読書録:『死ぬ気まんまん』


100万回生きたねこ』の作者で、2010年11月に72歳で亡くなった佐野洋子さん。乳がんが転移して余命2年の宣告を受けながら、「死ぬ気まんまん」で元気に過ごした日々を綴ったもの。この本は、2008~2009年に書かれた原稿をまとめて、2011年に出版されたものなので、遺作ってことになるのかな?

冒頭にある「死ぬ気まんまん」とうエッセーは、当時雑誌に連載していたもの。文体自体は、怖いものなしのばーさんが言いたい放題という軽妙な調子で独自の死生観を繰り広げる。なんたって自分自身の死を目の前にしての話なので、すごく説得力がある。

「死ぬのは怖くないけど痛いのは嫌だ」と言いながら、やはりあちこち痛かったのだろうと感じられる描写はあるものの、「闘病記は嫌い」だから泣き言は言わない。そして「生涯で今が一番」と言い切る。思い残すこともないし、ホスピスも予約してあるしと。そして「立派に死にたい」と。

終始気楽に読める内容で、湿っぽさはみじんもない。元気に、淡々と、当然のこととして捉えているところが、もうお見事という感じ。幼少の頃、終戦直後に大陸から引き上げ、そして兄や弟などが簡単に死んでいくの目の前で見たという経験も強く影響しているのだろう。

主人公の猫の死をハッピーエンドに描いたあの絵本は、1977年出版というと彼女が39歳のときだから、死というものへの考え方は若いときから達観しているものがあったのかも。

この本には、脳のガンマナイフ手術を受けたときの主治医との対談、ホスピス?での体験を綴った1999年のエッセーも収録されている。特に対談の部分は、相手の先生の話がすごく分かりやすかった。

個人的に印象に残ったのは、人間は50歳までは生存・生殖モードでプログラムされているので基本的に元気に働けるようにできているけれど……という話。最近同年代の友人に会うと、どこが痛いのなんのとおばあさんの会話みたいになってしまうのも、さもありなんと。確実に肉体は劣化モードに切り替わったわけだと妙に納得。

もうひとつ、主治医の考えでは「自分とは脳である」と。でも心臓や呼吸や血液の流れなど肉体の生存に関わる部分は「私である脳」は制御できない。つまり、「私」は、私の体に住まわせてもらっているだけ。だから肉体が滅びるときは土に返して、脳のスイッチをバチンと切っておしまい。それまでの生きている間に、人に話をする、書いて残したものが、残された人、次の世代につながっていくのだと。

死後の世界をどう考えるかは、もう本当にその人個人の問題だけど(誰も証明できないんだから)、考え方のバリエーションとしてこういうのもインプットしておくと、いずれ役に立つかもしれない。

この方の読書録、もっとたくさん引用していて中身が分かりやすいと思うので、興味のある方はどうぞ。

うちの母にも読ませようかなとも思ったけど、やっぱりタイトルが刺激的過ぎて、「なに、あんた私に早く死ねって言ってるの!」なんて怒られそうだから、やめておこう(笑)。



2016.12.09 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 読書録



コメント

久々にやっとビッケさんのblogを読む時間ができました(笑)。
この人のエッセイ面白いよね。私は中学生に読み聞かせの本を探してるとき「友達なんか無駄である」って言うのを見つけて読みました。
タイトルの意味は、「有益だから付き合うなんて関係は友達じゃない」って意味なんだけどね。
つまり友達は無駄。無駄なものって人生に必要、みたいなおはなし。そしていろんな友達の話が出てくるけど切り口が絶妙で…結局読み聞かせには使ってないけど(笑)。
これもまさに今、読むにはタイムリーな気がする~

2016/12/16 (金) 22:25:54 | URL | YUcana #jcOaHd1Q [ 編集 ]

YUcana さんへ

お疲れさまでした。って、まだまだ大変なのかな。確かに読み着替えには向かないかも(笑)。この本は、命とか生きるとか寿命とかそういうことを、フラットな気持ちで考えるヒントになりそうなので、うん、今読むといいかも!

2016/12/17 (土) 16:44:43 | URL | びっけ #- [ 編集 ]

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