映画『92歳のパリジェンヌ』

一昨日の実家援軍の疲れが出たのか、昨日は一日ダウン。我ながら、軟弱で嫌になっちゃうよ。復活した今日、年末だってのに大掃除もせずに、地元の映画館に行ってしまった。


見てきたのは、『92歳のパリジェンヌ』というフランス映画。

92歳の誕生日を祝ってもらったおばあちゃん。家族の前で「私は2カ月後に逝きます」と宣言。一人暮らしでがんばっていたものの、車の運転、階段の上り下り、いろんなことができなくなっていくことに絶望し、「もう十分に生きた」から、「気力のあるうちに」自分で死にたいと。(フランスは安楽死は認めてない模様)

びっくりして、反対し、うろたえる子供や孫たち。それでも娘は母に寄り添ううちに、その気持ちを理解し、協力することを決める。一方の息子は絶対に許せない。若い頃から自分の意思を貫く姿勢に共感できる娘と、家族をないがしろにしたと根に持っている息子。

この映画は実話を元にしており、息子というのは元のフランス首相ということで、フランスでもちょっとした話題になったらしい。そして、原作は作家でもある娘が書いた小説なので、物語自体は母と娘の関係を中心に進む。

家に引き取るといっても頑として拒否する母。倒れて病院に運ばれても、「病院で死ぬのは絶対嫌」という母。そんな母に付き添ううちに、母との思い出を振り返りながら、「思い」を叶えてあげることを決める娘。最後は母がそれをやり遂げるところで終わる。

宣伝文句によると「フランス元首相の母の実話から生まれた感動作!」なんだけど、感動はしなかった。涙も出ない。

尊厳死を望む気持ちは分かる。こんな風に死ねたら幸せだとも思う。でも、それに家族を巻き込むというのはどうだろう?

レビューで誰かが「自分だったら、家族に予告しないで欲しいと思う」って書いてたけど、確かにそう。

人間誰でも苦しむ前にぽっくり死にたいという願望はある。これ以上自分が惨めな姿になるのは耐えがたいという気持ちも。実家のことを考えてみても、どんどん壊れていく父が、母がまた入院なんてことになったら耐えられないだろうことを思うと、いっそ先にぽっくりお迎えが来た方が父本人にとっては幸せなのかも?とも思う今日この頃。

でも、だからといって自分から死を選ばれたら、「よかったね」なんて思えない。まして、「これから死ぬから」なんて予告されたら、「何を自分勝手な!」と思ってしまうだろう。

映画でも、協力した娘は、他の家族から批判されたりもしている。自分は母と濃密な時間を過ごし納得したかもしれないけど、他の家族との間に生まれた溝はずっと続くかもしれないし、そんなことを自分の子供たちに背負わせるのって、親としてどうなんだろう?

私自身が娘の立場でしか考えられないからから、そんな風に思ったけど、視点が違えば感動作になるのかな。

でも、映画のつくり自体も無理に「感動」を誘う内容にはなってないので、あくまで尊厳死の問題提起したいっていうのが本当の狙いなのかもね。








2016.12.29 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 映画など



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