冷たい娘

昨日書いたように、今週2回ある母の検査の付き添いは姉が代わってくれることになった。姉はちょうど先週から新しい職場に転勤になったと聞いていた。元々簡単に休めないっぽいところに、代わったばかり、しかもいきなり月曜日っていうのは、絶対無理って言われるかと思ったんだけど。


実は、前回(7日)に私が通院に付き添ってその報告をLINEしたときに、いつものように「あなたにばかり押しつけてごめんなさい」というお詫びの言葉と共に、「いざというときはなんとかするから遠慮く言ってください」と書いていたばかりなので、姉も断れかったのかもしれない。

ただ、姉にしてみれば、私への配慮というよりは、「一人で行かせては母が可哀想」という思いがあったみたい。

というのも、その「いざとなったら」ということを書いてきたとき、「母に対して何もしてあげられなくて本当に心苦しい」というようなことを書いていた。「でも、いざというときは何を優先してでも母のそばにいてあげたいと思ってます」と、まるで会社を辞めてまで介護するとか言い出しそうな勢い。

そこまで書かれると、私としてはちょっと複雑。

だって、私自身は「何を優先してでも」とは言えないから。

今、いろいろやってあげてはいるけれど、取り立てて何かを犠牲にしているわけじゃない。できる範囲で最大限やってあげようとは思うし、四六時中いろいろ考えて思いつくことはやってあげてるつもりだけど、でも基本的にはもう年齢からいっても、仕方ないことは仕方ないと腹をくくってるし、そのために自分の人生や生活を犠牲にはしたくない。

いろいろなお世話も、母が可哀想というよりは、私がやらなきゃしょうがないでしょと、いわば仕方がないからやってる面もある。「一緒に行ってちゃんと医者の話を聞いてこないと後々面倒なことになる」とか、「一人で不安な思いをしたら可哀想」よりも「その愚痴を後からさんざん聞かされるのがかなわん」とかね。言ってみれば、自分にふりかかる災難?を最小限に抑えるためにやっているような? いや、もちろん可哀想だとは思うんだけど。

とまあ、いたく冷徹な娘なわけですよ、私は。

でも姉は違うんだろうな。母がガンと分かったとき、治療のために歯を8本抜くと聞いたとき、父がボケちゃったのを見たとき、個人的にもすごく同様して、泣いてたことも。いつも淡々と受け止めてきた私とは違うのだ。私なんて「この年になって癌になるなんて」と母が愚痴をこぼそうもんなら、「88歳まで大病もせず来ただけでも感謝しなさい」と叱咤することはあっても、「そうよね、本当に辛いよね」なんて同情してあげたことなんて一度もない。

勝ち気な母なので、私の理詰めの叱咤で心を奮い立たせてきた面も大きいと私は勝手に思っているけれど。

そもそも私は、昔から「アンタは本当にクール、ドライ、冷たい」と言われて育ってきた。家族の前で感情を出すこともほとんどないし。今さら、性格も親の前でのキャラも変えられないけどね。

心配なのは、この先いよいよのときになって、治療法や処置について家族の判断が求められるようになったときのこと。感情豊かな姉と、合理的思考の妹。うまく折り合えるといいのだけれど。

余談
今これを書いてて思ったけど、「クールな私」は、親や姉に対して弱音を吐くとか助けを求めたことなんてないから(夫や娘には甘えてばっかりなんだけど)、今回の骨折は、母や姉にしてみればすごいレアケースなSOSとして受け止められたのかもね。




2017.03.12 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 日々のできごと



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