負のオーラに負けないように

昨日は一日母に付き合って、帰ってきたら疲労困憊。「なんでこんなことに」「恐ろしい」「もう嫌」と泣き言を言う母に「なっちゃったものは仕方ないんだから」と叱咤激励。世の中には、同じように病気になっても、治療法がない、お金がない、家族がないという人もいっぱいいるんだから!というのが、こういうとき慰めになるのかどうかは分からないけれど。


私が言いたかったのは、「今自分が持ってる幸せ」に気づいて、それに感謝しようよということ。

(後から調べると)長く患う人が多いという脊柱管狭窄症という病気も、たまたま近所に名医がいて、それを知り合いから紹介してもらえて、サクっと治っちゃったこと。

今こうやって病院通いしてるのは気候が最高にいいときで、この後梅雨時の嫌な時期はずっと病院の中にいればいいこと。

などなどプッシュ、プッシュ、プッシュで檄を飛ばしながら思い出したのは高3のときに先生に言われた言葉。受験を前にして、どこの大学に行きたいというよりも絶対に浪人だけはしたくなかった私は、「先生、どこの大学なら絶対受かりますか?」と相談にいった。先生は、私が持参した成績表や大学のリストなどには見向きもせず、こう言った。「落ちないようになんて考えではどこも受からない。この学校に入ってきた自分の強運を信じなさい」と。

私の通っていた高校はいわゆる難関校と言われているところで、付属から来る人も多い中で、特に私のように高校から入ってくるのは「とびきり優秀」ということになっている。そんな希有な枠に、私程度のアタマで入れちゃったこと自体、確かに言われてみればかなりの「強運」。(それがヨカッタのかどうかは別にして)

先生はそれを皮肉りたかったのかもしれないけど? でも、あのときそう言われて、「そうか、私は<持ってる>んだ!」って無意味に洗脳されたような気はする。

母にも、そういう思いっきり自己満足の自信を持ってもらいたかったのだ。

母は、とりあえずずいぶん元気になったのだけれど、ひとりになった途端、私の方がグッタリしてしまった。なんかエネルギー全部吸い取られた感じ。

もう年が年だし、そもそもが遅かれ早かれという話ではあるので、正直、私自身が母の寿命について感傷的になることはあまりない。申し訳ないけど。ただ、落ち込んだり苦しんだり痛がったりしているのを見るのは辛いし、それに伴って自分の生活にも影響が出てくるのは気が重い。これから、どんどんそういう方向に進んでいくのかなと思うと、私自身も気分が沈みそうになる。

でも、だからこそ。
やっぱり、フランスには絶対行こう!と心に決めた。

もちろん、今後の展開次第で深刻な状態になれば話は別だけど、基本的には8月前半ぐらいまでにはとりあえずの治療は終わるはず。

そして、実際に行けるかどうかよりも、私自身が母に付き添う時間でため込んだ負のオーラに乗っ取られないためにも、精一杯楽しいことを考えていた方がいいような気するのだ。

介護にまつわるいろいろな話を読んでると、なるべく自分の生活のペースを崩さないことが、精神的にも長続きする秘けつだというし。

私自身の人生だって、どれだけの残り時間があるのか分からない。できることはしてあげたいけど、それには引きずられない。というつもりで、長期戦に備えなくちゃね。





2016.06.04 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 母の入院



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