読書録:『看取りの作法』


マスコミでもおなじみの精神科医である香山リカの本。

この本の出版は2011年で、その前年に父親を82歳で亡くした筆者自身の経験をもとに、「親を看取る」ということについて書いたもの。

読む前は、タイトルと著者のキャラクターから、ある程度上から目線的な指南書を想像してたんだけど、実際に読んでみると、ちょっと違ってた。

というのも、精神科医というプロとしての、心理状態の分析や処方箋的な話もあるのだけれど、この本の核は、著者自身が「親の看取り」に動揺し、悩む姿だったからだ。だから、「作法」というタイトルはちょっと違うような。本の内容としては、「プロの精神科医が体験した、自分の親を看取るということ」みたいな感じ。

日頃は理路整然と、ある意味冷徹に見える著者のイメージからは意外な感じだけれど、「言うと聞くとは大違い」という感じで、実際に自分のこととなると普通の人と同じようにうろたえる様子は、それだけ彼女にとってはすごく衝撃的な出来事だったのだろう。

個人的には、そこがまずちょっと不思議。50を過ぎて親の死にそこまで影響を受けるということが。そのことについては、本の中で彼女自身も書いているけれど。

彼女は私の高校時代の2年先輩(もちろん面識はない)。この本を読んで知ったけれど彼女の実家はずっと北海道ということなので、高校時代から親元を離れて暮らしていたということになる。大学も東京で出て、その後北海道で実家から勤務医として働いていたこともあるようだけれど、基本的には15のときから親から独立したという点では、私と同じだ。

私自身は、早く親元を離れたことが、親離れにつながったと思ってるけど、同じような境遇でも、こんな人もいるんだと、ちょっとビックリ。

大きな違いは、結婚してるかどうかなのかなとも思う。私にとって、今や家族というのは第一に夫や子供たちであって、親や姉はそれとはまったく違うちょっと遠い存在。他人とは違うけど、夫や子供たちに対して感じるような運命共同体とか、自分の一部みたいな感じはまったくない。

でも、結婚してない人にとっては、親はずっと一番近い家族であり続けるのかなと。

実は、私の姉に対しても、最近同じようなことを感じていた。母がガンと分かったとき、父がボケたと気づいたとき、「まあ、もうトシがトシだからね」と淡々と受け止めていた私に対して、姉はショックを受けているように見えた。性格の違いかなと思ってたけど、考えてみれば、そういうことなのかもしれない。

特に父とはソリが悪くて、極力接点を持たないようにしていたように見えた姉だけど、父や母がいなくなってしまえば、自分には家族がまったくいなくなる(私とは仲が悪いし)という事実は、私が感じるよりも複雑な思いがあるのかも。

私にとって、親がいなくなるのはもちろん寂しいだろうけど、やっぱり「順送り」という気持ちが強い。永遠に生き続けられない以上、残りの時間を楽しく過ごしてもらって、最後はなるべく苦しまないで楽に逝かせてあげられればと思う。私自身もそうやって死んで行くのだろうから、その予行練習みたいな感じ? 子供たちになるべく迷惑はかけたくないけど、でも、なんだかんだ言っても、最後は何かしら世話になることになるのだろうなということも日々実感する毎日だ。

そういう、生物としての流れみたいなもので捉えるという感覚が、生涯独身で子供もいない姉とは、ちょっと違うのかもしれない。

と個人的な話になってしまったけれど、「親を看取った同年代の人の事例」という意味で、考えさせられる点も多かったと思う。


2016.11.09 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書録



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