読書録:『日本とドイツ ふたつの戦後』



折しも、年末ギリギリに従軍慰安婦問題で日韓合意のニュースが報じられているけど、それとはまったく関係なく、例によって偶然図書館の予約の順番が回ってきて読んだ本。

戦争責任問題で中国や韓国などといつまでたってもギクシャクした関係の続く日本。決まって言われるのは「ドイツと比較して日本は」という話。じゃあ、そのドイツはどんな風に戦争責任問題を解決してきたのだろうかという疑問に答える本だ。

この本によると、とにかくドイツはあの戦争の責任をほぼすべて認め、ドイツ国民はその責を永遠に追うのだと自覚しているのだという。南京大虐殺事件のように被害者の数などでは見解の一致がある部分もあるけれど、それは大した問題ではなく、やったことはやったのだと認めましょうということらしい。

筆者(20年以上ドイツに住んでいる元NHK記者)の考えでは、ドイツは歴史の問題で争うことによる損失、つまり歴史リスクを重く捉えていて、大きな犠牲を払ってでもそこをクリアすることでヨーロッパや、世界において「信用される」リーダーとなる道を選んでいるのだという。

つまり、戦争責任の問題をハッキリさせることは、相手国のためではなく自国のメリットのためにこそ必要なのだと説く。

私自身はこの問題についてまったく不勉強で、この本の筆者の言うことの真偽、専門家などからどのように受け取られているのかも知らないという状態なので偉そうなことは言えないのだけれど、という前置きをした上で思ったことを書いてみる。

そもそも、「子孫に謝罪させてはならない」という考え方は、世界的に受けられるものだろうか?という疑問。先の戦後70年を受けてのアベちゃんコメントしかり、今回の従軍慰安婦問題しかり、「これで決着をつけて終わりにしたい」という文言があるけれど、それは国際的に理解を得られるのだろうか。

何かのたびにそれを蒸し返されるのは気持ちのいいものではないけれど、ドイツの例のように事実は事実として真摯に受け入れるという姿勢がない限り、永遠に謝罪を要求され続けるような気がする。少なくとも今のように戦争責任についての国民のコンセンサスが得られていないような状況では、きっとまた何気ない発言ひとつからもこの問題は再燃しかねないのでは。

というような懸念がふつふつと沸いてくるというのが正直なところかな。

2015.12.29 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書録



コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

«  | ホーム |  »

カレンダー(月別)

09 ≪│2017/10│≫ 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文: