読書録:『不仲の母を介護し看取って気づいた人生でいちばん大切なこと』



なんか、「まんま」なタイトルの本ですな。いかにも、今のびっけさんが読みたがりそうな本でしょ?

著者は私と一切違いの女性フリーライター。お母さんの年齢はうちの母より10歳ほど若く、著者はシングルマザーとう違いはあるけれど、「母を愛してない」という自覚を持ちながら、ガンが見つかった母の世話をしたという経緯はそっくり。会社員の兄、小さな子供を抱えた妹に変わって「子供代表」として母の世話に当たらざるを得なかったという状況、そして勝ち気でわがままなお母さんのキャラクタも。

そんなこんなで、本屋さんで見つけてタイトルにひかれ、冒頭を立ち読みし、期待をこめて読んでみたというのは、先日書いた『家族という病』と同じなんだけど、この本は、最期を看取る過程において、著者自身の気持ちが変化していく様子が描かれていて、ある意味ハッピーエンドで終わっている分、読後感は全然違う。

基本は、母親のガンがみつかってから亡くなるまでのことが時系列で書かれている。その合間に、幼い頃のことなど、著者自身の母への思い、葛藤が綴られている。この本を読む限りでは、この人の場合、母への恨めしい思いというのは実は「愛されてなかった」「愛されたかった」という気持ちの裏返しだったのだと思う。ある意味、アダルトチルドレン的なトラウマに似たような感じ?

亡くなるまでの2年間のいろいろな出来事を通して、辟易としながらも母に寄り添いながらも、最期は母の顔をなでながら賛美歌をくちずさんであげると、意識のなかった母の目から涙がこぼれて息を引き取ったというシーンはまるで映画のよう。著者の思い入れで美化されてるのかもしれないけど、事実はどうであれ、著者自身がそう認識しているということに意味があるのだと思う。

『家族という病』を書いた下重さんは、決着をつけないまま歪んだ心を抱えて生きているようだと書いたけれど(その日記はこちら)、対照的にこの本の著者は、母の死によってそれまでの葛藤に決着をつけて、その後の人生を歩いて行けるんじゃないだろうかと感じた。

そういう意味で非常に示唆に富む本だったと同時に、亡くなるまでだんだん具合が悪くなっていく過程における、家族の大変さというのもリアルで、改めて厳しい現実を見た気がする。

今は元気ピンピンだけど、これから先このままポックリ死ねるわけじゃない。どういう過程で弱っていくのかは未知数だけど、次々にいろいろなことが自分でできなくなっていくのだ。当たり前のことだけど、大変だなーと改めて実感。苦しんだり痛がったりする姿を目の前で見るのも辛いし、具体的に世話をしてあげないといけなくなるのも大変だよね、としみじみ。








2016.07.05 | | コメント(1) | トラックバック(0) | 読書録



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2016/07/30 (土) 14:09:08 | | # [ 編集 ]

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