母の病状、その後

今日は久しぶりに母の通院に付き添ってきた。入院前は毎回いっしょに行っていたけれど、退院以来、「勝手知ったる場所だから一人で行けるわ!」と言うので、ひとりで行ってもらっていた。その度に電話で報告は受けていたものの、母の話だと今ひとつよく分からないのと、たまたま今日は午前中に都内で取材があったので。


気になっていたのは、最近母が「口の中が痛くてものが食べられない」と言っていたこと。通院の度に訴えても「薬はつけられない」といって取り合ってもらえないという。最初は放射線の後遺症で腫れているところにたまたま傷がついてしみているのかなと思っていたのだけれど、もうずいぶんたつのに全然治らないというのはおかしい。

そういえば、退院前に私だけが説明を聞いたとき、医師が「放射線治療の終了後1カ月ぐらいすると、残ったガンが大きくなり出して腫れて、今度は痛みが出てくると思う」と言っていた。8月に退院して10月ぐらいまでは何も言ってなかったので、もしかしてほとんどガン取り切れちゃったの?なんて楽観してたけど。

今日聞いた話によると、やはり今の腫れと痛みはガンが大きくなり出したからなのだろうということ。なので薬をつけたからといって治るものではなく、いかに大きくするのを遅らせるかという話になる。そのためにできることとしては、現在飲んでいる経口の抗がん剤を、続けられる限り続けることだけ。

幸い、今のところ、肝臓にも骨髄にもほとんど影響が出ていないので、しばらくは続けられるっぽい。ただ、これが使えなくなったときは、それ以外の抗がん剤は副作用が強いのでやめた方がいいという。つまり選択肢はもうない。

今後も月2回ぐらいのペースで通院しながら、血液検査で抗がん剤の副作用を計りつつ、症状によって痛み止めをもらうという緩和的な処置を受けていくことになる。そうしながらも、いずれはどこかに転移することになり、それも治療はできないので緩和ケアしかない。

というストーリーは、前にも聞いていたことと変わらないのだけど、確実にカウントダウンに入ってることは覚悟した方がいいらしい。

医師曰く、半年か1年か。「今日明日にどうとうことはないですが、春先から夏頃には、ん?という感じになってくるんじゃないかと思います」と。

詳しい話は母には外に出ていてもらって私だけが聞いたのだけれど、母も「思ってたより深刻なのね」と言っていたので、「治らない」ということはなんとなくは理解したようだ。母自身は放射線治療を「がんばった」から、「もうすっかり治った」気でいたので(「0にはならないよ」という話はさんざんしたんだけど)、やはりショックではあるみたい。

「あと2年ぐらい生きられれば、もういいわ」という母。うーん、そこまで持つんだろうかと、複雑な思いで聞いていたけど。

医者はみんな「最悪のパターン」で言うから、実際はもっと長くってこともあるんだとは思うけど、ほんと覚悟はしなくちゃだな。冷静なつもりなのに、手がブルブル震えてたり、胃がきりきりしてきたり、意外に軟弱な自分にビックリだ。

願わくば、普通に自宅で過ごせる日が1日でも長く続くこと、その先も苦しんだりしないですみますように。これから死の不安に立ち向かうことになる母を、精神的にどう支えてあげられるのか。そんなことを考えながら帰って来た。

さあて、これからこの話を姉にも伝えなければ。彼女は私よりもっとショック受けるんだろうなぁ。。。



2016.12.20 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 母の入院



コメント

ふ~む、なるほど…。「わかってはいる」でも気持ちがなかなか…かと。…私はまだ経験ないのだけれど、いずれ順番がくるのだと思います。

2016/12/21 (水) 09:32:51 | URL | おぐママ #- [ 編集 ]

おぐママさんへ

ほんと世の中には、頭では分かったつもりになっていても、いざ自分が体験してみないと分からないこと、そのときになって初めて感じることっていろいろあるんだなぁと思う今日この頃。

2016/12/21 (水) 10:07:56 | URL | びっけ #- [ 編集 ]

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