読書録:『仏教・神道・儒教集中講座』



ちょっと前に読んだ『ユダヤ・キリスト・イスラム集中講座 (徳間文庫)』という本がなかなか面白かったので、(そのときの日記はこちら)同じ著者のシリーズを読んでみた。

前に読んだ『ユダヤ・キリスト・イスラム集中講座』が、世界の三大宗教といわれる一神教を取り上げたのに対し、この本では、日本と関わりの深い、仏教、神道、儒教にフォーカスして日本人の宗教観全体を説明しているところが興味深かった。

著者によると、日本人の元となっているのは神道なのだという。日本人の根本的な考え方、価値観というものは、神道の影響を大きく受けているということが、いろいろな例と共に説明されている。穢れとかお祓いとか、言霊とか、和を重んじるとか。ただし、現代の私たちが思い描く神道は明治以降国によって広められた国家神道であって、ここで言っているのはそれとは別の「本来の神道」の話。

一般にもよく言われるように、日本人は古来、舶来のものを日本風にアレンジして取り入れるという特徴があるので、仏教や儒教も、日本で広まったものは、元の仏教や儒教とはかなり異なっているという。

仏教といえば葬式、仏前といえば位牌みたいになっているけど、そもそも仏教では位牌をたてる習慣なんてなかったとか。儒教も、その考え方は取り入れても、科挙という制度は取り入れなかったとか。

結局、仏教や儒教のなかから、一部だけを取り入れて、元々あった神道の考え方とミックスしてきたのが、一般的な日本人の宗教観ってことなのかな。特別な人をのぞいて、お願い事する相手が「神様仏様」っていっしょくたになってるってのは、まさにその証拠なのかも。

そして、キリスト教が伝来しても結局、それほどは広まらなかったのは、日本人には一神教を受け入れる土壌がなかったのだという指摘も、なんとなく納得。

神道、仏教、儒教、それぞれの成り立ちや伝来の仕方についての説明も分かりやすかった。例によって知れば知るほど分からなくなるのが宗教の世界ではあるけれど、日本人の宗教観のなりたちっていうのが、なんとなく分かったような気がするのは大きな収穫。

そもそも、仏教や神道や儒教っていうのは、キリスト教やユダヤ教、イスラム教みたいな一神教と同じカテゴリの「宗教」として並列できるのか?って言うこと自体に、つねづねギモンがあったけど、それは「宗教とは何か」みたいな言葉の定義の問題になってきてしまうので、それは置いておいて、「日本人にとっての宗教(らしきもの)」としての説明としては、すごくしっくりくる内容だったと思う。

あと、靖国問題に関係する話も興味深かった。
儒教では、罪人というのは死してなお永久に罪人であり続けるのであって、それを墓をつくって葬るというのはありえない話なのだそうだ。それに対して日本では、どんな悪人でも死んだら神仏となる。だからA級戦犯といえど神社に祀るのは当然のこと。でも、元々が儒教国であった韓国や中国から見たら……とう話。

こういう宗教観の違いからくる問題って本当に難しい。自分の常識が他人には常識じゃない。だから、理屈で理解できても、感情的に違和感を感じてしまう。お互いにそれを説明できたとしても理解しあうのは簡単じゃないけど、「根本的にそこが違う」ということすら理解できてないっていうのが、一番の問題なのかもしれない。

付け足し。
これと同じような本、たまたま同時に順番が回ってきて(図書館の)読んだんだけど、こっちは何が言いたいのか、さっぱり分からなくてハズレだった。一見、こっちの方が読みやすそうだったんだけどねー。


2016.04.09 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書録



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