お墓を見学する

母の見送り、次なるステージはお墓探し。


父は次男なので、お墓がない。生前に買おうという話はあったらしいのだけれど、ある時期に「親が勝手に用意するより、お金だけ残して置いて子供の都合のいいようにさせる方がいい」という話を誰かに聞いて、「やっぱり買うの辞めた」と言っていた母。


父と母と姉と3人のお墓だから、本来、私は部外者。ここまでありとあらゆる手続きを進めてきたけど、さすがにお墓は知らないからね!と言ってあったのだけれど。


葬儀社との打ち合わせのときに、余談で「お墓の方は?」と聞かれたときの様子からして、こりゃ何も考えてないっぽい。母は生前、自分の姉が夫の遺骨を何年たっても自室に置いたままにしているといことで文句を言っていたし、なるべく早めに納骨してあげたい。父ひとりの家にいつまでも置いておくのも不安だし。



それに、引き継ぐ人がいないことが分かってるのだから、永代供養墓がいい。となると●●家の墓ってわけじゃないんだから、私が口出しできないってことでもないし!(永代供養について知りたい人は、こちらなどが参考になるかも)



というわけで、独断で墓探しに乗りだした。情報を探してみると、さすが今どきは、永代供養墓を用意しているお寺は、たーーーくさんある。一括サイトも。


いいお墓

全国永代供養墓Web

納骨堂com

納骨堂ネット

永代供養ネット

納骨堂サポートセンター


独自でWebを持っているお寺もたくさんあるので、「永代供養墓」で検索をかけると、いっぱいヒットする。その中から、どうせなら都内の駅に近くて便利なところ、浄土真宗のお寺で絞り込み、さっそく2つ見学に行ってきた。


ひとつは四ッ谷三丁目から10分弱の真英寺。ひとつの大きな石碑にお参りする永代供養墓の他に、夫婦墓、家族墓として、2人用、3~4人用の個別の墓石を持てるパターンもある。契約期間が終わったら合祀される。期間限定の簡易お墓って感じ?夫婦用で50万、家族用で100万。年間管理費1万円。最初から合祀される永代供養墓だと15万円で年間管理費無料。


行ってみると街中の小さなお寺。高台で眺めがいいけど、かなり手狭な感じ。対応してくれたのは住職の息子さんの副住職で30代前半ぐらい? ちょっと頼りなさげだけど、浄土真宗の教えについて食らいついていろいろ質問してたら、「こんなに一生懸命聞いてくれる方は珍しいので、うれしくなっちゃいます」と言って、いろいろ教えてくれた。お墓とは別のところで勉強になった。彼はFacebookもやってるし、寺ヨガとかデスカフェとかもやってたりして、がんばってる。以前、取材したことのある「お寺の未来」の話(そのときの取材レポートはこちら)をしたら、それも知ってた。


2つ目は早稲田駅から徒歩2分ぐらいのところにある龍善寺。ここのメインは納骨堂なんだけど、うーん、こういうタイプはやっぱり違和感があるかなぁという感じ。すごくキレイで近代的すぎちゃって。父、母、姉3人分のお墓と思えば安上がり(68万円、年間管理費1万3000円)。こちらの永代供養墓は28万円、夫婦ふたりで40万円(管理費なし)。ここの永代供養墓にはこのお寺の住職も眠るそうで、そう聞くとちゃんと供養してもらえそうな気がしてくる? ただ、このお寺、「相続ポイント」(払った料金に応じて貯まって、法要のお布施にプラスする「お気持ち代」に使える)とか、よく分かんない仕組みがあって、なんか世俗ぽすぎて、それもなんだかなーって感じ。


どちらも一長一短で決め手にかける。そもそも私の一存では決められないから、姉の意見も聞いて決めるのだけれど。来週もう1件行こうと思ってるので、それと合わせて、情報を整理したレポートを作って、パンフレットといっしょに姉に郵送して、検討してもらおう。


お母さん、秘書は鋭意調査中ですから、もうちょっと、待っててね~。


ちなみに、この日は、午前中取材からの、午後お墓見学ツアーからの、夕方はまた次女のドレス試着に付き添い。この前はサイズオーダーからのチョイスだったけど、この日はレンタルからの。またまたかわいいのだらけで、悩みは深まるばかり。


おかげで私のスマホの写真フォルダは、葬式→ドレス→お墓→ドレスと、冠婚葬祭色豊かですー。








2017.09.30 | | コメント(0) | トラックバック(0) | お墓探し



お葬式の手配について

今回、お葬式をスムーズに進めることができたのは、ひとえに事前に準備をしていたから。きっと、これから体験する人も多いと思うので、今日はお役立ち情報として体験談を。


今回私が申し込んだのは、小さなお葬式というサイト。日本各地の葬儀社と提携した一括予約サイト。

ちょっと前からちょろちょろサイトをのぞいてはいたけど、実際にメールで見積もり依頼をしたのは、7月31日。入院して1週間後だ。入院と同時にせん妄が起きてあっという間に寝たきりになってしまったのを見て、慌てて準備しなくちゃと思ったんだった。

見積もり依頼といっても、お葬式をやりたい場所や規模などをフォームから送信するとすぐにPDFが送られてくるだけ。パック料金なので明細や金額はあらかじめサイトで見た通り。違うのは、お葬式をやる予定のエリアで選べる斎場のリストがあったがぐらいかな。折り返し2度ぐらいメールで質問したらすぐに簡単な返信が返ってきたけど、先方からセールス?の電話やメールが来ることはなかった。

このサイトでは、お葬式の規模によっていくつかのパックが用意されていて、うちが選んだのは、30人程度を想定した「小さな家族葬」。それ以外には、100人規模の一般葬や、通夜と告別式を一度にやってしまう「小さな一日葬」とか、儀式を一切やらず、火葬場で拝むだけの「小さな火葬式」など。

「小さな家族葬」は48万8000円。事前にネットから見積もりをしてあると、5000円引きになったので、実際は48万3000円だった。実は早割なんてのもあり、500円先に払っておくと、なんと最大6万6000円引きに!割引き開始は1カ月後からとあったので、うちの場合は該当しないかなとスルーしちゃったけど。ちなみに、申し込み時より実際のお葬式までの期間が長いほど割引き率が大きくなる仕組み。

「必要なものはすべて含まれています!」「追加料金は一切なし!」というけれど、実際それですむわけではない。

主な追加料金は、まず、お坊さんへのお布施。これもサイトの同じ手配を依頼すると、全部込みで16万円。相場だのお車代だの気にせず明朗会計なのがありがたい。

次に、人数によって大きく上下する、通夜と告別式で出す食事代と会葬御礼の品物。わが家の場合は、結果的には食事が22万円ぐらいで、返礼品が25個で8万弱。

その他、葬儀社との打ち合わせで決めたオプション代金(仏様に供えるお菓子、果物、口の傷を隠すために棺に入れてもらった花、棺の上に飾った花束、斎場から火葬場を往復するマイクロバス、施主として出す供花)が9万円。なんやかんやの合計で120万ちょいってところ。

「小さなお葬式」というサイトは全国展開しているので、実際に取り仕切るのは地元の葬儀屋さんになる。斎場を選ぶと自動的に業者が決まる仕組みになっているというのは、互助会の友人に聞いた情報。彼女のアドバイスとして、「同じ値段で選べるなら、斎場が立派なところにした方がいい」と言われ、選んだのは実家から徒歩10分ぐらいの「ふじみ野葬祭センター」。事前に前を車で下見もして、かなり新しくてきれい。その業者「さがみ典礼」は割と大手で有名なようで、互助会の友人も「そこなら変なことはないと思います」って言ってくれたし。実際、対応も良かったし、会場もキレイだったし、とても満足。

各種オプションも、無理強いされることもなく。「普通どうなんでしょうね?」と聞くと、「これはいらないと思います」とか、「これとこれは余り値段の割に見た目はあまり変わらないから、こっちでいいと思います」とか、誠実な感じで。

16万ぽっきりで来てくれたお坊さんも、とても感じが良かったのは前に書いた通り。みんなも、きれいな会場だった、お坊さんいい人だった、お花いっぱいで豪華だった、などなど、満足してくれたみたいで、特に不満の声もなし。

支払は、パックの48万3000円のみ事前にクレジット決済が可能だった。お坊さんのお布施は現金で、それ以外は後日請求書が来て振込。

「小さなお葬式」のサイトには、今後の法要や仏壇仏具、お墓の案内まであって至れれり尽くせり、利用するかどうかはわからないけど、何かと不透明でぼったくられるのでは?と心配な葬儀関係、あらかじめ一括で手配できるのはありがたいこと。

生きてるうちから葬儀の下調べって、最初に聞いたときはビックリしたけど、いざ現実に体験してみると、大いにアリというか、むしろしておくべきと、強くオススメしたい。想定していたことではあっても、いざというときに、電話一本かければいいというのは本当に心強かった。冷静なときにいろいろ考えてあるから、動揺した状態で悩む必要もないし。

お次はお墓と四十九日をどうするか。いろいろ勉強ですねー。




2017.09.28 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 介護



父の認定調査とウェディングドレスと

昨日の火曜日、父の介護認定見直しのための調査員が実家にやってきた。最初10時と言われたけど、無理~と頼み込んで11時にしてもらった。(それでも家を出たのは8時すぎ)


父には言ってもどうせ分からないので連絡してない。出かける予定はないはずだけど、もしいないと調査にならないので、一応電車に乗る前に電話を入れる。んが。10回以上コール鳴らしても出ない。さすがに8時すぎに出かけることはないだろうし、倒れてるという心配よりトイレに入ってる(おそらく間に合わない)可能性の方が高いと思って、あまり気にせず電車に乗る。

案の定、乗り換えの際にかけ直してみると、普通にでてきた。「これから行くからね」というと、特に理由も聞かないけれど、声がうれしそう。

10時半すぎに実家に着くと、ヘルパーさんが来ていた。初めて会う人なので、いろいろと情報交換。ヘルパーさんとの連絡用に使っているレポートのファイルが見つからないという「事件」があったので、「台所の戸棚の海苔の缶に隠しました」とのこと。ほんと、気になるとどっかに閉まっちゃう(もちろん本人覚えてない)のが困ったものだ。

ヘルパーさん曰く、父はうるさいことも言わないし、いつもニコニコ完食だし、まったく手が掛からないので「ここに来るのみんな楽しみにしてるんですよ。でも、いい人ってすぐいなくなっちゃうよねって話してたところ。奥さま亡くなった以上、どこか施設に入れるんでしょ? もうひとりじゃ無理だものねぇ」と。そうしたいのは山々なんだけど……と愚痴ると、「じゃあ施設に行きたくなるように、ジワジワと話しておきますよ。」と。期待してます!

と、ヘルパーさんと話している間にも、調査員の人は父にあれこれ質問している。「ご入浴はひとりで?」「はい」とか、ウソばっかり言ってる(笑)。同席した私を指して関係を聞かれ「妹です」と紹介する。「●●様の妹さまということですか?」「はい、そうです」「お名前は?」「・・・・・」。母のことも最近は「お袋」って言うしなぁ。ヘルパーさんの話だと、その「おふくろ」は昨年亡くなったと言っているそうだ。

モノの名前を覚えるテストでは相変わらず全滅。「なんだか物覚えを試されてるみたいで、あれだなぁ」とだんだん不機嫌になる。帰った後は「なんだかあのブツブツいう奴は・・」とご立腹だった。

前回と同じく、送りがてらマンションの下で、ケアマネさんと共に、本人の自供のウソを修正しておいた。さーて、介護度上がるかな?

認定調査を決めた時点では、午後から母の病院にお見舞いに行く予定にしてたけど、その必要もなくなっちゃったので、実家でプチ片付け。父のタンスの何段かを占めていた母の下着を処分したり、父が母のベッドで寝られるよう用意してあげたり、母の部屋の書類を整理したり。2時間以上格闘してたけど、手が付けられたのはほんのちょっと。クタクタ~。道のりは長いなぁ。

この日は夕方、次女と待ち合わせをしていたので、ぽっかり空いてしまった時間(調査の予約が入った段階では、この時間帯に病院にお見舞いに行くつもりだった)で、沿線に住んでいるYUcanaさんを呼び出し、お茶に付き合ってもらう。彼女も最近お父様を亡くしたばかりなので「先輩」に葬儀や法要、手続きのことなど体験談を教えてもらった。

……からの。夕方の次女との用事は、一転結婚式場へ。1月7日に挙式をすることが決まったので、衣装の試着に付き合うことにしたのだ。

前日、ママのはどんなのだった?と聞かれて探してみると、肩がこんもり盛り上がった長袖。「ダイアナさんのみたいだね」と言われて検索してみると、確かに。
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この頃はこういうのが流行だったのかな。ちなみに胡蝶蘭は百恵ちゃんの結婚式でブームになっていた記憶が。

でも時代は変わって、今はこういう袖のあるタイプは流行らないようで、衣装室にあったのは9割以上が袖無し、それも肩がモロに出ているデザイン。

こんな感じの。
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迷ったあげくに5枚を試着。1枚目で「もうこれに決めちゃう?」的に気に入ったのに、着てみるとどれもかわいくて、迷う、迷う、迷う(笑)。まあうれしい悩みだね。まだ時間はあるし、ゆっくり悩んでちょーだいな♪

2017.09.27 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 結婚式



浄土真宗

昨日の続き。


今回のお葬式で初めてお付き合いした浄土真宗。全然ゆかりのないものよりは、と父の口から出たこの宗派を選んだのだけれど、なかなかにお得?なこともあって。

葬儀の打ち合わせでオプションの紹介をされたとき、「これは浄土真宗では必要ありません」って最初から消去されたものがいくつかあった。よく覚えてないけど、六文銭とか。以前、夫の実家で祖母のお葬式をしたときは、三途の川の渡し賃みたいな理由で六文銭を入れたり、いろんな副葬品があった気がするけど、そういうのが一切ないらしい。

ちょっと調べてみると、浄土真宗では開祖の親鸞さんが「他力本願」ということを言っていて、人間は亡くなると、誰でもその瞬間に成仏して極楽浄土に往生できるのだという。「成仏できない」心配はないから、死後のいろいろな儀式もシンプルってことなのか?(にわかなので、言葉の使い方とか含めていろいろ違ってるかも。詳しい人いたら、易しく教えて!)

位牌もなし。代わりに過去帳というのを使うこともあるけど、なくてもいいとか?

仏壇のないわが家。父はもうそういうものにはこだわりも関心もないようだし、姉もいらないという。だったら、買わなくてもいいじゃん?的な流れになりそう。

ちなみに、現在は持ち帰ったお骨を飾る、組立式の段ボールの飾り棚みたいなのをもらったので、それを組み立てて、お骨と遺影、祭壇に飾っていたお菓子や果物をのせている。その飾り方もよく分かんないので、サイトのサンプル写真をスマホで拡大してみて、それらしくマネしただけ。なんだかお雛さま飾ってるときみたい(笑)。

お線香とろうそくも付いてきたんだけど、父ひとりのときに火事でも起こしたら大変だからしまってある。父がお線香あげたそうだったら、電灯式のを買おうかと思ったけど、関心ないみたい。弔問に来るひともいないし、まあいいかと。

と、いろいろ適当でも、もう母は成仏できて極楽にいっていると思えば気が楽(笑)。

そういえば、葬儀のときから棺の中の母を見ても、「なきがら」「ぬけがら」としか見えなかったのは、もう成仏しちゃってたからなのかな。


2017.09.25 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 葬儀



ご恩を掘り起こして

葬儀にさいしてお坊さんがつけてくれた母の法名は、「釋尼咲薫」。


なんだか文字数少ないのは、一括パックのお布施だったから?かと思ったら、そういうわけでもないみたいで。よくお金を積むと「大姉」が付く、とかいうのは宗派によるらしいのだ。

今回のお葬式、宗派はどうしますか?と聞かれ、選んだのが浄土真宗。わが家は菩提寺なんてないし、そもそも子供の頃から家には仏壇も位牌もなかったし、仏教とは無縁。宗派もさっぱり分からないんだけど、母が入院してから父に、実家の宗派は何?と聞いたら浄土真宗だという。父自身はこだわりはないみたいだけど(というか、もはやよく分かってない)、それでいい?と一応了承を得てあったので、それでお願いしたという経緯。(父の実家は石川県で、北陸地方は浄土真宗が多いらしい)

浄土真宗では、戒名ではなく法名というらしい。そして「釋尼」は女性にみんなつく文字なので、その下の2文字がお坊さんが考えてくれたもの。ネットで見る限り、「尼」も付かないこともあり、3文字というケースも多いとか。親鸞でさえ「釋親鸞」だけらしい。ただ、特別にお寺に貢献した人には院号というのが付くケースもあるらしいけど。(それもお金次第なのかな?)

「咲薫」は、前に書いたように、葬儀前日にお坊さんから直々に電話を頂いて、生前の母のことを聞かれ、答えた私の話を元に付けられたもの。お坊さんの説明によると、「お母様は大変明るくにこやかで社交的とお聞きしたので、笑顔が咲き誇っているイメージ」によるものだそうだ。薫は母の俗名だ。

病室の母にお花を持って行くと喜んでくれたし、お葬式もお花いっぱいだったから、まさにふさわしい名前をいただいたと思う。

母が入院中、私の夢に出てきたことがあった。夢の中の母は、一時退院したという設定になっているのだけれど、元気な頃のように笑って話をしていて、目が覚めた後、あんな風に母がうれしそうに笑ってる顔を見たのはいつが最後だっただろう?と思ったことがあった。

そんなこともあって、「お花の咲き乱れる中で笑っている」というイメージは、私としてもとてもありがたく思える。

戒名なんて、意味わかんないし形だけ、、と思ってたけど、ありがたく思える日が来るなんて。

お坊さんのお話の中でもう一つ印象に残ったのは、火葬場で棺を炉の中に入れてすべてが終わり、帰り際にしてくれた「残されたご家族にとってお悲しみは深いと思いますが、どうぞ、故人が残してくださった恩を掘り起こして、ありがたく受け取ってください」みたいな話。

仏教のことは何も分からないし、信心もない。形式ばったことはバッカみたいと思っていたけれど、やっぱり長く続いてきたことというのは、それなりに意味や価値があるのだなと、ちょっと思った。菩提寺でもないし、このお坊さんと会うことは二度とないと思うけど、こうやって納得できるお葬式にしていただけたことは、このお坊さんと巡り会えたおかげ。心から感謝、感謝。

このお葬式を無事終えたことで、私自身大人としての務めを果たせたような気もするし、いろいろ学ばせてもらえたのは、やはり母からの「ご恩」のひとつだよね。

生前の母にはいろいろ不満もあったけど、時間と共にいろいろな「ご恩を掘り起こして」いけるのかな。

2017.09.24 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 葬儀



立派なお骨

さすがに2日更新しなかったけど、無事、通夜と告別式が終わったので、一応記録。

(タイトルのオチは後半にあります。前半はダラダラ長いので、読み飛ばしてください)

亡くなったのが火曜日の早朝未明。母は病院から直接葬儀場へ運んで安置してもらい、いったん実家に行き仮眠。水曜日の午前中に葬儀社と打ち合わせをして、私と夫は帰宅した。弔問に訪れる人もいないので、姉と父もいつも通りに実家で過ごした。

そして木曜日。午前中自宅を出て、お昼すぎに実家に到着。すでに父は姉に喪服を着せられていた。私が前もって喪服とYシャツを出してかけておいたので、落ち着かなくて早く着ちゃったみたい。ただ、いつもしているベルトがみつからないとかで、代わりに出したベルトが緩すぎると気にしている。私がこの前買ったゴムのズボンにするというのをなだめて、夫にハサミの角で無理矢理もうひとつベルトの穴を開けてもらい、一件落着。

15時半に会場入りしてくれと言われていたので、15時すぎに出発。石川の父の実家から着てくれた親戚が、会場に早く着き過ぎちゃったからと実家へ来るというサプライズがあったけど、なんとかみんなウチの車に乗れてよかった。早めに着いたはいいけど、会場の準備はまだ全然できてなくて、ロビーでかなり待たされる。

会場の準備が出来て、棺に収まった母と再会。(納棺には立ち会わず)

オプションで顔のまわりにお花をたくさん入れてもらったおかげで、かなり華やか。顎の部分はガーゼがとれないので、その部分にもお花を埋めてもらって。でも、棺の中の母の顔は、なんだか別人。元気な頃のふくよかな顔と違うのはもちろん、たぶん多少ワタなどで膨らませてもらったのか、亡くなったときの骸骨のような顔とも違う。病院で対面したとき、翌日葬儀場で対面したときのどれとも違っていて。葬儀に来てくれた親戚も、「全然顔が違うから、違う部屋に入っちゃったかと思った」と言われたほど。

通夜が始まるまでの間は、お花を出してくれた人の名札などを確認するぐらいで(たくさん出してもらったので、祭壇が華やかになってありがたかった)特にすることもなく。16時すぎにお坊さんが見えたので、父、姉、私、夫、娘ふたりで別室に入り、つけていただいた法名(浄土真宗では戒名と言わず法名というらしい)などについてお話を聞く。亡くなったことを悲しいと思うのではなく、故人が残してくれたご恩を受け止めましょうみたいな。ちょっとしんみりする。

お通夜は17時から。30分ほどお経を読んでいただいた後、みんなの前でもお坊さまのお話があった。これも20分ぐらい?お話好きのお坊さんなのか、この宗派がそうなのか? でも、一括パックなのに(苦笑)よくしていただいて、ありがたい。

通夜終了後は、その場で通夜振る舞いの会食。来てくれた親戚(いとこ)たちにビールをつぎながら、お礼を言って、お話をして。小さい頃からほとんど付き合いがなく、話したこともない人もいるぐらいだけど、ここ数年、おじさん、おばさんの葬儀が続いたので、さすがに顔と名前ぐらいはなんとか分かってよかった(笑)。みんな、年寄りの介護と見送りの先輩なので、いろいろ体験談を聞かせてもらったり。その日は、父と姉を実家に送り届けた後、私と夫は帰宅。

翌金曜日。朝早く自宅を出て実家へ。昨夜は戻り次第スグ寝てしまったという父だけど、やはり夜中に起き出してどこかに行こうとしたとか、姉は「おかげでちっとも寝れなかったし!」と怒ってる。ちなみに父は、特に異常な行動はなく。亡くなった翌日、「お母さんは?」と聞いたらしいのと、母のことを「お袋は」と言うのをのぞけば、普通に事態を把握してるっぽい。葬儀の間も、合掌と言われるたびに、なぜかキリスト教みたいに指を組んでお祈り?しちゃうぐらいで、まあ特に問題はなく。

時間になり、父と姉をつれて斎場へ。ほとんどの親戚はお通夜だけという人が多く、告別式はひっそりと。それでも、母が生前仲良くしてもらっていた遠方の友人が顔を見るなり泣き崩れちゃったり、また別の友人のおばあさまはお香典の中にお手紙を入れてきてくれたり。(お手紙は棺に入れさせてもらった)

出棺の前には、祭壇にあった花をみんなで棺に入れる。前日にあわてて印刷した、みんなと写った写真もいっしょに。お花があまりにたくさんで、花の精になれそうなぐらい、もう全身花まみれ(笑)。入院中、お花を買ってもっていくと、いつも「きれいね」と眺めてたから。「でも、こんなに入れたら息できないわよ!」って怒ってるかもね、なんて。

出棺後、マイクロバスで火葬場に行き、荼毘にふす。訃報を聞いて以来、不思議なぐらい冷静で涙がにじむこともなかったけど、さすがに出棺前に棺を開けて、冷たくなった母の顔を触ったら、こらえきれずに号泣。火葬場でも、嗚咽がこみあげて止まらなかった。「アンタもロボットじゃなかったのね」って母がびっくりしてるかな。

でも、正直いうと、お別れが悲しい、寂しいというよりも、やっと終わった、終わっちゃったっていう感じ。

母の病気が分かってから、誰よりも、おそらく本人よりも母の病状を知っていて、いろいろな選択を迫られたり、考えたり。それ以前の脳天気な日々からすると私にしては壮絶な1年ちょっとの日々を思うと。解放される日を、それこそ指折り数えて待ってたのに、本当にその日が来ると、うれしいのか悲しいのか寂しいのか、なんだかよく分からない。

やらなくちゃいけないことが山盛りで、父の問題もあるし、本当に寂しくなるには、まだ当分時間がかかるのかもね。

そうそう、タイトルに書いたくせに忘れそうになったけど、母の骨は89歳の老人とは思えないほど大変に立派な骨だった。焼き上がって炉の蓋を開ける時点で、確認のために身内だけ呼ばれたのだけれど、炉から出てきたばかりの骨は、まるで理科室にある骸骨の模型をそのまま寝かせたぐらいに、どの骨もハッキリ残ってた。特に大腿骨なんて、30cmぐらい?太くて長いままで、ひと目でそれと分かるもの。「骨壺に入らないので小さくさせていただきます」って崩されちゃったぐらい。

以前、夫の祖母、私の祖母(いずれも90で同じぐらいの年齢)のお骨を拾ったことがあるけど、どどこの骨だか分からないほどほとんど灰だった。係りの人に「この年で普通こんなに骨残らないですよね?」と聞いたら、「はい、大変ご立派なお骨でございます」みたいな。

関節って本当にこんなきれいな球形してるんだーとか、骨盤とか顎の骨とかこんな形なのねーと、まるで理科の勉強をするような気分で、しげしげと見てしまった。顎の骨は歯もしっかり残っていて、ガンに冒された部分だけえぐれてるのも分かった。あと、去年の春に脊柱管狭窄症で手術したときのボルトが4本。ほーこんな大きいのが入ってたのかと感心したり。(写真に残せなかったのが残念なぐらい)

宗派によってお骨の一部を収めるか、全部入れるか違うみたいだけど、今回は全部。骨壺も大きいけど、入りきらないんじゃないの?蓋閉まる?と心配するほどのお骨。あの年になるまで、元気で病気もせずにいた母、やはりとびきり頑丈なカラダだったのねと、改めて恐れ入りました!










2017.09.23 | | コメント(3) | トラックバック(0) | 葬儀



お坊さんからの電話

母逝去の話を書いてから、お悔やみのメッセージをくれたみなさん、どうもありがとうございました。いろいろ心配していただいて恐縮なぐらい、びっけさん元気です。

母を家に連れ帰らず葬儀場に安置してもらってることもあり、実家にいても父の見張りぐらいしかすることがないので、今日は自宅でいつも通りに過ごしてた。さんざん覚悟してたし、シミュレーションしていたとおりにコトが運んでいるという感じで、今の時点ではまったく感傷的な気分にはなってないのが自分でも不思議なぐらい。

昨日自宅に戻ってきてからは、親戚などに訃報の連絡。父方の親戚と母の友人は姉に頼んできたので、私の担当は母方の親戚と近所の人だ。

近所の人は、昨年春に母が脊柱管狭窄症で入院したときに、日頃お使いのある人を聞いて、ご挨拶にいっていたので、比較的スムーズにすんだ。

問題は親戚。そもそも冠婚葬祭しか付き合いがない上に、どちらの親戚も父母の兄弟世代はひとりを除いて他界している。独立した子供たち(いとこ)の連絡先が分からず、父方母方ともに実家を継いでいるいとこに他のいとこたちの連絡先を教えてもらって、ようやくミッションコンプリート。ふー。

こうなった理由は、母の住所録が行方不明になってしまったこと。母の寝室にあったのを私も見たことあるし、姉は母の入院後に一度それを見て母の友人に電話しているのだ。それなのに、ないという。父に聞いても、分かるはずもなく。。。(みんな、親がしっかりしてるうちに、連絡すべき人のリストは確認しておくべし!)

一夜明けて今日は、祭壇の横に飾る生花の発注。遺族側が出す「施主」「子供一同」「孫一同」「親戚一同」に加えて、個人的に申し出てくれた人の名前で申し込む。申し込みはFAX。メールはダメですか?と聞いたけど撃沈。FAX受信した後、電話かかかってきて名前の漢字の確認。そんなんだったら、最初からメールで受け付けてくれれば、誤字の心配もなくていいのにね?

一段落していたら、なんと明日あさってお願いするお坊さんから電話が掛かってきた。「戒名をつけさせていただくにあたりまして、故人さまがどんな方だったかお聞きしたいので」という。

今までお寺さん関係とは無縁だったわが家。当然菩提寺もないので、お経をあげてくれるお坊さんも、葬儀社に依頼してあった。そもそもこの葬儀社も小さなお葬式というネットでパック販売しているサイト経由で申し込んだものなんだけど、お坊さんも一括お布施16万円という定額パック。とりあえず袈裟着てそれらしきお経読んでくれればいいのかな、ぐらいに思っていたので、ビックリ。

聞かれるままに、「社交的でほがらかな人でした」「気が強く、最初の入院時にも元気いっぱいで保他の患者さんの世話までして看護師さんに「大ボス」と呼ばれ4kg太って退院しました」とか、思い出話をする。出生地や趣味、闘病の経過なども。10~15分ぐらい話していたかな。

とても優しくて丁寧な感じのお坊さんで、話をしていると癒される感じ。お寺なんて、、坊さんなんて、、ってなめてました。ごめんなさい。明日あさってはココロしてお経を聞かせてもらいます(笑)。

そんなこんなで、いろいろ電話がかかってきたり、かけたりの慌ただしさはあったけど、かなり静かな一日。

前に買ったこの本でも読んで、今後の手続きをおさらいしておこう。

2017.09.20 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 葬儀



ついに。

今朝未明、ついに母が息を引き取った。


昨日、容態悪化の連絡を受けて病院に行ったものの、夕方にはとりあえず帰ってきて、食事、お風呂を終えて、たまっていた原稿の仕上げをして、明朝見直して納品しよう!とうところで12時半すぎにベッドに入った。

ウトウトしてたのか起きてたのか覚えてないけど、再び電話が鳴ったのが0時54分。なんて言われたのか良く覚えてないけど、心臓のモニターがなんたらで、と言われて、「それってすぐ行った方がいいってことですね?」「もう間に合わないとは思いますけど……」という会話をして電話を切り、家を出た。姉にもかけると、さすがに今度はすぐつながった。

高速に乗れるところは全部乗り、空いてるところを夫がブンブンぶっ飛ばして、なんと1時間で到着。部屋に入ると姉はすでに着いていた。そして、母はすでに亡くなっていた。姉から又聞きした看護師さんの話によると、夜中の0時ぐらいまでは昼間私たちがいたときのような状態が続いてたという。モニターのエラー音で行ってみたら、、ということだったのかな。

この病院では、実際に息を引き取ったときではなく、家族が揃ったところで医師が確認をしてご臨終とする、という話は聞いていた。「ご家族はすべておそろいですか?」と聞かれ、「父を連れてくるので待っていてください」と告げ、夫と車で父を呼びに行く。病院を出る時点で電話を入れると、寝ていたようで13回ぐらいのコールで応答した父。母が亡くなったと告げると混乱しているようなので、「これから病院に行くから着替えて待ってて」とだけ伝える。

道すがら、事前に見積もりをしていた葬儀社に電話をし、10分後ぐらいに到着してみると、すでに布団もたたんで、きちっと洋服を着て待っていた。「こんな服装でいいのか」って盛んに気にしているところを見ると、訃報というのは分かっているようだ。「お袋がこんなに早くアレするとはな」というつぶやき、ちょっと違うけど大筋は理解しているみたい。

病室に着いたときも、母を見て驚く風でもなく、淡々と。分かってないようでも、やっぱり覚悟は出来てたのね。。。。

一段落したところで医師を呼んでもらい、聴診器を当てたり、瞳孔が反応しないのを確認したりした後時計を見て「2時52分、ご臨終です」。

その後、部屋の荷物をまとめ、部屋の外で看護師さんたちが処置をしてくれるのを待つ。再び入室してみると、髪の毛をきれいにとかしてもらって、顔もワタなどを入れて整えてもらったのか、昼間見た険しい形相は消えて、安らかな顔になっていた。

しばらくして、葬儀屋さんが到着したとの連絡を受けて1階へ。死亡診断書の内容を確認した後、病室から降りてきたストレッチャーに乗った母と再会。当直の医師と夜勤の看護師さんに見送られて安置所へと運ばれていった。(実家はマンションで狭いので、葬儀場に安置してもらった)

そこからみんなで車に乗って実家へ。このとき確か4時ちょっと前。もうすぐ朝だけどちょっとだけでも寝ようと、父の布団を敷いてあげて、自分たちもその辺でごろ寝した。朝、9時に葬儀屋から電話があり、10時に式場へ行って打ち合わせをすることに。姉と夫と3人で出向いて、スケジュールやや詳細をを決めるのに2時間ぐらいかかったかな。そして、とりあえず今日は自分の家に帰ってきた。

正直、昼間の段階では、なんとなく後3日ぐらいは……と思っていたので、ちょっとビックリしたけれど、覚悟していただけに、特に感情的になることもなく淡々と。母の気持ちを思えば、息を引き取る直前の最期の時間をひとりにしてしまったのはかわいそうだった。結果的には帰らずに泊まってあげればよかったのだけれど、仕方がない。ここまで、自分でできることは精一杯やったし、そしてこの後も、葬儀やその後の手続き、やることはたくさんある。

まだ、現実なのか夢の中なのかよく分かんない変な感じだけど、「やるべきこと」をやって、母をしっかりと送り出してあげようと思う。

2017.09.19 | | コメント(3) | トラックバック(0) | 介護



母、いよいよ最終ステージへ

今朝9時半頃、病院からTEL。


「血圧が下がり、呼びかけに対する反応もあまりないので、モニターを付けさせてもらいました。今日はいらっしゃいますか?」と言う。「どのぐらいで着きますか?」と聞かれ、「2時間ぐらい」というと、「分かりました。ではお待ちしています」と問題なさそうな感じの返事だったので、今すぐどうこうという感じでもないのかなと思う。

電話を受けてすぐ姉の携帯にかけたが、例によって即刻留守番電話。家電も応答なし。出られるようにしておいてって、何度も言ってるのに~と苛立ちつつ、とりあえず出かける準備をする。

洗濯機の中の洗濯モノだけ干して、夫の車で30分後に家を出発。病院到着が11時31分。電話を受けてからピッタリ2時間後だ。病室には姉が着いていた。でも10分前だっていうから、あんまり変わらないじゃん?

母は、先週来たときと比べると、かなり悪化してる。目は開いていて意識はあるけれど、呼びかけてもこちらを見ない。うなづいたりもしない。

姉からも軽く話は聞いたけど、改めてナースステーションに行き看護師さんに様子を尋ねる。朝9時20分のバイタルチェックで異変を察知してすぐ電話をくれたらしい。数日前から尿量も減っていたとのこと。この状態からどのぐらい、、とうのは、個人差があり、、といういつもの答え。「すぐに心停止となってしまう可能性もあるし、中には1週間から10日ぐらい持つ方もいます」とな。

母は口をぱかっとあけて、目もかーっと開けて天井をにらんでる。しきりに腕を振り回して、ウーウーと何か言いたそうにしてるかと思えば、ふっとおとなしくなって目をつぶり、息してる?って感じになったりを、何分おきかに繰り返す。

1時間ぐらい、姉とふたりで手を握ったり呼びかけたり。父をどうしよう?と迷ったけど、とりあえず連れてくることにして、夫と車で迎えに行く。病室に入る前に「容態が悪いから覚悟してね」と言うと、「うんうん」と言うけどどこまで分かっているのやら。

でも母をひと目見て、今までとは様子が違うことには気づいたようだ。父は姉といっしょに前日の日曜日にも母に会っているのだが、姉の話では昨日の段階ではこんな感じではなく話もできたという。母の手を握り、しきりに呼びかける父。「お母さん、聞こえてないの?」「返事して」。

不思議なことに、私が自分の名前を言って呼びかけても反応しなかったのに、父は分かるのか呼ばれた方を向く。明らかに今までと反応が違う。なんだかんだ言っても、やっぱり父が来るとうれしいのか。夫婦って分からないもんだ。

その後、「寒くないか」と布団をかけるとはねのけられるなど、うっとうおしそうに顔をしかめる。今となっては見ている方も、「日常の風景」を感じてしんみりする。

2時間ほどそうやって母に話しかけていた父、疲れたのか「そろそろ」と言い出す。ずっとそばにいると言い張るかと思っていたので、ちょっとビックリ。4時にヘルパーさんが来る時間までには連れて帰らなくてはと思っていたので、父を送りがてら私と夫もこの日は帰ることにした。

この状態の母にどう付き添うか。悩むところだ。ずっとそばにいてあげたいけれど、もしかしたら長丁場になる可能性もあると思うと……。

姉は「ずっと誰かがいなければいけないのなら、私は夜泊まるから、あんた明日の昼間お願い」という。病院側としては「家族がついてなければいけない」というわけではなくて、「間に合わなくてもいいならそれはそれで」というスタンスなので、自分の気持ち次第だと告げる。結局姉も夕方には帰ることにしたらしい。母をひとり置いて帰るのは忍びないだろうけど。

私は、明日朝から行く予定だけど、毎日通うのも何日も続くと辛い。木曜日に入ってる取材を今からキャンセルするべきか否か。なかなか難しい決断。うーん。うーん。



2017.09.18 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 介護



読書録:『ナミヤ雑貨店の奇蹟』


東野圭吾は一時よく読んだけど、最近ごぶさた。「東野圭吾史上もっとも泣ける」という煽り文句に釣られて読んでみた。(本当はこの手のコピー嫌いなんだけど、心弱ってたから?)

強盗事件を犯して廃屋に逃げ込んだ少年たち。そこに投げ込まれた手紙に返事を書いてみたことから、過去とつながるという不思議な体験をすることになる。廃屋にかつて住んでいた老人が生きがいにしていた悩み相談の手紙が、なんで今またそこに投函されるのか。五輪を目指すアスリート、家業を継ぐべきか迷っているミュージシャン、親との夜逃げに着いていきたくない少年、ビジネスに成功したオンナ社長、そして老人自身。一見バラバラに見えた相談者たちが、物語が進むにつれてつながっていく。

東野圭吾お得意の、時空を越えた物語。ファンタジーというべきか、関係性がだんだん分かってくるあたりはミステリーというべきか。登場人物それぞれが抱える境遇を切なく描くのは、いかにも東野圭吾とう感じ。

昔、『秘密』を読んでハマってけっこうたくさん読んだけど、ある時期から飽きちゃってつまらないなぁと思ってた東野圭吾。昔読んだシリーズで感じた、じわっとくる感情は久しぶりに感じかも。「泣ける」ということはなかったけど、東野作品の中ではオススメの部類かな。

今検索してて気がついたけど、今月から映画が公開になるのね。その宣伝で見たのがきっかけだったのかも。配役見ないで先に呼んで良かった。先に見ちゃうとその俳優さんのイメージが焼き付いて、自分のイメージ膨らませないからね~。



2017.09.16 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書録



父、かかりつけ医の診察を受ける

先日、父の便失禁という非常事態を受けて、ケアマネさんから介護保険の認定見直しを申請するよう進言された。この前も書いたように便失禁そのものはあれきりないのだけれど、今後症状が悪化したときのために。現在お願いしている食事の支度など「生活支援」は点数が低いので余裕だけれど、今後「身体介助」が絡んでくると、今の要介護1では不足するというのが理由。


申請書はケアマネさんが書いてくれるけど、こちらとしては、かかりつけ医に意見書を書いてもらい、調査員が来る調査日に立ち会う必要がある。調査は基本平日なので私が行くとして、かかりつけ医への診察付き添いは姉に頼むことにした。

ちょっと前まで毎月自主的に受診していた父。3月末にもらった薬をどこかに置いてきてしまうという騒ぎ(そのときの日記はこちら)を起こして以来、付き添いが必要になった。4月末は私が忙しくて次女を動員したのを見て、「どっちみち土日は実家に行くのだから、自分が付き添う」と5月末は姉が行ってくれた。そのときはおとなしく行った父、6月末に行くときは、「行かない」とごねて大変だったらしい。

処方されていた認知症の薬(アリセプト)も、母に管理してもらっていたはずが、7月末に母の入院前に実家に行ってみると、実は父がため込んでいて全然飲んでないということが判明。飲まなくても変わりないなら、嫌がるのを無理矢理連れて行くこともないか、、、と、結局7月も8月も診察は受けていない。

そんな経緯があったので、姉も気が重そうだった。実際今回も行かないと拒否して難儀したらしい。結局は連れて行けたものの、父が不機嫌で険悪な雰囲気らしく、姉はプリプリ怒ってLINEしてきた。

病院には事前に私が電話して事情を説明しておき、姉にも段取りを伝えてあったので、とりあえず目的は達せたようだ。んが。採尿と言われて、3回も水道水を入れてきてしまったという父(笑)。聞けば笑い話だけど、付き添う方はたまんないよねぇ。まさか男子トイレに一緒に入る訳にもいかないし。

認知症のテストもまた受けたらしいけど、姉曰く「生年月日と野菜の名前以外全滅だった」とのこと。よく分かんないけど、医師からは「お金の管理や、ひとりでの外出は無理ですね」と言われたと言うから、やはり症状は進んでるという結果が出たのだろう。

金曜の夜から泊まり込んで今日一日相手をして疲れ果てた姉、明日の日曜はヘルパーさんが来ないので、いつもは土曜日に泊まるのだけど、今日は泊まらず一度自宅に戻るという。そういう姉にまた「俺をひとりにする気か!」と怒ったという父。お盆休みに私が帰ったときと同じねー。

「もう振り切って帰って来ちゃったけど、こんなことだと、毎週行くのが本当に苦痛!!!」というのも、ごもっとも。

お盆に1週間べったり世話をしてあげたことで、父にいらぬ期待を抱かせたと後悔した私。このままだと泥船に乗っていっしょに引きずり込まれちゃう、、、って不安もあって、あれ以来、父とは少し距離を置いている。この先の施設入居も考えると、娘じゃない他人(ヘルパーさん)だけに世話してもらう環境にも慣れてもらった方がいいかなとか。身勝手だとは思うけど、無理をしてまでお世話してあげたい!という気持ちになれないのも事実。

姉には、無理して毎週行かなくてもいいよと伝えておいたけど、まあ彼女も発散したかっただけなのかもしれない。自分は土日に行くことしかしてないって引け目も意地もあるみたいだし。私としては、なんかもういろいろ通り越して、もう私も無理しないから、姉も無理しなくていいよという心境。

となると、、、やはり、父をいずれは施設に入れることを考えなくちゃなのだ。

ということで、とりあえず近くの老人ホームに見学の予約電話を入れてみた! そこがいいかどうかより、とりあえず一度行って話を聞いてみれば、何か展開するかなと。



2017.09.16 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 介護



映画『最高の人生の見つけ方』


BSでで録画してあった映画を見た。

2007年の公開だから10年前か。ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマン、二人のおじさまが主演。

離婚歴4回の大金持ちエドワードと、家族のために夢をあきらめて地道に働いてきたカーター。病院で同室になり、同じく余命半年と宣告された縁で意気投合した二人は、「人生でやっておきたいことリスト」を実行するために旅に出る。

スカイダイビングをする、荘厳な景色を見る、タトゥーをする、世界一の美女とキスをする……エトセトラ。

死を前にした旅ではあるけれど、しめっぽくなることなく笑い飛ばしていく二人の旅路。エジプト、エベレスト、香港、アフリカ、パリ……とさながら世界一周のシーンは観ているだけで爽快だ。

お気楽に楽しみながらも、最後はお互いの人生でやり残したものにもちゃんとケリをつけて、ある意味のハッピーエンド。

重くなりがちなテーマだけど、あくまで明るく。しんみりはさせるけど、それほど何かを強く訴えるというわけでもなく。展開はありがちだけど、二人の名優がそれぞれいい味を出していて、印象に残る。

1時間半でさらっと見られた割には、なかなかいい映画だったと思う。

2017.09.15 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 映画など



歯医者で口腔ガン検診について聞いてみた

母は口腔ガンだ。口の中のガンって、胃がんや肺がんとかに比べるかなりマイナー。舌がんというのは聞いたことがあるけど。分かったとき、ネットでざくっと調べていて、早期発見のためにはまめに歯医者で診てもらいましょうみたいに書かれていて、私は半年に1回定期検診受けてるから大丈夫ね!と安心してた。


でも、ある日気がついたのだけど、自治体から来る健康診断の受診券には、歯医者を対象にして「
成人定期検診」と「口腔ガン検診」の2種類ある。ということは、口腔ガンの検診って何か特別なことをするのだろうか?

だったら、私も受けておいた方がいい? ガンって遺伝するっていうし。何より母を見ていて、同じガンでも口って悲惨だなと思う。手術するとなっても、目に見えるところを切り取るわけだから、見た目も変わるし、話したり食べたりするのにも支障がでる。母の場合はかなり進行してから見つかったから、こうやって1年以上生きられたのだから、むしろ手術は選択肢になかったのはラッキーだったのではと思うぐらいだ。

でも、とにかくなりたくないので、今日恒例の定期検診に行くついでに歯医者さんに聞いてみた。

すると「口腔ガン検診」というのは、歯ぐきの粘膜のところを押してみたりして、ガンがないかどうかチェックするというもので、やはり普通の検診とは別モノっぽい。「必要ですかね?」と尋ねると、「普通は見た目でだいたい分かるので、怪しいと思えばやったほうがいいですけど」ということだった。

そんなやりとりがあった後、一通り見ても特に何も言われなかったので、いつも通りの検診と歯石取り、表面磨きで終了。

ついでに、前から気になっていた、下の前歯の表側歯ぐきが透けて中の白いものが見えてるのは何?と聞いてみると、骨が透けてるんですと。粘膜が薄くなってきてるからということらしいけど、特に問題はないと。そして、斜め下内側あたりに、白くぷくんとふくれてるところがあるのも聞いてみると、骨隆起というもので、文字通り骨が盛り上がったものだそうだ。かみ合わせや食いしばりなどが原因で異常発達した状態で、こちらも特に問題はないらしい。「強いていえば」と説明してくれたところによると、入れ歯を入れるときに邪魔になることがあるので、その際は取った方がいいこともあるけれど、それも「ぽこっと簡単にはずれる」ので大したことはないのだと。

実は昨日の夜、ベッドの中で口の中をベロでさわっていて、「この腫瘍はなんだ!」「もしかして?」なんて心配してたので、ほっと一安心。

母の場合は、毎月歯医者にいっていても、そこまで分からなかったんだから、見逃しってこともありうるんだけどね。

2017.09.14 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 日々のできごと



読書録:『話すための英語力』

 


国際共通語としての英語』、『本物の英語力』に続く、NHK「ニュースで英会話」の鳥飼センセイの本。(以前の読書録は、こちらと、こちら

タイトルにあるとおり、今回は「話す」ことに主眼を置いて書かれている。

前作では、「本物の」英語力を身に付けるには、文法をキッチリ学んで、文章をたくさん読んで……という正攻法こそ近道!と主張していたけれど、それでも日本人はなぜだか「英語ができる」=「英語を話せる」であって、いわば悲願のようになっていると。ならば、英語のスピーキング力を身に付けるためにはどうしたらいいかが、本作のテーマ。

話すというのはコミュニケーションであるからして、英語話者と会話するときに知って置いた方がいいこと、マナー、習慣などにも触れながら、英語でコミュニケーションを取るときのコツみたいなものも紹介。状況や場に応じた英語の使い分け、ありがちな「困ったシーン」での切り抜け方なんてのもある。

具体的な英語表現の例なども出てくるけれど、それをそのまま覚えて役立ててというよりは、異文化コミュニケーションの極意みたいな話の方が多いかな。最後の方では、プロの通訳が遭遇する問題とか、これからの異文化コミュニケーションについての持論なども繰り広げられている。

言われて気がついたけど、翻訳家とはいうけれど、通訳家とは言わないって、不思議。翻訳と翻訳家は分けて使うのに、通訳といえば、行為のこともそれをする人のことも指すということ。同時通訳などの専門家でもあるセンセイにとって、これは不可解ながら気になるところらしく、おそらく、日本人には書き言葉より話し言葉を軽く見る習慣があるからではないかと。話す専門家が正当に評価されていないのではという主張も一理ある。

ARが開く未来には外国語学習も変わってくるかも?という話に触れているところで、その導入として、センセイ自身がポケGOにはまってしまったというエピソードが微笑ましかった。「ニュースで英会話」でポケGOを扱ったときに、興味を持ってダウンロードしてみたそうだ。ARやAIがいくら発達しても、異文化コミュニケーションには人間の英智が必要となるだろうけれど、根本的な社会変革が起きるこれからの世代の子供たちをどう育てていくか、教育の役割が問われているのではというのが、この本の結び。

テレビの雰囲気そのままのやわらかい感じながら、言うべきことはキッチリ言う感じで、中身はやはりある程度真剣に英語を勉強しようという意思のある人向けの本かもしれない。


2017.09.13 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書録



母、ゼロゼロ咳をする

また取材のついでに、病院と実家へ。


最初は実家。先日ネット通販で買ったズボンを届けるため。カギを開けて「こんにちはー」と入ると、「おお、珍しいな」。時間は11時半。お昼食べた?と聞くと、今パンをかじったところだという。あれ?ヘルパーさんは?と聞いたら、来てないという。予定では10時45分に来ることになってる。でも、確かに今日の分の日誌が書かれてない。事業所に電話してみると、「今日は都合で12時頃になります」とな。

さっそくズボンを取り出して履かせてみる。脱いだついでにチェックすると、ちゃんとリハビリパンツ履いてる。最近は失禁してないようだけど、嫌がらずに履いてるならまあいいか。

ズボンは予想通り、かなり長い。このままだと裾をふんずけて転んじゃいそうだ。ざっくりちょうど良い長さに折り返して脱いでもらい、持参した裁縫道具で大まかにまつる。ヨシ!OKと思ったら。

あららー、びっけさんたら。裾を表に返したままでぬっちゃった(恥)。でも、もう両足やっちゃったし、持参したポータブルの洋裁道具は黒い糸もうないし。何より、時間がない。この後病院によって、4時までには取材先に行かなくてはならないのだ。焦ってやるとろくなコトないなあ。

でも、本人「こりゃいい」と喜んでるし、家にいるならまあいいかと、そのまま履いてもらう(笑)。くれぐれもそのまま外に出ないでと言ったけど、分かってないだろうなぁ。今度来るときに直すから、許して~。

間もなくヘルパーさんが来たので、事情を話す。「まあ、いいんじゃないですか」と笑ってる(笑)。後をお願いして、実家を出発。お父さん、慌ただしくてゴメンね~。

お次は病院。まずは先月分の入院費の支払いを済ます。前日電話で金額は聞いてあったので、その分を駅のATMで父の口座から下ろして持参。1カ月分で約42万円なり! そのうち差額ベッドが31万円、オムツ代が約3万円。食費は食べてないのでナシ。実質の医療費は8万円ぐらいか。先月分を払ったときは、「来月は丸々1カ月分払わずに終わるんだろうなぁ」と思ったのにね。

病室の母は、相変わらず。声は弱々しくて、口が開かないから何を言ってるかよく分からないけど、話す元気はあるみたい。私のスカートの柄とか、化粧ポーチとかについて、何か品評したり、持参した花もきれいだと言って眺めたり。外への関心はあるってことね。

ゼロゼロと痰が絡んだ咳が出るのが気になるけれど。看護師さんに聞くと、痰をとって検査に回したところだという。その結果何が分かるのかまでは聞けなかった。あと、そばにあった栄養の点滴、前は500mlのがかかってたけど、小さいと思ったら200ml。減らした? 先週すごく片足がむくんでたけれど、今日はそれほどでもない。点滴を減らしたからなのか。

ってな感じで、変化はなくはないけど、急にどうこうという感じでもなさそう。「今度はいつ来るの?なるべく早く来て」と懇願する母を振り切って帰ってくるのは切ない。

ちなみに、父の方は、普段はもう母が入院していることをすっかり忘れているらしい。今日は母のことは何も言ってなかったけど、最近はよく「お母さんは今ちょっと出かけてて」という。そう思ってるならその方がいいかと、あえて突っ込まないんだけど。毎週日曜は姉といっしょにお見舞いにいってるんだけどね。

父や母のところには実質1時間ぐらいしかいられないのに、朝家を出て帰ったのは夜と、バタバタ菜一日(その間に取材もあるからだけど)だったけど、こんなある意味静かな日々、あと何日続くのかなー。

2017.09.12 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 介護



読書録:『嫌われる勇気』


「アドラー心理学」を優しく解説したというこの本、数年前に大ベストセラーになって、あちこちで評判を聞いていた。それを、遅ればせながら今頃読んでみた。

アドラーとは、19世紀後半に生まれたオーストリア出身の心理学者。世界ではフロイト、ユングと並んで三大心理学者などと評されているらしい。他の二人に比べて、なぜか日本では無名だったアドラー心理学を、一般の人にも一躍有名にしたのがこの本だ(たぶん)。

「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」という前提のもと、その悩みに対処していく方法が示されていく。

人間関係に悩む「青年」が「哲人」のところに話を聞きに行くという設定で、ふたりの対話形式でアドラーの教えを解説していく。口語調の平易な文体で書かれているので、文章そのものは中学生ぐらいでも読めちゃうかも。ただ、ソクラテスの問答法を思わせるような対話法を用いている故のじれったさはあるし、内容自体は哲学的というか抽象的というか、かなりまどろっこしい感じがするけど。
で、その「教え」の内容は。

たとえば、トラウマを完全否定。自分を縛っているのは、過去の経験そのものではなく、過去の経験が今の自分に与えている意味なのだとする(だから、その意味付けを変えればトラウマはなくなる?)。過去や未来、さらには他人に認めてもらいたいとか、人に嫌われたくないとかいう気持ちに囚われることなく、「今ここの自分自身」を受け入れるべしと。ありのままの自分を受け入れられれば、他人を無条件に信頼できるようになり、人の評価や人の気持ちも気にならなくなり、人と比べたり争ったり嫌ったりという感情もなくなる。そして、誰かの役に立つことで(他者貢献)、自分の存在意義を見いだして幸せを感じられるようになる、って感じ?

ざーーーっくり言っちゃうと、自分の気持ちの持ち方次第ですべては変わる。変わらないのは変えようとう勇気がないだけということ。ある種「信じるものは救われる」的な宗教っぽさもあるし、「んなこと言ったってさぁ!」なツッコミどころはいろいろあるんだけど、そうだよねぇと思わされる部分もある。

実はこの本、以前にも一度読もうと思って借りたのに、なんだかそのときは開いた途端に読む気がしなくて、1ページも読まずに返しちゃったのだった。それが、なぜか今また読みたくなって読んでみたら、面白かった(笑)。

なので、人によって、あるいはそのときの自分の精神状態によって、好き嫌いがかなり分かれるかもしれない。

2017.09.11 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書録



ヴァイオリンコンサートと絶品チーズ

介護ネタにまみれて、書きそびれていたけど、先週の日曜日にお出かけした話。


前にチケットを買ったときにチラっと書いたんだけど、スーパーソロイスツという3回シリーズのコンサートに行ってきた。1回目の三浦文彰(「真田丸」のヴァイオリンの人)は7月17日だった。なんと弾丸カナダ旅行の帰国翌日で、疲労と時差ぼけという超ハンディを背負っての参戦ながら、奇跡的に居眠りをすることもなく楽しんできた。

そして、今回が2回目で、今回のソリストは服部百音ちゃんという17歳の若き天才ヴァイオリン奏者。正直、今回買ったチケットは3回目の辻井君が目当てで、三浦君も最近よくテレビで見かけるしイケメンだし(笑)で、あと一人この子だれ?状態だった。

改めて今調べてみると、祖父は服部良一、父は服部克久という超サラブレッド。経歴にはいろんなコンクールで「史上最年少」記録も持っているらしく、期待の新星って感じ?

先日の演奏でも、超絶技巧がすごいのは、素人の私でもよく分かった。音楽的にどうなのかというところまでは分かるレベルではないけれど(私がね)。曲も技巧を見せつける的な難しい曲だったので、全然知っているフレーズがなく、しばし意識がどこかへ(笑)。でも、何かと嫌になっちゃうことばかりな日々、少しの時間携帯の電源も切って、非日常な優雅な気分に浸れたのはよかった。

会場が渋谷のオーチャードホールだったので、帰りに前から行ってみたかった、渋谷チーズスタンドへ。

ここはイタリア仕込みのチーズ職人がその場でつくるフレッシュチーズが食べられるお店。紹介記事はこちら

頼んだのは「出来たてモッツァレラ&リコッタ」とサンドイッチ。

うーーーーん。。美味~~~~~!!!
モッツァレラって、ミラノで食べたときに「え、今まで日本で食べてたのは何だったの?」ってぐらいのおいしさに衝撃を受けた。帰国後も成城石井やオイシックスで高いのを買ってみても全然ダメで、やっぱりイタリア行かなくちゃダメ~?と思ってたけど。

いやいや。おいしい。これは本物のモッツァレラだ。イタリア行かなくても食べられるなんて感涙もの。

テイクアウトもできるので、モッツァレラとブッラータ をお買上。ブッラータ っていうのは、モッツァレラに生クリームを混ぜ込んだもの。イタリア旅行のときに誰かの旅行記で見つけて、食べてみたい!と思いつつ、イタリアでもどこでも手に入るものじゃないので、今まで食べたことがなかった。

で。で。で。
食べて見たらさ。これが、ホント~~~~~においしいの。すごくクリーミーだけどあっさりしてるけどコクがあって。(なんか滅茶苦茶な表現だ)

思った以上のおいしさに大満足。これも、毎日「ありがとう」を唱えてるおかげかなー。今日も何度も唱えておこうっと。

追記:2日後に食べたテイクアウトのモッツァレラは、さほど感動するほどじゃなかった。やっぱり鮮度が命なのかもー。



2017.09.10 | | コメント(0) | トラックバック(0) | おでかけ



ポーラ美術館

久々の良いお天気♪

前から行きたかったポーラ美術館の「ピカソとシャガール展」に行ってきた。





去年パリでピカソ美術館、ニースでシャガール美術館に行った記憶も新しいので、なんとなくその延長で。



ポーラ美術館に行くのは3回目。前に行ったのはいつだったろう??夫は、4,5年ぐらい前?といったけれど、帰宅後ブログで確認したら、2008年だから9年前。ほんと、あっという間に年月が経っちゃうこと!


展示の内容は、ほとんどが元々ポーラ美術館で所蔵していたもの+国内から少し集めたという感じなので、見たことがあるものが多かったのかな。全然覚えてないけど(笑)。数はけっこうたくさんあった。印象的だったのは、「ザ・ピカソ」「ザ・シャガール」というイメージ通りの作品が多かったこと。


特にピカソは、パリのピカソ美術館では「へー、これもピカソなの?」っていう絵も多かったけど、今日見たのは、「いかにも」なものが多かった。その辺は、やはり日本人が好むイメージっていうのがあるのかな。


いずれにしろ、同じシュールレアリスムといっても両者ともすごく個性的なので、遠くから見るだけで、これはピカソ、これはシャガールって素人でもハッキリ分かる(笑)。


特にシャガールは色づかいが明るくてメルヘンチックなので好き。ニースで見た絵は、同じような色づかいの絵でも宗教的なメッセージが込められた「大作」ぽいのが多かったけど、今日のは気軽に楽しめる感じだった。


一通り鑑賞した後は、館内のレストランでランチ。ランチセット2380円は値段の割に手が込んだお料理でなかなか美味しかった!




食後は、敷地内の遊歩道をお散歩。こんなのあるの知らなかったよ~と思ったら、2013年にできたらしいから、前に来たときはなかったのね。森林浴気分も味わえて気持ち良かった!



ちなみに、ポーラ美術館の入場料は1800円だけど、コンビニのマルチコピー機で前売り券を買うと、1600円で行けるよ~。


行きの車の中で、ヘルパーさんから「訪問したけど不在でした」と連絡が入ってどよーんとしたりしたけど、1時間ぐらい後には家で元気にしてることが確認できてほっと一安心。お天気いいから父も外に行きたくなっちゃったのかな。お昼ご飯作ってもらえないのは自業自得ということで。一食ぐらい抜いても死にはしないし、なんか食べたらしくて「お腹すいてない」って言ってたし、ヨシとしよう。「出かけないで」と言ってもどうせ忘れちゃうから、もう言わない(笑)。「探しに行かなくて大丈夫ですか?」と心配してくれたヘルパーさん、ごめんなさーい。

2017.09.09 | | コメント(2) | トラックバック(0) | おでかけ



おじいさん向けのズボンを探す

昨日実家に行ったときに、事業所のマネージャーから「ジャージを履かせてみたら?」とアドバイスを受けた。


父は、自宅にいるときもいわゆるスラックスを履き、ベルトも締めている。歩くのもよぼよぼな上、手元も覚束ないので、トイレでベルトをはずして……というのが、「間に合わない」原因にもなっているのではと。

だいぶ以前、まだ母が家にいた頃から、トイレの中に液体が貯まっていることがよくあって(基本は自分で拭いていたらしい)、私も「間に合わない説」が濃厚だと思って母に提案したこともある。「でも、お父さんそういうの嫌いだから」と却下されていた。事業所の人も「きちんとしていたい方のようなので、嫌がるかもしれないけれど」とは言われた。確かにあの年代の人は、ジャージとかスウェットとか抵抗あるのかも。

でも、きっとそういうお年寄りっていっぱいいるのでは?と思い、「介護 シニア ズボン」とかのキーワードで探してみると、ある、ある。

前に折れ線もついたスラックスタイプだけど総ゴムだったり、後ろ半分ゴム、横だけゴムとか。総ゴムだけど前開きのファスナーはついてるとか、ファスナー付きでボタンの変わりにマジックテープになってるとか。素材は洗濯機で回せてアイロンもいらないようになってる。

ただ、実際に父が用を足すところを見たことがないので、どういうタイプのが便利なのか分からない。夫に聞くと、人によってファスナーだけ開けて済ませる人と、ベルトもボタンも全部開けて出す人といるという。父本人に聞いても分からなそうだし、トイレにいっしょに入っていくわけにもいかない。病院のトイレなどで夫に横から観察してもらうのが一番だけど(笑)。

あと、どれも股下が65cmのものが多い。「丈詰めなしでご利用いただけます」というけれど、うちの父はあの年にしては長身(172cm→若い頃だから、今は若干縮んでるかも)なので、これじゃ寸足らずになっちゃいそう。175cmの夫のズボンを計ってみても、80cm以上ある。3Lサイズとかだと70cmぐらいはあるものもあるけど、ウエストも100cm以上になっちゃう。もともとそれほど太ってなかった父、最近は痩せたので絶対無理だ。

執念深く探していると、やっと「長身用」として、股下75cmでウエストサイズを選べるものを発見。総ゴムでファスナーはついているタイプ。窓が開くだけなので、ウエスト部分からボタンをはずしてズボンを下ろしたいとなると、違和感を感じていやがるかも? 

でも、それほど高いものじゃないし、とりあえず1本注文してみた。うまくいくといいんだけどなー。


2017.09.08 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 介護



父のその後

今日、意を決して!父のところへ。夫が車を出してくれたので、汚れてもいい服で(笑)。


恐る恐る入ってみると、確かに臭い~! でも、「ブツ」は見当たらず、ほっと一安心。

13時に約束をしていたので、ケアマネさんとヘルパーさんの事業所のマネージャー女性がやってきた。このマネージャーさんも、ヘルパーさんからの報告を聞いて、先週と今週様子を見に来てくれていたらしく、「状況」について話を聞かせてもらった。ヘルパーさんのレポートを読むと、先週は食欲も少し落ちていたようなので、お腹の調子が悪くて緩くて出ちゃって、その始末に困ってパニックになったのでは?ということに落ち着いた。幸い、今週に入ってからは、便失禁はなさそうとのこと。下痢便が落ち着けば大丈夫ということなのか。

ただ、今後はそういうことがあるという前提で、食事の世話だけでなく、本人の清潔を保つこと、部屋が汚れたらきれいにすることなども含めてケアしてもらうため、午前、午後の訪問を、現在の1時間から30分伸ばして1時間半ずつにしてもらって様子を見ることになった。

そんなわけで、施設の件もすぐにという話ではなく、今から見学をしておけば?的な話止まり。正直、施設探しをしても、場所と料金以外の部分って何を基準に選べばいいのか分からない。という私の疑問へのケアマネさんのアドバイスは、「結局人なんですよね」。実際に行ってみて、話を聞いたり、働いている人同士のやりとりがどんな雰囲気かなどを見比べるしかないとのこと。問い合わせに対して、現場の人ではなく本社の人が出てくるようだと、良いことしか言わないから気をつけてと。

「切羽詰まってない今だから、余裕を持ってみられると思うから」というのは、ヘルパーさんを導入したときにも言われた言葉。本当に必要になった時点では、「誰でもいいから」「どこでもいいから」になっちゃいがちだからと。

これに関しては、在宅医を選んだときの反省点でもある。とにかく引き受けてくれるなら……ということで、あまり深く考えずに選んでしまった。短いつきあいだったので何とも言えないけど、少なくとも母との相性はあまり良くなかったのは事実なので。

涼しくなってきて陽気も良くなってきたことだし、今年の秋の行楽は、施設まわりをしましょうかね。





2017.09.07 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 介護



短めの週単位

昨日も夕方の取材の前に病院へ。


私が行くのは、先日出血の連絡をもらって以来だ。金曜と日曜に姉が行っているので、本人の容態は変わりないことは聞いているけれど、一応最初にナースステーションに立ち寄り様子を聞いてみる。「出血は収まってるし、大きな変化はありませんが……」と、徐々に下降線であるニュアンス。

病室に入って声をかけると、なんと上半身裸で寝ている! 看護師さんが脱がせてそのままひとりで置いていくわけはないので、自分で脱いじゃったみたいだ。部屋はそんなに暑くなかったのだけれど。「なんで脱いじゃったの?」と聞くと「着せて」というので、着せてあげる。

いつものように買っていったお花を見せても、反応が薄い。何かいろいろ言うのだけれど、ほとんど口が開かない状態なので何を言ってるのかよく分からない。先週から盛んに「外に行きたい」と言っていたので、車椅子で病院の外に出てみると、風が気持ちいいという。よく聞き取れない話を類推すると、「何も食べちゃいけないと言ったのに、食べていいんですよと言われて大嘘つき」みたいに医者のことを文句言っている。

以前から、食べたい(味わいたい)ものがあれば食べさせてあげていいとは言われていたものの、聞くと「何もいらない」と言っていた母。改めて「何か食べたいものある?」と聞くと「ジュースが飲みたい」というので、すぐそばにあった自販機で紙パック入りの桃のジュースを買って飲ませてあげた。自分で紙パックを持ってもストローをうまく口の中に入れることすらできない。手伝ってあげるが、吸い込むことも難しそうなので、紙パックをちょっと押してあげたら、一口、二口は味わえた風。「おいしい?」と聞いたら、うなづいた。最近は水も飲んでないみたいだし、口で「味わう」のは、ずいぶん久しぶりなはず。

5分ほどするとちょっと苦しそうな感じになってきたので、部屋に戻る。ベッドと車椅子の移動も、本人がどこかにつかまったり、体重を移動させたりということがむずかしくなっていて、看護師さんにお願いした。以前はなんとか私ひとりでもできたんだけど。

ずっと寝たきりなので、起き上がるとしばらくは猛烈なめまいがするらしい。戻ったときは、それだけじゃなくて、ハーハーすごく息が上がっていて、おまけに「怖い、怖い」と私に抱きついてくる。

この日はちょうど先生がナースステーションにいたので、少し話を聞くこともできた。先ほどの症状は、いわゆるせん妄で、病院に入院したときに混乱したのと同じように、ほんの短時間でも場所を移動すると、分からなくなって恐怖を感じるということらしい。そういえば、私が車椅子を取りにいって病室に戻ったときも、なんか阿波踊りみたいに手を振りながら、ひとりで何か言ってた。数日前からまた医療用麻薬を再開したので、その影響もあるのか?

出血した夜中の前日も、落ち着かない様子だったのでナースステーションに連れてきて座らせておいたという。口の患部はどんどん悪化していて、外から見える範囲でも唇が消失しているの分かる。「組織が崩れてくる」っていうのはこういうことなのねという感じ。先生によると、口を開けてよく見ると、骨が溶けてるのが見えるぐらいの状態だという。今回の出血はほどなく止まったが、大きな血管が傷つくと大出血して止まらないかもしれないという。

出血死のリスクと並行して、体が弱ってきているので、見通しとしては「短めの週単位」と考えてほしいとのこと。前回面談したときは、「来月を迎えることを目標に」と言ってたけれど、これからは「来週を迎えることを目標に」という感じになる。来週になったら、またもう1週間を目標に。一般的に、むくみ、せん妄、呼吸が速くなるの3つが揃うと、1週間はむずかしいだろうという判断になるという。「あくまで統計的な平均値なので、実際には何とも言えないけれど」と念は押された上での情報。

その後病室に戻り、持参したハンドクリームを手と足にすり込んであげる(干物のようにカサカサなので)。手はいつもマッサージしていたけれど、初めて足を見たら、左足だけものすごくむくんでた。元々すごく足がむくむ体質だった母だけど、ここ半年ぐらいは体重が減ったせいか、むくみは消えたと聞いていたけれど。これも終末期ゆえなのか? 

入院して以来、すごく進んだように見えたかと思うと、次に行くと戻っていたり。先生からも、一直線ではなく、波打ちながら階段状に進んでいくとは聞いている。次に会うときは、どんな状態になっているやら。。。



2017.09.06 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 介護



耳のトラブルで耳鼻科へ行く

今日は、自分自身の話。


10日ぐらい前から、耳の奥がワーンと響く感じがしている。聞こえもなんとなく悪い気はするけれど、日常生活で支障をきたすほどじゃない。痛みもないし、気にしなければどうということはないのだけれど。でも10日たっても全然治らないので、念のため近所の耳鼻科(例のオバサン声のオジサン医師)に行ってきた。

最初、耳の中を見てもらった段階では、特に問題ナシ。耳垢がたまっているわけでもないし、水が入っちゃった風でもないという。ところが、聴力検査をやってみると、やはり聞こえが悪くなっていることが判明。

3年前にめまいがしたときにもこの耳鼻科を受診している。そのときの聴力データと比べたグラフを見せてくれたのだけど、明らかに左の聴力が悪い。そういえば、耳のボワ-ンも主に左側な感じだ。

「夜はちゃんと眠れてる?」と聞かれたので、介護疲れで寝つきが悪いと答えると、「あ~、ストレスね。ストレスと睡眠不足と、あと季節の変わり目と、全部重なっちゃったから」と。後は前にも言われたけど肩こり。脳に行く血流が悪くなってると。そして運動不足。そういえば最近ジムに行ける回数も減ってるし、ガッツがなくて緩めのヨガとかストレッチ程度しかやってないからなぁ。

要するに、原因は3年前のめまいのときと同じような感じで、それがめまいの神経に作用するか、聴力の神経に作用するかの違いだけなのだという。処方された薬も、ほぼ同じ。寝つきがよくなるように弱めの睡眠導入剤の類も出してくれた。「聞こえがこのままじゃマズイから、この薬を1週間飲んで、また聴力検査にいらっしゃい」と。

とりあえず大きな病気の前兆とかではなさそうなので、ひと安心。今までいろんな症状で行ってるけど、あの先生の薬が効かなかったことはないので、たぶんコレを飲めば症状も良くなるはず!



2017.09.04 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 日々のできごと



父の便失禁

あの後病院からは連絡がなく、母の容態はとりあえず落ち着いているようだ。金曜の夜に会社帰りに病院に寄った姉の話でも、「意識もものすごくしっかりしていて、話を聞いていなければ今までと何らかわりないように見えました」とのこと。


と安心していたら、今度は父だ。

今まで担当してくれていたヘルパーさんが入院した話は、この前書いた通り。先週の木曜日、ヘルパーさんのいる時間に自宅に電話を入れ、挨拶がてら電話口に出てもらうと、廊下や父の部屋の絨毯、シャツなどに便が着いていたという。今までそんなことはなかったのでビックリしたけれど、ちょうど急に涼しくなったこともあり、下痢して間に合わなかったのかな、ぐらいに思っていた。

ところが、土曜日に実家に行った姉から「家中が便だらけで悪臭がたちこめていた」という衝撃のLINEが。ヘルパーさんから聞いた話は伝えてあったので、ヘルパーさんが始末してくれた汚れ物の洗濯よろしくねぐらいのつもりだったけど、まさかそんなことになっているとは!

以下、汚い話なので、ご用心!



木曜日以後、ヘルパーさんの日誌には毎日便の掃除のことが書かれているというから、毎日「粗相」が起きているということらしい。しかも、単にこぼしちゃうとかではなく、洗濯機の蓋にある取っ手のくぼみのところとか、部屋にある小物入れのカゴの中とか、あちこちから便が出てくるのだという。

父本人は下着を着けずにズボンを直接はいている状態で、「おそらく、気持ち悪くてパンツだけ脱いじゃったのかも?」という。きっかけは下痢気味になって、意図しないうちに出てしまったことなのかもしれない。問題は、それを自分で始末できないだけでなく、手で触ったり、あちこちに隠したり?して、本人は平気でいること。完全に異常だ。

お尻が気持ち悪い→手で触る→手も汚れて気持ち悪い→なすりつける→なんとかしなくてはと思って、どこかに隠すという図式、本やサイトで見た「認知症あるある」だ。

覚悟もないまま「現場」に遭遇してしまった姉も悲惨。土日の2日がかりで、あちこち拭いたり、洗濯したりしたものの、部屋に染みついた臭いは取れないという。

あわてて今日介護パンツ(パンツタイプのオムツ)を買ってきたというけれど、促しても「明日からはく」と言うばかりだという。目の前でも履かないのに、明日一人になって履くわけがない。っていうか、明日になったら、「これは何だ?」状態だろう。まあ、履いてくれたとしても、洗濯物は減るかもしれないけど、手を突っ込んで、うんぬん、、、は同じことなのかも?

徘徊とか、火の始末とか、いろいろ心配していたことはあったけれど、排泄系だけは勘弁、、、と恐れていたことが、まさに現実になってしまった。

取り急ぎ、ケアマネさんにメールで事情を伝える。先週のヘルパーさんからの報告はケアマネさんにも連絡がいっていて、「便失禁があったもようです」というメールをくれていた。その詳細という形で現状を伝え、今後のことを相談。

返事は、とりあえず、ヘルパーさんには食事だけでなく、体をきれいにするケアにも気を配ってもらうという。そのためには、今の1時間の訪問では不足しそうなので、介護認定見直しの申請をしたいということ。そして「施設入所も視野に入れて行動していただけますでしょうか」とのことだった。

今まで「現状は十分一人暮らしが可能」というものの、今後それがむずかしくなるケースとして、「排泄の問題が生じたとき」として、まさに今起きているような状態のことを言っていたのだ。

早く施設に入れてしまいたいと勢いこむ私に対して、できる限り家で応援してあげられるようにという姿勢だった彼から、ついに「施設」の言葉が出てきたわけだ。

母の入院と同時に、施設探しに着手し、資料などを取り寄せていたものの、実家滞在中に父に話してみたら予想以上の拒否反応で、すっかりめげて、封も切らずにおいてあった。でも、こうなったらまた真剣に考えなくては。

ケアマネさん曰く、「 ご理解いただくにも、施設が決まるのもお時間がかかるかと思います。
 そこは焦らず、進めましょう。」と。

まずは今週の木曜日、実家の様子を見に行きがてら、ケアマネさんと話し合う予定。

えーん。本当の地獄はここからなのかも~(涙)。





2017.09.03 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 介護



在宅看取りについて

昨日、NHK関東ローカルの「金曜イチから」という番組で、「後悔しない 自宅での看取(みと)り」というテーマを扱っていた。


この1年ぐらい終末医療について関心を持つ中で、在宅看取りについても選択肢にいれていただけに、興味深く見たけれど、番組を観た感想はモヤモヤだけが残った。

番組では、実際に在宅で看取ったケースを取材、在宅医療に関わっている医師、自宅で親を看取った経験を持つ故永六輔氏の娘さんをスタジオに迎え、基本在宅看取りのいいところばかりを紹介した内容だ。番組中に画面下に出てくるTwitterのコメントにもあったように、介護者側の苦労や負担についてはほとんど触れられてなかった。そして、「自宅での看取り、数年後には当たり前のことになっていることかもしれない」というエンディング。

実際、少子高齢化が進む中、医療費や福祉にかかる費用を抑えるために、国は在宅看取りを増やそうとしているらしい。そのために、在宅医療の制度などが拡充されるなど環境が整っていくことは良いことだと思う。

ただ、問題はこの「在宅看取り」というのは、家族の負担が大きいことだ。昔のようにずっと三世代同居で暮らしてきたわけでもなく、離れて住んでいて日頃あまり顔を合わせることがなかった子世代がこれをやるのは、かなりの無理がある。そもそも独身や子供のいない人が急増しているなか、いったい誰が看取るというのか。

私自身、母の終末期を考える際に在宅看取りも考えなくはなかった最大の理由は、一日でも長く父のそばに置いておきたかったから。それは、優しさというよりは、母が寝たきりになって何もできないとしても、同じ屋根の下にいていつでも顔を見られる状態であれば、認知症の父の世話も最小限ですませるためという、こちら側のエゴだった。(今、病院でひとり寂しく寝ている母のことを考えると、もし自宅にいたら、24時間誰かの気配を感じられるだけでも、ずいぶん心は安らぐのだろうなとも思うけれど。)

そもそも私自身は実家に同居するつもりも、両親を家に引き取るつもりもまったくなかった。姉にしても、いっしょに住むことはあっても会社を休んだり辞めたりするつもりはない。それでも「在宅」の可能性を探った背景には、在宅医療の医師や介護保険の訪問看護師などのサポートによって、独居でも自宅で最期を迎えたケースはあると、ケアマネさんから聞いていたから。

さすがに最期は家族がついていないととしても、いよいよ危ないですと言われたら、最期の何日かは泊まり込むことになるんだろうなとか、そのぐらいのイメージだったように思う。

でも、実際うちの場合は、在宅医療をお願いしていた医師に「”判断力のある人間”が24時間いっしょにいられないのなら無理」と言われた。これを言われたのは、母が今入院している緩和ケアの病院に入院した当日のこと。その時点で病院医師に「痛みのケアと栄養補給の点滴が落ち着けば、自宅に戻ることも可能かも」という説明を受けたので、その際にはまた診てもらえますか?ということを、在宅医師に尋ねたときにもらった答えが、「無理です」だった。

結果的には、入院後数日でみるみる寝たきり老人になってしまったので、とても退院できる状況ではなくなってしまったのだけれど。

今になって思えば、確かにサポートの人に来てもらうだけで母の世話をするのには限界があったと思う。この前のように夜中に出血してしまったときも、父はSOSの電話をかけることもできないかもしれない。

つまり、在宅での看取りを可能にするには、在宅医師の言うとおり、介護を最優先で寄り添える家族がいるのが第一条件なのだ。その辺が、私としても認識が甘かったなと思う。

そして、物理的な条件として「最優先に介護ができる」家族がいたとしても。実際にそれをするのはかなりの負担。番組に出てきたように「若い時に苦労かけたから、できるだけのことをしてあげたい」なんていう殊勝な子供ばかりじゃない。大多数の人にとって、親の介護なんてできればしたくない。いつまで続くか分からない介護を、自分の生活を犠牲にして続けることになるのだ。

介護疲れで無理心中したり、体調壊したりという話を聞くと、死んで行く親の世話をするために子供の命を削るのは、「生物」として間違ってないか?と思う。

そんな介護する側の問題にはまったく触れず、在宅看取りを理想的なもののように推奨する番組の作り方に違和感を覚えると共に、これを見た親世代の老人に、「期待」を持たせてしまうのも罪(+迷惑)な話だと思うのだ。

患者本人の意思を聞いておいて、その希望に添ってあげたいと言われても、本人が「最期は自宅で」と望むことが、家族に迷惑をかけることになる可能性は高い。「子供に迷惑をかけたくない」とは思っていても、本当に弱ってきてもなお、自分のことより子供のことを考えられる老人は少ないと、自分の親を見ているとつくづく思う。

今現在のこの番組に寄せられたTwitterを見ても、「苦労をわかってない」「美談にしてほしくない」というような、介護側の人と思われるコメントが多かった(介護される側はTwitterなんてできないか)。そうだよね、みんな同じように感じたのね、と思ったら、モヤモヤも少し解消されたかな(笑)。

2017.09.02 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 介護



母、ふたたび出血

昨日の夜中12時すぎ、寝ようと思ってベッドに入ったところで携帯が鳴った。父が寝ぼけて時間分かんなくなっちゃったのかなと思ったら、病院からだった。こんな時間の連絡とは、、、とドキドキしながら出て見ると、「20分ほど前に出血がありまして」という。


枕元が真っ赤になったというから結構な出血だったのだろう。電話をくれた時点では落ち着いていて、血圧も昼間130だったのが110に下がってるというもののそれほど低いわけではなく、意識もあるという。「一応お知らせしておこうと思いまして」と言われ、「えっと、それは今すぐにでも行った方がいいってことでしょうか?」と尋ねると、「うーん、えっと、」と返事に困ってる。「たぶん、今日のところは大丈夫かなぁとは思うのですが、先のことは分からないので」と。結局、また何か変わったことがあったら連絡をしてもらうことにして、電話を切り、就寝。

そして今朝。10時過ぎて夜勤と日勤の交代も落ち着いたかなというところを見計らって電話をしてみると、出血は止まっていて、容態は落ち着いている様子。ただし、一度切れると切れやすくなるので、この先再び出血するリスクは高いと思われるとのこと。気になる本人の様子は「昨日の昼間からちょっとぼーっとしていることが多くて、変だねという話はしてたところでした」という。ちょうど火曜日に私が行ったときに異常に思ったような、目を見開いて天井を見つめている感じらしい。河原の入口まで行ったり来たりなのか。。出血という緊急事態を本人がどのぐらい認識しているのか?という点については、たぶん分かってないのでは?と言う。

昨日の夜の時点では、朝になったら様子を見に行こうかと思っていたんだけど、そういうことならもう少し自宅待機していることにした。母自身が出血にうろたえて不安がっている?という心配は、今のところなさそうなので。

いや、しかし、こういうのって判断に困るよねぇ。病院側としては、事実を伝えるだけだから、判断するのは私なのだ。だんだん衰弱していって……というのなら目安も言えるのだろうけど、また出血があるかどうかというのは、確率論の問題になってしまう。

入院前の問い合わせから始まって、今まで何度も電話でいろいろ聞いてるし、お見舞いに行くたびにナースステーションに声をかけている。終末医療についても自分なりに本を読んだりして情報は収集していることは分かってるだろう。向こうとしては「とりあえず細かく伝えておいた方がいいタイプの家族」と認識されているのかもしれない。それと、距離的に離れていて、かけつけるのに時間がかかるという事情も承知なので、早めに教えてくれているのかも。

こちらの判断として、何がなんでも死に目に立ち会いたいというのであれば、かけつけて見守るのだろうけど、今までさんざんできることはやったのだから……という思いもある。「今日明日が峠です」とか言われているわけじゃないので、ずっと行きっぱなしというわけにもいかない。

もっと近ければとりあえず顔を見に行ってあげたいところだけど、行くと決めたら一日がかりになる。どうしても外せない用事がないってところがまた悩みどころなんだけど、この先近いうちにXデーが来るとしたら、今抱えている仕事を早めに片付けておいた方がいい。

というクールな判断で、とりあえずは自宅待機という選択をした。事態をどこまで理解してるかは別として、母自身は1秒でもそばにいて欲しいと思ってるのは分かってるけど、こちらとしてもエネルギーが無尽蔵にあるわけじゃないし。正直、第4コーナーを回ったつもりでラストスパートかけたら、「あとまだ1週でーす」と言われちゃったような気分で、最近息切れ気味だったので、本当のラストスパートになるまで、力蓄えておかなくちゃ。(と言い聞かせる)


2017.09.01 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 介護



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