、意識があるときも特に痛みを訴えることはないらしい。その理由も、「ガンの進行が進むと痛みも分からなくなることがあるみたいです」という。それは初耳だ。

いずれにしろ、あらゆる悪い兆候が出ている以上、もう悪化する一方ってことだ。日大の医師からも、「口から食事がとれなくなったらあっという間だよ」と言われていた。今日聞いた限りでは、その「時期」については、「1週間といっていて1カ月頑張る方もいらっしゃったりして、個人差があるのでなんとも」と口を濁す。「ただ、3カ月とかいう数字はありえないと思います」とのこと。

昨日ドタキャンになった医師殿面談、リスケした明日木曜日も確実にできるかどうか分からないという。「金曜日の方が確実かも」というので、金曜の11時にアポを入れてもらった。万が一、またキャンセルされちゃったときは、今度は電話で対応してもらえるようにお願いした。こちとら、そう簡単に何度も行けないのよ~。

父には明日木曜日に行くと伝えちゃったし、どうしようか。「金曜日って言ったじゃない」とすっとぼけようかとも思ったけど、金曜は無理だけど明日なら夫が車を出せるというので、予定通り父を連れていくことにした。そして、金曜日は父を連れずにひとりで電車で行って来よう。結局毎日じゃーん(涙)。でも、母の様子も気になるし、最後のオツトメと思ってがんばろー。

そして、明日行ったら、父には「突然大出血して死ぬかもしれない」ということはハッキリ伝えようと思う。理解も納得もしないかもしれないけれど、今のように退院させようと思うほど良くなったと思いこんでいる状態で突然訃報を聞いたら、どんな反応を示すか分からない。

酷なようだけど、父にも心の準備をしてもらわないと、と思う。なーんか、猫の首に鈴を付けに行くのは、いつも私の役目だよね???と思うけど、他にやれる人はいないんだから、仕方無い。とりあえずは父がおとなしく納得してくれるよう、祈ってくださーい。

2017.08.02 | | コメント(4) | トラックバック(0) | 介護



一難去って・・・

昨日お見舞いに行って、母が少し正気を取り戻したのを見て少し安心したと思ったら。


今度はまた父が難題をふっかけてきた。母を家に連れ帰りたいというのだ。

日曜に行ったときには応答不能だった母が、昨日はそれなりに会話もできた。父がいたときにはかなりまだぼけていたけれど、自分もぼけている父には「すっかり元気になった」と映ってしまったようだ。「昨日、会いに行ったんだが、あれ、おまえもいっしょにいたか?」ととぼけた発言はスルーするとして。「私の目からみると、もうすっかり元に戻ったように見える。病気のことも気にしてないようだし(痛みや苦しみがないと言いたいのかな)、家で養生させた方がいいんじゃないかと思うんだが」。

「あんたから見てどう見える?」と聞くけれど、無理だという私の言葉には耳を傾ける気配もない。「うん、そうね。じゃあ家に連れて帰ろうか」っていう返事を期待しているだけ。

「お母さん、オムツしてるんだよ。家に帰ったら誰が取り替えるの?」と聞いてみると。「そうか。そういうこともあるか」と言うものの、あきらめるでもなく、かといって「自分がやる」というわけでもない。やるといってもできるわけないとは言え、そんなに言うならそれぐらい言ってみれば?と内心思うが、父の方でも「おまえがやればいいじゃないか」とは言わないだけ、まだいいか。

オムツはともかくとしても、「ご飯が全く食べられないのだから、点滴をしないと死んじゃうよ」と言っても納得しない。「何か方法はないかと思うのだが」というばかり。あげくに、年寄りなんだから病院にいるのが必ずしもいいとは限らないとか、医者の言うなりになることはないとか、なんとか屁理屈を並べて、私に「説教」しようとする。「自分は何もしない、できないくせに」と思うけど、言って分かる相手じゃないのだから、そこはあきらめるしかない。

父がここまで言うのは、自分が寂しいからだけじゃないのは分かっている。母自身が家に帰りたいと言っているからだ。特に父と話していた時点では、まだ状況をあまり分かってなくて、確かに「家に帰りたい」「いつまでこんなところに入れられてるの」というようなことを盛んに言っていた。口の傷のこともあまり自覚してない風だった。知らない場所で知らない人に囲まれた母が、不安で不安で仕方無いのは事実で、それを父としても見てるのが忍びなかったんだと思う。

いや、しかし。。。。。。ですよ。

実際問題として、万が一家に連れ帰るとなれば、「誰か」がずっとそばにて世話をしなければいけない。「誰か」って誰? 姉がプレッシャーに負けて「仕事をやめる」とか言い出すかもしれないけど、どう考えてもそれは現実的ではない。申し訳ないけれど、私にはそこまでの覚悟はない。

父にしてみれば、娘が2人もいるんだからなんとかなるだろう、するべきだと思っているのかもしれない。ヘルパーさんのこともしかり。

認知症で話が通じないのはやっかいなようではあるけれど、もしまともな頭だったら、正面きってそれを主張して、私たちにハッキリと要求したかもしれない。10年前でも、自分は何もしない、できないのはまったく変わらないわけだし、と考えると、ぼけているのもある意味幸いではある。ただ、理屈で納得させることができないと、何度も何度も1から同じ話を繰り返すことになるんだろう。

明日病院の先生に話を聞いたとき、「いやいや、この状態ではご自宅に帰るのはとうてい無理です」とキッパリ言われてしまえば、仕方無いとあきらめられる。父は納得しないだろうけど、少なくとも私の中では。でも、なまじ「帰れます」と言われてしまったらどうしよう。父も母も望んでいるなら叶えてあげたいとは思うけれど、さすがの私も自信がない。

そう長くはないとは分かっていても、いつ終わるという明確な期限はない。「早く終わってくれ」と本気で思ってしまいそう。かといって、ここまでがんばってきたのに、最期の最後で、心残りを抱えて終わるのも辛いよなぁとも思う。

なかなか思い通りにはいかないものですなぁ。。。。

2017.08.02 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 介護



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