読書録:『ダライ・ラマに恋して』


旅番組のプロデューサーや旅エッセイストである著者が、ダライ・ラマに会いたい!と思い立ち、会えるという保証もないままに旅に出発し、ついにその夢を叶えるまでを描いた旅行記。

ノーベル賞受賞のニュースでダライ・ラマ14世の笑顔に心を射貫かれたのがそもそもの始まり。それまでにも世界各国を旅してエッセイや番組を作ってくる中で、いろいろな所で「あなたはブッディストなのか?」と聞かれて返答に困ったという(日本人にありがち)もやもやを解消するためにも、仏教についてもっとちゃんと知りたい!という思いもあって、ダライ・ラマに会いに行くという旅を決意する。

中国に支配されているチベットを亡命し、インド北部にあるダラムサラというところに亡命政府を樹立したダライ・ラマ。その地に赴くまでに、中国領となっているチベットや、ダラムサラ近くのチベット文化圏であるラダックという街を訪れ、現地の信心深い人々との交流から、さまざまなことを学んでいく。

特に印象に残ったのは、前世を記憶しているという少女との出会い。10歳で亡くなった女の子が、その数年後に生まれ変わったのだという。直接その子や親、前世の親にまで直接会って話を聞くシーンがある。輪廻転生という仏教の教えを体現しているかのような話は信じがたいけれど、実際にやりとりした内容が細かく記されている様子をみると、とても、作り話には思えない。

そして、この少女と引き合わせてくれた、ある28歳の英語教師が著者にレクチャーする仏教の教えは、なかなか含蓄があるもので、思わず赤線引きたくなった。図書館の本にそれはできないので、覚え書き。

この地方のブッディストたちが熱心にお祈りするのは「世の中の生きとし生けるものすべての幸せ」なのだそうだ。「世の中のすべて」に自分も含まれるのだから、あえて自分個人の幸せを祈る必要はないと。

そして神様にお願いごとをしても無駄で、自分がどれだけいいことをしたかが自分に返ってくるのだという。

すべてが因果応報=cause&effect 。いいこともわるいことも、すべて原因があって結果がある。日常よく目にする「因果応報」(カルマ)という仏教後は、「悪いことをすると自分に跳ね返ってくる」とかマイナスの意味で使われることが多いけれど、実際は「良いことをすれば自分によいことが返ってくる」ということでもある。

「仏教は宗教というよりむしろ自然科学」だと言う彼は、「カルマは人生のすべてをプログラミングしているのではなくて、自分が毎日この瞬間からプログラミングしている」のだと説く。

ちょっと前に、仕事で聞いたある人の講演会で、「運命とは性格だ」という話を聞いた。そのココロは、自分のたどってきた道はすべて自分の性格で選び取ってきた結果の積み重ねだと。なるほどなぁと思ったんだけど、これにもちょっと通じる話だ。

そして、すべてはimparmanent。永続しないもの。だから執着せずに、そのときそのときで大事にすればいい。「執着=attachment ほど苦痛をもたらすものはない」。なるほどー。

著者は、この青年との会話でかなりスッキリした状態で、ついにダライ・ラマ14世との対面を果たす。そのときにダライ・ラマと交わした一問一答も紹介されているけれど、個人的にはダライラマがその場で語った言葉よりも、その前の英語教師の青年の言葉の方が、すごくストンと腑に落ちるものがあったように思う。

ここに至るまでのこの旅でのさまざまな経験、そしてダライ・ラマとの対面によって、「今まで自分が受けた恩を人に返していくことこそが自分の人生の目的でありライフワーク」なのだと気づくところで締めくくられる。

ただ、この人はこれ以前も以後も、世界中いろいろなところでディープな体験をしてそれを本にしているようなので、その都度人生観もいろいろ変わってたりするのかな。

機会があったら、また違う本も読んでみようっと。







2017.01.13 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 読書録



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