読書録:『トルコのもう一つの顔』


トルコのもう一つの顔 (中公新書)トルコのもう一つの顔 (中公新書)
(1991/02)
小島 剛一

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フランス在住の言語学、民俗学の専門家(日本人)が、トルコの地方言語を研究するために、トルコ国内を旅したときの話をまとめたもの。

この本が出されたのは1991年。今から20年以上前だし、研究対象はクルド人など少数民族(実際の数は「少数」ではないらしいけど)の言語ってことで、訪れるエリアも東部の小さな村々、およそ観光客が行くようなところではない。っていうか、そもそも観光じゃないし。

なので、旅行気分が刺激される紀行文というものではまったくない。それでも、この地域の少数民族の話は、今世界を揺るがせているイスラム国の問題にもつながってくるような気がして、興味深く読んだ。

出てくる内容は、名前も聞いたことがない少数民族の名前や言語のことなので、正直細かいところはほとんどスルーしてたけど、それでも、トルコという国には、独自の言葉を話す少数民族がたくさんいて、そういう事実をトルコ政府が認めようとしていないのだという現状はよく分かった。

20年前の話なので「現状」と言っていいのかどうかは分からないけどね。

独自の言語を持つ少数民族の存在を認めていない以上、それを研究する日本人学者というのは、トルコ政府にとって、かなり危険な存在。という理由で、随行員をつけられて監視されたり、事情聴取されたり、あげくは国外退去にあったりと、かなりスリリングな体験もしている。

「もう一つの顔」というタイトルがあらわう通り、この本で描かれるトルコは、一般の日本人観光客外抱くような、親日家で温和というイメージからはかなりかけ離れている。今は大分変わってるかも知れないけれど。

日本にとっては直接利害のない国なので、その歴史的な事実はあまり知られていないけど、そもそもオスマントルコといえば、長年にわたってヨーロッパの敵だったのだし、今の共和国として独立してからも、キプロス問題とかを抱えているし。

少なくとも、ヨーロッパの人たちと日本人とでは、「トルコ」という国に対するイメージもずいぶん違うのだろうなと感じる今日この頃。

ちょうど、最近もローマ法王がアルメニア虐殺事件を非難したとかいうニュースがあった。オスマン帝国時代の末期にアルメニア人を大量虐殺したと言われるこの事件、トルコ国内では、その数とかいきさつとかにいろいろ異論があって全面謝罪というわけにはいかないらしい。このあたりは、なんだか日本の話にも通じるような。

当たり前だけど、どこの国もいろんな事情を抱えているんだなーと。

ついこの前、日本の戦争について日本人はどのぐらい知ってるのだろうかという話を書いたけど、ある歴史的な経緯に対して、その国の中での教育や評価と、相手国、第三国、それぞれの立場でのそれとは、異なってくるのは当然のことでもあって。

そんなことを、いろいろ考えさせられた本でした。







2015.04.15 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書録



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